12-3
スタッフが大きな声を張り上げた。
「それでは、こちらへどうぞ!」
いよいよだった。私は思わずスマートフォンを握り直した。コメント欄も勢いよく流れている。
『きた!』
『頑張れ!』
『緊張する』
『ルークさん!』
『アレクさん!』
ルークとアレクは、それぞれ別のジャンプ台へ案内された。同時に飛ぶ形式らしい。二人の腰には安全ロープが取り付けられ、足元にも補助器具が固定されている。スタッフが最後の確認を行っていた。
「安全装置確認」
「確認しました」
「ハーネス確認」
「問題ありません」
慣れたやり取りが続く。私はその様子を撮影しながら、改めて高さを見下ろした。やはり高い。谷底の川は細い線のようにしか見えない。もし自分があそこへ立たされたら、一歩も動けなくなる気がした。
すると、アレクが突然こちらを振り返った。
「湊!」
大きな声だった。保木君が顔を上げる。
「何?」
「ちゃんと見てろよ!」
「見てるよ」
「瞬きするな!」
「無理だろ」
保木君が呆れたように笑う。アレクは真面目な顔だった。
「僕の勇姿を見逃したら損するぞ」
「はいはい」
「はいはいじゃない」
コメント欄が爆発した。
『仲良し』
『保木君しか見えてない』
『可愛い』
『頑張れ、アレク』
私は笑いを堪えながら撮影を続けた。アレクは本当に隠そうとしない。恋愛感情を知らなくても、好意が駄々洩れになっていることくらいは誰でも分かるだろう。一方で、ルークは静かだった。渓谷を見下ろしている。怖がる様子もない。まるで景色を楽しんでいる観光客だ。
「ルーク」
「何?」
私は声をかけた。
「本当に大丈夫?」
「何が?」
「高さ」
「別に」
いつもの返事だった。私は思わず笑う。すると、ルークも少しだけ口元を緩めた。その時だった。スタッフが二人をジャンプ台の先端へ誘導した。突き出した足場の先。その向こうには何もない。空だけだ。私は思わず息を呑んだ。アレクは足場の先に立つと、一度だけ深呼吸した。そして、また振り返る。
「湊!」
「何だよ」
「ちゃんと見てろよ!」
「だから見てるって」
「よし!」
満足そうだった。もう笑うしかない。コメント欄も同じ反応だった。
『何回確認するの』
『湊君限定配信』
『好きすぎる』
『応援したくなる』
すると、ルークがぼそりと言った。
「忙しいな」
「大事なことだからな!」
アレクが即答する。ルークはそれ以上何も言わなかった。ただ少しだけ面白そうな顔をしていた。スタッフが声を上げる。
「それではカウントダウンを始めます!」
空気が変わった。風の音だけが耳に入る。私はスマートフォンをしっかり構えた。保木君も真剣な表情になっている。周囲の見学客も静かになった。
「3!」
二人が前を見る。
「2!」
風が吹き抜ける。
「1!」
私の心臓まで跳ねた。
「バンジー!」
次の瞬間だった。二人の身体が同時に空へ飛び出した。
「うわああああ!」
思わず叫ぶ。視界の中で、二人の姿が一気に小さくなっていく。ものすごい速度で落ちる。谷底へ向かって真っ逆さまだ。
「うおおおおおおおおおおっ!」
アレクの絶叫が響く。その声には恐怖より興奮が混じっていた。まるで遊園地の絶叫マシンを楽しむ子供のようだ。一方のルークは。
「おお」
それだけだった。コメント欄が大混乱になる。
『ルークさん、強すぎる』
『反応が薄い!』
『アレクさん、楽しそう』
『速い!』
『怖い怖い怖い!』
二人の身体はロープが伸び切るまで落下し続ける。そして、大きく跳ね返った。ロープがしなり、二人の身体が空中へ持ち上がる。私は思わず拍手した。
「飛んだ!」
保木君も興奮している。
「すごい……!」
渓谷の上で二人が大きく揺れる。何度も上下しながら振り子のように揺れていた。その時だった。アレクが大声で叫ぶ。
「湊ー!」
私は吹き出した。コメント欄も一気に流れる。
『また湊君』
『叫んだ!』
『大好きじゃん』
『恋する男』
谷の上で揺れながら、アレクはまだ叫んでいる。
「見てるかー!」
もちろん距離があるので私たちには途切れ途切れにしか聞こえない。それでも叫んでいた。私は笑いながらカメラを向け続ける。隣を見ると、保木君も困ったように笑っていた。
「元気だな」
「本当にね」
その後も二人は何度か上下を繰り返した。やがて、回収用のワイヤーが伸びていく。スタッフたちが慣れた手つきで作業を進めていた。
数分後。二人は無事に足場へ引き上げられた。まずアレクが戻ってくる。顔が真っ赤だった。興奮がまだ冷めていないらしい。
「最高だった!」
第一声がそれだった。
「人生で5本の指に入る!」
「減ったな。前は両手の指って言ってなかったっけ?」
保木君が笑う。
「それくらい凄かったんだよ!」
そして、アレクは真っ先に保木君を見る。
「どうだった!?」
「楽しそうだった」
「格好良かったか?」
「楽しそうだった」
「そればっかりだな!」
アレクが大げさに肩を落とす。保木君は声を上げて笑った。その様子を見ていると、二人の距離は以前よりずっと近くなっている気がした。一方、ルークも戻ってきた。器具を外されながら平然としている。
「どうだった?」
私が尋ねる。ルークは少し考えた。
「楽しかった」
短い言葉だった。でも、それだけでいいと思った。私はほっとした。今回の体験共有プログラムは成功だ。青空の下。渓谷を渡る風を感じながら、私は配信を続ける。そして、コメント欄を見て苦笑した。そこには同じ内容が何度も流れていた。
『アレクさん、絶対に保木君のこと好きだよね』
どうやら、その事実に気付いていないのは保木君本人だけらしかった。




