デッド
神殿の中の奥まった部屋には、水晶のような超硬で出来た透明の歯車がぎっしりと詰まった、何かの装置らしき物があった。
「まるで、昔の大きなコンピューターみたい」
そう言ってサヤカが興味深そうに一帯を見渡した。
そこは紛れもなくデッドの中枢部。
だが、人気は無く、生き物の気配すら感じられない。ただ、無数の歯車がカリカリと、自然のリズムで動いているだけだった。
「聞いたことがあるわ。宇宙って、何も無い所から生まれたって。針の先よりも小さい所から、自然の摂理、全ての法則が生まれたんだから、デッドも、案外、簡単な作りなのかも知れないね」
サヤカが呟くように言った。
「あれが、あの歯車の塊が、この世界を恐怖に陥れた敵の正体、デッドなんだな……」
ケンジも呟く。
――その時、人影が現れた。
とっさにケンジがその影目掛けて銃を構えたが、
「待って!」
アカリが制止した。
その影は人間ではなく、姿形も無い、あらかじめ仕組まれていた映像だった。
それは遥か太古にこの惨事を予測していた科学者が、のちの文明に向けて発したメッセージだったのである。
『君達は、「神の軍隊」と戦い、そして勝利してこの部屋にたどり着いたのだろう……人間は神のシモベと考えられていた我々の時代、様々な神の下で争いが絶えなかった。平和を願う我々は、一つの神に導いて欲しかった。我々は人類共通の神が欲しかったのだ。神を創造するという壮大な計画。気宇壮大な計画だと誰にも相手にされなかった。だが、大宇宙の息吹は、すなわち神の声。それこそが誰もが納得出来、争いを阻止する唯一の手段だった。大宇宙の神は何を考え、人類に何をして欲しいのか知りたかった。
私は常々『人類と自然との共存』、その考えこそが、人類を未来永劫栄えさせると考えていた。そもそも人間とは自然の産物であって、その親である自然を凌駕する文明は人類を危機に陥れる。ほどよい科学技術が人間を豊かにするのだと私は考え、神の言葉として聞きたかった。神に代弁してもらいたかったのだ。だが、神は何も答えてはくれなかった。我々の願いも虚しく、自滅の道を歩むことになるだろう。神の軍隊を残したまま……。私が造ったこの装置は、大宇宙に意思を持たせるための装置。つまり、心であり魂なのだ。君達も知っての通り、大宇宙にはダークエネルギーが血液のように満ちている。我々の文明が長きに渡って築き上げた航空路によって、大宇宙は生命として誕生した。だがそれはまだ不完全で、ただの機械に過ぎなかった。何千年も不完全なまま、この星がその生涯をまっとうするその時まで、何も起こることは無かっただろう……その装置に意思を持たせたのは、皮肉にも後世の発達した文明だった。物流革命が、不完全だった銀河を一つに繋げ、意思を持つネットワークを完成させたのだろう。後世の文明、大宇宙に張り巡らされたエアライン(航空路)・エアレーン(空中輸送路)によって、より複雑なネットワークを創り、高度な知能を持つに至ったのだ』
―― 何千億とある銀河がニューロン(神経細胞)の役割をし、航空路によってシナプス神経回路を形成している。銀河を繋ぐシナプスに、大宇宙を隅々まで航海する母船や、縦横無尽に駆け巡る輸送船がレセプター(神経伝達物質)の役割を果し、装置が起動、大宇宙が一つの意思を持った考える脳となったのである。
人間の脳は、ニューロンが網の目のように繋がりネットワークを形成していて、その複雑な神経細胞のネットワークを電気信号が駆け巡り高度な機能が生れる。同様、銀河の集合体であるデッドも、人類に匹敵した考える力を得たのである。
生みの親を失ったデッドに、その力を制御する術は無い。一億年の時を経て産声を上げたデッドは暴走する。
銀河連合を宇宙の隅々から監視していたデッドは、銀河間の通信を阻害して連絡を断ち切り、戦争経験の無い平和な人類に突如として襲い掛かった。こうして人類は、意思を持った大宇宙によって危機に瀕したのである。それは人類が高度な文明を持つのと引き換えに起こった悲劇でもあった――。
『この装置が作動する。神となるか、悪となるか? 君達がここに来たということは、残念ながら後者の悪を創造したのであろう。私の壮大な夢の計画は失敗したということか……。考える意思を持った大宇宙は、兵器の自動操縦システムに侵入し手足のようにコントロールする術を覚え、強力な力で人類を支配するに至った。なら、君達の手で悪の芽を摘み取って欲しい。それが私の最後の願いだ、さあ……』
そう言った後、映像は消えた。
「……神の名の下、争いが絶えなかった、か。今の地球と同じじゃないか……」
先人の意思をくみ取ったケンジが銃を構え、
「これで、終わりだぁー!」
そう叫びながら銃を撃った。
『ニンゲン ト シゼン トノ キョウセイ ノタメニ ウマレタ マタ オナジ アヤマチ ヲ クリカエス ゾ ヤメローー!』
断末魔の叫びが聞こえた。
装置が崩れ去り、デッドは機能を停止した。
銀河間を遮断していた妨害波が解かれ、全ての銀河の通信が回復した。
