8話
ちゅんちゅんと、鳥のさえずる声で目が覚める。...それが最近の僕にとってはとても違和感に感じられた。僕は目をこすりながら窓の外へと体を向ける。「...止んだのか。」違和感の正体はそれだった。連日続いていた憂鬱にも頭に響く雨音が失われたいたこと。窓の外には絢爛に輝く太陽の光が数多の露に乱反射して生き生きと輝いている。それはあまりにすがすがしい光景で、普段から見ることができるのに目を向けることをしなかったその場所を鮮明頭の中に焼き付けた。そうして僕は清々しさを感じる。...だけど。「はあ...」ため息をつく。だけど、同時に僕にはまだ晴れない霧が深く濃く頭の中に立ち込めていた。「どう伝えたら傷つけずに済むかな。」寝たことで少しばかしよく働くようになった頭で軽く思案する。小傘の両親がすでに亡くなっていること、それは僕にとっても聞いて気分の良くなる話ではない。取り分け小傘は当事者なのだからその事実に驚嘆するも悲嘆するも、その状況が僕の頭にはありありと浮かび上がる。...というか「傷つけずに伝える方法なんてあるのか?」両親が亡くなったこと。誰であってもそんなことを伝えられた時には動揺して、訳が分からなくなって、取り乱す。たとえそれがどんなにやわらかくて優しさを込めた伝え方であっても事実が覆ることはないのだから、伝わった時点でそうなることは目に見える。「だったら...」だったら真正面からそれを伝えて、一緒に受け止めることが大切なんじゃないだろうか。一人で抱え込む必要なんてないって、そばで一緒に受け止めることがなにより大事なんじゃないだろうか。僕はそうして思い立ち、重い腰をベットから降ろして居間へと赴く。
...そして僕は気づくのだった。違和感の正体が晴れ渡る空だけではないということに。「...小傘?」思わず僕は小傘の名前を口にする。いつもこの時間には起きて朝食を作ってくれていたのだが、どうしてか小傘の姿は見えない。雨が止んだことで少し気温が高くなったからシャワーでも浴びているのかと、軽く考えて僕は癖のようにテレビをつける。「いやあ、予報通り見事に晴れましたね。これはもう梅雨明けを宣言をしてもいいのではないでしょうか?気象予報士の霧雨さん。」「そうですね。おっしゃる通り西日本では一部梅雨明けが宣言されている地域もあります。ですが東日本側ではいまだ梅雨前線の影響が強く出ている地域もあるため、完全な梅雨明けにはまだ数日かかるでしょう...」「...」とある予感がよぎる。「...小傘?」居間を見回してももちろん小傘はいなくって...そして僕の目にはあるものが映った。いつも小傘が朝食を並べてくれているその机に、昨日寝る前には見かけなかった紙が一枚置いてあった。「...なんだ?」つぶやき、立ち上がり、それを手に取る。「ありがとうございました!!」そこには感謝の意を持つその言葉と、ビックリマークが二つ、堂々と丁寧な文字で書かれていた。「え...?」何が起こっているかよくわからなかった。僕は挙動不審になって目を居間のあちこちに泳がす。ふと、ごみ箱に目が留まった。...机に置かれていた紙と同じ紙がくしゃくしゃに丸められていくつも捨てられていたから。僕はおもむろにそれらを拾い上げて開き中を見る。同じく丁寧で堂々とした文字で、お世話になりましたとか、楽しかったですとか、そんな言葉が書かれていた。だけど僕はその中の一枚に目を惹かれる。なかでも特にくしゃくしゃで紙が破れてしまいそうなくらいなその一枚に。僕はそれを開ける。「...ごめんなさい。」そこには打って変わって弱弱しく斑に湿ってインクのにじんだ文字でそんな言葉が書かれていた。「こがさ!」この上ない喪失感で僕は思わず居間を飛び出す。...玄関には小傘の靴も小傘の傘も、その要素がすべて取り除かれてしまっていた。僕は急いで靴を履き、傘を持たずに外に駆け出す。いつかのように喪失にうなされる僕でい続けたくなかったからなのか、いつの間にか小傘がいることが当たり前になっていたのか。...まだそう遠くにはいっていないであろう小傘を探し求めて。
「はあ、はあ、っはあ。どこ...言ったんだよ。」いつぶりか必死に走ったためすぐに息が上がってしまう。前に小傘は言っていた。「雨が続いてて...いちゃまずかったですか?」雨が止んだ今、きっと小傘はまた居場所を探して奔走するつもりでいるのだろう。...きっとそれだけなら僕にそれを止める理由なんてない。こんなに必死になって小傘のことを探し回る必要なんてない。だけど、くしゃくしゃの紙に書かれていたごめんなさいという言葉、小傘が僕に対して言わなきゃいけないと思ったから書いた。でもそれじゃあ何も伝わらないから、ありがとうと...きっとその言葉を残していったんだと思う。だから僕は伝えなきゃいけない。小傘に、そんなことはないと。僕が未熟なばかりにこぼした言葉を背負わないでくれと。そんな自己中心的で後ろめたいそれを伝えなくてはならない。「...そうだ。」僕はポケットに入れたままにしたスマホを取り出し、走るための体力を回復させるために歩きながらメッセージアプリに文章を打ち込む。「...いいよな。頼っても。」本音を伝えてほしいと、もっと頼ってほしいとそう言ってくれた妖夢に僕は小傘がいなくなった旨と家から歩いていける距離を探してる旨のメッセージを送信する。妖夢は今通勤している途中かもしれない。だけどいまはそんなことをかまわずに彼女を頼る。そうして、僕はまた駆けだす。ある一つの小傘が向かいそうな場所に向かって。
「はあ、っはあ、っは。」膝に手をつき肩で呼吸をしながら周りを見渡す。目に入るのはスーツ姿の通勤中の社会人ばかり。「ここじゃ、ないのか...?」小傘との会話を思い出して僕は家から一番近い街に来た。両親が亡くなってることを知ってる僕には、家から出て行った小傘は今、きっと新しい居場所を探してるのだと。そう思って人が多くて声をかけやすいここに来てみたのだが...人が多いためか、そこに小傘がいないからか、すぐに小傘を見つけることはできなかった。朝から何も口にしていない状態で走ってきたのでとてつもなくのどが渇いてしまった僕は、頭を働かせるためにもと思い近くの自販機で飲み物を買う。「いったいどこに...」思いながら、しゃがんで買った飲み物を取り出し口から取りだそうとする。ふと、その状態で顔を上げてみると...少し離れた場所に特徴的な水色の髪を乾き始めた空気になびかせる少女が見えた。「......ッ!」僕は乾いたのどのことなんて記憶から吹き飛ばし、飲み物を取り出すことも忘れてその方向へと駆ける。「小傘!」近づき、届く声量で名前を呼ぶ。そうして...




