11-19
夕食の時間が近づくにつれ、部屋の中には少しずつ落ち着いた空気が戻ってきた。私はソファーにもたれながら、ぼんやりと天井を見上げる。今日は本当にいろいろなことがあった。
「疲れた?」
隣に座っていたルークが聞いた。
「少しだけ」
私は正直に答えた。
「頭がいっぱい」
「それはそうだろう」
ルークは苦笑する。
「僕も少し疲れた」
「あら。あなたも?」
「アレクが元気すぎた」
私は思わず吹き出した。それは否定できない。
「確かに」
「保木君も楽しそうだったし」
「仲良くなったわよね」
「ああ」
ルークも頷く。アレクと保木君は年齢こそ離れているが、不思議と気が合うらしい。二人とも人と話すことが好きだし、好奇心旺盛だ。気が付けば、ずっと話していた。
「でも、良かったじゃない」
私は微笑む。
「けっこう楽しかったわ」
「そうだな」
ルークは少しだけ優しい顔をした。守護者という立場だからだろうか。ルークは誰もが元気に笑っている姿を見るのが好きだ。それが分かる。そして、時計を見る。19時を少し回っていた。
「夕食にしましょうか」
「賛成だ」
私たちは立ち上がった。私はキッチンへ向かい、冷蔵庫を開けて、夕食を取り出した。そして、鉄火巻と土佐巻のパックを開ける。ポテトサラダも。ルークが皿を並べてくれた。
「味噌汁は何がいい?」
「豆腐とわかめがいい」
「そう。かぼちゃじゃなくていいの?」
「たまにはそっちにする。僕が飲むから、かぼちゃがなくなりそうだ
「またお兄ちゃんにもらえばいいじゃない。お兄ちゃんの家、たくさんあるんだから。それに、かぼちゃ自信作だっていうから、飲んでもらえてうれしいと思うわよ」
「いや、豆腐とわかめの栄養も摂らないとね」
「なるほど」
私は笑った。お湯を沸かし、キシヤマのフリーズドライ味噌汁を用意する。私はナスを選んだ。湯気が立ち上がると、それだけで少し幸せな気持ちになる。
「できたわ」
「ありがとう」
テーブルに夕食を並べる。鉄火巻。土佐巻。ポテトサラダ。味噌汁。作り置きのスパニッシュオムレツ。簡単な夕食だ。でも、美味しそうだ。
「いただきます」
「いただきます」
まずは土佐巻を一つ、口に入れる。カツオの旨味と薬味の香りが広がった。
「おいしい」
自然と言葉が漏れる。
「高知に行きたくなるね」
ルークも頷いた。
「分かる」
もぐもぐと食べながら、私は兄との会話を思い出していた。高知旅行。それも悪くない。いや、かなり魅力的だった。バンジージャンプよりずっといいかもしれない。
「ねえ」
「ん?」
「高知旅行って楽しそうじゃない?」
ルークは即答した。
「楽しそうだ」
「でしょう?」
「カツオがある」
「食べ物基準ね」
「重要だ」
真顔で言われた。私は笑ってしまう。
「よさこいも見てみたいな」
「僕も見たい」
「夏は暑いけど」
「それは仕方ない」
そんな話をしながら食事を続ける。すると、ルークがふと思い出したように、スマートフォンのような機械を取り出した。
「どうしたの?」
「アレクに連絡しておかないと」
私は頷いた。
「そうだったわね」
兄も資料を見たいと言っていた。そのためには、まず説明会の日程を決めなければならない。ルークはその場で通信アプリを開く。相手はアレクだ。すぐに通話がつながった。
『ルークさん!』
元気な声が響く。まだテンションが高い。どこにそんな体力があるのだろう。
「こんばんは」
『こんばんは!』
「今、大丈夫かな?」
『もちろんです!』
即答だった。私は苦笑する。予想どおりだ。
「ブルーハイ・サービスの件だけど」
『はい!』
「紫乙のお兄さんが詳しい説明を聞きたがっている」
『おお!』
向こうでアレクが喜んでいる気配がした。
『ぜひぜひ!』
「後日、家まで来てもらえるか?」
『いつでも行けます!』
やっぱり即答だった。しかも、嬉しそうだ。私は思わず吹き出しそうになる。
「少し待ってくれ」
ルークは私を見る。
「凰李が希望していた日は?」
「今週の水曜日よ」
「18時だったな」
「そう」
ルークは再びアレクへ向き直る。
「今週の水曜日、18時は空いているか?」
『空いています!』
「早いな」
『確認済みです!』
「まだ確認していないだろう」
『気合いで空けます!』
私はとうとう笑ってしまった。ルークも額を押さえる。
「気合いで予定は消えない」
『大丈夫です!』
「本当に大丈夫なのか?」
『大丈夫です!』
自信満々だった。どうやら本当に問題ないらしい。
「では、その日に来てくれ」
『分かりました!』
アレクの声はさらに明るくなる。
『資料も全部持って行きます!』
「頼む」
『体験共有プログラムの説明もします!』
「それも頼む」
『高知旅行案も持って行きます!』
私は思わず声を上げた。
「どうして知っているの!?家の中を見ているの!?」
『もちろんです!いえ、ルークさんから、さっき、通信が来ていたんですよ。その方針でって。よさこい祭りプラン、カツオ満喫プラン、観光プランの三種類あります!』
「仕事が早いわね……」
『営業ですから!』
誇らしげな声だった。私はルークと顔を見合わせる。二人とも同じことを思った。この人、本当に営業向きだ。
「じゃあ、その日に」
『はい!』
「よろしく頼む」
『任せてください!』
通話が終わる。リビングに静けさが戻った。そして、数秒後。
「すごい人ね」
私が言った。
「ああ」
ルークも頷く。
「本当にすごい」
「まだ高知旅行が決まっていないのに、もうプランがあるのよ?」
「準備がいい」
「準備が良すぎるわ」
二人で笑った。食事を再開する。土佐巻を食べながら、私は少しだけ先のことを考えていた。また忙しくなりそうだ。私は味噌汁を飲む。温かかった。向かいでは、ルークが最後の土佐巻を食べながら満足そうな顔をしている。どうやら、高知旅行案はかなり気に入ったらしい。ルークは私を見て微笑んだ。
旅行が実現しそうだ。そんな予感がしたのだった。




