↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/27

既婚未婚問題の殺意

【問題】

 女性Aは女性Bを見ています。

 女性Bは女性Cを見ています。

 女性Aは既婚者ですが、女性Cは未婚です。


 このとき、「既婚の女性が未婚の女性を見ている」という一文は正しいでしょうか。

挿絵(By みてみん)




「ねえ、枢木さん」


 池乃雪江が甘ったるい声で呼びかける。



「どうしたの?」


 枢木美加子は声がした方に振り向くことなく、パソコンのディスプレイを注視したまま尋ねた。



「枢木さんは結婚されてますよね?」


「してるけど、それがどうしたの?」


 枢木は昨年結婚したばかりだ。結婚式には池乃も呼んだため、池乃もそのことをよく知っている。それなのになぜ今更こんな質問をしてくるのか。



「今、枢木さんが見てる映像ですが、枢木さんはそこに映っているスウェット姿の女性の挙動を先ほどからじっと見ていますよね?」


「そうよ」


「枢木さんは、その女性が既婚者なのか未婚なのか分からないんですよね?」


「そうよ。だから困ってるの」


 このスウェット姿の女性が既婚なのか未婚なのか。ここ数日の間、枢木はそのことに悩まされ続けていた。



「ところで、そのスウェット姿の女性と目が合っている女性、すなわちスウェット姿の女性が見ている制服を着た女性ですが、枢木さんはこの方が既婚者かどうか知っていますか?」


「ええ。以前何回か会っていて、話したこともあるから分かるわ。彼女は未婚よ」



 池乃のキャハっという笑い声が聞こえた。



「つまり今の状況は、既婚の枢木さんが、既婚か未婚か分からない女性を見ていて、その既婚か未婚か分からない女性が、未婚の制服の女性を見ているということですね!!」


「そうだけど、それがどうかしたの? そんなにテンションが上がること?」


「枢木さん、クイズです!! この場合に『既婚の女性が未婚の女性を見ている』という一文は正しいでしょうか?」


 枢木はクイズに付き合っているような場合ではなかったのだが、無視したら池乃の絡みが面倒そうなので、少しだけ考えてみることにした。



「仮に私をA、スウェットの女性をB、制服の女性をCとすると、AがBを見ていて、BがCを見ているということよね。Aは既婚でCは未婚だから、仮にAがCを見ていたのだとすれば、『既婚の女性が未婚の女性を見ている』という一文は正しいということになるけど、AがCを見ていたという条件はないから、この一文は正しいかどうかはこれだけの情報では分からないじゃないかしら?」


「ブッブー!! 枢木さん、間違いです!!」


「えっ!?」


「答えは『正しい』です!!」


「どうして!? どうしてなの!?」


 どうでもよいクイズだと思っていたが、いざ自分が間違えたとなると、どうでもよくなくなる。枢木は強めの口調で、池乃に対して解説を求めた。



「なぜなら、論理的に考えると、Bは既婚者か未婚者かのいずれかなのですが、仮にBが未婚者であったとすれば、既婚者であるAが未婚者であるBを見ている状態になりますので、『既婚の女性が未婚の女性を見ている』という一文は正しいんです。また、仮にBが既婚者であっても、既婚者であるBが未婚者であるCを見ている状態になりますので、やはり『既婚の女性が未婚の女性を見ている』という一文は正しいです。結局、仮にBが既婚者であっても未婚者であっても『既婚者の女性が未婚の女性を見ている』状態が成り立つので、答えは『正しい』なんです!!」


「ふーん」


 大概のクイズにおいてそうなのだが、答えを聞く前は答えが気になって仕方ないのに、一旦答えを聞いてしまうと、なんだそれだけのことか、と興醒めしてしまう。


 枢木は再び意識をパソコンのディスプレイに戻した。



「枢木さん、すごくないですか!? Bが未婚か既婚かなんてどうでもいいんですよ!!」


「すごいわね。すごいすごい」


 枢木は適当に相槌を打った。



「枢木さんはここ数日スウェットの女性が未婚か既婚かでずっと頭を悩ませてますよね? この世の終わりか、ってくらいに追い詰められますよね? でも、頭を切り替えてみると、もしかするとそれも実はどうでもよいことなのかもしれませんよ??」


 まさか池乃はそれが言いたくて、先ほどのクイズを出したということなのか。



「枢木さん、小さいことにこだわらず、大局観を持って気楽に生きましょうよ!!」



 枢木はついにカチンときた。



「池乃さん、あなたはバカなの!? 今の私の置かれてる状況が分かってる!?」


「うーん……なんか大変そうだな、とは思いますが、具体的にはイマイチ分からないです……」


 枢木はため息をつく。池乃はこの事件の担当書記官なのである。事件の大筋くらいは知っておいてもらわないと困る。



「いい? このスウェットの女性にかけられてる嫌疑は、保険金殺人なの。形式上は婚姻届を出すことによって夫となっている男に対してね。でも、実際には、この『夫婦』には共同生活の実態はなく、婚姻届の筆跡も殺された男性のものではなく、偽装結婚である可能性があるの。つまり、スウェットの女性は、最初からこの男性を殺すつもりで形式上の結婚をし、多額の生命保険をかけた可能性があるわけ」


「ほおほお」


「男が死亡した状況だけ見れば、一体それが他殺なのか自殺なのかは分からない。いわゆる不審死ね。でも、結婚が偽装されたものだとすれば、それはスウェットの女性が男性を殺害したことの強力な証拠になる。つまり、この事件を判断する上では、スウェットの女性が既婚者なのか未婚者なのかということが何より肝心なの。だから、私はスウェットの女性が女性警官から取り調べを受けている映像を何度も繰り返し見てるのよ」


「なるほど……。でも、枢木さんがいくら考えても、スウェットの女性が結婚しているか結婚していないかということは分からないわけですよね? それってどうしても判断しなきゃいけないんですか?」


「判断しなきゃいけないの!! だって、私はこの事件を担当してる裁判官なんだから!!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 重要ごとというのは、立場によって変わるということですな!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。