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改めて考えると、とんでもなく不思議な土曜日だ。大学生と宇宙の百貨店の御曹司がうちのリビングでお茶を飲み、死亡後サービスやバンジージャンプの話をしている。数年前の私に話しても絶対に信じないだろう。そんなことを考えていると、隣のルークがふいに口を開いた。
「紫乙」
「なに?」
「小皿、買ったらどう?」
私はルークを見る。ルークは先ほど見せてもらったポルトガル風の小皿のホログラムを指さしていた。
「綺麗だった」
「そうね」
「凰李の土産と並べたら綺麗だと思う」
私は少し考える。確かに綺麗だった。兄に頼んだ本場の小皿と、ベガ中央百貨店の保存シリーズ。並べて飾れば面白いかもしれない。すると、アレクの目が輝いた。営業マンの目だった。
「ありがとうございます!」
「まだ買うって決めてないわよ」
「でも、興味はありますよね?」
鋭かった。私は少し笑う。
「まあ、あるわね」
正直に答える。すると、保木君が嬉しそうに言った。
「絶対似合うと思いますよ」
「小皿が?」
「コートです」
そうだった。私はホログラムに映る紺色のコートを見る。あれも悪くなかった。むしろ、かなり好みだった。
「コートも気になるのよね」
私がそう言うと、ルークが立ち上がった。
「じゃあ、買おう」
「え?」
私は目を瞬く。すると、ルークは迷いなく寝室へ向かっていった。
「ちょっと?」
「すぐ戻る」
そして数十秒後、本当に戻ってきた。私の財布を持って。
「なんで持ってきたの」
「買うんでしょ?」
「まだ決めてないわよ」
「決めてる」
決めていない。しかし、ルークは完全に決めている顔だった。そして、財布をテーブルの上へ置く。アレクが笑いを堪えていた。保木君も肩を震わせている。
「仲が良いですね」
「違うわよ」
「仲が良い」
ルークが言う。
「今はそういう話じゃないでしょう」
私はため息をついた。しかし、せっかく来てもらったのだ。小皿くらいならいいかもしれない。コートも実用品だ。私は財布を開く。
「カードは使えるの?」
すると、アレクが申し訳なさそうに首を振った。
「現金のみです」
「宇宙なのに?」
「地球支店ですので」
妙に現実的だった。私は思わず笑う。宇宙の百貨店なのに支払いは現金らしい。
「じゃあ小皿と――」
私が言いかけた、その時だった。アレクが何かを思いついた顔になった。
「ん?」
嫌な予感がした。営業マンが何かを思いついた時は大抵ろくでもない。
「紫乙さん」
「なに?」
「実はですね」
アレクが営業スマイルを浮かべる。嫌な予感が強くなる。
「死亡後サービス『ブルーハイ・サービス』にお申し込みいただければ」
私は固まる。保木君が顔を覆った。どうやら止める気はないらしい。アレクは続ける。
「小皿もコートもサービスいたします」
部屋が静かになった。
「……え?」
私は聞き返した。
「サービスです」
「無料?」
「無料です」
「両方?」
「両方です」
私は小皿を見る。コートを見る。アレクを見る。そして、ルークを見る。ルークは真顔だった。
「お得だね」
ルークはやっぱり敵だった。
「ちょっと待って」
私は額を押さえる。
「それってつまり」
「はい」
アレクが満面の笑みを浮かべる。
「体験共有プログラムへの参加ですね」
「つまり、バンジージャンプ?」
「バンジージャンプです」
即答だった。私は椅子に深く座り直した。なるほど。そういうことか。結局そこへ戻るのか。
「飛ぶだけで?」
「飛ぶだけです」
「小皿とコートが?」
「無料です」
アレクは営業スマイル全開だった。保木君が小さく言う。
「ベガでは人気なんです」
「そんなに?」
私が聞く。すると、保木君が頷いた。
「地球のバンジージャンプ映像って、かなり再生数が伸びるんですよ」
「本当に?」
「本当です」
今度はアレクが答える。
「ベガでは大人気です」
「どうして?」
「美しい景色と叫び声が合わないような気がして笑ってしまう方もいれば、エキサイティングだと言って、映像にくぎ付けになる方もいます。理解できないという方もいますが、興味はあるんですよ」
なるほど。それは少し分かる。わざわざ高い場所へ行って、自分から飛び降りる。確かに冷静に考えると意味が分からない。
「だから人気なんです」
アレクが真面目な顔で言う。
「特に地上勤務者の体験映像は価値があります」
「価値があるのね……」
「あります」
そして、少し身を乗り出した。
「しかも紫乙さんは配信者です」
嫌な予感しかしない。
「反応が良いです」
「褒められてる気がしない」
「褒めてます」
アレクは真顔だった。すると、ルークが頷く。
「確かに」
「あなたも賛成しないで」
「面白そう」
完全に楽しむ気だった。私は天井を見上げた。兄の顔が浮かぶ。死亡後サービス。100万円。そして、無料になる小皿とコート。さらにバンジージャンプ。どう考えても話がおかしい。しかし、アレクは本気だった。ルークも本気だった。保木君だけが、無理しなくてもいいですからねと、小声で言ってくれている。唯一の良心だった。
「……」
私はしばらく黙り込む。そして、小さく呟いた。
「考えるだけよ」
その瞬間、アレクの目が輝いた。
「検討していただけるんですね!」
「まだ飛ぶとは言ってないわよ!」
「前進です!」
アレクは嬉しそうだった。営業成績優秀賞の理由が少し分かった気がした。一歩でも前へ進めば勝ち。そういう人なのだろう。私は深いため息をついた。どうやら今日中に、この営業攻勢から逃げ切るのは難しそうだった。




