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25頭の競走馬の殺意

【問題】

 ここに25頭の競走馬がいます。

 この競走馬たちにレースをさせることによって、この25頭のうち、もっとも速い3頭の馬を選び出したいのですが、最低で何回レースを行えば、もっとも速い3頭を特定できるでしょうか。

 なお、一度のレースに出馬できる競走馬の数の上限は5頭です。また、競走馬はすべてのレースで手を抜かずに全力で走り、コースや距離による得意不得意もなく、枠順による有利不利もないものとします。

挿絵(By みてみん)





「おぉ、これが私の買った25頭の競走馬か。さすがに25頭もいると迫力があるな」


 輸送車で牧場まで運ばれてきた競走馬を見て、貴族は唸る。



「左様でございます。国中からかき集めてきた名馬たちです。25頭それぞれ血統も違っており、毛色も鹿毛から芦毛まで様々ですが、いずれも甲乙つけがたい名馬たちです。すべて貴族様の馬です」


 恭しい態度をとっているのは、貴族の召使だった。



「素晴らしいな」


 ただ、と貴族は言う。



「来週開かれるこの国最大のレースである『カメハメハ大王杯』に登録できるのは、このうち3頭だけなんだ。ここから3頭に絞らないとな」


「そうですね。ただ、来週までとなると、あまりに時間がありません。どうしましょうか」


「俺は競走馬を所有するのは今回が初めてなんだよ。それどころか、競馬自体今まで一度も関心を持ったことがないから、馬体を見ても私にはよく分からないんだ。だから、実際にレースをさせて能力を見極めようと思う。カメハメハ大王杯と全く同じ条件のコースを作ってな」


「貴族様、それは確実ですね。しかし、ここにあるトラックでは、一度に最大で5頭しか出走できません。25頭全頭のランク付けをするためには、一体どれだけのレースをこなせばいいのか…」


 頭を抱える召使を見て、貴族は笑う。



「大丈夫だ。その心配は要らないよ。別にすべての馬の競争能力を知りたいわけじゃないんだ。ただ、もっとも速い3頭だけを絞ればいいんだ。その他の駄馬はどうでもいいんだよ」


「たしかに来週のカメハメハ大王杯だけを考えれば、そうなりますね」


「そうなんだ。私が今回25頭も競走馬を購入したのは、すべて来週のレースのためなんだよ。社交界の場で、こんなレース余裕で勝てる、と豪語してしまってね。もちろんすでに考えてあるさ。より少ないレース数でこの25頭の中から3頭を選抜する方法をな」





 輸送車ごとトラックまで移動した貴族と召使は、25頭から3頭を選抜するためのレースを開始した。レースはすべて貴族の指示によって行われた。



「まずはランダムに25頭を5頭ずつのグループに分けるんだ。これをそれぞれA〜Eグループとしよう。A〜Eグループそれぞれでレースをさせてくれ。全5レースだ」




 貴族の指示に従ってレースを行ったところ、


第1レース(Aグループ)

1着…アサイショウゲキ

2着…クエナベスタ

3着…スミノフ

4着…スレイブカナロア

5着…リットウノロッテ


第2レース(Bグループ)

1着…アルファーヴル

2着…ユイユイキャップ

3着…ジェンティルハウ

4着…ダートミラクル

5着…オンエアエンペラー


第3レース(Cグループ)

1着…ミナミクンブラック

2着…ピーエスカブキオー

3着…へーベルスカーレット

4着…ハネダブライアン

5着…シロヒコウキ


第4レース(Dグループ)

1着…ナッツイヤー

2着…ヒシラクテン

3着…シルバーヨット

4着…シオラーメンテ

5着…カタミチシュッキン


第5レース(Eグループ)

