袋の中身当てゲームの殺意
【問題】
ここにチョコが3つとアイスが3つあります。
3つの不透明な袋の中に、それぞれチョコかアイスを合計2つ入れます。つまり、袋の中身は〔チョコ、チョコ〕、〔チョコ、アイス〕〔アイス、アイス〕の3パターンのいずれかとなります。
この3つの袋をそれぞれA、B、Cの3人に渡します。
このうち、Aのみが袋の中身をこっそり確認することができます。
あなたは、Aに対し、1つだけ質問をして、Aの袋の中身を当ててください。
ただし、Aの回答は「はい」「いいえ」「分かりません」の3通りのいずれかに限られます。
その事件は、暗礁に乗り上げようとしていた。
それは、一人暮らしをしていた大学生の男が、自らの家の中で、何者かによって刺殺されていた事件である。
それは一見すると極めて単純な事件であった。
しかし、いざ捜査を始めてみると、部屋には凶器や指紋などといった証拠は一切残されておらず、また、その大学生の交友関係を探っても、犯人らしき人物は誰一人として見つからなかったのである。
「このままだと迷宮入りですね」
新人刑事の高橋刑事がため息をつく。
「高橋、ため息をつくと、解決できる事件も解決できなくなるぞ」
先輩刑事の中川刑事が、もっともらしく根拠のないことを言う。
「でも、この事件、本当に一切手がかりがないんですよ。捜査のしようがないです」
「手がかりならあるじゃないか」
中川刑事の言葉に一瞬胸が弾んだ高橋だったが、中川が机から取り出したノートを見て、またげんなりとする。
「そのノートに書かれている『日記』なら、もう10回くらい読みましたよ。でも、全然意味が分からないんです」
「10回読んで分からなくても、11回読んだら急に分かってくるものだぞ。刑事の世界は『11回目の正直』だからな」
中川刑事はまた根拠のないことを言うと、半ば投げつけるような格好でそのノートを高橋刑事に手渡してきた。
そのノートは、被害者の部屋に残された遺留品の一つで、手がかり砂漠の中では数少ない「怪しい」ものだった。
高橋刑事はそのノート中でももっとも「怪しい」ページを開く。
そこには、ボールペンで被害者が書いたと思われる、日記調の文章が書かれていた。
……………………
◯月×日
この日、俺の家にA、B、Cの3人の友人が遊びにきた。
BとCはよく俺の家に遊びに来ていたが、Aが来るのは初めてだった。
4人は乾杯し、終電が無くなって帰れなくなる時間まで、楽しく飲み明かした。
深夜1時半ごろ、Bがある「ゲーム」をやりたいと提案してきた。
それは、俺に袋の中身を当てさせるゲームで、ルールは【問題】のとおりだった。
俺はあまり乗り気じゃなかったが、Bはルールを説明すると、意気揚々と、キッチンのある部屋へと向かった。
そして、その部屋で袋、チョコ、アイスをそれぞれ3つずつ発見すると、チョコかアイス(もしくはその両方)が入った袋を3つ用意し、飲み部屋に戻ってきた。
Bは、その袋のうち2つをそれぞれAとCに渡すと、もう1つの袋を自分で持った。
BはAに対し、こっそり袋の中身を見るように求めた。
Aは、Bの指示に従って、袋の中身を見た。袋の中身を見たAの表情は、何かを言いたげに思えたが、その表情から答えを推測することは俺にはできなかった。
俺がAに質問できるのは1度だけである。
このゲームはなかなか難しい。
たとえば、シンプルに「あなたの袋にはチョコとアイスが両方入ってますか?」と聞いた場合には、「はい」と答えがくればAの袋の中身は〔チョコ、アイス〕だと特定できるが、「いいえ」と答えがきてしまうと〔チョコ、チョコ〕もしくは〔アイス、アイス〕のいずれかを特定ができない。
「あなたの袋にはチョコが入ってますか?」と聞いた場合にも、「いいえ」と答えがくれば〔アイス、アイス〕で特定ができるが、「はい」と答えがきてしまうと〔チョコ、アイス〕もしくは〔チョコ、チョコ〕のいずれかを特定ができない。
俺は、出題者であるBにヒントを求めた。
Bがくれたヒントは、Aの回答のパターンは「はい」「いいえ」「分からない」の3通りなんだから、それぞれのパターンと袋の中身の組み合わせ(〔チョコ、チョコ〕、〔チョコ、アイス〕〔アイス、アイス〕の3通り)を対応させればよい、というものだった。
Bがくれたヒントに基づいて考えた結果、俺はようやくこのゲームの必勝法を思いついた。
