カエル入れ替え問題の殺意
【問題】
はすの葉が左右方向に1列に5枚並んでおり、その上にカエルが左から左詰めでA→B→C→Dの順で並んでいます(図)。
以下のルールにしたがって、カエルを左からD→C→B→Aの順に並び替えてください。
① カエルは、1つ隣のはすの葉、もしくは、2つ隣のはすの葉に跳び移ることができます。
② 1枚のはすの葉の上には同時に1匹のカエルしか乗ることができません。
カエルDは、ただ呆然と1枚のはすの葉を眺めていた。
そのはすの葉は、カエルDの1つ隣にあるはすの葉であり、今はカエルが乗っていない。
左右方向に1列に並んだはすの葉のうち、もっとも右端に位置するはすの葉である。
カエルDが、このはすの葉を眺めていたのは、このはすの葉が今まさに腐敗し、沈もうとしていたからである。
今のところこのことに気付いているカエルは、カエルDしかいない。カエルAないしCは、カエルDが障害となり、右端のはすの葉の様子を見ることができないのである。
しばらく眺めていると、はすの葉は完全に沈みきってしまった。
さてどうしたものか、とカエルDは悩む。
右端のはすの葉が無くなってしまったので、いつもの入れ替え問題を実施することはもうできない。
それだけではない。もうはすの葉は4枚しか残されていないのである。
カエルが4匹に対して、はすの葉が4枚しかないということは、どのカエルも今後一切、今乗っているはすの葉から移動することができないということである。
これからの生涯、1枚のはすの葉の上に止まったまま過ごさなければならないと思うと、カエルDは発狂しそうであった。
5枚のはすの葉を行き来してた頃だって、決して十分に移動の自由があったわけではない。しかし、それでも動けた。今はたった一度のジャンプだって許されないのである。真上に垂直に跳び上がるのであれば話は別だが。
カエルDは、しばらく悩んだ末、ある残酷な決断をした。
右端のはすの葉が沈んでしまったことを隠したまま、他のカエルたちにいつもの入れ替え問題をスタートするように提案することに決めたのである。
定石では、この問題の一手目は、カエルCが、カエルDを跳び越えて、右端のはすに跳び移ることである。
カエルCは、右端のはすの葉が沈んでしまったことを知らないから、そこにはすの葉が存在していると信じ、ジャンプをするだろう。
その結果、カエルCは下へと落ちてしまうのである。
カエルCがいなくなれば、4枚のはすの葉に対して、カエルは3匹となるため、今まで通りの移動の自由が確保される。
カエルDは、カエルCのことを好きでも嫌いでもなかったが、こうなってしまった以上、カエルCに犠牲になってもらうしかないと思った。
カエルCの命と他のカエル3匹の移動の自由とを天秤にかけた結果、後者に傾くと判断したのである。
カエルDは大きく息を吸い込み、号令をかけた。
「みんな! 今からいつもの入れ替え問題を始めるよ!!」
カエルA、カエルB、カエルCは、一斉に「了解!」と元気良く返事をした。
運命の瞬間は、早速訪れた。
カエルCは、
「じゃあ、まずは僕から行くね!!」
と言うと同時に、カエルDを飛び越えるようにして、大きく飛び跳ねたのである。
着地点にはすの葉があると信じて。
「うわあああっつ」
カエルCは悲鳴をあげ、その場から姿を消した。
カエルDは心の中でカエルCに謝罪する。申し訳ない。これしか方法がなかったのだ。
「おい、何が起こったんだ!?」
「カエルCは無事なのか!?」
カエルDが壁となり、状況が把握できていないカエルAとカエルBがほぼ同時に声を出す。
彼らに対する弁明の言葉はもう決まっていた。
「飛び移ったとき、カエルCがはすの葉の端の方に着地してしまったんだ。カエルCの体重がかかって、はすの葉が沈み、カエルCも沈んでしまった。これは事故だ」
「嘘つくな!!!!!」
カエルDは自分の目を疑った。なんと目の前にカエルCがいたのである。
「はすの葉は最初からなかったんだ!! カエルD、お前はそのことを知りながら、黙ってたんだろ!! お前は入れ替え問題をスタートさせ、俺を殺そうとしたんだ!!」
カエルCが、カエルDの目と鼻の先で捲し立てる。
「どうして!!? どうして生きてるんだ!!?」
「どうして生きてるかって、それは……それはな……ん? どうしてだ?」
カエルCはフリーズした。
もしかしてだけど、と前置きした上、カエルDはある大胆な仮説を立てた。
「僕らカエルという生き物は、水を泳ぐことができる生き物なんじゃないか」
カエルDのあまりにも大胆過ぎる仮説に、他のカエルたちは驚愕し、口をあんぐりと開けた。
「そ……そんなまさか……」
「だとすると、俺らがこれまでしてきたことは一体何だったんだ……?」
「カエルは水を泳げる」という仮説は、5枚のはすの上を行ったり来たりしていたカエルたちの今までの生き方そのものを否定するものだったのである。
「俺は信じないぞ!! カエルが自由に水を泳げるんだとすれば、そもそも入れ替え問題が成立しないじゃないか!!」
自身が水中から這い上がってきたばかりのカエルCが喚く。
他方、あることに気付いたカエルDは、自らの仮説が正しいことを確信した。
「カエルが1つ隣のはすの葉、もしくは、2つ隣のはすの葉に跳び移ることによって移動しなければならないというのは、僕らの能力によって規定されているのではなく、あくまでも『ルール』によって規定されていたに過ぎなかったということなんだ。その証拠に-」
その証拠は、今まさにカエルDの目と鼻の先で繰り広げられている光景だった。
「カエルC、君は今、どこにいるんだ? 僕が乗っているのと同じはすの上だろ?」
「本当だ……」
「僕らは今まで、同じはすの上には2匹のカエルが乗ることはできないと信じて生きてきた。でも、実際にはそれも単なる『ルール』であって、実際には、カエルが2匹乗ろうともはすの葉は沈まないことを今君が証明しているんだ。僕らは今まで『ルール』によって必要以上に自由を拘束されていたんだ」
カエルたちはお互いに目を見合わせた。
カエルDの仮説が正しいことが実証された今、カエルたちの次の行動は決まっていた。
カエルたちは一斉に池へと飛び込み、本物の自由を手に入れた。




