決戦前夜
ウィリスの死と、エマの誘拐を機に、銀河連合が事実上分裂。
エニフ・エルナト率いるラニアケア陣営と、パーシアス・シャプレー陣営との間で、再び、世界規模の巨大戦争が始まろうとしていた。
二大勢力は軍備を増強し、一触即発の状態が続いていた。
「オメガは、どっち側に付くんだ?」
戦局を左右するほどの力を持つオメガが、どちらの陣営に付くか、オメガの動向が気がかりだった。
当然、オメガはエルナト軍として参戦、リーダーのエマも覚悟を決めた。
合同軍(パーシアス・シャプレー陣営)司令部で、宗主星・アルゴル主導による軍事作戦計画が立てられていた。
「地球人か、厄介な存在だな。この世界の人々は、生まれてからずっと、地球人を
偉大な人種として刷り込まれてきたからな。その頂点に立つ英雄の血を受け継ぐ一族、これは危険極まりない存在だ」
合同軍・最高指揮官を務めるベッソスが言った。
オシリス星の総参謀長・ホルスが、傍らで常に目を光らせている。
――神など、存在しなかった。我々オシリス人は、比類なき科学力によって、繁栄してきたからだ。高度な人工知能が、社会を完全にコントロールすることで、人々から不安や悩みを無くし、なに不自由の無い理想の生活を送ってきたのだからな。その人工知能も完璧ではなく、デッドの出現を予知出来なかった……。だが、未来を見通せる究極の人工知能、いや神が、我がオシリスの誇る科学力によって誕生した。エマ・ライアンには未来を変える力がある。我らが創り出した神、未来が見える力と、未来を変えるエマの力。その両方の力を手に入れれば、この宇宙は我がオシリスのものだ……。そうホルスは口には出さず、心の中で呟いた。
宣戦布告と同時に、大宇宙・オム二バースに張り廻られていたワームホールが全て遮断され、銀河間の移動手段は大型艦船のみとなった。
連合軍と合同軍が戦闘態勢に入った。
両軍の大艦隊が対峙する。
エルナト軍の第二艦隊、旗艦の艦橋に、十二人のオメガのメンバーがいた。
「ウォーー、凄い数、ゲームの世界でも無かった戦闘艦の数だ。確か、空母一隻、百億ドルだったな。じゃあ、あれだけの数の戦闘艦を建造するのに、一体、いくらかかったんだ? ワクワクするなぁ」
一帯を埋め尽くすほどの艦艇を見渡しながら、ひとごとのように言うノアに、
「これは遊びじゃないのよ、一瞬の油断で命が無くなるんだから、少しは気を引き締めなさい!」
エマがリーダーらしく、浮かれるノアに喝を入れる。
「まあ、そうカリカリするなって。勢力図は七対三。しかも、向こうは、合同軍は素人、戦争経験の無い烏合の衆だろ、楽勝だって」
「劣勢を挽回しょうと、かつての宿敵、外宇宙の諸勢力を味方に付けた。勝つためにはなりふり構わないんだ。手負いの獅子は、手ごわいぞ」
年長者のレオンが警戒する。
「ワームホールの途絶えた世界だから、全ての母艦を破壊すれば決着が付くんだろ。兵器を運ぶ船が無けりゃ、攻撃も出来ないからな。まあ、全ては無理でも、パズルゲームのように、こっち色に換えれば良いんだよな。俺達オメガの力を見せ付け、こっち側に寝返させれてやるぜ!」
すっかり戦闘モードのノア。
……このままじゃ戦争になってしまう。多くの命が一瞬で亡くなるのよ、私は、私は一体どうすれば……。パパが言っていた。お前には秘めたる力がある、と。それってなんなの? アームキャリーの操縦は下手だし、なんの取り柄も無いじゃない……教えて、パパ、私はどうしたらいいのよ……。
「もう直ぐ、敵空母から飛び立つ、イナゴの大群が押し寄せて来るんだ。それに、目には見えない、無数の機雷も敷設されていると聞く。さすがに、無傷って訳にもいかないだろう」
イバンが言うと、
「そうだな、これから生死の掛る戦闘が始まる。お前達、彼女とかいるのか?」
極限の緊張を和らげるため、また、彼らに死んでほしくないという思いから、ノアがチームメイトを見回しながら言った。
「俺はいる。婚約者がいるんだ」
レオンが言うと、
「婚約者だと!」
思わずノアが声を上げた後、「……羨ましい」と呟いた。
「羨ましいって、まさか、お前、いないのか?」
イバンが驚いたように言うと、
「いやいや、ノアさんのことだから、彼女に辛い思いさせたくないからと、別れて来たんですよね」
とっさにリアムが庇う。
「……オレのことは、いいんだよ」
「俺は好きな子がいる。脈はありそうなんだ。だから、こんな所で死ねないだろう」
色男のナタンが言った。
「俺は今、同棲しているんだ」
ウーゴが言うと、さすがは情熱の国スペイン、進んでいるなぁ、とノアが感心、素直に羨ましいと思った。
一通り見回したノアの視線が、ジュンの前で止まる。
「お前はいないよな、見るからにオタクっぽいから」
と笑いながら言うが、
「いるよ、幼馴染なんだけど、将来、結婚しょう、って言ってくれたんだぁ」
「そ、そうか……オレだけかぁ……」
ますます落ち込むノアに、ユウトが言った。
「……俺は、いないよ」
「嘘付け! お前が一番モテるだろ。なんせ、この世界じゃ、ヒーローはモテるんだからな」
即座にノアが言い返す。
「え! いるの?」
今度はサクラが声を上げた。
