亡霊
「やっと帰って来た。何もかも、全て終わったんだな」
「うん。色んなことがあったけど、よく無事に帰ってこれたわね」
ケンジとサヤカの二人は地球に帰って来た。
「あの時、アカリはなんて言ったんだろう……」
アカリの最後の言葉が気になっていた。
だが、今となってはどうすることも出来ない。
そんなケンジの寂しい気持ちを察したサヤカが、あえて明るく振る舞った。
「宇宙の果てはどうなっているのか、聞いておくんだったわ。高性能の望遠鏡で見ると、自分のうしろ姿が見えるって言うじゃない。アカリさんなら知っていたんじゃないの」
「そりゃ、進んだ文明だから分かっていると思うけど、案外、こんなものか、ってガッカリするんじゃないのか。それにしても、宇宙を舞台にした物語は沢山あるけど、この宇宙はたかだか数パーセント。全宇宙を舞台にした俺達の物語は、きっとギネス級、今でも夢の中の出来事だったんじゃないかと思えてくるんだ。ああ、もう、あの世界には戻れないんだよなぁ~」
「そうよね、もう一度、あの世界に連れて行って欲しいなぁ。リックさん、カッコ良かったし」
「まさか! お前、リックさんのことを?」
思わずケンジが声を上げる。
「そんなんじゃないわよ。だけど、あんたには無い、大人の魅力に惹れるのよねぇ~」
ケンジの嫉妬心をあおったサヤカだったが、逆に、
「俺も、アカリに会いたいなぁ、サヤカには無い女らしさに惹かれるんだ。でも、メガネがなきゃ二度と戻ることが出来ない……。忘れるのに、時間が掛かりそうだ……」
とサヤカのことは意に介さず、意気消沈したケンジが肩を落とし、嫉妬したサヤカがムッとした。
「……もう会えないんだし、忘れなきゃ。さあ、帰るわよ。みんな心配しているんだから」
戦いは終わったものの、虚しさだけが残った。
それはまるで、華やかな祭りの後に訪れる寂しさのように、二人の心は暗く沈んだ。
ケンジは落第を免れたものの、居残りの補習が。もちろん、大好きなゲームは禁止、ひたすら勉強漬けの日々が続いていた。
そんなケンジを、学級委員長のサヤカが付きっ切りで面倒を見る。家に帰れば、どうせ勉強はしないだろうと、いつも遅くまで二人は居残って一緒に勉強をしていた。
静かな教室、いつものように真面目に補習をしていた二人。
「三角関数や微分積分なんて、意味も分からないうえ、解き方も分からないんだぞ。それで、いきなりテストなんだから、不公平だろ。せめて、解き方ぐらいは授業で教えてくれてもいいだろに」
とケンジが不満を漏らすも、
「あんたが聞いていなかっただけでしょう、ちゃんと授業で教えてもらった筈よ」
即座にサヤカが言い返す。
「ああ~、勉強が出来なくても、あっちの世界じゃあ褒めてくれるんだから、良かったよなぁ」
「このままだと就職はおろか、卒業出来ないかも知れないんだからね。ちゃんと、まじめにやりなさいよ。あんたのせいで、私も同罪、だから、こうして遅くまで居残りの補習をやらされているんじゃない」
そう不満を言ったものの、サヤカにとってケンジといる時間は充実した楽しいものだった。
壁に落書きしてあった人物の絵が、突然浮かび上がって、ケンジとサヤカの前で止まり、二人に話し掛けた。
『オマエタチ、オワリダ。チキュウモ、オワリダ』
平面の浮遊物はそう言ってスーッと消えた。
――「なんだ?」「今のは、何?」
錯覚だと思ったケンジだが、同時にサヤカも見ていた。
それは現実に起こった現象だった。
「地球の危機?」「まさかぁ?」
ケンジとサヤカが同時に言って、お互いの顔を見た。
二人は慌てて視線を窓に向ける。
三階の教室の窓から見える景色は、見慣れた校庭と、何も変らない青空が見えていた。でも、なんらかの異変が起きている。そんな不安が二人を襲った。
不安を隠し切れない二人は、世の中の情報を知りたくて慌てて携帯を見ようとするが、ゲーム禁止のケンジは携帯を持って来ていない。
サヤカの持つスマホのワンセグ機能でテレビを観ると、ニュース番組一色、不安は的中していた。
それは地球の危機を知らせるものだった。
『突然現れた小惑星が地球に接近しているとのこと。NASAは、地球に衝突する可能性は無いと発表するも、ある学者は、意思を持った小惑星と報じ、進路が変って地球に衝突する可能性があると警告。衝突を避けるための唯一の手段が,核爆弾による軌道の修正。しかながら、そんな状況下にあっても各国首脳は、軍事機密保持と言って協力することはなく、未だに有効な手立てが打てないでいます』
