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私はゆっくり息を吐いた。今は、ルークを問い詰めても仕方がない。それに、アレクは完全に失言した顔をしているし、保木君まで気まずそうに縮こまっている。なんだか二人が気の毒になってきた。
「……とりあえず」
私はお茶を一口飲んだ。
「サービスの説明を聞くわ」
その瞬間だった。アレクの表情が目に見えて明るくなった。
「ありがとうございます!」
保木君もホッとした顔になる。どうやら二人とも、追い返される覚悟をしていたらしい。
「本当に助かります……。僕、今日は帰り道にアレクのお葬式を見ることになるかと思いました」
「湊……」
アレクが悲しそうな顔をした。
「そんなに?」
「かなりです」
即答だった。私は思わず笑ってしまう。緊張していた空気が少しだけ和らいだ。すると、アレクが改めて姿勢を正した。
「では、ご説明させていただきます」
ホログラムが再び展開される。そこには青い文字が浮かんでいた。
――ブルーハイ・サービス。
なんだか高級ホテルの会員サービスみたいな名前だった。
「死亡後サービス『ブルーハイ・サービス』です」
「名前は綺麗ね」
「ありがとうございます」
アレクが嬉しそうに頷く。
「こちらは生前申し込み制になっています」
「なるほど」
「宇宙連合共通通貨でのお支払いになります」
私は少し身構えた。さっきのネックレスの件がある。嫌な予感しかしない。
「地球通貨に換算すると、およそ100万円です」
「100万円」
私は少し考える。高いが、500万円のネックレスを見た後だと感覚が麻痺していた。むしろ安く感じる。危険だった。
「なお」
アレクが続ける。
「地球通貨との両替サービス込みです。地球通貨でお支払いいただけます」
「そういうサービスまであるの?」
「はい」
アレクは頷く。
「地球在住者のお客様からは非常に好評です」
完全に生命保険の説明みたいになっていた。私は思わず苦笑する。すると、アレクが言った。
「もっとも」
「もっとも?」
「100万円は高いので」
「でしょうね」
私が即答すると、保木君が笑った。アレクも苦笑する。
「そこで、別の支払い方法をご用意しております」
「分割?」
「違います」
ホログラムが切り替わる。大きく表示された。体験共有プログラムと出ている。
「なんですか、それ」
私は嫌な予感しかしなかった。
「地球での体験を共有していただくんです」
「共有?」
「はい」
アレクが頷く。
「珍しい体験や感動的な体験を、ベガ中央百貨店の広報素材として使用させていただきます」
私は瞬きをする。
「広告?」
「広告です。例えばですね」
アレクが楽しそうな顔になる。
「地球でしかできない体験がありますよね?」
「まあ」
「それを紹介したいんです」
「例えば?」
私は聞いた。すると、アレクが満面の笑みで言った。
「バンジージャンプなんてどうでしょう!」
私は固まった。ルークは頷いた。保木君は吹き出した。
「待って」
私は手を上げる。
「なんでそこでバンジージャンプなの」
「面白そうだからです」
「理由が軽いわ」
私は即座に突っ込んだ。しかし、アレクは真剣だった。
「地球でも人気です」
「人気かもしれないけど」
「映像映えします」
「宣伝目線でしょう、それ」
「宣伝ですから」
潔かった。私は額を押さえた。その時だった。ふと気付く。
「ねえ」
「はい?」
「小皿のことといい」
「はい」
「バンジージャンプのことといい」
私はじっとアレクを見る。
「どこかで見てた?」
一瞬だけ沈黙が落ちた。保木君が視線を逸らす。アレクは営業スマイルを浮かべた。そして。
「企業秘密です」
と言った。
「見てたでしょう」
「企業秘密です」
「見てたわね」
「企業秘密です」
認めたようなものだった。私は思わず笑う。マカオの話も知っている。兄の話も知っている。配信も見ている。どう考えても調査済みだった。すると、アレクが話を戻す。
「マカオまでは遠いので、日本国内でいかがでしょう」
「嫌です」
私は即答した。
「まだ提案段階ですよ?」
「嫌です」
即答だった。すると、アレクがホログラムを操作する。岐阜と栃木のバンジージャンプ施設の写真が並んだ。
「景色が綺麗ですね」
「嫌です」
「人気がありますよ」
「嫌です」
「安全です」
「嫌です」
保木君が笑いを堪えていた。ルークも少し楽しそうだった。私は嫌な予感しかしない。
「交通費などは紫乙さん負担になりますが」
「なるほど」
「アレクも同行で?」
保木君が聞く。
「もちろんです!」
アレクが胸を張る。
「広報担当として同行します!」
絶対に楽しみたいだけだと思った。
「映像を共有していただければ、かなりの金額を充当できます」
アレクが真面目な顔で言う。私は腕を組んだ。嫌だ。高いところは好きではない。飛びたくない。しかし、私は兄のことを思い浮かべた。いつか必ず別れが来る。それは分かっている。今まで深く考えないようにしていただけだった。私は黙る。ルークも何も言わない。すると、アレクが少しだけ声を落とした。
「大切な人と、少しでも早く会いたいと思う方は多いんです」
私は視線を落とした。さっきの失言が頭をよぎる。兄より先に死ぬ。その言葉はまだ胸のどこかに引っかかっていた。嫌だ。聞きたくなかった。でも、もし本当にそうなのだとしたら。私は兄ともう一度会いたいと思うだろう。きっと、迷わずに。
「……」
私はため息をついた。そして、アレクを見る。
「サービスには興味あるわ」
アレクの目が輝いた。
「本当ですか!」
「でも」
私は即座に続ける。
「バンジージャンプは嫌」
すると、ルークが横から言った。
「楽しそうなのに」
「あなたは黙って」
「賛成」
「ルーク!」
私は思わず叫んだ。保木君が吹き出す。アレクは営業スマイル全開だった。どうやら私は今、宇宙規模の営業攻勢に巻き込まれているらしかった。




