敗北
敵の来襲に備え、アリオト星は臨戦体制に入った。
一帯に緊張が走る。
多くの難民を抱え、身動き出来ない状況。彼らを見殺しには出来ず、アリオト軍には打って出るしかなかった。
「なんてことをしてくれたんだ! とんだ救世主だ」
青白い顔をした参謀が、ここぞとばかりにケンジに罵声を浴びせた。
「俺のせいだ、俺の……。何か助かる方法はないんですか? 俺、なんでもやります!」
「一つだけある。もはや単独での勝機は皆無。だが、他の銀河勢力を見方に出来れば勝機が見えてくる。メイオール銀河のエニフ星は、銀河連合の三公の一つで、その経済力は宇宙一とされる。その経済力は当然軍事力に転用出来るため、デッド軍も恐れて攻撃していない無傷の銀河だ。
だが、止めといた方がいい、死に行くようなものだからな。例え敵の包囲網を突破したとしても、その後に待っているのが、銀河の横断だ。銀河間を繋ぐルートはデッド軍によって遮断され、方向が分からない。ましてや、銀河間を航行する母艦を一隻も持っていないんだ。ここからメイオール銀河は近いとはいえ、銀河を離れれば重力エネルギーは無くなり、自力での走行となる。小型の航空機での銀河横断は、誰も成し得なかったチャレンジ。それは君の星で言うと、太平洋を小船で横断するようなもの。遭難するのがオチだ」
そうリックが説明するが、
「それでも俺はやります! やらして下さい」
大きな声でケンジが言った。
大航海時代に命懸けで挑んだ冒険家はいたが、システムが確立された現代、それは無謀な行為。そのうえ、何億とある銀河の中で、目的の銀河を目指すのは不可能に近い。全てにおいて勘だけが頼りなのである。
「なんであんなことを言ったの? あれほど無茶しないでって言ったのに……そもそも、北山君の活躍が無かったら、とっくにアリオト軍は全滅していたのよ。北山君のせいじゃない、全ては私のせいだわ。私が北山君を連れて来たせいで……」
アカリが悲しそうに言って、うつむいた。
「違う! 自分の意思で来たんだ。君が俺達の世界に行けるんだから、いずれ奴らも地球に攻め込んで来るはず。君達の優れた文明がやられたんだ、地球人ではひとたまりもない。少しは俺を信じてくれよ、君にとって俺は救世主なんだろう。心配するな、俺が君を、アカリを守ってあげるから」
『俺がアカリを守る』と言ったケンジの言葉にアカリは嬉しくなり、彼を失いたくない、彼こそが生きる希望なんだと強く思った。
「もし、危険な目に遭い掛けたら、そのメガネを外すといいよ、自由になれるから」
自由になれる? 体の一部と化していて、メガネを賭けていることすら忘れているケンジ。アカリの言っている意味が分からなかった。
出撃の合図が鳴り、ハッチが閉まり掛けた。
「待って!」
と言ったアカリが、身を乗り出してケンジに口づけをした。
これもリックさんの命令かな? 温かくなった唇に手を当て、人生初のキスに夢見心地だった。
だが、その余韻に浸る間も無く、船は強制的に飛び立った。
銀河間を航行するため、ケンジの乗る船は小型の輸送機を改造したもの。唯一、長時間の超光速走行の出来る、銀河横断に適した航空機だった。
しかし、銀河を横断するための片道分の燃料エネルギーが充満された、外部燃料タンクを搭載した機体は、戦闘機より大きく動きが鈍い。当然標的にされ、包囲網を突破する確率は限りなくゼロに近かった。
「川から大海原へ、そりゃあ、高度な船じゃないと横断出来ないだろうけど、片道分の燃料……まるで特攻だな」
そう嘆くようにケンジが呟いた。
アリオト星の命運を託されたケンジは、僅かな護衛戦闘機に守られ、デッド軍の包囲する手薄な場所を目指して敵中突破を敢行した。
護衛機が身を挺してケンジを守り、次々に撃墜されていく。
仲間が死んで行く様に、ケンジの瞳は涙で溢れ前が見えない。
彼らの死を無駄にさせないためにも生きて、生き抜いてこの窮地を突破しなくてはならなかった。
突然、ケンジの乗る輸送船から煙が上がった。
追撃して来る敵を欺くために、撃墜されたように見せ掛け煙幕を出していたのだ。
敵は追って来ない。
輸送船はゆっくりと包囲網から離れて行く。
かろうじて敵の包囲網を突破したケンジに待っていたものは、無限に広がる暗黒の大宇宙だった。
ケンジは意を決し、暗黒の大海原に飛び込んだ。
だが、ここから本当の試練が待っていた。ケンジには過酷な航海が待っていたのである。
デッドによる妨害電波が全宇宙を狂わす。
銀河間を自由に行き来していたワームホールの機能は停止。メシエ銀河を超えた途端、電波航法装置や空中レーダーなどの全方位計が狂い始め、進むべき方向が分からなくなった。
誰もいない、頼るものもいない、孤独との戦いだった。
島国、日本で育ち、地球の中の世界が全てだと思っていたケンジにとって、この時初めて宇宙の大きさを、身を持って知ることになる。
「星座の位置からだと、この方向でいいんだが……たどり着いたとしても、すでに遅く、全滅していたとしら……この航海は無意味ではないのか……」
星座を目印に飛行するケンジだったが、進んで行くに連れ世界が変ってくる。
銀河の数も位置も別な空間、自分がどこにいるのか全く分からなくなってしまった。