「この期に及んで軍事機密を守ろうとする。こんな危機的状況でも地球は一つになれないんだから呆れるよ。異世界じゃ、銀河同士が仲良く繋がっているというのに、小さい星の中で争っている。小宇宙の住人として恥かしいよな。待てよ……意思を持った小惑星? まさか、デッドの生き残りだろうか。そうだとしたら、地球の科学力じゃ防げないんじゃないか」
「今度は、あたし達を狙って来たんじゃ……」
「だとしても、アレスがいなきゃ、なんにも出来やしないよ」
当然、丸腰のケンジとサヤカには何も出来ず、小惑星が衝突しないことを祈るだけだった。
突然、教室が暗くなる。
――『大丈夫!』
教室の外からアカリの声が聞こえた。
思わず二人は窓の方へ顔を向ける。そこにはアカリの乗った赤色の雷撃機・レイアが空中に浮遊していた。
二人は慌てて窓を開け、覗き込むようにしてレイアを見ると、アカリが勢い良く教室内に飛び込んで来た。そして、
「会いたかった! 会いたかったよ、ケンジぃ!」
と、感情をあらわにしてケンジを抱き締めた。
サヤカの目が点になる。
――アカリさん、大胆! って感心している場合じゃない。積極的になったアカリに思わず、
「あの! あたし、いるんだけどぉ!」
と声を荒げて言った。
アカリが慌ててケンジから離れるものの、更にサヤカが追い打ちを掛ける。
「それに、キャラ変ってない? 『ケンジぃ~』なんて呼び方、していたっけ」
アカリが戻って来たことに嬉しい反面、積極的になった彼女に警戒心を抱いたサヤカが嫌味を言う。
アカリが真っ赤な顔をしてうつむいた。
「まあ、まあ」と熱くなったサヤカをケンジがなだめながら、
「来てくれたんだな、アカリ。何か雰囲気が変ったというか、明るくなったような……」
この時、地球に来ているにもかかわらず、アカリがメガネを掛けていないことに二人は気付いていない。
「復興が進んで……それで、それで私ね…」
とアカリが言い掛けた時、外からガヤガヤと野次馬の声が聞こえてきた。
「あれはなんだ? 真っ赤な飛行機が屋上に止まっているぞ!」「イベント用の、宣伝の気球が飛んで来たのか? それにしてもデカイな」「巨大なドローン? 学校の空撮なんて聞いて無かったし、なんか、人が乗っていなかったか?」
運動場で部活動に励んでいた部員が、校舎の屋上で待機しているレイアを見付けて、それぞれが言い合った。
「マズイな、外に出よう」
慌ててケンジが言うと、
「いつもの広場で待っているから」
そう言ってアカリが窓から出ると、勢い良くレイアが飛び去った。
「何、ボーッとしているんだよ。早く行くぞ!」
ケンジがサヤカに声を掛ける。
「私も?」
言葉の真意が分からずケンジに聞くと、
「当然だろ、お前の力が必要なんだよ」
返事したケンジがサヤカの手を強く握った。
強引に手を握られ、サヤカは頬を赤らませる。
すっかりアカリに夢中になっているとばかり思っていたケンジが、自分を気に掛け、必要としていることにサヤカは嬉しくなった。
飛び去ったレイアを追うように、二人は万博記念公園を目指した。
万博公園に行ってみると、レイアの横に修復されたアレスがあった。
「主人の北山君会いたさに、付いて来ちゃったみたい。共に戦った戦友だものね」
「完全に、元の状態に戻ったんだな。いや、こいつ、しっかり進化していて、前よりも断然カッコ良くなっているじゃないか! 戦う度に進化する、エボリューションの名の通りに」
「でも、少し手を加えてあるの。操縦席が狭そうだったから、二人乗りに改造してあるわ」
そうアカリが説明すると、
もう、あの密着感が良かったのにぃ~。まさか、ワザと? じゃないわよね。サヤカが思わずムッとし、あからさまに嫌そうな顔をした。
「もう俺には、こっちの世界じゃ、超人的な力は望めないんだ」
「大丈夫、北山君なら出来るわ」
アカリが言うと、
「そ、そうかなぁ~」
デレ~ッとして鼻の下を伸ばしているケンジを、嬉しそうに見詰めるアカリ。
良い感じの二人に、
「もう! 今は再会に慕っている場合じゃないのよ。何か、ヤバイ気がする。急がなきゃ」
とサヤカが危機を促した。
サヤカの予感は的中していた。
デッドの放った刺客が目前に迫っていたのだ。
「あれは、デッドの放った最後の悪あがき。この地球上の兵器じゃ、防ぐことは出来ないわ」
「やはり、デッドの仕業だったのか。亡霊の一撃なんだな」
「全く、しつこいわね!」
デッドの残党を迎え撃つべく、すぐさま、青のアレスと赤のレイアの二機のアベンジャーが飛び立った。
レーダーが敵を捕捉、接近中。その数二十機。
――「もう、こんな所に来たのか! しばらくゲームが出来なかったから腕がなる。体力の消耗しないこの世界じゃ、一日中戦い続けられるからな」
「馬鹿! 遊びじゃないのよ」
