12-5
施設の駐車場へ戻ってきた頃には、時刻は正午を少し過ぎていた。春の日差しが暖かい。私たちは車へ戻る。ここまでは私の車で来ていた。白いワゴンタイプの車だ。
「お腹空いた」
助手席へ乗り込んだルークが真っ先にそう言った。
「さっきも聞いた」
「さらに空いた」
真面目な顔で言うので笑ってしまう。後部座席ではアレクと保木君が乗り込んでいた。
「僕も腹減ったな」
アレクが言う。
「さっき飛んだからじゃない?」
保木君が荷物を片付けながら答えた。
「絶対そうだ」
「運動だもんね」
「人生で一番激しい昼前だったかもしれない」
それには私も同意した。そこで、私は後ろに置いていた保冷バッグを取り出した。
「はい」
ルークへ一つ。アレクへ一つ。保木君へ一つ。そして、自分の分。私の手作り弁当だ。
「おお」
アレクが声を上げる。
「作ってきたのよ」
「すごいな」
この辺りは飲食店が少ない。しかも、休日で混雑する可能性もあった。配信しながら食べられる場所が見つからないことも考えて、朝早く起きて作ってきたのだ。内容はシンプルだった。三角形のおむすびが三つ。梅。鮭。昆布。そして、唐揚げ。厚焼き玉子。ほうれん草のお浸し。特別なものは何もない。普通のお弁当だった。私はスマートフォンをダッシュボードのホルダーへ固定した。車内全体が映る位置だ。
「皆さん、お昼ご飯です」
コメント欄が一気に流れ始める。
『おおおお』
『お弁当!』
『手作り!?』
『美味しそう!』
『飯テロきた!』
私は少し照れながら笑った。
「今日はお弁当を作ってきました」
すると、隣のルークが蓋を開けた。しばらく眺める。それから何を思ったのか、お弁当をそのままカメラへ向けた。
「見えるかな?」
突然だった。私は吹き出しそうになる。コメント欄が爆発した。
『見える!』
『美味しそう!』
『唐揚げだ!』
『おむすび可愛い!』
『ルークさん、ありがとう!』
『紫乙さん、料理上手!』
ルークは画面を見ている。
「美味しそうだそうだ」
「そうみたいね」
「美味しいぞ」
「まだ食べてないでしょう」
私が突っ込む。すると、後ろから笑い声が聞こえた。保木君だった。
「確かに」
「先に感想を言っているな」
アレクも笑っている。ルークは平然としていた。
「紫乙が作ったから美味しい」
その一言に私は少し照れてしまった。
「まだ食べてないじゃない」
「でも、美味しい」
「適当だな」
保木君が笑う。コメント欄も盛り上がった。
『信頼が厚い』
『夫婦みたい』
『可愛い』
『ルークさん、ぶれない』
私はその辺りのコメントは読まないことにした。ルークが嬉しがって何か言いそうで、面倒だからである。
「それじゃあ、いただきます」
私が言うと、三人の声も重なった。そして食べ始める。最初に反応したのはアレクだった。唐揚げを口へ入れた瞬間。
「うまい」
即答だった。
「本当?」
「本当だ」
もう一つ食べている。かなり気に入ったらしい。保木君の方を見た。
「湊」
「うん?」
「食べてみろ」
「食べてるよ」
保木君も唐揚げを口へ運ぶ。少しして頷いた。
「美味しい」
「だろ?」
「何でアレクが自慢そうなんだ」
それには全員が笑った。コメント欄も同じ反応だった。
『なんで自慢げ』
『アレクさん可愛い』
『紫乙さんの手柄』
『唐揚げ食べたい』
私は苦笑した。すると今度は、ルークがおむすびを持ち上げる。鮭のおむすびだった。一口。二口。三口。あっという間に消える。
「美味しい?」
「うん」
珍しく即答だった。ルークは食べ物について多くを語らない。その代わり、本当に好きな時は食べる速度で分かる。今回はかなり気に入ったらしい。
「また作って」
「いいよ」
「来週も」
「来週は分からない」
するとルークは少し残念そうな顔をした。後ろから保木君の笑い声が聞こえる。
「分かりやすいなー」
「本当だね」
アレクも笑っていた。車内の空気は穏やかだった。窓の外では観光客たちが歩いている。遠くには吊り橋も見えた。つい一時間前まで、あそこでバンジージャンプをしていたとは思えない。すると、ルークがおむすびを食べながら言った。
「飛んだ後って腹が空くんだな」
「でしょう?」
アレクが頷く。ルークも頷いた。
「すごく空く。僕なんか、今なら弁当を二個食べられる」
「二個?」
「いや三個」
「増えた」
私は笑った。すると、アレクは真面目な顔で言う。
「本当ですよ」
「信じるわ」
「だから湊が食べられなくなったら僕が食べる」
「食べるから大丈夫」
「本当に?」
「本当に」
どうしてそんなに保木君のお弁当を狙うのだろう。コメント欄も同じことを思ったらしい。
『保木君のお弁当狙ってる』
『距離近い』
『仲良しだな』
『アレクさん楽しそう』
私は飲み物を一口飲んだ。配信も順調だ。現在の同時接続数は2000人を超えている。バンジージャンプだけではなく、こういう何気ない昼食風景を楽しんでくれる人もいるのだろう。
その時だった。ルークが再びカメラへお弁当を向けた。今度は空になりかけたおむすびのスペースを見せている。
「こんなに減った」
コメント欄が流れる。
『本当だ』
『食べるの早い』
『完食しそう』
『可愛い』
ルークは満足そうだった。
「人気だな」
「ルークが?」
「弁当が」
その返答に私は吹き出した。確かにそうかもしれない。今日一番人気なのは、おむすび弁当かもしれなかった。春の暖かな日差しの中。私たちは車内で昼食を楽しむ。賑やかで、穏やかで、少しだけ特別な時間だった。そして、私は思う。こういう何でもない時間こそ、後になって思い出になるのかもしれないと。




