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奴隷とワインの殺意

【問題】

 ここにワインの入ったボトルが1000本あります。

 このうち、1本だけが毒入りワインであり、ごく少量でも体内に入ると、その人は約20時間後に死亡します。

 

 この1000本のワインを所有する貴族が、自らの奴隷を使い、24時間以内に毒入りのワインを判別したいと考えています。


 この貴族の目的を達するためには、最小で何人の奴隷が必要でしょうか。

挿絵(By みてみん)




 貴族からの呼び出しにより、奴隷たちは貴族の屋敷に集められた。


 執事の誘導に従い、広い屋敷の中でも一番広い部屋に連れてこられると、そこには1000本の中身の入ったワインボトルがびっしりと長机の上に置かれていた。

 


 部屋にいる奴隷の顔ぶれを確認すると、執事は、「これで全員揃いましたね」と言い、続けて、奴隷たちに対して貴族からの命令を伝えた。



「あなたたちには、これからここにあるワインを少量ずつ飲んでいただきます」


 奴隷たちは、貴族がワインボトルを1000本所有していること、そして、そのうちの1本に毒入りワインが紛れてしまっていることを知っていた。


 そのため、執事からの発表に、部屋には悲鳴が響き渡った。


 中には、涙を流しながら抱き合う恋人同士の奴隷もいた。



「嫌だ! そんなことしたら死んじゃうじゃないか!!」


 奴隷のうち、1人が叫んだ。



 執事は眉をひそめる。



「あなたは自分の立場が分かっているのですか? 仮に貴族様の命令に従わないのであれば、その場であなたを処刑します。それよりは貴族様の命令に従った方が生き延びる可能性ははるかに高いと思いますよ」


 先ほど叫んだ奴隷は、執事の言葉が正論だと認め、黙り込んだ。



 別の奴隷が叫ぶ。



「ちょっと待ってくれ!! 俺は、ワインに入った毒は約20時間後に作用するという噂を聞いたことがあるぞ。ここにいる奴隷たちだけだったら、一体毒見にどれだけの時間がかかると思ってるんだ!!??」


「貴族様は24時間以内に毒入りワインを判別したいと考えています」


「だとすると、ワインは1000本あるんだから、1000人の奴隷が必要なんじゃないか!!?? 20時間待たなきゃ毒の効果は出ないんだから、24時間だと1人1本のワインしかチェックできないだろ!!!!」


 執事は大きく首を振る。



「そんなことはありません。奴隷は10人いれば十分です。論理的に正しい方法を使えば、10人の奴隷だけで24時間以内に毒入りワインを判別することができます」


 部屋に集められた奴隷の数は、ちょうど10人だった。


 腑に落ちない顔をしている奴隷たちに、執事は解説する。



「二進法を使うことによって、1000本のワインはそれぞれ10桁で表現できるんです。1番目のワインは0000000001、2番目のワインは0000000010、3番目のワインは0000000011、10番目のワインは0000001010、100番目のワインは0001100100、1000番目のワインは1111101000、という風に。そして、ここにいる10人の奴隷の方々には、それぞれ1桁目から10桁目までを担当してもらい、その桁の数が1となっているワインをすべて飲んでいただきます。たとえば、100番目のワインは0001100100ですから、1となっているのは、3桁目、6桁目、7桁目です。ですので、100番目のワインは、3桁目担当、6桁目担当、7桁目担当の奴隷に飲んでいただきます」


「それで約20時間後に3桁目担当、6桁目担当、7桁目担当の奴隷が死に、それ以外の奴隷が生き延びたとすれば、100番目のワインが毒入りだと特定できるってわけか」


「左様でございます。この方法だと、最悪の場合、たとえば0111111111となる511番目のワインが毒入りだった場合には10桁目担当を除く9人の奴隷の方に死んでいただくことにはなりますが、なるべく少ない人数の奴隷を使い、24時間以内に毒入りのワインを判別するという貴族様のオーダーを実現できるのです」


