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猫又の箱の殺意

【問題】


 蓋の閉まった箱が直線状に5つ並んでいます(左から順に①、②、③、④、⑤とします。)。

 これらの箱の中には、妖怪猫又が1匹生息しており、猫又は常に①ないし⑤のいずれかの箱の中にいます。

 猫又は1日に1回だけ、深夜0時になると、必ず、自分がいる箱の中から、誰の目にも触れず、1つ右隣の箱、もしくは、1つ左隣の箱に移動します。つまり、n日目に②の箱にいた猫又は、n+1日目には、①の箱、もしくは、③の箱に移動していることになります。


 あなたは1日に1回のみ、1つだけ箱の蓋を開けることができます。蓋を開けた結果、その箱の中に猫又がいなければ、すぐに蓋を閉じなければなりません。


 《あなたが確実に猫又のいる箱の蓋を開けるためには、最低で何日必要でしょうか。》


挿絵(By みてみん)




 勇者がダンジョンの最深部にまで到達すると、そこには直線状に5つの箱が並んでいた。



 勇者がとりあえずその箱のうちの一つの蓋を開けようと、手を掛けると、どこからともなく、「ちょっと待つだにゃ!」という声が響いた。



 勇者は辺りを見渡したが、そこには1匹の魔物の姿もなかった。



「君は勇者だにゃ?」


 またしてもどこからともなく声がした。



「僕は勇者だけど、君は誰?」


「妖怪猫又だにゃ」


 声の主は、勇者のお目当ての魔物だった。



「猫又、一体どこに隠れてるんだ? 君はこのダンジョンのボスなんだから、ちゃんとダンジョンの最深部にいなきゃダメだろ?」


 パンダが中国の竹林にのみ生息しているように、ボスはダンジョンの最深部にのみ生息していなければならないはずだ。



「僕はちゃんとここにいるにゃ」


「どこ? どこにも姿は見えないけど?」


「君の目の前にある箱の中にゃ」


 勇者が再び目の前の箱に手を掛けようとすると、猫又は「待つにゃ!」とすかさず制止した。



 そして、猫又は勇者に対し、【問題】(ただし、《》部分を除く。)のとおり説明した。



「つまり、僕が適当に箱を開けても、猫又はその箱の中にはいない可能性が高いんだね?」


「そうだにゃ。5分の4の可能性で、僕はその箱の中にはいにゃいにゃ」


「しかも、僕は1度箱を開けてしまうと、明日になるまで次の箱を開けることはできないんだね?」


「そうだにゃ」


「面倒臭っ!!!!!!!!!」


 勇者は叫び声がダンジョンの最深部に響き渡った。



「せっかくダンジョンの最深部まで来たのに、肝心のボスと戦えないってどういうこと!!?? これまでたくさんの魔物を倒してきたのに!!??」


「僕と戦うためには、頭を使って、確実に僕の入ってる箱を当てるしかにゃいにゃ」


「無理無理無理。頭使うとか、絶対に無理だから!! 僕、勉強ができないから、暴力だけですべてを解決できる勇者になったんだよ?」


 もし頭を使うことができたのであれば、普通に大学に行って、普通にエンジニアか何かを目指していたはずだ。



「最近の勇者は筋肉バカばっかりで困ったもんだにゃ。勇者の質の低下は深刻にゃ社会問題だにゃ……とにかく、僕は、そんな『暴力だけですべてを解決する』人種と戦う気にゃんて毛頭にゃいんだにゃ。頭が使えにゃいんだったら、諦めて帰るんだにゃ」


 勇者は地団駄を踏む。



「嫌だ!! 嫌だ!! 絶対に帰りたくない!! だって、猫又を倒すと異様なまでにたくさんの経験値とゴールドが手に入るんだよ? ただの猫なのに!!」


「猫をバカにしにゃいで欲しいんだにゃ。それから、人間はよく魔物に対して『倒す』という表現を使うが、それは『殺す』以外の何物でもないんだにゃ。人間を『殺した』魔物を『倒す』なんて、余りにも身勝手な言葉の使い分けだと思わにゃいか? 魔物に人権はにゃいのかにゃ?」


