12-7
15時半。
私たちは東京へ戻ってきていた。高速道路を降り、見慣れた街並みへ入る。長い一日だった。朝は茨城県の龍姫バンジーへ向かい、ルークとアレクは無事に飛んだ。配信も成功したし、昼食も楽しかった。これからは報告回りである。まず遠藤家。その後、黒崎家へ向かう予定だった。後部座席には施設のカフェで買ったクッキーが置いてある。遠藤家の分。黒崎家の分。それぞれ紙袋に入れていた。
「佳代子さん、喜ぶかしら」
私が言うと、ルークが笑った。
「喜ぶと思うよ。健吾さんも甘い物が好きだから」
その言葉に、アレクが思い出したように言う。
「そういえば、この間家にお邪魔したとき、ケーキを三つ食べていましたよ」
「三つも?」
「はい。カンテールという、近所にある洋菓子店のものでした。好きなんだそうです。僕と湊はアップルパイを出して頂いて、その後、健吾さんから、チーズケーキも食べないかって、勧められたんです」
それには私も笑った。車内は穏やかな空気だった。すると、前方の歩道に、一人の男性が見えた。帽子を深く被っている。コートまで着込んでいた。今日は暖かい。春の陽気だ。だから、少し違和感があった。
「厚着ね」
私が呟く。すると、ルークも窓の外を見た。その時だった。少し前を歩く別の男性が目に入った。住宅街に続く坂を上り始めている。
「あれ?」
私は思わず声を上げる。
「修輔君?」
長身の青年が歩いていた。帽子とマスクをしている。でも、見間違えるはずがなかった。
「本当だ」
保木君も気付いた。私は車をゆっくり寄せた。窓を開ける。
「修輔君!」
私が声をかけると、修輔君が振り返った。驚いた顔になる。
「あれ?紫乙さん」
「珍しいわね。歩いているなんて」
修輔は笑った。彼は黒崎家から歩いて20分の場所にあるマンションに住んでいる。でも、この辺りに来るときには必ずタクシーに乗っている。歩ているところを見るのはめずかしかった。しかも、霧島さんと一緒ではない。しっかりと目立っていた。
「今日は少し歩こうと思って」
「どこへ行くの?」
「黒崎家です。夏樹に会いに行くんです。今日はホワイトデーなので、バレンタインデーのお返しを渡しに」
「乗っていく?」
私が聞く。だが、修輔君は首を振った。
「ありがとうございます。でも、体力づくりですから」
「じゃあ、ここまで歩いてきたのね。偉いわね」
「最近、運動不足なんです」
少し照れたように笑う。そこで、私は頷いた。
「分かったわ。先に行っているわね」
「はい」
修輔君が手を振る。私たちも手を振り返した。車は再び走り出した。その時だった。ふとバックミラーを見る。先ほどの厚着の男が、修輔君の後ろを歩いているように見えた。ただ、それだけだ。偶然かもしれない。私は気にしないことにした。
そして、私たちは遠藤家へ到着した。門の前に車を停める。全員で降りた。ルークがクッキーの紙袋を持つ。インターホンを押すと、すぐに佳代子さんが出てきた。
「あら!」
嬉しそうな声だった。私たちを見て、微笑んだ。帰りに寄ると伝えてあったから、待ってくれていたらしい。後ろには恵介君もいた。
「お帰りなさい!」
「ただいま帰りました。バンジージャンプ、無事に終わりました」
「本当に?」
「飛びました。アレクも」
ルークが言う。佳代子さんが目を丸くした。
「まあ!すごいじゃない」
その声を聞きつけたのか、健吾さんも出てきた。
「お疲れさま」
健吾さんが笑う。そして、恵介君がスマートフォンを取り出した。
「配信見ていましたよ」
「本当?」
「アレクさんが面白かったです」
「だろう?」
アレクが胸を張る。
「僕は格好良かったはずだ」
「楽しそうでした」
恵介君が即答する。保木君と同じ感想だった。私たちが笑っていると、佳代子さんがふと視線を道路へ向けた。
「あら?」
その声色が変わった。私は振り返る。道路の向こう。黒崎家へ続く方向だった。そこに、修輔君がいた。
そして、さっき見かけた厚着の男もいた。男が修輔君へ近付いている。何か話しかけていた。距離があるので聞こえない。だが。嫌な感じがした。
「……」
修輔の表情が強張っている。男はさらに近付く。その様子を見た瞬間、私の背筋が冷えた。
「知り合いかしら」
佳代子さんが不安そうに言う。
「違うと思う」
恵介君が小さく呟いた。その時だった。一台の黒い車が近付いてきた。見覚えがある。プラセルの社長車だった。車は急停止する。そして、ドアが開き、一貴さんが飛び出してきた。状況を理解したらしい。そのまま修輔と男の間へ割って入った。
「何をしている」
低い声が響く。男が何か叫ぶ。次の瞬間だった。男の手が動いた。光る物が見えた。
「危ない!」
私が叫ぶ。刃物だった。男が振り上げる。一貴さんが腕を掴み、二人がもつれ合う。修輔君が後ろへ下がった。
「一貴さん!」
修輔君の声が聞こえた。男は必死だった。刃物を振ろうとしている。一貴さんは押さえ込もうとしていた。その時だった。ルークが動いた。
「止める」
そう言って道路へ飛び出そうとした。しかし、その瞬間だった。空が光った。白い閃光だ。まるで雷のような光が走った。
「え?」
誰かが声を上げる。一秒。二秒。三秒――。次の瞬間。爆音と地鳴りが響き渡った。世界が揺れた。
ドォォォォォォンッ!!
耳が痛くなるほどの衝撃音だった。地面が震える。窓ガラスが鳴る。全員が思わずしゃがみ込んだ。
「何!?」
佳代子さんが悲鳴を上げる。私は反射的に空を見る。そして、黒崎家の方向から煙が上がっていた。白い煙だ。土埃もある。何かが落ちたようだった。
「まさか……」
アレクが呟く。表情が変わっている。
「隕石かもしれない!」
「隕石!?」
私は思わず聞き返した。焦げた石のような、今まで嗅いだことのない匂いが漂っている。そして、煙が風に舞って吹き込んできた。それは大量の煙だった。そして、玄関ドアのガラスがビリビリと鳴っている。