1着…ラウドスズキ

2着…エフイーグルゴーラー

3着…スガモフェラーリ

4着…オーディナリーマンス

5着…アキナスタベヨン


との結果になった。




「貴族様、次はどうすればいいんですか?」


 召使が尋ねる。



「論理的に考えて、各レースの4着、5着は全体の3着以内に入りえないだろ?」


「たしかに……。もうすでに同じグループに自分より速い馬が3頭いますもんね」


「だから、こいつらは排除だ。そうすると残るのが、15頭になる」


「じゃあ、その15頭をまた3つのグループに割り振りますか?」


「いや、そうじゃない。各グループの1着同士でレースをするんだ」


「なんでですか?」


「とりあえずやってみろ」




 貴族の指示に従って、A〜Eグループの1着同士でレースを行ったところ、


第6レース

1着…アサイショウゲキ(Aグループ1位)

2着…ナッツイヤー(Dグループ1位)

3着…アルファーヴル(Bグループ1位)

4着…ラウドスズキ(Eグループ1位)

5着…ミナミクンブラック(Cグループ1位)


との結果になった。




「おお、頂上決戦の結果が出ましたね!! それでは早速、来週のカメハメハ大王杯にアサイショウゲキとナッツイヤーとアルファーヴルを登録しますね!!」


「待て!! 早まるな!! たしかにアサイショウゲキが25頭の中でもっとも速い馬であることが確定したが、他の2頭についてはまだ決まってないんだ」


「なんでですか?」


「Aグループが『死のグループ』で、Aグループの5頭ともすべてがナッツイヤーより速い可能性だってあるだろ?」


「たしかに……」


「だから、Aグループ2着のクエナベスタと3着のスミノフにはまだ3着以内に入れるチャンスはあるんだ。同じように考えると、Dグループは1着のナッツイヤーだけでなく、2着のヒシラクテンにもチャンスがある。それから、Bグループ1位のアルファーヴルもな」


「なるほど……とはいえ、その5頭でレースを行うわけではないですよね?」


「いや、行うんだ。そこは早まってくれ」




 貴族の指示に従ってAグループ2着3着、Dグループ1着2着、Bグループ1着でレースを行ったところ、


第7レース

1着…ナッツイヤー(Dグループ1着)

2着…クエナベスタ(Aグループ2着)

3着…スミノフ(Aグループ3着)

4着…アルファーヴル(Bグループ1着)

5着…ヒシラクテン(Dグループ2着)


との結果になった。




「ということは、アサイショウゲキとナッツイヤーとクエナベスタの3頭を来週のカメハメハ大王杯に登録すれば良いような良くないような良くなくなくないようなそんな感じの雰囲気ですね」


「その3頭で合ってるからもっと自信を持て。今すぐ登録してこい」


「はい!!」


 貴族に命じられ、召使は駆け出した。




 召使の姿が見えなくなると、貴族は、25頭の競走馬をここまで運んできた輸送車のドライバーを声を掛ける。彼は長年競走馬の輸送を専門にしている者である。



「おい、ドライバー、レースの様子は見てたか?」


「ええ」


「お前に頼みがある」


「何ですか?」


「A〜Eグループの5着の馬をどこかに連れて行って、処分してくれないか?」


「え!? 何ですって?」


 ドライバーは驚いて聞き返した。



「だから、A〜Eグループの5着の計5頭を殺処分して欲しいんだ。競走馬は管理費がえらく掛かるからね」


「ちょっと待ってください。たしかに、A〜Eグループの5着は今日連れてきた馬の中では遅い馬かもしれません。しかし、いずれも名馬であって、サラブレッドとして価値のある馬たちです。それを殺すだなんて……」


 ドライバーは貴族に殺処分を思いとどまるように説得しようとした。



「俺は来週のカメハメハ大王杯にしか興味がないんだ。来週のカメハメハ大王杯で勝つことが俺のすべてなんだ。その目的のために使えない馬は俺にとって価値がないんだよ」


「でも、しかし……」


「競走馬を生かすも殺すも所有者である俺次第なんだ。俺がすべて決める。だから、指図はするな」


 ドライバーは、殺処分が命じられた5頭の馬の顔を順に見ていった。会話の内容を理解しているのかどうかは分からなかったが、いずれの馬も物憂げな表情をしているように見えた。



