12-6
昼食を食べ終えた頃には、時刻は12時半を過ぎていた。車内には穏やかな空気が流れている。お弁当箱はすべて空になった。ルークは最後の一粒まできれいに食べていたし、アレクも満足そうだった。保木君もお茶を飲みながら窓の外を眺めている。
「ごちそうさま」
私が言うと、
「ごちそうさま」
三人の声が重なった。私はスマートフォンを手に取った。
「皆さん、お昼休憩にします」
私が言うと、コメント欄が流れる。
『お疲れさまー』
『配信楽しかった』
『また後で』
『ルークさん可愛かった』
『アレクさん最高だった』
私は笑いながら手を振った。
「また帰ってから配信を始めます」
そう言って配信を終了する。画面が暗くなった。車内が静かになる。久しぶりの静寂だった。
「2000人以上見ていましたね」
アレクが言う。
「そうみたい」
「すごいなあ」
「神回だったんじゃない?」
保木君が笑う。確かにそうかもしれない。バンジージャンプは成功したし、配信も盛り上がった。私はお茶を一口飲んだ。温かい。春とはいえ、まだ風は少し冷たい。
その時だった。フロントガラスに何かが反射した。銀色の光。一瞬だけだ。
「ん?」
私は顔を上げた。そして、空を見る。青空の中に、小さな点が浮かんでいた。いや、浮かんでいるというより、周回している。
「来たのね」
私が呟く。ルークも窓の外を見上げた。
「ああ」
保木君も気付いたらしい。
「警備船ですか?」
「そう」
私は頷いた。青空の中を移動する小型宇宙船。基本的に他の人には見えない。認識できる人は限られている。でも、超能力者や守護者に関わる人なら見える可能性がある。だから、この施設にいる誰かが見ているかもしれない。その宇宙船は隠れる様子もなく堂々と飛んでいた。まるで、仕事を始めましたと、 そう宣言しているようだった。アレクが笑う。
「早いでしょう?」
「本当にね」
私は感心した。
「もう始まったの?」
「始まりました」
アレクは窓の外を見上げる。
「あれが警備サービスの担当船です。ルークさんがさっき飛んだ瞬間に契約条件が達成されたんです」
「そんなに早いの?」
「ベガ中央百貨店だからです」
少し誇らしげだった。
「体験共有プログラムは確認作業が終わった時点で自動的に処理されますから。ジャンプ施設から送信されたデータも受理されたんです。支払い手続きも完了しています」
「もう?」
「もう」
私は思わず笑ってしまった。
「仕事が早いわね」
「そうでしょう?」
「本当に百貨店なのか?軍隊みたいだ」
保木君が呆れたように言う。
「3400年以上続いている組織だからな」
アレクは当然のように答えた。ベガ中央百貨店は普通の百貨店ではない。宇宙連合でも屈指の巨大組織だという。私が死亡後サービスに申し込んだ時も、その手続きの速さには驚かされた。二時間後には兄に渡す書類が出来上がっていた。私が高知旅行から帰宅した瞬間に支払い完了となり、兄の元にサービス担当者が訪ねてきて、手順を説明するのだという。
宇宙船はゆっくりと旋回している。小さい。だが確かに存在していた。ルークはそれを見ながら言った。
「暇そうだな」
「警備していますよ」
アレクが笑う。ルークが頷く。
「暇な方がいいね」
「それはそうですよ」
事件が起きない方がいいに決まっている。すると、アレクが何かを思い出したように言った。
「ああ、そうだ」
「何?」
「今日の映像なんですが」
私たちは顔を向けた。
「広報部が編集に入りました」
「もう?」
今日だけで何回その言葉を言っただろう。アレクは楽しそうだった。
「もうです」
「早すぎない?」
「これも自動処理なんです」
保木君が苦笑する。アレクは胸を張った。
「飛んだ瞬間から映像データが送られていますからね。今頃、編集部門が作業を始めているはずです」
「百貨店の広報部?」
「そうです」
私は少し驚いた。大規模の組織だ。映像編集専門部署があるのだろう。
「何の宣伝に使うの?」
私が尋ねる。すると、アレクが笑った。
「体験共有プログラムの広告で使います」
なるほど。確かに利用者が楽しそうにしている映像は説得力がある。今の映像も百貨店に送られているそうだ。私たちが警備船を見て感想を漏らしているところもだ。ルークがお弁当を食べているところも映り、宣伝されるという。そこで、ルークが文句を言い始めた。
「食べているところもか。僕は卵焼きを母船に申請するのを忘れていた。バレるじゃないか」
「今からでも申請すればいいじゃない」
「面倒だ。どこの醤油を使ったことまで申請しないといけない」
「ツユマル醤油よ。いつものやつよ」
「プレアデス星団メンバーのせいだ。無許可で肉まんを食べるからだ。細かく申請が必要になった」
そこで、保木君が笑った。その話を聞いたことがあるそうだ。
「アレクも申請には戸惑っているんですよ。今までは緩やかだったのにって。クラウスのように軍隊に所属じゃないので。でも、ベガ軍も緩やかだとは思います。クラウスから、アルタイル軍は大変だと聞いています」
「僕の場合は宇宙連合軍にも籍があるから、両方の規定を守らないといけない」
ルークが言うと、アレクは楽しそうに笑った。
「これでアルタイル軍の方からもサービス申し込みが入るかもしれません。シェアを広げたいんです。ジャンプする瞬間は人気素材ですから、いろんな広告に使われるかもしれません」
「プログラムの広告だけじゃないのか」
「使用許可は、その都度、頂くようになります。もし、他の広告に使用するとなったら、警備サービスの延長を受けたまりますから。早ければ7日後に広告に使用されます」
「そんなに早いのか」
「うちの百貨店では普通です」
またアレクが胸を張った。私は窓の外を見た。ルークの体験。保木君とアレク。色々な人たちの人生が少しずつ動いている。そんなことを考えながら、私はお茶を飲んだ。温かな液体が喉を通る。穏やかな午後だった。帰宅したら、また配信を始める予定だ。バンジージャンプの感想や、宇宙百貨店の話や、いつもの雑談を流す。私は空を見上げた。小さな警備船が太陽の光を反射している。その光はどこか頼もしく見えた。




