スペツナズ
オメガ率いる第三勢力の集結するマイア星は、戦場からの負傷した多くの兵士を収容して治療するための巨大な野戦病院と化していた。
そこでは、医療・衛生部隊が敵味方の区別なく人道的支援を行う。オメガのメンバーも、負傷兵の応急処置を行った。
彼らは、負傷者への救護活動を使命としたのだった。
どうしたら、始まった戦争を終わられることが出来るのだろう。そのことばかりを考えていたエマの気持ちを見計らったように、
「エマさん、実は……」
とイバンが声を掛けて来た。
そして、二人はイバンの操縦する『ツァーリ』に乗ってマイア星から姿を消した。
一人、激戦地での救助活動をしていたノアがマイア星に帰還すると、
「あれっ、エマは?」
真っ先に、多くの命を救ったんだぞ、とエマに自慢しようと思っていノアが、エマのいないことに不思議に思いながらチームメイトに聞くと、
「ああ、確かイバンと出掛けたぞ」
ナタンが答えた。
「ふぅ~ん、二人でね……リアムと一緒じゃないのか」
そう思っていると、そのリアムが、
「大変です!」
血相を変えて部屋に入って来た。
「なんだ! 何かあったのか?」
驚いた様子のリアムにノアが聞くと、チームメイトの前で驚くべきことを言った。
「イバンさんのデーターが改ざんされていたんです」
「カイザン? なんだ、それ」
ノアが首をかしげる。
「つまり、イバンは選ばれた人間ではないということだ」
そうレオンが説明した。
「ロシアもん、あいつは一体、何者だ!」
「イバンさんには何かあると思って、密かに調べていたんですが、彼はGRUとか言う組織の、合同軍のスパイだったんです」
「GRU? 確か、ロシア連邦軍参謀本部情報総局の…」
ハオユが過去の記憶をさかのぼりって言うと、
「特殊任務部隊・スペツナズじゃあ」
軍事に詳しいレオンが言って、更に続けた。
「ロシア最強特殊部隊、スペツナズか。オメガのメンバーはいずれも民間人、イバンだけが唯一の軍人か。みんなより凄みがあって、落ち着いた雰囲気があるのは、過酷な訓練を経験していたからなんだな」
「そういや、あいつの機体は赤、ソ連時代の国旗の色だ。単なるカッコ取りだと思っていたが、名前も皇帝だなんて、とんだ野心家だったんだな。危険な奴、エマをどうするつもりなんだ! こうしちゃいられない、今から奴を追う! ツァーリより早い乗り物はないのか?」
ノアがリアムに聞くと、
「ライトニング、高速戦闘機のライトニングなら追い付けるかも。でも、スピードに特化した乗り物だから、運動性能が低く格闘戦には不向き。それに、装甲も薄くて危険ですよ」
リアムが案じて言った。
「構うもんか! ロシアもんとのハンディにはもってこいだ。早く出せ! そいつを」
「じゃあ、ワタシも連れて行って下さい!」
と大きな声でリアムが言う。
「ああ、もちろんだ。お前の彼女だろ」
エマを連れ去ったイバンの搭乗するツァーリの軌跡をたどって、ノアとリアムの乗るライトニングが猛追した。
エマを乗せたツァーリが、近くまで来ていた合同軍の巡洋艦に回収された。
その艦橋内で『敵機急接近!』急襲を知らせる放送がなされた。直後、
「待てーーつ!」
ノアの叫び声が響き、その声が艦内に伝わる。
「追っ手はたったの一機、撃ち落とせ!」
艦長が指令を出すが、
「やめておけ、お前達のかなう奴じゃない。ここは俺が、あいつは俺が仕留める、任せておけ」
イバンが名乗りを上げる。
「イバン君……」
そばにいたエマが不安そうに彼を見詰めた。
「心配ない、追い返すだけだ。だから、素直に俺の言うことを聞いて、大人しくしていて欲しい。彼らも手荒なまねはしたないから」
威圧しながらも、イバンは小さな声でエマに優しく言った。
猛追するノアの前に、イバンの乗る人型のツァーリが立ち塞がった。
「どけ! エマを連れ戻すんだ、邪魔すんな!」
「この先が行きたいのなら、俺を倒して行くんだな」
「フン! お前では俺は倒せない。シミュレーションで結果が出ただろ」
「ああ、だが、俺にはお前の動く先が見える」
「――まさか、心眼の使い手? か」
「違うな、超能力だ。俺はスペツナズに入隊した頃から、その特異な体質が認められ、その能力を高めてきたんだ」
