三代目
北山ユウマとユアの間に生まれた長女・サクラは、大阪の女子高校の弓道部に所属していた。
スラッとした長身で銀髪のショートヘアが似合う。そんな彼女も高校二年生になり、部活動に励んでいた。
弓道は、一つの的に全神経を集中させて矢を射る、シンプルながら奥の深い競技である。サクラは、全国高等学校弓道大会の個人戦優勝者として、二年生ながら絶対的なエースとして期待されていた。
設備の充実している道場。サクラが弓を構えると、静寂と緊張感が道場を包んだ。凛としたたたずまい、部員の誰もが彼女に見入ってしまう。
『ビシュッ!』
弓から放たれた矢が『パーン』と的に刺さった。
集中して的と向き合う。射込みの練習でもサクラは手を抜かなかった。
「聞いた、サクラ先輩、A校の山崎君に告白されたみたいなんだけれど、断ったみたい」
下級生が小声で話し出した。
「えぇー、あの人気者の山崎君を振ったの。サクラ先輩って、男子には興味無いんじゃ~」
憧れのサクラに何故彼氏がいないのか、後輩達の疑問だった。
「もったいないな~、そうだとしても、先輩となら私、付き合っても良いかも」
男子にも女子生徒にもモテるサクラだった。
そんなサクラが三年生の主将のもとに赴き、
「あのぉ、今日は大事な用事があるので、これで失礼します」
「ああ、そうだったわね。海外に留学している、弟さんが帰って来るのよね」
「はい、家族そろって食事に行く約束をしているんです」
そう言って、サクラは足早に道場をあとにした。
とっても嬉しそうにしているサクラ。それもその筈、日本から遠く離れたボーデア星で暮らしていた長男・ユウトが帰って来るのである。
でも、それだけではない、弟ユウトに特別な感情を抱いていたのだった。
家に帰ると、サクラの部屋にユウトがいた。
「ご免、勝手に入って」
「いいよ、姉に遠慮なんかしないで」
「ずいぶん、変わったな、この部屋。女子らしい部屋じゃないか」
部屋の隅々を見回しながらユウトが言うと、
「何よ、いやらしい目で見ないでくれる」
サクラが不満そうに言った。
「そ、そんなつもりじゃ……」
「分かっているわよ、ユウトにそんな気は無いってことぐらい。でも、しばらく会わない間に、私より、背が高くなったんじゃないの。それに、男らしくなったっていうか、カッコ良くなったじゃない。すっかり銀髪が似合うようになったわね。日本人じゃないみたい」
「そりゃあそうさ、今はボーデア人なんだから。何より、姉さんに認められるように、男を磨いていたからね」
「まあ、すっかりませちゃって。よく泣いていたあなたが、ずいぶん立派なこと言うようになったわね」
成長しても姉には頭が上がらず、ユウトが苦笑い。
「そこ、ベッドに座って。向こうでの話、聞かせてよ」
二人はベッドに腰掛けた。
「爺ちゃんも、すっごく優しく接してくれるし、こっちと違ってボーデア星は文明が発達していて、不自由無い暮らししているから、心配しないでよ」
「そう、良かった。……でも、これだけは信じて。ユウトを見捨てた訳じゃないから。お父さんやお母さん、いつもユウトのことを気に掛けているよ」
「分かってるよ、そんなこと。で、ミナトは」
二男のミナトは中学一年生、弟が気になっていた。
「ミナトは塾に行ってる。ミナトは、あなたと違って真面目で、勉強が出来るのよ」
「久し振りに会ったというのに、相変わらずキツイなぁ、姉さん。……姉さん……」
「ん? 何……」
ユウトがサクラを見詰めながら、
「会いたかった、俺、姉さんに会いたかったんだ」
と言ったユウトがサクラを抱き締める。
「ちょ、ちょっと……」
サクラが拒むも、姉を想う気持ちが体を支配した。
勢いで二人はベッドに倒れた。
抵抗すると思っていたサクラだったが、なすがまま。きっと、無理やり親から引く離されたことを気に掛け、その罪悪感から無理しているのだろうとユウトは思い、ゆっくりとサクラから離れた。
「ご免、姉さん、俺…」
