11-21
そんな話をしていると、玄関のチャイムが鳴った。私は時計を見る。18時半を少し過ぎたところだった。
「あ、来たわね」
私が言うと、兄も頷いた。
「予定通りだな」
今日、ユリウスさんは出版社へ出社している。普段は在宅勤務が中心だが、会議があるため会社へ行くと聞いていた。そして、帰りにこちらへ寄る約束になっていたのだ。ルークが立ち上がる。
「迎えてくる」
「お願い」
しばらくして玄関の方から声が聞こえた。
「こんばんは」
聞き慣れた穏やかな声だった。次の瞬間、ユリウスさんがリビングへ入ってくる。ネイビーのコートを着ており、冷えた外気をまとっていた。
「こんばんは」
ユリウスさんは部屋の中を見回しながら微笑む。
「お邪魔します」
「お疲れさま」
兄が自然な口調で声をかけた。
「会議はどうだった?」
「長かったよ」
ユリウスさんは苦笑する。
「予定より30分延びた」
「それは大変だったな」
「でも、終わった途端に帰ってきた」
そう言いながら兄を見る。
「今日は大事な話があると聞いていたからね」
私は少し笑った。確かにそうだった。死亡後サービスの説明を兄に聞いてもらうことは事前にユリウスさんにも伝えてある。ユリウスさんは空いている席へ腰を下ろした。そこで、ようやくアレクと目が合う。
「あれ?」
ユリウスさんが目を丸くした。
「アレク?」
「ユリウスさん!」
アレクが勢いよく立ち上がる。
「お久しぶりです!」
「本当に久しぶりだね」
ユリウスさんも笑顔になった。どうやら再会は予想外だったらしい。ユリウスさんが嬉しそうに笑った。
「オカルト研究部の集まりに、保木君が連れてきてくれてね。うちにいるウーリがブローチを買ったり、雑誌を取り寄せたりしているから、付き合いがあるんだ」
「お世話になっております!ユリウスさんが見たがっていた、当社の創業3400周年記念企画の雑誌の入荷は間もなくです!2か月前にお申込みいただき、僕も発売を待っていました」
「よく覚えているね」
「営業は記憶力が命ですから!」
アレクが胸を張る。保木君が隣で小さく笑っていた。和やかな空気が流れる。ルークがお茶を出し、全員が席に着く。そして、兄が資料へ視線を向けた。
「では、改めて説明を聞こうか」
その言葉で場の空気が少し引き締まった。アレクも営業の顔になる。
「はい。本日ご説明するのは、ベガ中央百貨店の死亡後サービスについてです」
ユリウスさんは最初こそ落ち着いて聞いていた。しかし説明が進むにつれて、少しずつ表情が変わっていく。私が兄より先に亡くなる可能性が高いという話を改めて聞き、説明が終わる頃には、ユリウスさんは完全に言葉を失っていた。
「……これは」
しばらくして、ようやく声が出る。
「思っていた以上に重い話だ」
「そうだな」
兄が静かに頷く。ユリウスさんは資料を見つめたまま言った。
「正直、驚いたよ」
そして少し迷った後、ぽつりと続ける。
「こんな話を聞くと、先のことを考えてしまう」
兄が優しく尋ねる。
「別れのことか?」
ユリウスさんは小さく頷いた。
「うん」
青い瞳が少し揺れていた。
「紫乙さんの話なのに、自分のことまで考えてしまった」
そう言って苦笑する。
「ようやく付き合えたばかりなのに、君とも別れが来ることを実感したよ」
兄は何も笑わなかった。ただ静かに聞いている。ユリウスさんは視線を落とす。
「もし急に別れが来たらどうしようとか、そんなことまで考えてしまったよ」
部屋が静かになった。その気持ちはよく分かった。今日の話は、どうしても死や別れを意識させる。すると、兄が穏やかな声で言う。
「僕はハトホルという機関の職員が迎えに来るから、君とはまた会えるらしい。そうだったな?ルーク」
「そうだよ。僕は嘘はつかない。どっちが先に亡くなるかは言えないけど、君もユリウス君もハトホルの職員同士だ。嫌でも、向こうに帰った後で顔を合わせるよ。喧嘩してもね」
「あら、良かったじゃない」
ルークの説明に私はホッとした。ユリウスさんが顔を上げる。
「そうなのか。ルーク、本当か?」
「そうだよ。君は凰李の恋人になったから、教えてもいいことになった」
「そうか」
兄も安心しているようだ。ユリウスさんは少しだけ目を潤ませた。
「……そんなに先のことを心配しない方がいいのかな」
「ユリウス君、ありがとう」
「紫乙さんが待っているなら、君こそ、良かったじゃないか」
「そうだな」
兄がユリウスさんを見て、少し笑った。私はそんな二人を見ながら胸が温かくなった。心配してくれる人がいる。失いたくないと思ってくれる人がいる。今日の話は少し重い。でも、それ以上に、自分がどれだけ大切に思われているのかを知る時間になっていた。そして何より、私がサービスに申し込むことを兄は止めなかった。内容を確認した上で、自分で決めろと言ってくれた。それが嬉しかった。