浮かれるケンジにサヤカが一喝。
前方から猛スピードで迫って来るファントム(攻撃機)が見えた。
アレスが迎撃体制に移ったその時、何本かの閃光が走った。
眼下の海に無数の水柱が上がる。
『ズドーン』
その閃光の一つがアレスをかすめ、強い衝撃が、頭上からの攻撃にアレスが被弾した。
「もう、何やってんのよ! 始まったばかりでやられたら、洒落になんないじゃない!」
「だから言っただろう、こっちの世界じゃ力が発揮出来ないんだって」
「大丈夫、傷は浅いわ」
アカリが言った通り、アレスは直ぐに再生し始める。
傷は浅かった。
「大気、大気が邪魔しているだけなの。上へ、上に逃げて。大気圏を越えないと」
「なるほど、そうか、大気が動きを鈍らせていたんだ。ここでは一瞬の間があるんだな」
ケンジが思いっ切り操縦桿を引き、アレスが真空の宇宙に躍り出た。
「敵の攻撃で都市が破壊される。宇宙に背を向けなきゃ。それに、敵は一発で仕留めないと、逸れれば被害が出るから」
アカリがケンジに注意を促す。
「敵は二十機、常に宇宙に背を向け、しかも一発で仕留めないといけない。でも、ハンディとしては申し分ないな」
本気モードに入ったケンジに、サヤカは安心して身を任せる。
頼りになる男、彼女の胸が高鳴った。
人型に変形したアレスがビームライフルを持つと、突然、左腕の前腕部が変化した。
「何あれ? 変なのが生えてきたよ」
サヤカとケンジが変化した腕を見詰める。
「あれは、あの形は盾じゃないか?」
「盾が透き通って見える。異次元じゃないの。敵の光線を異次元に逃がすのよ、きっと」
「防御は最大の武器と言うからな。さすがはエボリューション、これなら射撃に集中出来るぞ」
確実に急所の頭部を狙い撃ち、次々と敵機を撃墜していくアレス。
ケンジの腕は鈍ることなく、宇宙最強のテクニックは失っていなかった。更に、
「動きが良くなっている。姿形だけじゃなく、性能も上がったって訳か。益々気に入ったよ、アレス」
ハデスとの死闘を経験したアレスは更なる進化を遂げた。
より強く生まれ変わった新生アレス。不利な小宇宙にいながら、まるで異世界にいる感覚。
大気圏で燃え尽きないファントム機は、次々に太平洋へと落ちて行く。
瞬く間に全てのファントム機を撃墜した。
「いよいよ、敵の本体だな」
アレスとレイアの二機のアベンジャーは、全速力で地球に接近している小惑星を目指す。
小惑星は、よりスピードを増して地球に接近していた。
推定二キロ。それは単なる小惑星ではなく、自らの推進力で動いていた。
岩石で覆われているものの、近くで見ると人工物らしく、先の尖った鋭い形をしている。それはまるで、ドリル型魚雷の巨大版のように見えた。
「あれは、太古文明の最終兵器。尖った先で地表をくり貫きながら進み、地球の中心核で爆発するの。あれは単に人類を滅ぼすための物じゃなく、地球そのものを消滅させるものなのよ」
「だから、地球上の兵器ではどうにもならないと言ったんだな。じゃ、一体どうやって衝突を阻止すればいいんだ?」
「装甲が頑丈で、ビームライフルじゃ歯が立たない。私のレイアと、北山君のアレスの推進力で魚雷の軌道を変えるしかないの」
巨大な航空魚雷に張り付き、パワー全開で軌道の修正を試みたが、二機のアベンジャーの推進力だけではビクともしなかった。
巨大な航空魚雷は火星を越え、地球に近付いた。
「もう、間に合わないんじゃ……」
思わずサヤカが呟く。
「諦めてたまるか!」
最後までケンジは諦めない。
だが、急にアレスのパワーがダウンした。
そもそもアレスは半生命体。フルパワーの維持は出来ず、アレスは限界に達しエネルギーが尽きようとしていた。
アレスの悲鳴が、ケンジの思考に伝わった。
「もう、これまでか……」
諦め掛けたその時、微かに光る線のようなものが彼方に見えた。
その線の光はみるみる大きくなり、こっちに向かって来る。
――「あれは? 飛行機だ!」
そうケンジが声を上げた。
「待たせたな、ヒーロー。借りを返しに来たぜ」
聞き覚えのある声が聞こえた。
それは、リック隊長の声だった。
リック隊、総勢三十機のアベンジャーが駆け付けた。
一糸乱れぬ編隊は荘厳な光景だった。
彼らが巨大魚雷の胴体にしがみ付き、リックがケンジの横に並んだ。
「遅くなってすまない。これだけの部隊を送り込むのに手間取ったもんでな。今度は、こっちが助ける番だ」
全機がスロットル全開、一丸となって巨大魚雷の軌道修正をした。
――青く輝く地球が見えた。
だが、僅かに巨大魚雷の軌道が変った。
航空魚雷は地球をかすめ、危機は去ったのである。