「なんで、なんで姉弟なんだろうね。そうでなかったら、こんなに悩むことはないのに……」
「じゃあ、姉さんも」
コクリとサクラが小さく頷いた。
生まれて来る子を譲ってもらうという家族間の約束。二人目の男の子が生まれたら、その子を養子として譲ってもらうという約束事があった。だが、二男のハルトが生まれると、ユアはハルトを溺愛する。
その愛情が悲劇を生んだ。
いつまでもハルトを手放そうとはせず、結果としてユウトをユアの実家に預けることになった。
それ以来、ユウトは心を閉ざしてしまった。
サクラも負い目を感じ、その負い目がねじ曲がった感情となって、いつしか、姉弟であるのも関わらず、好きという禁断の感情が芽生えたのである。
お互いの気持ちが分かり合え、嬉しい反面、重い気持ちになった。
このままじゃいけない、姉弟同士で愛し合ってはいけないのだと。
その時、
「ご飯が出来たわよ!」
と階下から母親、ユアの声がして、慌てて二人は遠く離れた。
「母さんが心配するから、このことは内緒だよ」
ユウトが声を掛けると、
「と、と、当然でしょ!」
いつもクールなサクラが慌てて言ったことに、
「姉さんも、動揺することがあるんだ、以外だなぁ」
「当たり前でしょう、私はユウトが思っている以上に、頼りないんだからね」
「じゃあ、じゃあさ、もう一度、抱き締めてもいいかな」
甘えた口調でユウトが言うと、
「だ・め・よ~っ、弟のくせに、三年早いわよ」
意地悪っぽく言ったサクラが、ユウトのおでこにキスをした。
「姉さん?」
驚いた顔をしながら、キスされたおでこに手を当てたユウトがサクラを見詰める。
恥ずかしくなったサクラが、慌ててユウマの手を引っ張ると、何も言わずに、一階で待つ母親のもとに向かった。
二人には秘密が出来た。姉弟同士、好きになってしまった誰にも言えない秘密。だが、二人でその秘密を共有出来ることが、何故か嬉しかった。
一方、加藤ヒロトとサラの間に生まれた一人息子のハルトは、リック、ヒロトと受け継がれたイケメンは健在で、子供の頃から常に女の子に囲まれるほどの、相変わらずのモテモテぶりだった。
休日、東京からお忍びで大阪に遣って来たアイドルが、ハルトに会いに来た。
その彼女と楽しいデートの筈だったが、何故か煮え切らない。
デート中の彼女の足が止まった。
「……私達、別れよっか」
「え!」
思いもかけない言葉にハルトは思わず声を上げる。
「だってハル君、私といても楽しそうにないし、無理して付き合っているが分かるの。きっと好きな子がいるんだろうなぁって」
「いないよ、そんな子は」
慌てて弁解するも、彼女の気持ちは変わらなかった。
離れて行く彼女を呼び止める声が出ない。今、彼女を引き留めれば別れることはないだろう。けれど、彼女が離れて行くのを黙って見ているだけだった。
気の優しい母親、サラの影響を受けたのか、おっとりした性格に育ったハルト。
結局、ハルトは彼女と別れた。
「何やっているんだろ、俺は……」
そう呟きながら、ハルトは頭を抱えてうなだれた。
『ハルト、ハルト』
――まただ……。声が聞こえるが誰もいない。
心に響く声、優しそうな女性の声だった。
「誰? 君は誰なんだ。何故、俺の名前を知っている。誰なんだよ。答えてくれぇー!」
声の主は誰なのか? その声にハルトは悩まされていたのだった。
アメリカ・ニューヨーク。平穏に暮らすライアン一家のもとに、使者が訪れた。
その使者は、マイクに驚くべきことを告げる。パーシアス超銀河団のアルゴル星、シャープレー超銀河団のオシリス星の二公が銀河連合を離脱し、宣戦布告をしたと。
間もなく、大宇宙・オム二バースで戦争が始まる。使者は、次世代のヒーローを招集しに来たのだった。
「エマをスカウトに来ただと! こいつじゃないのか? 何故マイクじゃないんじゃ、ゲーム界のチャンピョンじゃぞ」
ケビンが声を上げる。
「生き物の持つ生体適合性、つまり、『順応』が問題なんだ」
「生体適合性? 順応? なんじゃ、そりゃ」
