天使と悪魔の門番の殺意
【問題】
死者の目の前に二股に分かれた道があります。
一方は天国へと向かう道で、もう一方は地獄へと向かう道です。
それぞれの道の入り口には、門番がついています。門番はそれぞれ天使と悪魔です(もっとも、天国へと向かう道の門番が天使、地獄へと向かう道の門番が悪魔だとは限らず、天使と悪魔は日替わりでそれぞれの門を担当しています)。
天使は、質問に対して、常に真実を回答します。
悪魔は、質問に対して、常に嘘を回答します。
あなたは道を選ぶ前に、どちらか一方の門番に、1つしか質問ができません。
どのような質問をすれば、あなたは確実に天国への道を選べるでしょうか。
天国と地獄の分かれ道に、今日もまた新たな死者がやってきた。
その死者は、50代半ばくらいの男で、目つきの悪い男だった。
分岐点で男が立ち止まると、どこからともなく白と黒のブチ猫が現れた。
ブチ猫は当然のように人間の言葉を話し始めた。
「天国と地獄への分かれ道へようこそ。僕はこの分かれ道のガイド役だにゃ」
「ガイド役?」
「そうだにゃ。君にこの分かれ道のルールを教え、君を天国へと導くガイドだにゃ。もっとも、実際に天国へ行けるかどうかは君次第にゃんだけど」
「ふざけるな。ガイド役なんだろ。俺を確実に天国に連れてけ」
「残念にゃがら、そこは僕の責任に属しにゃいんだにゃ」
男はチッと大きく舌打ちをした。
「しゃあねえな。じゃあ、さっさとルール説明をしてくれ」
「そう焦らにゃいでくれ。今説明するにゃ」
ブチ猫は【問題】のとおりの説明をした。
「どちらか一方の門番に、しかも1つしか質問できないなんてケチだな」
「ルールはルールだにゃ」
男は右の道と左の道を交互に見比べる。いずれも道の先がどうなっているかは靄がかかって見えない。また、いずれの門も、そこにいる門番も、見た目には全く違いがない。
「面倒くせえな。おい、猫、ちょっとこっちに来い」
「にゃんだにゃ?」
ブチ猫が男に近づくと、男は猫を持ち上げると、首を絞め上げた。
「にゃ……にゃにをするにゃ!! く……苦しいにゃ……」
「お前はどっちが天国の道か知ってんだろ。俺に教えろ。さもないとさらに力を入れて首を絞めるぞ」
「や……やめるにゃ!! 何があっても僕は喋らにゃいにゃ!!……ぐっ……苦しい。早く離すにゃ……」
「使えねえ奴だな」
そう吐き捨てると、男は、ブチ猫を投げ捨てた。地面に打ち付けられたブチ猫は、「痛い!」と悲鳴をあげる。
「運悪く死んじまっただけでも散々なのに、なんで死後にこんなパズルに付き合わされなきゃなんねえんだよ」
「どうして死んだんだにゃ?」
「ポリのせいだよ。バイクでひったくりしたら、パトカーに追われて、しばらく逃げてたんだが、運転ミスって車にぶつかっちゃたんだよ」
「それは自業自得だにゃ。ひったくりは犯罪だにゃ」
「つくづく生意気な猫だな? 今度は本気で首絞めるぞ。大したもん盗んでねえのに、しつこく追ってきたポリが悪いんだよ」
反論しようとしたブチ猫を、男は睨みつけることによって黙らせた。
「俺は俺の生き方で生きてきたんだ。俺の欲しいものはどんな手段を使ってでも手に入れてきたし、俺に逆らう奴は全員潰してきたんだ」
「前科はあるのかにゃ?」
ブチ猫がおそるおそる聞くと、男は鼻で笑った。
「前科? そんなもんはねえよ。見つかって逮捕されなきゃ前科にはならねえんだ。もう死んじまったから自白するが、俺は人を2人殺してるし、女は数え切れないくらいレイプしてる。でも、一度も捕まってねえんだよ。死人は口無しだし、女は意気地なしだし、ポリは無能だからな」
ブチ猫は不快そうに眉をひそめた。
ただ、男に対してこれ以上何も言わなかった。この男とは議論をする価値がないと感じたからだろう。
男はしばらく考え込んだ後、「あっ」と小さく声を出した。
「閃いたぜ。このパズルの必勝法がな。俺はどちらか一方の門番に、『《こちらの道は天国へと通ずる道ですか?》という質問に、もう一方の門番はどう答えると思いますか?』って質問すればいいんだ。もしその道が天国への道だったとすれば、天使は『いいえ』と答えるだろ。もう一方の門番である悪魔が嘘をついて『いいえ』と答えることを知っているからだ。そして、悪魔も『いいえ』と答える。もう一方の門番である天使が『はい』と答えることを知っているから、悪魔は嘘をついて『いいえ』と答えるんだ。もしもその道が地獄への道だったとすれば、回答は逆になって、天使も悪魔も『はい』と答える。つまり、門番がどちらであれ、『いいえ』と答えが返ってきたらその道を進めばいいし、『はい』と答えが返ってきたら逆の道を進めばいいわけだ」
男が閃いたアイデアは、このパズルの必勝法のうちの一つである。
男は渋い顔をするブチ猫を尻目に、ずかずかと歩き、向かって右側の道へと進むと、門番の前に立ち、質問をした。
「『こちらの道は天国へと通ずる道ですか?』という質問に、もう一方の門番はどう答えると思いますか?」
質問を受けた門番は、もう一方の門番の方を見てから、
「いいえ」
と答えた。
男は、「あばよ。世話になったな」という言葉と唾を吐き捨てると、門をくぐり、目の前の道をまっすぐ進んでいった。
靄の向こうに男が消えた後、男が進まなかった方の門番が、男が進んだ方の門番に声を掛けた。
「おい、悪魔、お前、どうして嘘をつかなかったんだ?」
男が進まなかった道の門番が天使であり、男が進んだ道の門番が悪魔だったのである。
「嘘をつかなかった? 何の話だ?」
「だって、今日悪魔が担当してるのは地獄の道だから、《こちらの道は天国へと通ずる道ですか?》という質問に、もう一方の門番はどう答えると思いますか?』と聞かれた悪魔は、天使である私が『いいえ』と答えるのを知っているから、そのまま『いいえ』と答えたら真実を答えたことになるじゃないか。悪魔は嘘しか答えないはずなのに」
悪魔は涼しい顔で答える。
「いや、俺は今回もいつも通り嘘をついたぜ。だって、あいつは『もう一方の門番はどう答えると思いますか?』って質問したじゃないか。俺は天使の気持ちになってあのクソ野郎をどうするかを考えた結果、天使は強い正義感ゆえに、あの男を地獄に落とすために『いいえ』じゃなくて『はい』と答えるに違いない、と思ったんだ。だから、嘘をついて、『いいえ』と答えたんだ」
「たしかに私があの男を地獄に落としたいと思ったことは事実だ。ただ、かと言って、私は天使である以上、真実しか答えないよ」
「じゃあ、俺が天使の気持ちを忖度し損ねたってことだな。それは結果としてはミスだが、俺は天使が『はい』と答えると本気で思ったんだ。俺だっていつものセオリーにしたがって動いたんだぜ」
「悪魔、君はまだまだ私に対する理解が足りてないね。私は感情を優先するタイプじゃないんだよ」
ただ、と天使は言う。
「ありがとう、悪魔。せいせいしたよ」
やがて靄の向こうから、男の悲鳴が聞こえた。
男は地獄の業火によって身を焼かれ、永遠に取り除かれることのない苦しみとともに、二度目の「死」を味わっていたのだ。




