9話
「小傘!」そうして僕は彼女の名前を呼ぶ。確かに届く声量で、確かに伝わるその名前を。一瞬、小傘はぴたりと足を止めてくれる。...だけど、その様子をみて息をついた僕とは裏腹に小傘は走り出す。僕から離れる形で、僕から逃げる、そんな風に見える様子で。「なんで---」もはや立つのがやっとかもしれない足を感情のままに動かしてその後ろ姿を追う。
...16そこらの少女と成人男性、どちらの足が速いかと問われれば一般的に考えて後者。その道理が如く僕はすぐに小傘に追いつき、「待ってくれよ!何で逃げるんだよ!」小傘の左腕をつかみ、言う。「なんで...なんで何も言わずに出ていくんだよ。...紙の上のありがとうなんかじゃ何も伝わりきならないよ。」「...だって。」「小傘?」「だってだってだって!絶対...迷惑だったじゃないですか!」振り返ってこちらを向いてくれた小傘は表情を崩しながら言う。「妖夢さんも湊さんも言ってた通りですよ。私は湊さんの家にいるべきじゃないって、私の居場所はそこじゃないんだって。だから出てきたんです!だから離れたんです!雨が止むってわかったときから、人知れずどこか別の居場所を探そうって...これ以上湊さんに迷惑かけないようにって。完全に拒絶されてしまうその前に。それの何かだめだって言うんですか!...何が間違ってたって言うんですか。」勢いづいていた言葉は次第に弱弱しいものになり、感情に遮られるように小傘は言葉を紡がなくなる。「...誰も」だから僕も同じだけの感情をこめて、心の底から湧きだす言葉を口に出す。「誰も小傘の居場所があそこじゃないなんて言ってない!」「(はあ、はあ)...んえ?」「小傘があそこを居場所だと思ってくれるのならそれでよかった!元の家に帰りたくないっていうのならそれでも別にいいって思ってた!それくらい、僕は小傘に救われたし、小傘がいることに慣れてきてた。そうでもなきゃ警察に捕まって社会復帰ができなくなるリスクをとってまで小傘を家に置いたりなんてしてない。初めて朝ご飯を作ってくれてた日、あの時きっと追い出してる。だけど...」僕は、きっと小傘には受け止めきれないかもしれない事実を告げる。そばで一緒にそれを受け止める覚悟をもって。「だけど...小傘の両親、多々良咲さんと多々良優斗さんはもうこの世にはいないんだ。」小傘の呼吸の音が聞こえなくなった気がした。ただただ響いてくるのは負うに負いきれない事実を目の当たりにした小傘の表情に締め付けられた僕の心臓が跳ねるそれだけ。だけど、いずれ知ることになるのなら、今ここで、僕が一緒に受け止めれられるここでそれを告げたほうがきっといい。僕は苦し紛れに、服の上から心臓を抑え込み言葉をつづける。「もう、小傘が帰るべきだった場所はないんだ。それなのに、小傘と僕との関係が世間に知られたらどうなる?僕が警察に捕まってしまったらきっと、傘一本を片手にどこへでも行ける小傘は帰る場所を失ってどこにも行けなくなってしまう。...僕はそんな小傘を見るのが嫌だった。怖かったんだ。だから小傘の傷つくことも言ってしまったし、妖夢にも辛いことを言ってもらった。だからさ小傘...」言葉を紡ぎ続けて、ようやく僕は覚悟を決めて、自分自身で練り上げたその気持ちを、考えを、願いを、言葉にして小傘に伝える。「...僕の家族になってくれませんか?」「ああ...あえあ?あああ、」言葉にならない声を発する小傘を僕はいつの日かのように抱き留める。「...大丈夫。大丈夫だよ小傘。ゆっくり息吸って。」止まったり聞こえたりで忙しかったか細い呼吸音は徐々に徐々に静謐となって、落ち着いていくのがわかった。少しの間そうしていると「お兄さん。ちょっといいですか?」後ろからそんな声が聞こえてくる。「男が女の子のことを追いかけているって通報があってね。お話聞かせてもらえるかな。」「早くその子を離しなさい。暴行罪と強制わいせつ罪で逮捕するわよ。」「...わかりました。