「何言ってるんだ? 魔物に人権があるわけないだろ? ぶっ倒すぞ?」



 勇者はイラッとしたので、「ギガスラッシュ」を放ち、猫又を5つの箱ごとなぎ払おうとした。



 しかし、箱は強力なバリアで守られており、勇者の剣が弾かれて飛ばされただけだった。



「無駄だにゃ。僕を殺したければ、力じゃにゃくて、頭を使うんだにゃ。さもなければ帰るんだにゃ」


「卑怯だぞ!! 正々堂々勝負しろ!!!」


「卑怯じゃにゃいにゃ。僕は平和主義者だにゃ。暴力だけがこの世のすべてではにゃいんだにゃ」


 勇者が舌打ちをする。



「チッ……雑魚が粋がりやがって。しょうがない。奥の手だ」



 勇者はポケットから木の棒のようなものを取り出した。



「それは何かにゃ?」


「またたび」


 勇者は、またたびを箱に近づけ、ゆらゆらと左右に振った。



「ほおら、またたびだよ。出ておいで」


「出てくるわけにゃいにゃ!!!!! 猫をバカにしすぎだにゃ!!!!!!」





 仕方なく勇者は、少しだけ考えてみることにした。



「箱は5つあるから、箱の中に猫又がいる可能性は5分の1だよね?」


「左様だにゃ」


「とすると、5日間かけて5回箱を開ければ、僕は確実に猫又を見つけられるんじゃないか?」


「違うにゃ。5回箱を開けたとしても、僕を発見できない可能性が、4/5の5乗、すなわち1024/3125あるにゃ。約1/3の可能性で、君は僕を見つけられないにゃ。中学校で習った確率は理解できてるかにゃ?」