――このまま5頭を殺してしまうわけにはいかない。



 第1〜第7レースまでを眺めていて、あることに気付いていたドライバーは、ある決意をした。



「それでは、僕にA〜Eグループの5着の計5頭を譲ってください。僕はその5頭のうち3頭で、来週のカメハメハ大王杯にエントリーします」


「は? 正気か? その5頭は、どう考えたって、俺が出馬させる3頭には勝てないんだぜ。出すだけ無駄だ」


「いいえ。僕はこの5頭のうち3頭で、貴族様の3頭に勝ってみせます」


 ガハハと貴族は声を出して笑う。



「傑作だな。そんなことできるわけないだろ? 100回やったって、俺の馬が勝つに決まってるんだ」


「じゃあ、もし僕の馬が1頭でも貴族様の馬を負かせたらどうしますか?」


「そのときは、俺が出走させる3頭をお前にやるよ。まあ、そんなことは逆立ちしてもありえないけどな」


「ありがとうございます。それでは貴族様、1週間後、また競馬場でお会いしましょう。下克上を果たしてみせます」






 1週間後、運命のカメハメハ大王杯の日が訪れた。

 

 国中の競馬ファンが集まるそのレースにおいて、貴族は、予告どおりアサイショウゲキ、ナッツイヤー、クエナベスタの3頭を出走させ、ドライバーは、リットウノロッテ、カタミチシュッキン、オンエアエンペラーを出走させた。



 貴族は、たとえどんな調教を行ったとしても、わずか1週間で各グループの5着の馬が、25頭のうちの上位3着の馬に勝つはずがないと確信していた。




 しかし、蓋を開けてみると、結果は、貴族の成績は、アサイショウゲキが6着、ナッツイヤーが10着、クエナベスタが17着であり、ドライバーの成績は、リットウノロッテが1着、オンエアエンペラーが2着、カタミチシュッキンが4着だった。




 競馬場からの帰り道、貴族はうなだれる。



「な……なぜだ? 俺はちゃんと合理的な方法によって、25頭の中からもっとも速い3頭を確実に選び出したはずなのに……」


 トロフィーを手に持ちながら、ドライバーは貴族に説諭する。



「貴族様は競走馬についてあまりご存知ではないようですね。競走馬は、1度レースを使うと激しく消耗し、その反動でしばらく走れなくなります。ですので、最低でも1週間以上の間隔を開けて使う必要があるんです。1週間足らずで2回以上のレースを経験させるなど、この業界の常識からしてありえないんです」


 貴族はあんぐりと口を開ける。競馬について素人である貴族にはそのような知識は一切なかったのだ。



「しかし、貴族様は25頭の中から最速の競走馬を見つけるために、わずか1日の間で、アサイショウゲキに関しては2回、ナッツイヤーとクエナベスタに関しては3回も走らせています。1日で2回以上レースを経験させるなんて、もはや虐待に近い所業です。この競走馬たちはすでに疲労の限界をはるかに超えており、1週間後に本来のパフォーマンスを出せるような状態では到底なかったのです。他方、僕が出走させた3頭は1週間前に1回しかレースをこなしていないので、1週間に1回のローテを守れているので、本来の力に近い力を発揮できたのです」


「な…なぜそれを先に言ってくれなかったんだ……」


「僕はただのドライバーですから、貴族様のやり方に口を出せるような身分ではありません」


 肩を落とす貴族に、ドライバーは容赦なく言う。



「貴族様、約束は約束です。僕にアサイショウゲキとナッツイヤーとクエナベスタを譲ってください。この3頭の競走馬は、スタミナも十分で、しっかり休養さえとらせれば、他の馬には到底負けない最強の競走馬ですからね」

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど! 貴族がド素人過ぎるといったわけでしたな……よくこんだけ所有してたな……
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