名コンビ
「痛った~い!」
サヤカの悲鳴が輸送船のコックピット内に響いた。
「お前、付いて来たのか! なんで、なんで無茶するんだよ」
ケンジも声を上げる。
「もう、一人は嫌、一人は嫌だったから……」
「どうでもいいけど、スカートがめくれて、パンツ丸見えだぞ」
真剣な眼差しのサヤカを茶化すようにケンジが言うと、
「もう! どこ見てんのよ」
口を膨らませてサヤカが睨んだ。
「いいじゃないか、ちっちゃい頃、一緒に風呂入った仲だろう。俺、もっと凄いもの見たんだから」
「凄いものって、アカリさんね、二人で何したのよ?」
「秘密だよ、秘密。言ったら、痛い目に遭いそうだからな」
恋愛に無関心だったケンジの微妙な変化を感じ取ったサヤカは、彼が遠へ行ってしまうのではないかと不安に思った。
そんなサヤカが辺りを見回す。
「ここはどこなの? 何も見えない真っ暗な空間、見えるのはあんただけ。この部屋は何? 飛行機の操縦席のように見えるんだけど……」
「秘密はこのメガネだよ。このメガネはこっちの世界に入る装置なんだ。きっと、サヤカがしっかりつかまっていたから、偶然一緒に来たんだろう。全く、無茶して。ここは、この宇宙は、分かり易く言うと二次元のゲームの世界かな。宇宙には、まだ知られていない世界があるんだ」
「あ、それ、雑誌で見たことがあるわ。確か、ダークエネルギーってやつよね。見ることも触ることも出来ない物質で、宇宙の八十パーセントを占めているらしいって」
「さすがは優等生、なんでも知っているんだな。この世界じゃ、そのエネルギーが満ち溢れていて、銀河間の交流が活発なんだ。だけどそれが祟って、いつしか争いに巻き込まれて……。銀河間のシステムが遮断され機能していないから、大河の中でさ迷っているんだ。信じられないだろうけど、超光速で飛んでいるんだぞ」
「そんなぁ、光より早いものなんて無いはずよ」
「だから、ここは異次元。エネルギーが満ちているから、光速航行も可能なんだよ」
「光より早く飛んでいるとしたら、戻った時、おばあさんになっているのかしら?」
「そんな馬鹿な、こっちの世界は進んでいるから心配ないだろう。現に、俺は何にも変わってないし」
「そうね、いつもと変わらない、冴えない高校生だもんね」
「冴えない、かぁ……。あ、そうそう、この飛行機は、実はロボットなんだ。正確にはアームキャリーって言うんだけど」
「アームキャリー? 変わった名前ね」
「それまで兵器という物が無かった世界に、急に戦争が始まったから、輸送船を急造で作ったのが始まりなんだって」
「だから、輸送船の意味のキャリーが付くのね。トラクターが戦車に変わった成り立ちと似ているわ。でも、銀河間の横断だなんて、スケールが違うなぁ、想像が出来ないよ。地球じゃ、月に行くのが精一杯なのに。まさか、ゲームの話じゃないでしょうね。普通、宇宙空間って無重力じゃないの?」
「このコックピット内だけは、作業しやすいように地球と同じ環境なんだ。重力をコントロールする技術があるから、その重力を動力エネルギーとして利用しているって、アカリが言ってたな」
「まあ、重力って半永久だし、一番効率の良いエネルギー源だものね」
そうは言ったものの、半信半疑のサヤカ。それは無理からぬことである。
「信じてくれよぉ、シンプルだけど、アーケードゲームのコックピットなんかより、ずっと精密だろう……。まあ、無理もない、俺も最初は戸惑ったんだから。今は何を言っても信じられないだろうけど、自分の目で見れば分かるはず。この行き着く先にその答えが待っているんだ。俺は、この世界じゃ英雄なんだぞ」
「へえ~、あんたがね。でも、二次元の世界じゃ有り得るかも。だって、なんの取り得の無いあんただけど、二次元のゲームは唯一の得意分野だし、腕は相当なもんだからね」
幼なじみのケンジが頼られる存在になり、サヤカは嬉しくなった。
「じゃ、アカリさんは宇宙人な訳?」
「広い意味じゃそうだけど、俺ら地球人と同じだった。おんなじ人間、そんな彼女が助けを求めている。助けなきゃ、と強く思ったんだ」
「同じだったって、なんでそんなことが分かるのよ? 気になるんだけどぉ」
「なんでもない、なんでもないよ。それより今がどういう状況か分かっているのか。このままだとアカリが死ぬんだ。しかも俺の、通信機器のスイッチを切り忘れたせいで」
「スイッチの切り忘れ?」