「そうやって勉強でマウント取るのやめてくれない? 超ムカつく」


「今まで暴力でマウントを取り続けてきた奴がよく言うにゃ……」


 勇者がイライラをぶつけるようにして、地面を蹴飛ばす。

 飛び散った砂でさえ、箱を覆うバリアで弾かれ、箱に触れることはできなかった。



「ああもう無理! 僕の座右の銘は『考えるより先にまず行動せよ』なんだ!」


 そう言って、勇者は、たまたま勇者の一番近いところにあった③の箱の蓋を勢いよく開けた。



 箱の中身は空だった。




 猫又の笑い声が聞こえる。



「フフフ。残念だったにゃ。また明日トライするんだにゃ。それまでに僕はまた別の箱に移動してるけどにゃ」






 最初の1週間、勇者は何も考えずに直感で箱を開け続けた。




 その結果、猫又は見つからなかった。






「猫又、僕は閃いたよ」


 それは、勇者がダンジョンの最深部に到達してから8日目のことだった。



「僕は猫又を確実に見つける方法を思いついたんだ」


「どういう方法かにゃ?」


「猫又、君は自由に箱を移動できるわけじゃないんだ。君は必ず隣の箱に移動しなきゃいけなんだ」


「そのとおりだにゃ」


「ということは、君を端から追い詰めていけばいいんだ。そうすれば、君は逃げ場を失って、確実に僕に見つかるんだ」


「ふーん、にゃるほど。試しにやってみればいいにゃ」




 8日目、勇者は①の箱を開けた。猫又はいなかった。


 9日目、勇者は②の箱を開けた。猫又はいなかった。


 10日目、勇者は③の箱を開けた。猫又はいなかった。


 11日目、勇者は④の箱を開けた。猫又はいなかった。


 12日目、勇者は⑤の箱を開けた。猫又はいなかった。




「くそお!!! なんでだよ!!!!!!!」


 勇者は、ストレスを発散するため、岩の壁に向かって「ギガスラッシュ」を放った。



「君は筋金入りのバカだにゃ? たとえば君が④の箱を開けたときに僕が⑤の箱にいたとすれば、次の日君が⑤の箱を開けるとき、僕はどこにいると思うかにゃ?」


「えーっと……④?」


「そうだにゃ。僕は君と交差・・できるんだにゃ。だから、端に追い詰めるにゃんていう、追い込み漁みたいな発想では僕は見つけられにゃいんだにゃ」


「くそお!!!!!」


 勇者はダンジョンの出口の方へと駆け出した。



「ようやく諦めて帰るのかにゃ?」


「違う!!! ストレスを発散するため、そこら辺にいる魔物を倒してくる」


「自分より弱い生き物を殺してストレス発散するにゃんて、勇者のやることじゃにゃいぞ?」






 事態が進展したのは、勇者がダンジョンの最深部に到着してから、20日目のことだった。



 この日までに猫又を発見することのできなかった勇者は、猫又を発見することを完全に諦めていた。



「ねえ、猫又?」


「どうしたにゃ?」


「僕たち、もうこうして20日間も一緒にいるよね?」


「そうだにゃ。でも、告白フラグを立てるのは止めてほしいんだにゃ」


「違うよ。告白するわけじゃない。ただ、もはや友達みたいなもんだな、って」


「友達?」


「そう。勇者と魔物の関係じゃなくて、友達同士の関係になってる気がするんだ」


「じゃあ、もう僕を殺さにゃいかにゃ?」


「もちろん。仮に僕が君を発見したとしても、戦おうなんて思えない。ただ友達の顔が見れればそれで満足なんだ」


「そういうのには騙されにゃいぞ。そう言っておきにゃがら、僕が箱から出てきた途端、僕を襲うんだろ?」


 勇者は大きく首を振る。



「絶対にそれはない。僕を信じてよ」


「信じられにゃいにゃ」




 そのとき、ダンジョンの最深部に、人影が現れた。


 寝そべりながら猫又に話しかけていた勇者は、剣を拾い、慌てて振り返る。



 そこにいたのは、別の勇者だった。

 勇者よりもはるかに体格がよく、身長も2倍近くある。



「お前は誰だ?」


 別の勇者が、勇者に対して問いかける。



「僕は勇者だ。今、このダンジョンのクエストを受注しているのは僕なんだ。クエスト受注者以外がダンジョンに入ってくるのはご法度だろ?」


「いや、今このダンジョンのクエストを受注しているのは俺なんだよ。依頼主は、以前依頼してたお前がずっとダンジョンから出て来ないから、死んだと判断し、お前をクエストリタイア扱いとし、新たにクエストを発注し直したんだ」


「死んだだって? 失敬な!! ただ僕は……」


 勇者は言葉を詰まらせる。



「お前は20日もの間、ここで何をしてたんだ? まさか『猫又の箱』のパズルが解けなかったんじゃないか?」


「そんなわけないだろ!!! 余裕で解けるわ!!! バカにするな!!!」


 勇者は、これ以上誰かに勉強ができないことを責められたくはなかったのである。



「じゃあ、今言ってみろよ。確実に猫又を発見できる方法を」


「ふざけるな!!!! まずお前が言え!!!! お前の方こそ攻略法が分かってないんだろ!!!!」


 勇者は、見た目的にガチムチで、自分よりも筋肉バカに見える目の前の男が、勇者が19日間攻略できなかった問題を攻略できているとは到底思えなかった。



 しかし、別の勇者は、スラスラと解答を述べ始めた。



「『猫又の箱』の攻略のカギは、次の日には猫又が必ず隣の箱に移動するということなんだ。これはすなわち、偶数番目の箱にいた猫又は、次の日は必ず奇数番目の箱にいて、奇数番目の箱にいた猫又は、次の日には必ず偶数番目の箱にいるということなんだ。偶数と奇数を意識して場合分けすれば、この問題は解けるんだ」


 勇者はこの時点ですでに別の勇者が言っていることを理解できていなかったが、バカがバレないように、うんうんと頷きながら話を聞いていた。



「まず、1日目に猫又が、偶数番目の箱、すなわち、②か④の箱にいると仮定するんだ。そして、1日目に②の箱を開ける。もし猫又が②の箱にいればその時点で発見できる。いなければ猫又は④の箱にいるということになる。そして、次の日には猫又は③か⑤に移動している。そこで2日目に③の箱を開けるんだ。もし猫又が③の箱にいればその時点で発見できる。いなければ猫又は⑤の箱にいるということになる。⑤は端の箱だから、次の猫又の移動方法は1つしかない。3日目に④の箱を開ければ、猫又は確実に見つかるんだ。これが、猫又が1日目に②か④にいた場合だ」


 「仮定する」とか、「いた場合」とか、そういう難しい言葉を聞くたびに勇者は頭痛がした。



「もしも1日目②→2日目③→3日目④の順で箱を開けても猫又は発見できなかったとすれば、それは1日目に猫又が奇数番目の箱、すなわち、①か③か⑤の箱にいたということとなる。しかし、最初に言ったように、猫又は偶数番目の箱と奇数番目の箱を順番に移動するから、1日目に奇数番目の箱にいた場合、4日目には必ず偶数番目の箱の中、すなわち、②か④にいるんだ。だから、4日目②→5日目③→6日目④と再度開けていけば、必ず猫又を見つけることができる。ゆえに、このパズルの攻略法は、1日目②→2日目③→3日目④→4日目②→5日目③→6日目④の順で箱を開けていくことであり、6日目までには必ず猫又を見つけられるはずなんだ」