イバンは合同軍のスパイ、その隠れた能力は超能力だった。
「何より、この世界の環境、ダークエネルギーが俺の能力を最大限に高める。心眼とやらの能力とおんなじ力を俺は得たんだよ。さあ、勝負だ!」
「ま、待って下さい! 今は争っている場合じゃ…」
リアムの制止も聞かず二人は決闘し始めた。
「ちょこまかと、すばしっこい奴。だが、それでは勝てないぞ」
イバンの素早い動きにイラつくノアを尻目に、
「実力は互角、だが、アームキャリーの性能が違う。俺のツァーリの方が格段に優れているからな。ただ速いだけじゃ、勝ち目はないだろう」
「うぅー……」
ノアは言い返せない。
「安心しろ、元同僚の命までは奪わない。ただ、奴らに俺の実力を見せ付けるためだ」
「何が目的だ、お前の狙いはなんなんだよ!」
「二人とも、止めて下さい! 今は争っている場合じゃないんです。このままじゃ、エマさんの命が無くなるかも知れないというのに」
リアムの、エマの命が無いとの言葉にイバンの動きが止まった。
「エマさんの命が? お前、何か知っているのか?」
「今、こうしている間にも、恐ろしい計画が進行しているんです」
「恐ろしい、計画?」
「エマさんは、神への生贄にされようとしているんです」
「神の生贄……」
「そうだ! お前は騙されているんだよ、イバン」
「そんな筈は……彼らは約束してくれたんだ、俺の望みを叶えると」
「お前の望みとはなんだよ、こっちはエマの、俺達のリーダーの命が掛ってんだ」
ツァーリの持つビームサーベルの、輝く刀身が消えた。
「もちろん、停戦が目的だ。お前達も見ただろ、あの悲惨な光景を。このまま戦いを続ければ、更なる悲劇を招くんだ」
「だったら、俺達と一緒に…」
ノアの誘いを拒むようにイバンが言う。
「祖父に、ソ連崩壊後の祖国の弱体ぶりをよく聞かされた俺は、このツァーリを使って、ソ連以上の力をロシアに待たせる。それが俺の一番の望みだ。そのために、彼ら合同軍と手を結んだんだよ」
「ちっぽけな地球での覇権を……まだ、そんな化石みたいなことを考える奴がいるんだな、呆れるぜ」
「ああ、お前みたいに裕福じゃない俺は、娯楽のゲームなんてやれなかったからな。それはそうと、リアム、お前は臆病者だと思っていたが、何故、こんな危険な場所に乗り込んで来たんだ? 何故エマさんを必要とする? ただ、好きだってことじゃないだろう」
イバンが、前々から疑問に思っていたことを聞いた。
「エマさんには、ワタシ達の夢を叶える力がある。エマさんは、この世界の指導者となるべく生まれて来たんだと、そうワタシは信じていました。でも今は、そう確信しているんです。だからこそ、救わなければならないんです。私は自由になるためにエマさんを利用したのに、こんなワタシのために、命懸けで救出してくれたんですよ。だから、今度はワタシがエマさんを救い出したい、この命に懸けても」
「それが、好きってことだろう。そんなお前が、嘘を付いているとは思えない」
イバンがそう言ったあと、
「ひとまず勝負はお預けだ。俺のツァーリに乗れ、階級バッジの通信機能をいつでも聞ける通話状態にしておけよ。怪しいと思った時は、構わん、遠慮なく攻撃しろ」
「オレを信用するのか?」
「お前じゃない、リアムだよ。こんなに必死に頼むのは初めてだ、嘘を言っているようには思えないからな。狭いコックピット、三人乗るのは少々キツイが、辛抱しろ」
「ありがとうございます」
リアムが深々と頭を下げた。
なんだろう、この安心感は……。いがみ合っていたノアとイバンの二人、こうして協力し合えれば、きっとオメガは今以上に強くなる、そう強く思ったのだった。
宇宙空間に飛び出したノアとリアムがツァーリに乗り移ると、上段に構えたビームサーベルを再び輝かせて、人型のライトニングを一刀両断にした。
「あぁ! もったいないことを……オレのセカンドカーにするつもりだったのにぃ」
思わずノアが愚痴をこぼすも、
「仕方ないだろ、怪しまれるんだから」
そんなこと言っている場合か、と呆れ顔のイバンが答えた。
ツァーリの狭いコックピットの中に、ノアとリアムが乗っていることも知らずに、巡洋艦がツァーリ収容した。
