第33話
5月8日、木曜日。
世界崩壊から、七日が経った。
噂は、思ったより早く広がった。
「山の奥に、安全な場所がある」
ネロが各地の通信を傍受した限り、その話はすでに複数の生存者グループに伝わっていた。正確な場所まではわかっていないようだが、「北の山道を上った先」という方向性は共有されていた。
「今日は来るかもしれない」
朝食のとき、私がそう言うと、蒼が「わかってる」と答えた。すでに夜明け前から監視塔にいる。
「規模は?」とゲンタが聞いた。
「ネロ、昨夜の観測データを」
「拠点から十キロ圏内で確認できる生存者の移動が、一昨日より倍増している。昨日までの単独・小グループ中心から、今日は十人を超える集団の動きが少なくとも二件」
「武装は」
「うち一件は、ドローン映像で武器らしき形状のものを確認している。ただし距離があるため断定できない」
ゲンタが腕を組んだ。
「来るな」
「来る」と私は言った。「今日中に」
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最初のグループが現れたのは、昼前だった。
ネロのアラートで情報処理室に入ると、モニターに十二人の集団が映っていた。
「分析してくれる?」
「やっている」
ネロが複数のウィンドウを展開した。ドローンが低空から撮影した映像が、三方向から同時に流れている。
「先頭に子ども二人。その後ろに女が三人。さらに後方に男が七人。男たちはバックパックを背負っているが——」
ネロが映像を拡大した。
「後方の男の一人、右腰に膨らみがある。ジャケットの下だが、形状からしてホルスターの可能性が高い。もう一人、バックパックの外ポケットに金属製のものが見えている」
「武装してる。しかも銃器?」
「ああ。警官から奪ったか、元から裏の人間か。いずれにせよ、まともな避難民じゃない」
ネロが冷たい声で言った。
「少なくとも二人は武装している。構成的に——先頭の子どもと女は、意図的に前に出されている『盾』だろうな」
私は映像を見た。
先頭を歩く二人の子どもは、五歳か六歳くらいだった。疲れた顔をしていた。女たちも同様に消耗していた。後方の男たちだけが、なぜか比較的余裕のある足取りで歩いていた。
「蒼に共有して」
「済んでいる。蒼はすでに後方の男たちに狙いを定めている」
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集団が正門前に到着した。
今度はすぐに子どもが前に出てきた。女の一人に背中を押されるようにして、インターフォンの前に立たされた。
男の一人が——後方にいた男ではなく、女たちと一緒に歩いていた男が——代表として前に出た。
「お願いします。子どもたちが限界なんです。食料も水もない。お願いだから、せめて子どもだけでも中に——」
「止まれ」
蒼の声が流れた。
「後方の男、右腰のものを地面に置け。バックパックの外ポケットも開けて、中身を見せろ」
沈黙。
男が固まった。
「なんのことを——」
「聞こえなかったか。後方の男、右腰のものを地面に置け。今すぐ」
後方にいた男たちがざわめいた。何か小声で話す声が、マイク越しに拾えた。
私はモニターを見ながら、腕を組んだ。
「ネロ」
「後方の男が二人、位置を変えようとしている。城壁の死角を探しているようだ」
「蒼に伝えて」
「伝えた。すでに対応済みだ」
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インターフォンから蒼の声が流れた。
「確認が取れた。後方に武装した者が複数いる。子どもと女を前に置いて交渉を試みる意図も確認した」
男が「違う、そんなつもりじゃ——」と言いかけた。
「黙れ」
蒼の声は変わらなかった。
「子どもを盾にする人間と話すことはない。回れ右をして来た道を戻れ。今なら撃たない」
「待ってくれ! 本当に困ってるんだ! 子どもたちは本物だ。俺たちは——」
「武器を持ったまま子どもを盾にして交渉に来た。それが事実だ。釈明を聞く気はない」
「撃つのか!? 子どもがいるのに!?」
「子どもに危害を加えるつもりはない」と蒼は静かに言った。「ただし、武装した大人が一歩でも踏み込んだら撃つ。選べ」
長い沈黙があった。
後方の男たちが再びざわめいた。代表の男が振り返って、何か激しくやり取りをしていた。
私はモニターを見ながら、何も言わなかった。
子どもたちが怖がっていた。泣きそうな顔で立っていた。
可哀想だと思った。
ただ、それは子どもたちに対してであって——彼らを盾として連れてきた大人たちに対してではなかった。
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最終的に、集団は引き返した。
後方の男たちが先に動いた。代表の男が「覚えておけ」と言い残した。女たちが子どもの手を引いて、来た道を戻っていった。
最後に、女の一人がカメラを振り返った。
何かを言いかけて——やめた。
やがて全員が山道の向こうに消えた。
「追跡は?」とネロが聞いた。
「しなくていい。ただし、別ルートで戻ってくる可能性がある。監視は続けて」
「了解だ」
私はモニターから目を離した。
「蒼に、よくやったと伝えて」
「自分で言えばいい」
「……後で言う」
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夕食のとき、ゲンタが「今日は何件来た」と聞いた。
「一件。十二人。武装あり、子ども二人連れ」
「撃ったか」
「撃っていない。引き返した」
ゲンタが黙って茶碗を持った。それから「子どもは」と聞いた。
「連れていかれた。武装した大人たちと一緒に」
ゲンタがため息をついた。
「……そうか」
「どうしようもないわ。私たちが全員受け入れて、食料が尽きたら、子どもも含めて全員死ぬ」
「わかってる」
「わかってても、しんどいのよね」
ゲンタが少し目を細めた。それから「ああ」とだけ言った。
シノが「明日も来るかしら」と呟いた。
「来る。今日引き返した人たちとは別の人たちが」
「どのくらい?」
「わからない。ただ——今日が最初じゃなくて、今日が始まりよ」
テーブルに少しの間、沈黙が流れた。
モグが「ごはん、おかわりある!」と言った。
全員が、少し顔を上げた。
「ありがとう、モグ」
私はお椀を差し出した。
外の声は、夜になっても消えなかった。
【世界崩壊から7日目。初めて、武装した集団が来て、去った。星降る森は、今日も揺るがなかった。】