「そう、スイッチの切り忘れで。地球より遥かに進んだ文明だけど、デットとか言う敵に傍受されないため、アナログのトランシーバーのように、送信か受信かのどちらかしか出来ない単信式の通信機器を使っていたんだけど、舞い上がっていたとはいえ、ON ・OFFの簡単な操作が出来なかったなんて……。みんな良い人、アカリを含めて、助けてやりたいんだよ」
「ケンジのせい、か。分かったわよ、で、どうすればいいの?」
「そのモニターに映っているメイオールって言う銀河を目指しているんだけど、妨害電波のせいで高性能な器機は役に立たないから、どこを目指して行けばいいのか……」
「要は、そこに行けば良いのね。アカリさんが困っているんでしょう。なんの見返りも無いけど、協力するわ」
ゲーム意外に感心の無かったケンジがやる気を出し、サヤカは全面的に協力すると約束した。
「ここは私に任せなさいよ。道に迷った時、あたしがいつも導いてあげたでしょう。あんたは極度の方向音痴だったからね」
「そんな簡単にいくのか?」
どこからそんな自信が出てくるのか、ケンジは不思議に思いならがサヤカを見詰めた。
「何か、神経が研ぎ澄まされるというか……力がみなぎるっていうか、それってダークエネルギーのお陰じゃないの?」
「そうか! それだ。そのエネルギーによって俺が超人的な活躍が出来たんだ。アカリも言っていた。アカリは俺達とは違って、地球にいる時は人の心が読めるって。でもその反面、体力が異常に消耗するんだよな。それが唯一、この世界の欠点だな」
「じゃ、この世界にいればあんたとあたし、なんでも出来るんじゃない。ハサミと同じね、二つあれば切れるでしょう」
「その例え、合っているのか? まあ、俺よりはましだよな。じゃ、サヤカが操縦してくれよ。戦闘機と違って単なる輸送船だから、お前でも操縦出来るだろう。気のある方、気の向くまま、感じるままに進んでくれ。命はお前に預けたから、死んでも文句は言わないよ」
「命を預けたって、そんな大げさに言わないでよ。誰も死なせない、死なせるもんですか。今のケンジとあたしは一心同体、なんだって出来るんだから。あんたもアカリさんも、私が守ってあげるわよ……ちょっと、くっつかないでよ!」
輸送船のコックピット内は広いものの一人乗り。座席は一つしかなく、一緒に座ると当然密着する。
サヤカはまんざらでもなかったが、あえて迷惑そうに言った。
「だって仕方ないだろう。離れればお前が元の世界に戻ってしまうんだから。力の加減が分からないんだよ」
「この位置だと『何か』が当たるんだよね」
サヤカがしらじらしく言った。
「何がだよ?」
ケンジには女心が分からない。
「もう、女のあたしに言わせないでよ」
「はぁ? ちゃんと真面目にやれよ、命がかかっているんだからな」
「分かってるわよ! そんなこと。あんたのせいで集中出来ないのよ。いつもそう! 昔っから、あんたはあたしに迷惑ばかり掛けて……少しは私の身にもなってよ!」
突然、サヤカがキレた。
そんなサヤカをなだめるようにケンジが、
「付いて来てくれて、ありがとな。ずっと孤独で心細かったんだ。サヤカは、小さい頃から俺を助けてくれた。ほんと、感謝しているんだぞ。静かで暗くて寂しいこの宇宙空間、でも、お前がいるだけで不思議と不安が無いんだ」
今までの感謝を込めて、サヤカのツヤのある黒髪の頭を優しく撫でた。
「そんなこと、分かっているわよ。あんたの考えていることぐらい……」
ケンジの言葉に胸が熱くなり、眠っていた本能が目覚めたかのように力がみなぎってくる。
サヤカは五感を研ぎ澄ませ意識を集中させた。
暗黒の宇宙、何も見えないことで惑わされることなく、かえって集中出来る。デコボコだったコンビが、最強のコンビへと生まれ変わった。
サヤカは感じるままに輸送船を走らせる。
そして、ついに輝く一点の銀河をとらえた。
「あれ、あれじゃない? 何か感じる、もの凄く感じるよ。目的の銀河じゃないの」
「どれも同じに見える銀河だけど、指紋のように僅かに違うから、データーと照合しなければ分からないんだ」
そうケンジがサヤカに説明するが、
「あたしには無理、そんなこと出来ないよ」
当然、サヤカには操作出来ない。
「じゃ、場所を代わろう」
二人は元の位置に戻ると、サヤカは、これ見逃しに力一杯抱き付いた。
「くっつき過ぎだぞ、さっきと全然違うじゃないか。当たるんだよ、お前の大きな胸が」
「大きなお世話よ! あんただって……あんたは、小さいくせに」
