表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人生2周目は、300万円で買ったゴミ山に引きこもります。〜世界崩壊まであと1ヶ月、私だけが知ってる『絶対安全地帯』〜  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/40

第34話

5月10日、日曜日。

世界崩壊から、九日が経った。


「基準を決めたい」


朝食のとき、私が言うと、全員が箸を止めた。


「受け入れる人間の基準。今まで来た人たちは全員断った。でもこのまま全員断り続けるのは、私の本意じゃない」


「本意じゃない、とは」


ゲンタが静かに聞いた。


「ここは要塞じゃない。最終的には、小さくてもいいから、ちゃんと機能するコミュニティにしたい。そのためには、いつか外の人間を受け入れる必要がある」


テーブルに少しの間、沈黙が流れた。


「基準は、どう考えてる」と蒼が聞いた。


「三つ。悪意と暴力の意図がないこと。拠点のルールを守れること。何か貢献できる意志があること。——これだけよ」


「貢献、というのは」


「特別なスキルじゃなくていい。畑を手伝う、料理をする、掃除をする。それでいい。ただ、受け取るだけじゃなくて、何かを返す気持ちがある人間かどうか」


「判定は誰がする」とネロが聞いた。


「全員で。私一人が決めることじゃない」


ゲンタが少し目を細めた。


「武器は」


「没収。拠点内での武器の携行は禁止。例外なし」


「従わなかったら」


「出ていってもらう」


蒼がコーヒーを一口飲んだ。それから「賛成だ」と言った。


ネロが「わかった」と言った。シノが「いい基準だと思うわ」と言った。ゲンタが「……そうだな」と言った。


モグが「新しい人が来たら、畑の仕事教えてあげる!」と言った。


「ありがとう、モグ」


---


その日の昼過ぎ、センサーが反応した。


「一人。いや、二人。大人一人と、小さい子どもが一人。徒歩。ペースが遅い——子どもが疲れているんだろう」


ネロの報告を聞いて、私は情報処理室へ向かった。


モニターに映ったのは、女と、小さな子どもだった。


女は三十代前後に見えた。大きなリュックサックを背負い、子どもの手を引いていた。子どもは四歳か五歳くらい。足を引きずるようにして歩いていた。


「武装は」


「なし。リュックの形状から重量物は入っていない。水と食料が少量、あとは着替えか毛布のようなものが見える」


「他に人は」


「周囲五百メートル、人影なし。単独だ」


私は二人の姿をしばらく見た。


女が時々立ち止まって、子どもに何か声をかけていた。子どもが頷いて、また歩き出す。その繰り返し。


「どうする」とネロが聞いた。


私は少し考えた。


「迎えに行く」


「え?」とネロが言った。珍しく、声に驚きが混じっていた。


「門の外まで、私が行く。蒼、カバーをお願い」


「……了解だ」と蒼が無線越しに言った。


---


ドローブリッジを少しだけ下ろした。


私は一人で橋を渡り、外に出た。


外に出るのは、崩壊後初めてだった。


空気が違う気がした。気のせいかもしれない。ただ、結界の外側は——どこか、張り詰めていた。


二人は山道の途中にいた。私の姿を見て、女が立ち止まった。警戒するように、子どもを後ろに庇った。


「脅かすつもりはない」


私は両手を見せながら近づいた。


「ここの管理者よ。少し話せる?」


女が私を見た。疲れ切った目だった。でも、怯えの中に——何か、諦めていない光があった。


「……はい」


「名前を聞いていい?」


「サヤカといいます。この子は、ハルキ。息子です」


ハルキという名の男の子が、お母さんの後ろからこちらをのぞいていた。丸い目だった。


「サヤカさん、ここに来たのは」


「安全な場所があると聞いて。他に行くところがなくて——」サヤカが少し唇を噛んだ。「迷惑なのはわかってます。ただ、この子だけでも、どこかに」


「一つだけ聞かせて。ここで暮らすとしたら、あなたは何ができる?」


サヤカが少し目を見開いた。それから、少し考えて言った。


「料理と、裁縫は得意です。前は保育士をしていたので、子どもの世話も。それと——少しだけど、医療の知識があります。救急講習は毎年受けていたので」


(シノの助手が欲しかったところだ。それに、モグの遊び相手も)


私は頭の中で素早く計算し、少し笑った。


「十分よ。来て」


---


拠点に入ったサヤカとハルキを、全員で迎えた。


モグが一番喜んだ。「新しい人来た! 一緒にご飯食べよ!」と言って、ハルキの手を引っ張った。ハルキが最初は固まっていたが、モグがにこにこし続けるので、やがて少しだけ笑った。


シノが「救急の知識があるなら医療室を案内するわ」と言って、サヤカを連れていった。ゲンタが「荷物、どこに置く? 部屋を用意する」と言った。蒼は何も言わなかったが、監視塔から下りてきて、黙って水を一杯出した。


サヤカがその水を受け取って、一口飲んだ。


それから、目を赤くした。


「……ありがとうございます」


「どういたしまして」とゲンタが言った。珍しく、少し照れたような顔をしていた。


---


夜、私はネロと二人で情報処理室にいた。


「今日の判断、正解だったと思うか」とネロが聞いた。


「わからない。でも、後悔はしていない」


「サヤカという女は信用できるか」


「今日会った限りでは。ただ——」


「ただ?」


「信用は、一日で決まるものじゃない。時間をかけて確認していくものよ。だから、仮住人という位置づけにした」


ネロが少し間を置いた。


「合理的だな」


「情けじゃない。投資よ」


「投資?」


「彼女が拠点に貢献してくれるなら、私たちも彼女を守る。対等な関係。施しじゃない」


ネロが「なるほど」と言って、タブレットに何かを打ち込んだ。


「仮住人、サヤカ。登録した」


「ありがとう」


---


その夜、食堂からハルキの笑い声が聞こえた。


モグが何か面白いことをしているのだろう。それにゲンタの低い笑い声が混じった。シノの「もう、うるさいわね」という声も聞こえたが、怒っているようには聞こえなかった。


私はコーヒーを淹れて、窓の外を見た。


結界の光が、いつもと同じ青白さで灯っていた。


外の闇は深かった。でも、内側には光があった。


「今日が始まりね」


誰にともなく、私は呟いた。


ここはまだ、小さな灯りに過ぎない。


でも、灯りは増やせる。


【世界崩壊から9日目。星降る森に、初めての住人が増えた。】



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