各銀河の激戦地から次々と通信が入る。
『激しい攻撃が止み、敵艦隊がモクズのように宇宙に漂っている』と。
ケンジ達が神殿を出ると、すっかり霧が晴れていて、太古の遺跡が鮮明に見えていた。
その光景に思わず息を呑む。太古文明の息吹が廃墟から伝わってくるようだった。
突然、地響きが起こった。
――「地震?」
ケンジが声を上げ、サヤカが思わずケンジにしがみ付く。
「ここは危険だわ、私のレイアに急いで乗って!」
アカリが二人に避難を促す。
大地に巨大な亀裂が走り、あちこちで地面が陥没していく。
レイアが、焼け焦げ動けなくなったアレスを抱えて浮上。
「あ! ビームサーベル。エニフ星から貰った大事なものなんだ」
そうケンジがアカリに言うと、レイアが左手を差し伸べ、手のひらを開く。
ハデスとの戦いで、とっさにケンジがとったポーズをレイアがした。
すると、地面に落ちているビームサーベルが吸い寄せられる。
「そんな裏技があったのか」
ケンジが感心するも、
「磁石のように吸い寄るだけじゃ、敵は倒せないでしょう」
とサヤカは呆れる。
「あの時のラスボスの間、アレスの手から発するネルギーを感じ取って警戒していたのか。あの僅かな間のお陰で、命拾いしたんだ。アレスに助けられたんだよな、俺達は」
「ううん、北山君が凄いの。最後まで諦めなかった、北山君が勝利を引き寄せたのよ。あぁ~あ、北山君の活躍が見れなくて、残念だわ」
真横で立っているケンジを見上げながら、アカリが嬉しそうに言った。
サヤカもつられて、
「ほんと、そう…」
と言い掛けて口をつぐむ。
ますます好きになった、とは絶対に言えなかった。
連合軍の無数のアームキャリーも一斉に飛び立ち、突然起きた天変地異の結末を、固唾を呑んで見守った。
台地が音を立て、砂煙を巻き上げ崩れていく。自然の中に飲み込まれて行く様は、まるで人間文明の終焉を見ているようだった。
台地と思われていた地面は人工のもので、浮遊大陸だった。
浮遊ゆえ、プレート運動による地殻変動の影響を受けず、気の遠くなるほどの年月を経ても埋もれることはなかったのである。
だが、全ての大地が消えた。
その後に残ったものは海。美しい海が地平線の彼方へと続いていた。
人間の手によって死の星となったサルガス星は、自然の治癒力によって生まれ変わった。荒廃した死の星と思われていたサルガス星、実は美しい水の惑星であり、これが本当の姿だった。
陽が沈み掛け、次の瞬間、目を奪われるほどの綺麗な夕日が視界に広がった。
素晴らしい絶景、それは勝利した者を祝福するかのように連合軍の兵士に見せていた。
果てしなく続く地平線を見渡しながらケンジは思った。
憎むべきデッドは、先人達が残したメッセージ、『自然との共存』を忠実に守り人類の暴走を抑止したに過ぎないのだろうか? と。
デッドの人類への反逆は大自然の摂理なのかも知れない。
デッドが最後に言い放った、『また同じ過ちを繰り返すぞ』の言葉が脳裏に焼き付いて離れなかった。
「この戦いは、デッドにとって聖戦だったのかも知れない。滅び去った文明を間近で見ていたからこそ、同じ過ちを食い止めるために反乱を起こしたんじゃ……人類が自滅した惨事を見て、それを繰り返さないために選んだのが、恐怖と言う名の支配だったんじゃ……」
海底に沈んだデッドにケンジが語り掛け、そして、呟いた。
「でも、これで終わったんだな、何もかも、全てが……」
その言葉は、アカリとの別れを意味していた。
名実共にオム二バースの英雄となったケンジとサヤカは、アリオト星の住人に歓喜の声で迎え入れられた。
リーダー・ウィリスが力強い握手を交わした。
彼の手からは感謝の気持ちが伝わってくる。
「銀河連合の危機を救ってくれた恩人を、手ぶらで返す訳にはいかない。確か、君達の世界では、金やプラチナなどの鉱物資源は高価なんだろう。好きなだけ持って行くといい」
ウィリスが促すが、
「そんな物、いらないですよ。アトラクションでは味わえないスリルを体感出来たんですから。な、サヤカ」
そう言ってケンジがサヤカを見やると、
「うん。平和が戻って、何より、皆さんに笑顔が戻って良かったです」
サヤカも言った。
「二人とも無欲だなぁー。そもそも、英雄とはそういうものかも知れないな」
呆れたように言ったウィリスが笑った。
「それじゃ、俺達、帰ります」
そうケンジが別れを告げると、煮え切らないアカリの背中をリックが押した。
「わ、私、北山君のことが……」
「うん?」
とケンジに見詰められたアカリが赤い顔をしながら、
「な、なんでもない」
と言って慌てて目を逸らした。
ケンジとサヤカが一緒になって異次元メガネを外した。
その二つのメガネがゆっくりと床に落ちる。
ケンジが消え掛けたその時、アカリが大声で言った。
「好きだった、大好きだった! ずっーと一緒にいたかった!」
目の前のアカリが消えていく。
だが、ケンジには彼女の最後の言葉は聞き取れなかった。