「……」
サヤカにダメ出しされ、何も言えないケンジ。
いつまでたっても彼女には頭が上がらなかった。
モニターの銀河と照合し、データーと合致した。
目指すメイオール銀河だった。
「凄いぞ、サヤカ! ピッタリだ。目的のメイオール銀河だ。やっぱり、お前は凄いなぁ」
「でしょ、あたしを連れて来て、良かったでしょう」
得意げにサヤカが自慢する。
そんな強気なサヤカにケンジは勇気付けられるのだった。
不格好だった輸送船の外部燃料タンクを切り離すと、
「あとは自動制御、勝手に行ってくれるはずだ」
それまでの緊張が解かれ、二人はホッとし一息付いた。
「……前々から言おうと思ってたんだけど、あたしね、ケンジのことが……いや、なんでもないわよ」
今までの関係が壊れてしまいそうで、サヤカはそれ以上言えなかった。
「なんだよ、もったいぶって。……気になるな、どうせ、俺の悪口だろう」
「……あの頃と違って、ずいぶんと男らしくなったじゃない……。そう言いたかったのよ」
「あれから何年経っているんだよ。お前を含め、守ってやらなきゃならないからな。もっと男らしくならなきゃならないんだ」
「男らしくかぁ~、ところで、あんた、良い香りがするわね。いつからオシャレに目覚めたのよ、香水なんか付けちゃって」
異性に触れることしか出来ないサヤカにとって、間近で見るケンジに興味津々。
「そんな金があったらゲームソフトを買うよ。シャワーを浴びたせいかな。石鹸が無いのに汚れが取れるし、良い香りがしていたから。その時、染み付いたんだろう」
「あっ、もしかして、アカリさんと一緒に入ったんじゃ。しかも、裸同士で……だからさっき、アカリさんと同じだって言ったんだ……」
――ギクッ、勘が鋭い。こっちの世界じゃ、サヤカには嘘が付けないな。とケンジは思い、
「俺も見られたけど……」
昔からサヤカには嘘が付けず、自ら白状した。
「酷いじゃない、私も見てないのにぃ。あ、ご免めん、冗談よ、冗談」
「あのな、今がどういう状況か分かっているのか? お前には嘘は付けないから言うけど、一瞬だぞ、チラッと見たんだよ。いや、見えたんだ。のぞきとかじゃなく、ほんと、偶然だからな。でも、向こうから入って来たんだぞ。なんか、命令でそうさせられたんだって。俺にずっといて欲しいから、貴重な戦力だから俺と一緒になれって命令されたみたいなんだ。鉄のオキテだから逆らえないんだろう」
「ふ~ん、それだけ? 鉄のオキテか、なんだか怖そうね」
「弱い者が強くなるためには、必要なオキテなんだ」
「鉄のオキテに逆らえない、か。何か気の毒ね。命令一つで、好きでもない人と一緒になるなんて。で、あんたはどうなの、アカリさんのこと、好きなの?」
恐る恐るサヤカが聞いた。
ケンジの本心を知りたい反面、サヤカは結果を恐れた。
「向こうはなんとも思ってないだろうけど、俺、やっぱり好きなのかな? アカリのこと」
――好き、かぁ……と、落ち込むサヤカ。
「昔っから恋愛ゲームだけは苦手。相手の気持ちが読めないから苦手で、やり辛いんだ」
とケンジが言った後、
「こんな近くにいるのになぁ~、いつも怒ってばかりいるけど……」
小さく呟いた。
「今、何か言った? 最後の言葉が聞き取れなかったんだけど」
サヤカには聞こえていなかった。
お互いの気持ちが交差しスレ違う。
だが、二人は引力のように引き付けられるのだった。
メイオール銀河が間近に迫り、数多くの恒星が眩しいくらい輝いていた。その輝きは、まるで漆黒の闇に浮かび上がった花火のように綺麗に見えた。
二人の乗る輸送船は、銀河の重力によって吸い込まれるように落ちて行く。
「こんなに沢山の星、銀河を天の川とは、よく言ったものね。これなら沢山の願い事が叶いそうだわ」
瞳を輝かせながらサヤカが言う。
「サヤカの考えはいつも合理的だな。何か元気が出てきたよ」
想い続けてきた者同士、心の底から温もりを得た。
「ずっと、こうしていていい?」
ケンジの耳元でサヤカが囁くと、
「ああ、今お前に消えられたら困るから、消えないように、しっかり俺につかまっていろよ」
そうケンジが答えた。
「うん……」
ずっとこうしていたい。もう離れない、離さないから。そう思ったサヤカが、力強くケンジを抱き締めた。
コックピット内に二人きり、ケンジとサヤカはまるでデートでもしているように、ロマンチックな雰囲気に浸っていた。