離します。」僕はゆっくりと小傘の体を自分から離し、両手を肩ほどにまで掲げて「だけど...少しだけ安静にしてあげてください。いろいろきついこと言ってしまったので。」「署まで来てもらえるかな。」「ケホッ。すいません、どこでもついてくんで飲み物をください。そこの自販機でさっき買ったのがまだおいてあるはずなので...」僕が言うと男の警察官が僕の後ろにつき「...その子は任せたよ。」「わかりました。」そう言って僕に小傘と離れるように道を先導させ、自販機までいかせてくれた。そうして僕は警察車両に乗り込むことになった。
「...それが事実であるならまあ、誘拐罪には確かにならないかもしれないですけどねぇ...あなた社会人でしょ?すぐに警察に相談するとかもっとできることあったでしょう。」「...それは、ほんとにその通りです。申し訳ありません。」「まあわかりました。滞りなく話してくれたわけなので、今日は帰っていいですよ。いったんそれの事実の裏取りができるまでは要監視対象という形になりますがね。確認が取れ次第連絡してまたこちらにお越しいただくことにはなると思いますがよろしいですね?」「...小傘は、小傘はどうなるんですか?」「あの女の子は安心してか知らないですけど、移動中に眠ってしまったので。一応被害者という立場で扱わせていただくので起き次第事情を聴く形になります。」「そのあとは...?」「あなたの言ってることが本当なら、保護所に送られて経過観察ですかね。どうにしたってまずはあなたの疑いが晴れてからなので。今日はおかえりください。事実であればそのあたりの話も後日いたします。」「わかり...ました。」僕は警察官に促されて聴取室を出て、警察署の敷居をまたぐ。
「はあ...」一連のことに思わずため息が漏れる。「交渉の余地はあるって感じですか。」突然、声がかかる。「よう...む?」「何をきょとんとした顔をしてるんですか。連絡をしたのはほかでもない湊さんでしょう?」警察署の敷居をまたいだすぐそばに心配そうな目でこちらを見る妖夢が立っていた。「結局警察沙汰にまでなってしまったわけで。どうだったんですか?お話は。」「妖夢...妖夢ぅ」僕はそんな妖夢を見て安心してか、不安が募ってか。もたつく膝を地面についていわれもなく情けない声を出してしまう。「ちょちょちょ、大丈夫ですか!警察署の前でそれされると私が何かしたみたいになっちゃいますってぇ!まったくぅ...」妖夢はそういうと僕の目線まで体を下ろし、僕のぼやけかかった視界を頭ごと心地よい暗闇へと持ち去ってくれる。そのせいで...僕はうまく体を動かせなくなって、体の大半が妖夢に預けられてしまう。「大丈夫です。湊さんには、湊さんのそばには私がいますから。落ち着いてぇ...落ち着いて。」妖夢は背中をさすってゆっくりゆっくり僕に言葉をかけてくれる。「なあ....妖夢。これから僕はどうすればいいんだ...?」僕は問う。妖夢に求めるべきではないだろうその問いをだけどそれに「どうしたいんですか。湊さんがどうしたいのか、こんな状況になってるんです。きっと覚悟をもって...小傘ちゃんを助けたいってそう思って行動した結果なんでしょう。だったら正直そのままだと思いますけどね、どうすればいいか。小傘ちゃんを救う...そうじゃないんですか?」そうして妖夢はしっかりと僕に道しるべを与えてくれる。「あまり家に帰したくなるような家庭環境じゃないっていうなら前に行った制度が使えるかもしれないですしそれなら...」「妖夢...聞いてくれ。」「は、はい。なんですか?」「実は...さ。小傘の両親...もういないんだ。」「...それは本当なんですか?」「警察にも話して、確認が取れ次第連絡するって言われた。」「なるほど...です。」妖夢はしばし押し黙ったかと思うと、大きく息を吸い込んで「そうであればなおさらです。」そうして僕に言う。「私と一緒に小傘ちゃんを支えていきませんか...?」