俺は、Aに質問した。
「あなたより多くチョコが入った袋を持っている人は他にいますか?」
このように質問すれば、もしもAの袋の中身が〔アイス、アイス〕だった場合は答えは「はい」になるし、〔チョコ、チョコ〕だった場合は答えは「いいえ」になる。
そして、〔チョコ、アイス〕だった場合には、BもしくはCが〔チョコ、チョコ〕の袋を持っているかどうかは分からないから、答えは「分からない」となる。
回答パターンと袋の中身のパターンがすべて1対1で対応するのだ。
Aは、「分からない」と答えた。
なので、俺は「Aの袋の中はチョコとアイスだ」と回答した。
俺はこの答えが絶対に合っていると確信していた。
しかし、違っていた。
Aが袋の中身を外に出すと、チョコが2つだったのだ。
俺はイラっとして、Aに「どうして嘘をついたんだ?」と尋ねた。
そうしたところ、Aは「嘘はついてない。正直に答えた」と言った。
険悪なムードの中、Bの提案したゲームが終わった。
Aは、ゲームが終わるやいなや、「もう帰る」と言って、俺の家を出て行った。
……………………
「中川先輩、11回目読み終わりましたが、僕にはやはり分かりません」
この文章で紹介されている「ゲーム」がなぜこのような帰結となってしまったのか、高橋刑事にはサッパリ分からないのである。
「この文章、どう考えてもおかしいんです。だって、被害者の思いついた『必勝法』は、論理的に絶対正しいものなんです。それなのに、結果として被害者がゲームの敗者となってしまっている。そんなこと論理的に考えて絶対にありえないんです」
「高橋君、何か思いつかないか? どうして被害者が負けてしまったのかについて合理的に説明する理由が」
「思いつかないですね。僕にはAが嘘をついたとしか思えないです」
「それで済ませてしまったら、過去の10回同様に何の収穫もないままだぞ。Aが嘘をついていないとして、どういう合理的な説明ができるかを考えるんだ」
中川刑事の指示はムチャブリのような気もしたが、高橋刑事は真剣に考えて見ることにした。
「Aは袋の中を確認したにもかかわらず、『分からない』と答えたんですよね。普通に考えれば、それはおかしい。だって、袋の中身を見れば、そこに入っているのがチョコ2つだと分かるはずですから。だけど、Aは何らかの理由によって、それが分からなかったんです。それはなぜか……もしかして、Aは目が不自由だったんじゃないですか?」
「高橋君、それはないよ。だって、この『ゲーム』をする前に、被害者はAと飲み明かしているんだ。もし、Aの目が不自由なのだとすれば、被害者はとっくにそのことに気付いているはずだから、Aが『分からない』と答えたことに対して、『イラっと』することはないはずなんだ」
「たしかにそうですね。とすると、Aはちゃんと目が見えていた。それにもかかわらず、Aはチョコが分からなかった。Aという主体側の問題でないとすれば、『チョコ』という客体側の問題……」
高橋刑事は、ハッとする。
「もしかして、この『チョコ』は、チョコレートではないんじゃないですか!?」
「高橋君、どういう意味だ?」
「この『チョコ』は、チョコレートではなく、大麻の隠語の『チョコ』なんです。そして『アイス』もアイスクリームではなく、覚醒剤の隠語の『アイス』なんです。両方とも粉末状になっていれば、よほど見慣れている人でないと見分けが付きません。だから、Aは『分からない』と答えたんです」
「なるほど」
高橋刑事の名推理に、中川刑事は唸る。
「そう考えると、前後の文脈とも辻褄が合います。BとCは被害者の家によく遊びに来ていたため、Bは被害者がキッチンのある部屋のどこに『チョコ』や『アイス』を隠していたかを知っていたんです。他方、Aははじめて被害者の家に来たため、まさか被害者たちがクスリをヤッているとは思ってもおらず、『険悪』になり、『ゲーム』が終わった直後に逃げるようにして被害者の家を出たんです。終電がすでに終わっているにもかかわらずに」
「ということはつまり……」
「中川先輩、そうです。本件は実はクスリ絡みの事件で、暴力団絡みの事件なんです。だから証拠も出てこないし、いくら被害者の『通常の』交友関係を探っても意味がなかったんです。マル暴にも声をかけて捜査協力を依頼しましょう。きっと解決に近づくはずです!」