「相手はオメガの一員だったのだろう。さすがは、データーを改ざんしてまでスカウトしただけのことはある。地球の王に相応しい」
艦橋に戻ったイバンを見詰めながら、誇らしく艦長が言った。
「地球の王って、イバン君……」
この時初めてエマは騙されたんだと思った。
「話を聞かせてもらう。エマさんをどうするつもりなんだ?」
イバンが艦長に問い詰めるが、
「お前に話すことはない。我らに従っていれば、望みは叶えてやると言ってあるだろう」
軽くあしらわれた。
「エマさんを生贄にするんだろう。それって、エマさんの命を奪うことだろ、それでは約束が違う!」
「私が生贄? ちょっと待って、私は話し合いに、停戦のための話し合いに……」
何も知らないエマが、イバンと艦長の二人の顔のぞき込むように交互に見た。
「何故、それを知っている! オシリス星の限られた幹部しか知らされていない極秘事項だぞ」
艦長の動揺が全てを物語っていた。
「やはりな、リアムの言っていたことは本当だったんだ……聞いたか、ノア!」
イバンが、ツァーリに待機してあるノア達に聞こえるように大きな声で言った。
「ノア? オメガのエースパイロット、ノア・ルイスか……貴様、誰と話しているんだ!」
突然、艦底が大爆発し、艦内に衝撃が走る。
船体が大きく揺れた。
しばらくしてノアが艦橋に入って来た。
「何故、お前が来る!」
「心配するな、後はリアムに任せてある」
「馬鹿か! あいつはエース級パイロットじゃない、ツァーリの操縦は出来ないだろ、だからお前に任せてあったんだ……」
「あ! そうだった。でも、機関部に一撃を入れたから、もうこの船は動かない。追跡している艦艇に捕えられるだろうよ」
二人のやり取りを聞き、艦長が唇を噛み締めながら言った。
「ヌ、ヌヌ……戦争を終わらせたいのなら、素直に小娘を渡すんだな。命の保証はする」
「嘘だぁー! ワタシは知っている。昔聞いたことがあるんだ、デッドに代わる神を創造するという計画を」
いつになくリアムが強い口調で言うと、
「デッドだと! あの破壊神か」
ノアも声を上げた。
「はい、オシリス人は他の星々の住人よりも知能が高く、当初、その優れた科学技術は、人々の幸せのために使っていたんです。優秀だった工学エンジニアのワタシの父も、人類の発展に繋がるのなら、との思いで協力を惜しまなかった。しかし、デッドが出現してから、全てが狂い出した……」
「お前の親父は技術者だったのか。だから、やたらと知識があり、メカにも詳しかったんだな。で、お前の親父は、どこにいるんだ? 今でもオシリスとか言う星にいるのか」
「……父は、死にました」
「死んだ?」
「はい。私の父は、幹部達が秘密裏に研究をしていたのが、デッドを創造する研究だったことを知って……反対の意思を表明した途端、消息不明になったんです」
「殺された、のか……」
「恐らく……」
「そう……リアムのお父さん、もう、この世にいないのね」
エマが悲しそうな目でリアムを見詰める。
「ワタシの父は、死んではいない。精魂掛けて造ったアリストの、人工知能の中で生きているんです」
「そ、そうよね。しっかり、お父さんはアリストの中では生きている。いつもそばで見守っていてくれるのよね」
「はい」
そう答えエマに笑みを向けると、リアムは続けた。
「科学技術の発展したオシリス星の科学者達は、常々、太古の科学者に神が創造出来て、新人類が出来ない筈はないとライバル意識を燃やしていました。史上最大の神・デッドに対抗すべく、最小の神、『アテン』を創るという野望を」
「アテン? だと」
初めて聞く名前に、ノアが身を乗り出して聞き返す。
「はい、古の神の名を戴いたアテン。デッドの神懸かりな力を目の当たりにしたオシリスの指導者は、太古の科学技術を超える、より優れた神を創造することによって、世界を我がものにしようとしたのです。研究の第一段階として、個人の考えることの全てを把握する。それがエマさんの考えることであり、エマさんに共鳴するアリストを造った。第二段階は、指導者の考えることを把握すること。恐らく、指導者の考えを事前に察知し、戦争へと仕向けたのでしょう。そして最終段階。それは神を創造すること。つまり、デッドを超える、未来を見通せる神を創ることなんです」