「何驚いてんだよ。彼女がいてもいいだろ、お前達が付き合ってるんじゃねぇんだからさ。むしろ、姉弟だったら、弟の応援しろよ」
「ま、まあ、そうなんだけれど……。小さかった頃のユウトの記憶しかないから、彼女がいるなんて想像が出来なくって、姉として、ちょっと気になっただけ、ほんと、ほんとよ」
慌ててサクラはごまかしたが、その慌てように、皆が違和感を覚えた。
「むしろ、プレーボーイの、女たらしの、アメリカもんのお前がいないのは不思議だ」
イバンが言うと、
「オレは、こうと決めた女としか付き合わない主義なんだよ。女ったらしなんかじゃねえぞ!」
ノアが言い返した。
「そんな性格なら、ひょっとして、一人もダチがいないんじゃないのか?」
イバンが言って、ノアを茶化す。
「ダチぐらいいるわ! 名前ぐらいしか知らない、ゲーム相手だけど……」
「……」
冗談で言ったのが図星だったことに、当のイバンは返す言葉が出ない。
プライドを傷付けられ、ノアが苦々しく唇を噛み締めた。
散々悩んだ挙句、エマが出した答えは――。
「艦長さん、後退して。戦線を離れるのよ、お願い、お願いします」
艦長のハルゼーに後退の指示をした。
「はぁ?」
ハルゼーが聞き間違いかと、慌てて聞き直す。
「今、なんと?」
「戦線を離脱するの、このままだと開戦になってしまうわ」
「エマさん、それでは軍率違反になります!」
艦長の言葉に臆せず、エマは言う。
「私達オメガは、どの部隊にも属さない独立した組織。それは、この世界に来た時に約束してくれた筈よ。そもそも、私達は戦争をしに来たんじゃない、戦争を止めに来たの」
オメガを創設したウィリスは、オメガをどの部隊にも束縛されない独立した組織にすることによって、その力を十二分に発揮させようと考えていた。オメガの強力な攻撃力を抑止力として前面に立たすことで争いを阻止すること。そのためにオメガを必要としたウィリスは、ただただ、世界の平和を願っていたのだった。
「私達は、祖父の願い、その考えを実行しているの。誰の指図も受けないし、命令されたくはない」
機転を利かしたハルゼーが、わざと艦内および艦外に繋がる通信回路を開き、エマの声を届けた。
「大丈夫、私達オメガは連合軍の指揮には従わなくてもいい、独立した組織なの。そもそも私達は戦争をしに来たんじゃないの、戦争を食い止めに来たんだから。これは、亡き祖父・ウィリスが、私のパパ、マイク・ライアンに言っていた言葉なのよ。選ばれしヒーロー達、最強部隊オメガは、誰にも指示されることのない独立した組織として、争い事を食い止め阻止するために全力を尽くすべきなんだと」
艦内外へ届く通信を通して、エマの言葉が伝わった。
突如、オメガの乗る一隻の空母だけが後退し、戦線から離れる。
エルナト軍・第二艦隊の旗艦が反転を開始すると、後続の諸艦艇も、それに続いて反転し始めた。
エマの言葉に従って他の艦船も後退する。
「オメガは、我が陣営ではなかったのか?」
前線にいる、連合軍各艦隊の司令官は顔色を変えた。
兵士達も動揺する――。
エマの言葉はウィリスの言葉だけに、誰にも文句が言えない。それどころか、彼女の言葉が、彼らの脳裏に入って来る。正しい行為なのだと。
オメガの存在を脅威に感じていた合同軍の中からも、離脱者が相次ぎ、次々とオメガへと合流して来た。
「これこそが、エマさんの隠された力なんだ。あなたは、人を引き付ける力があるんですよ」
リアムが力強く言った。
彼の目に、光り輝くエマの姿があった。
「やめてよ、そんな言い方。恥ずかしいじゃない」
チームメイトも一斉にエマを見る。
「さすがは、俺達のリーダーだ」
レオンの言葉に、皆が頷いた。
エマの秘めたる力を目の当たりにし、驚きを隠せないチームメイトをよそに、当のエマは自身の力に気付いていなかった。
エマの一言で流れが変わろうとしていた。
「これでは戦いにならん。ひとまず、撤退だ」
元々、戦いに消極的だった、合同軍の最高指揮官・ベッソスが撤退の命令を下した。
付き従う、オシリス艦隊の旗艦の艦橋内で、総参謀長・ホルスが口惜しく言った。
「この期に及んで、逃げ腰の大将が……。アルゴル星は、プライドだけは高い。だからこそ、扱いやすい。利用価値は十分にある。三公筆頭とは、もはや名ばかり、実質は我がオシリス星が裏で操っているとも知らず、哀れだな……」
戦役後、繁栄と発展に取り残された宗主星・アルゴル。かつての栄光と、伝統だけを頼りに 自分達こそが銀河連合の正当な後継者であるとの誇りがあった。
アルゴル星の代表・アルセスは、ウィリスの代わる真の指導者として、全宇宙を意のままに操る王になろうとしていたのだ。
「実に欲しい、その力を……」
エマの人を引き付ける力に魅了する合同軍・総参謀長ホルス。
合同軍を実質動かしている実力者がうなった。
中立を保って、戦争を終わらそうとしたエマだったが……。
「あくまでも、開戦を阻止するつもりか? あまいな。もう遅い、放たれた矢は、もう戻っては来ぬ。戦争は始まったのだ。もう、誰にも止めることは出来ぬ。これは定め。我らが神、『アテン』には見えている。この後に起こる、全ての出来事が、未来の世界がな」
不敵な笑みを浮かべ、総参謀長・ホルスは、虚しく撤退する合同軍艦艇を見詰めていた。