 おそらくこの別の勇者の言っていることは論理的に正しいのだとは思うが、勇者の頭には全くそれが入ってこなかった。


 せっかく聞いた回答も、聞いたそばから勇者の頭から抜けていった。



「俺は『猫又の箱』のパズルを解けるんだから、猫又と戦う権利があるんだ。だから、クエストリタイアしたお前は、さっさと消えるんだ。さもなければ、猫又を倒す前にお前を殺すぞ」



 そのとき、勇者の頭にあるアイデアが浮かんだ。



「ふざけるな!! 撤回しろ!! 猫又にだって人権はあるんだ!! 猫又を殺すだなんて、絶対に許さないぞ!!」


「はあ? お前、何言ってるんだ? 20日もお日様の光を浴びずにいたら、ついに頭がオカシクなったのか?」


「頭がオカシイのはお前の方だ!! 猫又は僕の友達なんだぞ!!!」



 そう言って、勇者は、別の勇者へと剣で斬りかかった。


 別の勇者はすかさず背負っていた斧を両手で握り、応戦する。


 勇者の放った「魔神斬り」は、別の勇者の斧によって完全に防がれてしまった。



「君みたいな中途半端な勇者が、俺に勝てると思うなよ?」


「中途半端なのはお前の方だ!! このインテリゴリマッチョめ!!」


「手加減してあげる気も失せたぜ」


 そう言うと別の勇者は斧を地面と平行に振った。


 それによって風が生じ、勇者はダンジョンの壁に打ち付けられる。


 その次の瞬間には、別の勇者は素早く移動し、勇者を壁に追い詰めていた。



 別の勇者の斧の先が、勇者の首に触れる。



「降参するなら今だぜ。さもないと、お前の首を跳ねるからな」


「……くっ……これまでか…………でも、降参はできない。僕は友達のためなら命は惜しくないからな」



 勇者は横目で5つの箱の方を見た。


 そのうち1つの箱がすでに開いていた。


 中から猫又が飛び出してきていたのである



「勇者!! 僕を『友達』と呼んで、僕のために戦ってくれるだにゃんて!! 僕は感動したにゃ!! さっきは信じられにゃいと言ってごめんにゃ!! 今、助けるにゃ!!」


 勇者は口元を緩める。



 次の瞬間、勇者は素手でいとも簡単に別の勇者の斧をなぎ払うと、グーパンで別の勇者をダンジョンの壁まで吹き飛ばした。



 ダンジョンの壁に1m以上のめり込んだ別の勇者は、完全に再起不能な状態となった。



「フフフ。猫又、引っかかったね。僕は君を箱の外におびき出すために、君の友達のフリをして、君のために戦うフリをし、劣勢に立たされているフリをしたんだ。そうすれば、君が僕を助けるために箱の中から出てくると思ってね」


「ぼ……僕を騙したにゃ……」


「あのインテリゴリマッチョの戦闘力はせいぜい500くらいだろ? 僕の戦闘力8000だから、あのインテリゴリマッチョの……えーっと、うーんっと」


「16倍だにゃ」


「そう。16倍あるんだ。だから僕がインテリゴリマッチョ相手に劣勢に立たされるはずなんてないんだよ。もちろん君にもね。箱さえなければ、君はただの猫だからね。この20日間で溜まったストレス、すべて君にぶつけてやる」


 そう言うと、勇者は音速で猫又に斬りかかった。



 猫又はそれを光速でかわすと、デコピンによって勇者を一瞬で肉塊へと変えた。





 猫又は、変わり果てた勇者の姿を悲しげな目で見つめる。



「僕の戦闘力は君の30倍の240000あるにゃ。だから僕は箱に篭っていて、なるべく人と戦わないようにしてたんだにゃ。平和主義者の僕は、人を殺したくにゃかったから。どうして僕の経験値とゴールドが異様に高く設定されているのか、もう少し考えて欲しかったにゃ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] > 「仮定する」とか、「いた場合」とか、そういう難しい言葉を聞くたびに勇者は頭痛がした。 私も頭が痛くなりましたが、自分の事は棚に上げて笑いました。
[一言] 猫又仲間に出来るチャンスを…… 奇数偶数で分けて仮定するというのが、なかなか出来ないことですな!
[一言] 論理パズルもミステリー部分も毎回ネタバラシを見ながら「へぇぇ……」などと感心するばかりですが、毎度楽しませてもらってます。 猫又と勇者のやりとりと最後のオチに今回も笑わせてもらいました。確か…
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