「馬鹿な、未来を見通せる神だと……」
イバンが呟く。
「頭の良い人間の考えることは……行き着くところが神の創造か。また人間はくだらない物を作ろうとしていたんだな。核兵器や生物兵器、何故、人間という生き物は、自身を追い込む、愚かなことを繰り返すんだよ」
人間の愚かな行為に、吐き捨てるようにノアが言った。
「ワタシは、父の遺志を継ぐべく、その愚かな研究を阻止しようとエマさんに会ったんです。アテン神を完成させてはならない、また、太古文明の過ちを繰り返さない、新たなデッドの創造を、決してさせてはならないんだという強い思いで。それを阻止することが出来るのはエマさんしかいない。この人なら、我々人類を救ってくれるだろうと」
「そんな思いで、お前はエマに会ったんだな。あの時言った、夢を叶えるとは、争いの無い世の中を、お前は夢見たんだな」
「……そんな強い思いで私に会っていたなんて、私、ちっとも知らなかった。あなたがどんなに苦しみ悩んでいたかなんて、私はちっとも知らなかった……」
一人悩み苦しんでいたリアムを思うと、悲しむが込み上げて来る。
「……そんな話、聞かなかったぞ! それでは約束が違う。エマさんを立てて、戦争を終わらせるんじゃなかったのかよ」
イバンが詰め寄るも、意に介さず艦長は言った。
「もちろん、そのつもりだ。我が有能なオシリス人主導の下、世界が一つになる。それが争いを無くする唯一の手段であり、人類の進むべき道なのだ」
艦長の言葉にイバンが睨んだ。
「リアムとか言ったな……あの時のガキか……やはりあの時、殺しておけばよかった」
「契約解消だ!」
イバンが叫ぶ。
「裏切るのか?」
「裏切るだと、そもそも約束を破ったんだから当然だ。あんたらは俺に言っただろ、無駄な争いを止めさせ、エマさんの命は奪わず保証すると。彼女はこの世界には欠かせない存在なんだ」
「命は奪わない、我らに感謝するんだな。何せ、神として生きられのだからな」
「……狂ってやがる」
ノアが吐き捨てるように呟いた。
「……私一人の命で、この悲惨な戦争を終わらせることが出来るのなら、私はこの命を捧げるわ。私一人の命で多くの人が助かるのなら、私は喜んで死ねる。それが私の生まれて来た運命、定めなんでしょう」
エマが諦めに似た言葉を発すると、
「死ぬために生れて来たなんて、馬鹿げてる! お前の命は、そんな安っぽいもんじゃないだろ! お前の尊い命は、お前の一人のもんじゃない。お前が死ねば、じいちゃんが悲しむだろ、親父さんや、お袋さんも悲しむんだ。チームメイトも一緒、みんな悲しむんだよ。誰もが羨む、そんな優等生として生まれて来て、死ぬなんて言葉、軽々しく言うんじゃない、言うな! 俺は、俺はな、お前の親父さんに、エマを守ってくれって、頼まれてここ世界に来たんだぞ、お前に死なれたら、俺を選んでくれた親父さんに合わせる顔が無ないだろうが」
ノアが力を込めて言った。
その力強いノアの言葉が、エマの心を動かした。
「まさか、あなたから説教されるとは思わなかったわ。ノアの言う通り、私はまだ死ねない。もっと生きたい、リアムと、オメガのメンバーと共に生きたい。だから、こんな所では死ねないわ」
「ヌ、ヌヌ、裏切り者め!」
そう言い放った艦長が、護身用の銃をイバンに向けて引き金を引いた。
とっさにノアがイバンを庇う。
「ウッ!」
発した光線がノアの体を貫いた――。
速攻、イバンが得意の柔術で取り囲む士官達を投げ飛ばすと、ノアを抱え上げる。
「何故、こんな無茶な真似を!」
「……もう、エマの前で、人の死ぬところを見せたくないんだよ」
弱弱しい声でノアが言った。
「かといって、お前が死んだら元も子もないだろ」
応急手当ての止血を施すも、大量に血が溢れ出る。
「いやーー!」
床一面に広がる鮮血を見てエマが叫ぶ。
ショートしたモニターの画面のように、ゆっくりとノアの目の前の視界が消えた。
少し遅れて、思考だけが駆け巡る。終わった、何もかも……。何も出来ないまま、こんなカッコ悪りぃ終わり方なんて、ああ、最悪だ……。
そして、ノアは意識を失った。




