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アレクとルークの器具が外される。二人とも無事だった。それだけで十分なはずなのに、アレクはまだ興奮が冷めていないらしかった。
「もう一回飛べるなーー」
そう言いながら大きく伸びをする。私は呆れたように笑った。
「本気?」
「本気です」
「さっき人生で5本の指に入るって言っていたじゃない」
「だからもう一回体験したいんです」
理屈になっていない。隣では保木君も笑っていた。
「飛びたいなら飛べばいいじゃないか」
「一人じゃ面白くない」
「僕は飛ばないよ」
「知ってる」
即答だった。それでもアレクは嬉しそうだ。結局のところ、保木君と話しているだけで機嫌がいいのである。私はコメント欄を見た。
『アレクさん元気』
『体力すごい』
『もう一回!?』
『保木君、慣れてる』
まったくその通りだった。保木君はアレクの扱いに慣れている。アレクの方は、友人以上の感情を隠せていないのだけれど。
すると、スタッフが記念撮影スペースへ案内してくれた。ジャンプ証明書を受け取る。背景には龍姫湖渓谷。青空。吊り橋。絶好の撮影日和だった。
「皆さん、記念写真を撮るそうです」
私はカメラを向ける。ルークとアレクが並ぶ。スタッフがシャッターを切った。
「はい、チーズ!」
パシャリ。その直後だった。アレクは証明書を受け取るなり、真っ先に保木君のところへ向かった。
「見てくれ」
保木君が証明書を見る。
「格好いいじゃないか」
「本当か?」
「本当だよ」
その瞬間だった。アレクの表情がぱっと明るくなった。私は思わず吹き出しそうになる。分かりやすすぎる。コメント欄も同じ反応だった。
『今の顔!』
『嬉しそう』
『褒められて喜んでる』
『可愛い』
もちろん読み上げない。絶対に面倒なことになる。その時だった。ルークが私の隣へやってきた。
「紫乙」
「何?」
「腹が減った」
私は思わず笑った。
「飛んだばかりでしょう」
「運動した」
「それは確かに」
ルークらしい理由だった。時間を見る。もう11時半近い。昼食を考え始める時間だ。
「皆さん、お昼ご飯は何だと思いますか?」
そう言うとコメントが流れた。
『蕎麦』
『常陸牛』
『カレー』
『お腹空いた』
私も空いていた。その時だった。アレクが声を上げる。
「あ!」
「どうしたの?」
「僕のスマートフォンだけでしか写真を撮っていなかったんです。湊のでも撮らなきゃ。スマホを貸してくれ」
「いいよ」
アレクは保木君のスマートフォンを手に取った。そして、当然のように保木君の隣へ立つ。肩が触れそうな距離だった。
「近いな」
保木君が笑う。
「せっかくだろう」
「まあね」
パシャリ。写真が撮られる。アレクはすぐに画面を確認した。そして満足そうに頷く。
「いい写真だ」
「そう?」
「宝物にする」
保木君は苦笑した。どうやら深く考えていないらしい。私は内心で思う。その言葉は普通、もっと特別な相手に使うものではないだろうか。コメント欄も盛り上がっていた。
『宝物』
『好きじゃん』
『応援したい』
私はそっと視線を逸らした。読まない方が平和である。しばらくすると、私たちは吊り橋を戻ることになった。行きよりも人が増えている。観光客も多かった。橋の中央付近まで来た時だった。強い風が吹く吊り橋がわずかに揺れた。
「わっ」
私は反射的に手すりを掴む。すると、アレクが笑った。
「怖いですか?」
「少しはね」
「さっき飛んでないのに?」
「飛んでいないから怖いの」
すると、ルークが言った。
「分かる」
「ルークも?」
「飛んだ方が楽だった」
私は思わず笑った。飛んだ人にしか分からない感覚なのだろう。その後も私たちはゆっくり橋を渡った。景色は相変わらず素晴らしい。渓谷を吹き抜ける風。青い空。山々の緑。配信を見ている人たちも楽しんでいるようだった。現在の同時接続数は2000近い。かなり多い。コメント欄では感想が飛び交っていた。
『面白かった』
『またアレクさん出てほしい』
『ルークさん強い』
『保木君も飛んで』
私は笑いながらコメントを読んだ。
「保木君が飛ぶ日は来ると思いますか?」
「来ない」
即答だった。すると、アレクが横から口を挟む。
「来る」
「来ない」
「来る」
「来ない」
「来る」
二人が言い合う。まるで子供だった。私は思わず笑ってしまう。その時、ルークがぼそりと言った。
「賭けるか」
「何を?」
アレクが聞く。
「一年以内に飛ぶかどうか」
保木君が即座に首を振った。
「飛ばないから」
「じゃあ、勝負成立だな」
アレクが笑う。
「僕は飛ぶ方に賭ける」
「だから飛ばないって」
「まだ分からないだろう」
どうやら新しい遊びが始まったらしい。そんなやり取りをしながら橋を渡り終える。駐車場の方へ向かう途中で、私はコメント欄を見た。そこには相変わらず同じような内容が並んでいる。
『アレクさんと保木君仲良し』
『距離が近い』
『お似合い』
『付き合ってないの?』
私は思わず苦笑した。視聴者は気付いている。私も気付いている。ルークも気付いている。それなのに、保木君だけは、アレクの好意を友人としてのものだと思っている気がする。前を歩く二人を見る。アレクは楽しそうに話している。保木君も笑っている。春の風が吹き抜けた。空は青い。私はスマートフォンを掲げた。
「皆さん、これから昼食です。配信はもう少し続きます」
コメント欄がまた流れ始める。その様子を見ながら、私は小さく笑った。どうやら今日は、長い一日になりそうだった。




