囚人と帽子の殺意
【問題】
無期懲役刑を受けている3人の囚人に、以下の問題が出されました。
赤い帽子が2つ、白い帽子が3つあります。このうちの3つを3人の囚人にそれぞれ被せます。囚人には自分以外の2人の帽子の色は見えますが、自分の帽子の色は見えません。囚人同士の会話は禁止されています。
囚人は、自分の帽子の色が白だと思ったら、逃げ出しても構いません(即日釈放)。
赤い帽子なのに逃げ出した場合には、死刑が執行されます。
帽子の色に関係なく逃げなかった場合には、無期懲役刑のままとなります。
《さて、ある囚人について、ほかの2人の帽子の色が白色だと分かり、かつ、その2人がしばらく逃げなかった場合、その囚人はどのような行動をとるべきでしょうか。》
「ゲームをしないか? 君が勝てば、君を即日釈放してやるよ」
強盗殺人の罪で無期懲役中の囚人Aに、看守はそのゲームを持ちかけた。
詳しいルールを聞く前に、囚人Aは迷わずに参加表明をした。
囚人Aはすでに20年近く刑務所で服役している。服役当初に比べれば、刑務所内のヒエラルキーも上がり、居心地が良くなっているのは事実である。アゴで使える手下もいるし、看守も自分のことを一目置いている。
とはいえ、シャバに出たいという想いが失せることはなかった。そこには刑務所内とは比べ物にならないくらいの自由があるのだ。
看守は、囚人A、囚人B、囚人Cを部屋に集め、【問題】(ただし、《》部分は除く。)のとおり、ゲームのルール説明を行った。
看守がゲームのルールを説明している間、囚人たちには発言は認められず、また、ルール説明後の質問等も一切認められなかった。
囚人Aは、囚人Bと囚人Cには見覚えがなかった。もしかすると彼らは他の刑務所から呼ばれてきたのかもしれない。
彼らはともに60代くらいに見えた。囚人Aと同い年くらいである。
そのまま間髪入れずにゲームは始まった。
囚人たちは、目隠しをされ、看守から帽子を被せられた。
そのまま椅子に座らされ、目隠しを取られると、三者が向き合うような格好で座らせていた。
囚人Aは、他の2人の帽子の色を確認する。
囚人Bの帽子の色は白であり、囚人Cの帽子の色もまた白であった。
囚人Aは2人を羨ましく思いつつ、自分の帽子の色を推理しようとした。
仮にBとCの帽子の色がともに赤色であれば、赤色の帽子はすべてで2つしかないため、囚人Aが白色の帽子であることが断定できた。他方、囚人BとCの帽子の色がともに白色であっても、白色の帽子はすべてで3つあるため、囚人Aの帽子の色を断定することはできない。
では、自分の帽子の色は論理的に決められないとして、このまま諦めて座ったままでよいのか。
否、もう少しじっくり考える必要があるだろう。
数分間経過したものの、囚人Bも囚人Cも逃げ出さず、椅子に座ったままだった。
思うに、誰も逃げ出さないというこの状況こそがヒントなのである。
誰も逃げ出さないということは、誰も自分の帽子の色が白だと確信できていないということである。
そして、このゲームの最大の鍵は、自分以外の他人の気持ちを考えることなのだ。
たとえば、囚人Bの気持ちになって考えてみよう。
囚人Cの帽子の色は白だから、もしも囚人Aの帽子の色が赤だと仮定すれば、囚人Bから見えている光景は、A…赤、C…白ということになる。それにもかかわらず、Cはすぐに逃げ出さない。
この場合、囚人Bはどのような行動をとるだろうか。
――囚人Bはすぐに逃げ出すのではないだろうか。
なぜなら、囚人Bも赤い帽子だと仮定すると、囚人C目線でA…赤、B…赤となるため、囚人Cはゲーム開始と同時に逃げ出すはずなのである。それにもかかわらず、囚人Cが逃げ出さないということは、囚人Bの帽子は赤だという仮定は間違っている、すなわち、囚人Bの帽子は白だということである。
囚人Bは比較的早くそのことに気付き、逃げ出すはずなのである。
それにもかかわらず、囚人Bが逃げ出さないということは、囚人Aの帽子の色が赤だという最初の仮定が間違っているということになる。
すなわち、囚人Aの帽子の色は白だということである。
よっしゃ! と心の中でガッツポーズをすると、囚人Aは椅子から立ち上がり、ドアの開け放たれた部屋の出口に向かって駆け出した。
廊下に出た途端、囚人Aは、そこで待ち構えていた看守に腕を掴まれた。
「なぜだ!? 離せ!! 俺の帽子の色は白のはずなんだ!!」
囚人Aが看守の手を振り払おうとすると、看守はそれを抑えつつ、もう一方の手で囚人Aの頭から帽子を取り上げた。
看守が手に持っていたのは、赤い帽子だった。
「囚人A、約束通り、死刑執行だ」
「……そ、そんなはずは……」
囚人Aは廊下で崩れ落ちた。
囚人Aの推論は間違っていないはずだ。それなのになぜ……
看守が種明かしをする。
「囚人A、お前の推論は正しい。ただし、囚人Bと囚人Cが健常者である場合にはな」
「健常者?……まさか囚人Bと囚人Cには障がいがあるということか?」
「そうだ。囚人Bも囚人Cも重度の覚醒剤常用者であり、その副作用で、後発的な障がいを持ってるんだ。囚人Bは両目を失明していて、帽子の色を見ることはできない。囚人Cは脳の萎縮により知的能力が極めて低く、ゲームのルールを理解することができない」
囚人Bと囚人Cに見覚えがなかったのは、彼らがこことは別の医療刑務所に収容されていたからということなのか。
「ゆえに、囚人Bと囚人Cにこのゲームにおける合理的な行動を期待することはできないんだ。君が囚人Bや囚人Cの気持ちになって推論をしたところで意味がないんだよ」
「そんなのアンフェアじゃないか!!」
「アンフェアではない。囚人が健常者だという条件付けはルールにはないからね。すべてはルールのとおり行われているよ」
「ふざけるな!! 俺をハメようとしたのか!?」
「そのとおりだよ」
看守はあっけなく認めた。
「なぜだ!!? なぜ俺がこんな目に遭わなければならないんだ!!?」
「囚人A、君は頭がキレるが、大事なことが分かってないんだね」
「……どういう意味だ?」
「囚人A、君はいつも刑務所内で横柄な態度をとっているだろ。君は、看守からも他の受刑者からも、この刑務所中のみんなから嫌われてるんだよ。みんな君にいなくなって欲しいと思っている。とはいえ、模範囚から程遠い君を釈放したいと思っている者は誰もいない。だから、刑務所のみんなで話し合って、君に今回のゲームを提案することにしたんだ。君に死んでもらって、刑務所から出てもらうためにね」
囚人Aは言葉を失った。
「だから、看守が君に白い帽子を被せるわけがないんだ。君には死んで欲しいと思ってるからね。囚人A、君はもっと他人の気持ちになって考えるべきだったんだよ」




