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マンションのエントランスを出ると、雪はさらに強くなっていた。
「……ほんとに積もるわね」
傘を開きながら呟く。ルークは私の隣に立ち、静かに空を見上げた。
「綺麗だね」
「さっきの光のあとだと、余計にね」
そう言って、少しだけ笑う。足元の雪が、きゅっと小さく音を立てる。夜の街は静まり返っていて、音がどこかへ吸い込まれていくみたいだった。
「寒い?」
ルークが、やわらかく尋ねる。
「ちょっとね」
そう答えた瞬間、ふっと身体の内側が温かくなる。彼が、そっと重なったのだ。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
すぐ近くで、小さく笑う声が響く。歩きながら、ふと思う。今日のこと。光のショー。配信のコメント。兄のこと。ユリウスさんのこと。そして、ルークのこと。全部が、どこかで繋がっている気がした。
「ねえ、ルーク」
「なに?」
「今日のこと、忘れないと思う」
少しだけ間を置いて、続ける。
「……ありがとう」
言葉にすると、少し照れくさい。でも、ちゃんと伝えたかった。ルークはほんの少し考えるようにしてから、静かに答えた。
「こちらこそ」
その声は、いつもより少しだけやわらかかった。やがて、アパートの灯りが見えてくる。さっきの光は、もうない。それでも――確かに、そこにあった。そんな感覚だけが、胸の奥に残っている。
「……メリークリスマス」
小さく呟いたときだった。
「手のひらで、雪を受けてみて」
ルークが静かに言う。言われるままに手を差し出すと、舞い落ちてきた雪が、ふわりと手のひらに集まった。次の瞬間、それは、淡く光を帯びた。小さな結晶が、まるで宝石みたいにきらめく。
「……なに、これ」
「君だけの、クリスマスプレゼントだよ」
優しい声だった。
「僕は、こういうことしかできないけどね」
「ほんとに、お金のない宇宙人よねえ」
思わず笑ってしまう。
「でも、ロマンがあっていいじゃない」
そう言うと、ルークは少しだけ照れたように視線を逸らした。とはいえ、現実は、なかなかシビアだ。ルークはよく、スーパーで「あれを買って」「こっちの方がいい」と言い出す。しかも、だいたい高い方だ。気づけば食費は、じわじわと予算オーバー気味になっている。その分、日用品を削って調整しているのだけれど、正直、少し頭が痛い。この先、何があるか分からない。だからこそ、貯金はしっかりしておきたい。それなのに。
「もう少し使ってもいいと思うよ」
ルークは、そんなことを言う。
「君の金銭管理は、僕が見ているから」
「勝手に見ないでくれる?」
「決められているんだ。君が地球で使うお金の量は」
さらりと、とんでもないことを言う。
「節約しすぎてもだめだし、贅沢しすぎてもだめ。バランスが大事なんだよ」
「……いや、それ、私も分かってるから」
思わずため息が出る。でも、ルークは気にした様子もなく、続ける。ときには、私にウォークインして、買い物かごを持ち、そのまま気になった食材を入れてしまうこともある。普段は行かないような高級スーパーに連れて行かれて、一丁434円の豆腐を買わされたこともあった。あれは、正直、衝撃だった。
「アルタイル星人として、地球の食文化は体験しておかないとね」
なんて、もっともらしいことを言っていたけれど。
「……その体験、私の財布でやるのやめてほしいんだけど」
「大丈夫。ちゃんと範囲内だよ」
「どの範囲よ、それ」
呆れながらも、少しだけ笑ってしまう。――こういうところだ。現実的じゃないのに、どこか憎めない。むしろ、少しだけ楽しいと思ってしまう自分がいる。
アパートの前で立ち止まる。手のひらの上の光は、いつの間にか静かに消えていた。けれど、その余韻だけが、まだ残っている。私は小さく息を吐いて、ルークを見た。
「……ほんと、不思議な人」
「そうかな」
「うん。宇宙人だし」
そう言うと、彼はくすっと笑った。雪は、まだ降り続いている。今日という日が、少しだけ特別だったことを、胸の奥で確かめた。




