11-20
1月28日、水曜日。18時。
今日はアレクが再び我が家を訪れる日だった。サービスについて、兄へ直接説明をするためである。リビングには、アレクと保木君、兄、ルーク、そして私が揃っていた。兄は二人の姿を見るなり、特に驚いた様子を見せなかった。保木君とは以前から顔見知りだし、アレクのことも知っている。むしろ兄は、ベガ中央百貨店という名前を聞いた時点で、真っ先にアレクの顔を思い浮かべていたらしい。だが、それならばなおさら違和感があったという。
「ベガ中央百貨店の営業担当と聞いた時、最初はアレク君だと思ったんだ」
兄は穏やかに言った。
「だが、それなら僕を通して話を持ってくるはずだと思った。だから別の営業担当者だと考えていたよ」
アレクは申し訳なさそうに肩をすくめた。
「その件については、本当に申し訳ありません」
深々と頭を下げる。
「競争が激しくて、お兄様にも許可なく近づいてしまいました」
「いや、それは構わない」
兄は苦笑した。
「ただ、紫乙はまだ宇宙人との付き合いに慣れていない。僕を通した方が話は早かっただろう」
「ええ、それも考えたんです」
アレクはしょんぼりした表情になる。
「ですが、断られる気がしまして……」
その言葉に、私は思わず吹き出しそうになった。確かに兄なら、必要のない契約だと判断したら容赦なく断る。アレクもそれを分かっているのだろう。
「それで強行突破したの?」
「はい……」
本当に反省しているのか怪しい返事だった。兄も苦笑している。そこで、アレクは改めて事情を説明し始めた。少し前、彼は本社の商品企画部へ異動になったらしい。だが、その異動は長く続かなかった。商船アルシオーネの人員不足に加え、死亡後サービスを管理するシステムでトラブルが発生したという。現場対応が急増し、応援要員として呼び戻されることになったそうだ。気が付けば、以前とほとんど変わらない仕事をしていたらしい。
「そして、営業成績争いも復活しました」
アレクは遠い目をした。
「トップ営業の座を守るのは大変なんです」
「なるほど」
兄が頷く。
「だから契約が欲しかったのか」
「はい!」
今度は元気よく返事をした。切実なのか前向きなのか分からない。だが、その様子を見ていると、責める気持ちは不思議と湧いてこなかった。アレクは真面目なのだ。少し勢いがありすぎるだけで。私は兄へ視線を向けた。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「私は良かったと思っているの」
兄が静かに私を見る。
「こういうサービスがあるって知れただけでも勉強になったわ」
私は正直な気持ちを口にした。
「それに、お兄ちゃんより先に亡くなる可能性が高いことも、ルークから改めて聞けたし」
兄の表情が少しだけ曇る。それは仕方のないことだった。寿命がある。私自身、分かっていたつもりだった。けれど、今回の話で改めて現実として突きつけられた気がした。
「アレクから聞かなかったら、私はきっと考えないままだったと思うの」
「紫乙さん……」
アレクが小さく呟く。
「だから、私は感謝しているわ」
すると、アレクは慌てて頭を下げた。
「すみませんでした!本来ならご家族を通してお話しするべき内容だったのに、僕の方から先に言ってしまって!」
「いや」
兄が首を横に振った。
「結果的には良かったと思う」
その言葉に、私は少し驚いた。兄も同じ考えだったらしい。
「僕も聞けて良かった」
そう言って、兄は静かにため息をついた。その横顔を見ながら、私は思う。ルークは黙っているつもりだったのだろうかと。私が先に旅立つ可能性が高いことも、その時に残される兄のことも、何も考えていなかったわけではないと思う。ミケーネの記憶の中のルークは痛みを知っている人だった。だから、言えなかったのだろうか。そして、兄もまた、ずっと考えていたのかもしれない。ただ、誰も口にしなかっただけで。私はルークを見る。ルークは少しだけ反省している顔をしていた。
「ルーク」
「なんだ」
「知っていたのよね?」
ルークはしばらく黙っていた。そして、小さく頷く。
「ああ」
「どうして言わなかったの?」
「言う必要がないと思っていた」
静かな声だった。
「君が不安になるだけだと思った」
私は思わず息を吐く。ルークらしい答えだった。
「でも、大事なことよ」
「分かっている」
ルークは真面目な顔になる。
「だから今は話している」
その言葉に、私は何も言えなくなった。兄も同じだったらしい。
「実はな」
兄がゆっくりと口を開く。
「僕も考えていたんだ」
全員の視線が兄へ向く。
「紫乙が先に亡くなった場合のことを。迎えが来るんだろう。それはルークから聞いてあった。僕には面会する権利があることも。どういう手続きになるかまでは教えてくれなかった。僕に思い出せというだけだった。僕はハトホルという機関の所属だったらしい。でも思い出せなくてね。紫乙の事が心配だった。ただ、考えても答えが出なかった」
兄は苦笑する。
「人はいつ死ぬか分からないからな」
「そうね」
私は頷いた。
「だから、今回の話を聞いて少し整理できた気がする」
兄はそう言った。
「もし本当に、3日でも早く会える方法があるなら」
そこで言葉を切る。兄の視線が私へ向く。
「それは悪い話ではないと思った」
私は胸の奥が少し熱くなるのを感じた。サービスそのものよりも、兄がそんなふうに考えてくれていたことが嬉しかった。兄も私を大切に思ってくれている。改めて実感する。私は小さく笑った。
「私もそう思ったの」
兄も笑う。そして、アレクは、そんな私たちを見て、少しだけほっとしたような顔をしたのだった。