広大な宇宙の中は何も聞こえない静寂な世界。ケンジは孤独だった。
「何をやっているんだ、俺は。とんだヒーローだな、情けない……」
長時間の漂流が、極限状態のケンジを追い詰めていく。
「俺は十分やったんだ。誰も責めたりはしない、アカリもきっと許してくれるはずだ……もういい、もう沢山だ!」
息苦しさのあまり、思わずケンジはメガネを外した。
静寂だったオム二バース(大宇宙)の世界が一変、虫のさえずる声が聞こえた。
見覚えのある光景。ここは、アカリと異次元の世界へと飛び立った万博記念公園だった。
誰もいない、ただ、夕日に照らされた太陽の塔だけが、ケンジを見守っていてくれた。
「アカリが言っていた『自由になれる』って、このことだったのか……」
ケンジは握り締めていたメガネを遠くに投げ捨てた。
途端、無性に家族が恋しくなり、何も考えることなく一心に家を目指した。
途中、クラスメイトであり、幼なじみの加藤サヤカに出くわした。
「今までどこに行っていたの! みんな心配していたのよ。同じ日に突然アカリさんと消えたから、クラスのみんなは駆け落ちしたんじゃないかって噂していたの。もちろん、あたしは信じていたわ。だって、幼なじみのケンジのことは、あたしが一番良く知っているもの」
「アカリとは、ずっと一緒にいたんだ……。でも……もういい、もう終わったんだ。俺のことは、ほっておいてくれよ!」
そう声を荒げ、サヤカと別れたケンジは、まるで嫌な出来事から逃れるように無我夢中で走った。
家に帰ると、真っ先に父親の拳骨が。
――「痛ったー!」
なんでこんな目に、酷い目に遭うんだよ! 全く。
唯一、母親だけが見方でいてくれた。
「サヤちゃんが心配して、毎日毎日、夜遅くまで探し回っていてくれたの。彼女に謝っておくんだよ」
「サヤカが……分かった。でも、今は一人にしておいてくれよ……」
そう言って二階にある自分の部屋に向かった。
一人、部屋に閉じ籠ったケンジは、窓から見える夜空を見た。
今もアカリ達は戦っているんだよな……。でも、もういいんだ、もう終わったんだ! そう自分に言い聞かせた。
ケンジは急いでカーテンを閉めると、それまでの出来事を忘れようと布団の中に潜り込んだ。
危険の無いゲームと違い、命懸けの実戦は精神と肉体を異常なまでに消耗させる。初めて味わう負け? ケンジは生れて初めての敗北感を味わった。
ケンジは意識を失うように深い眠りについのだった。
翌朝目覚めたケンジは、朝日を見て安心した。
「良かった、ここは地球だ」と。
だが、ぐっすり眠ったはずなのに、後味の悪い疲労感が抜け切れないでいた。
「本当に、これでいいのかい?」
朝食を用意しながら、母親がそっと呟いた。
何か知っているようだった。
「銀色の髪をした女の子が、毎晩私の夢の中に現れ、何度も何度も謝るの。危険な目に遭わせてすまないと、何度もね。最初は単なる夢かと思っていたけれど、毎日現れるもんだから信じない訳にはいかないでしょう。困っているんでしょ、彼女。ほっておいて、いいのかい?」
自分のミスで窮地に立たされたアリオト星。『なんてことをしてくれたんだ! とんだ救世主だ』と罵倒された言葉が頭から離れず、罪悪感にさいなまれていたケンジ。
「……分かったよ、母ちゃん。また迷惑掛けるだろうけど、特に父ちゃんには」
「絶対に無理しちゃ駄目よ」
「もちろん、必ず帰って来るから」
ケンジの心は決まった。
何故か晴々とした気持ちだった。逃げていた後ろめたい気持ちから開放されたからである。
だが、ケンジには戻れない理由があった。
「メガネが無い。あれがないと戻れないんだ」
急いでケンジが玄関を出ると、家の前でサヤカが待っていた。
ケンジと目が合ったサヤカが、気まずそうに、
「お、おはよう。昨日、凄い剣幕で『ほっておいてくれ!』って言うものだから、声掛けられなくって……、ずーっとこうして待っていたの」
「ずーっと、待っていてくれたのか……」
「学校、行くんでしょう。だったら、一緒に行こう」
サヤカの誘いに、
「俺、行かない。学校には行けないんだ」
そう言ってケンジは首を振った。
「行けないって、どういうこと? じやあ、学校はどうするのよ。このままだと、あんた留年、卒業出来なくなるわよ!」
「後で、帰ったら詳しく話すから!」
心配するサヤカを振り切ってケンジは走り出した。
朝の通学時、人波に逆らい、ケンジは急いで万博記念公園に向かう。
サヤカも無心でケンジの後を追った。
広い万博記念公園で、投げ捨てたメガネを必死で探すケンジ。
「どこだったかなぁ~」
「何? 探しているのよ」
「メガネだよ、あれがないと戻れないんだ」
「メガネ? あんた目が悪くなったの。ゲームばっかりしているからよ」
サヤカが愚痴をこぼす。
「そんなんじゃないよ。いいからお前も一緒に探してくれ、時間が無いんだよ」
「何よ! 偉そうに、全く」
意味も分からずサヤカも必死になって探した。
「これ、これじゃない?」
サヤカが捜し求めていたメガネを見付けると、
「やった! サヤカ、サンキューな」
そう言ってケンジがメガネを掛けた。
消え行くケンジの異変に気付いたサヤカが、とっさにケンジに抱き付いた。