「血も涙もないやり方だな」


「ひどすぎる!! 僕らは昨日婚約したばかりなのに!!」


 先ほど涙を流しながら抱き合っていた恋人同士の男性の方が叫ぶ。

 女性の方は床に崩れ落ち、大号泣していた。



「諦めてください。あなたたちは所詮奴隷なのですから」


 そう吐き捨てると、執事は10人の奴隷それぞれの服に、1〜10までのナンバープレートを貼り付けた。



「これがあなたたちが担当する桁数です」



 執事が指をパチンと鳴らすと、扉が開き、カートを引いた10人の給仕係が一斉に部屋に入ってきた。それぞれのカートには、先ほどの奴隷たちの服に付けられたものと同じ1〜10のナンバープレートが付いており、上には少量のワインの入った小さいカップが数百個置かれていた。



「先ほど説明した考え方に則って、事前にワインを汲み分けておきました。ナンバープレートと同じ数字のカートの上のワインを全部飲み干してください。私はどの奴隷にどのナンバープレートを貼ったか覚えてますので、ナンバープレートを交換することはできません。また、ワインを飲まずに捨てたり、他人に飲ませたりといったズルもできません。1人に1人ずつ給仕が見張りに付いてますからね」


 執事はフッと笑う。



「それでは皆様の幸運をお祈りします」








 給仕の監視の下、2時間ほどの時間をかけ、10人の奴隷はそれぞれ担当するワインをすべて飲み干した。

 最後の奴隷がすべての担当ワインを飲みきったことを確認すると、給仕と執事は部屋から出て、外から部屋の鍵をかけた。


 部屋には窓も付いておらず、部屋は完全な密室となった。




 

 執事は、約20時間経過後に部屋に戻ってくると、どの奴隷が生き残っており、どの奴隷が死んでいるのかを確認した。


 執事は床に倒れて死んでいる奴隷からナンバープレートを回収していった。


 先ほど婚約者同士であることを明かした奴隷は、抱き合いながら2人とも絶命していた。


 執事は絡み合う2人の腕を解くと、男性から9のナンバープレートを、女性から10のナンバープレートを剥ぎ取った。



 死体から回収したナンバープレートは、全部で7枚で、1、4、5、6、7、9、10だった。



「1101111001……889番目のワインですか」


 そう呟くと、執事は、生き残った3人の奴隷に、「帰って良いですよ」と告げた。








 それから数日後、街に訃報が流れた。



 例の1000本のワインを所有していた貴族が毒死したのである。



 貴族が死亡する約20時間前、貴族は633番のワインを飲んでいた。


 そのワインに毒が入っていないことは、10人の奴隷を使った毒味によって証明されているはずだったため、街中の人がその貴族の死を不審がった。




 しかし、生き残った3人の奴隷だけは、貴族の死の真相を知っていた。


 それは、すべてのワインを飲み終わり、扉を閉めて執事と給仕が出て行き、奴隷たちだけが部屋に残された後の出来事だった。



 婚約者同士の奴隷が抱き合い、長時間、舌を絡め合う激しい接吻を交わし始めたのである。



 そのキスによってお互いの唾液が交換された。


 ワインの毒が含まれた唾液が。

 


 2人はこう考えたのであろう。


 もし2人とも毒入りワインを飲んでいないのであれば、2人とも生き残れる。


 もし2人とも毒入りワインを飲んでいたのであれば、2人とも死亡する。


 問題は一方が毒入りワインを飲まず、他方が毒入りワインを飲んだ場合であるが、この場合にどちらか一方が生き残っても、恋人を失って生き延びる人生には意味がない。


 そこで、キスによって唾液を交換することにより、一方が毒入りワインを飲まず、他方が毒入りワインを飲んだ場合であっても、確実に両方が死ぬようにしたのである。

 


 この行動は心中であると同時に、貴族への復讐でもあった。



 なぜなら、本来死なないはずの奴隷が死ぬことによって、毒入りワインの判別結果が狂うからである。




 生き残った奴隷は、絶命の瞬間まで抱き合っていた2人の様子を思い出し、どうか2人が天国で幸せになってほしいと願ったのであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 2進数の利用、面白いです。実生活でも使えるシーンがありそうですよね。 [気になる点] 毒入りワインの判別法として、別解を思い付きましたので投稿します。 奴隷は一人でいけます。 方法は、「1…
[一言] 生き残れなかったのは残念ですが、一矢は報いたと。
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