首を傾げるケビンにマイクが分かり易く説明する。
「バランスを保とうとする『順応』は、本来優れた機能。人間は順応性の高い生き物、それは生物にとっては優れた能力なんだろうけど、それが厄介なんだ。俺は向こうの世界に一年以上もいたから、すっかり順応していて、昔のような力が発揮出来ない。以前、ウィリスさんの葬儀の時、身を持って実感したんだ。だから、向こうの世界で活躍するには、代替わりが必要なんだよ。そうやってヒーローは、ケンジさんから俺、そしてエマへと受け継がれていく。それは選ばれし者の定め。だから、俺じゃ、駄目なんだ。次世代のヒーロー達が、大宇宙の危機を救う。つまり、三代目のヒーローが必要とされているんだよ。分ってくれよ、親父」
「エマはまだ高校生じゃろ! 大学進学の重要な時期じゃないか。お前は、自分の娘が危ない目に遭おうというに、なんとも思わんのか?」
「そんな訳ないだろ!」
「ワシは常日頃、エマに、文明の進んだ世界で暮らすことを願っていたが、それはエマに幸せになって欲しい思いからじゃ。じゃが、今は違うじゃろ、何せ戦争状態なんじゃからな。可愛い孫を、そんな危険な場所には行かせない、絶対に行かせるもんか! ワシは認めん、絶対に認めんからな! そもそも、おかしいじゃろ。エマがゲームしているところを、ワシは一度も見たことがないぞ」
「エマには特別な力があるんだろう。ウィリスさんが言っていたんだ。あの人は、人を見る目があったからな。そうでなきゃ、エマが誘拐される筈がない。エマには秘めたる力が宿っている。それがどんな力なのか分からないが、向こうの世界に行けば、きっと眠っている能力を開花させられるんだ」
「いくら秘めたる力があるとは言っても、エマ一人の力じゃ、どうにもならんじゃろ。地球規模のちっぽけな世界じゃないんじゃぞ」
「エマ一人が行くんじゃない。こんな日が来るんじゃないかと、優秀な人材を俺がスカウトしていたんだよ。心配はいらん。エマを守るために、すでに目は付けている」
心当たりのある人物にエマはピンときた。
「それって、ノアのことだよね」
「ああ、あいつは強い、俺の愛弟子だからな。ズバ抜けた才能こそないが、誰よりもゲーム愛が強いんだ。親の汚名を晴らすために、日々、訓練にいそしんでいる努力家だからな」
「日々の訓練って、ゲームのことでしょう。調子狂うんだからぁ」
「お前、ふざけているのか? 娘の一大事に」
「あっちの世界じゃ、ゲームの腕が戦闘力に繋がるのさ。だから、こんな俺でもヒーローになれたんだぜ。不思議な世界だろ。でもな、肝心のノアが、どこにいるんだか? ジョンさんに聞いても知らないって言うんだよ。親子で、ずっとギクシャクしていたからな」
「そうなのよ、何も言わずに家出したみたい。何か悩みごととかあったのかしら。なんでも話し合う間柄だったのに、せめて一言言ってくれればいいのになぁ」
「そんな頼りない奴にエマを任せられるのか?」
「心配するなよ、親父。いざとなったら緊急脱出で、アッという間に地球に戻れるから。高エネルギーに満ち溢れた、密度の大きい大宇宙の世界は、こっち側からは行けないけど、こっち側から向こうに行った人間は、常にゴムによって引っ張れられている状態だから、それを外せばその反動で戻れる。いくら戦争であっても、危険な目に遭ったら、直ぐに地球に戻ってこれるんだよ」
「ふぅ~ん、そうなのか……ちょっと待て、肝心なことを忘れとらんか?」
「肝心なこと?」
「ビレイさんじゃよ、仕事に行って留守にしているビレイさん。こういう重要なことは、ビレイさんに聞くのが筋じゃろ。ビレイさんは絶対に反対する。何せ、自分のお腹を痛めた可愛い娘じゃからな」
エマを行かせたくないケビンが、留守にしているビレイにすがる。
「ビレイは、すでに覚悟が出来ているよ。彼女は、こんな日が来るのは分かっていた筈だ。そのために、強い覚悟でエマにキツく接していたんだから」
「ママ……」
母親の愛情を知ったエマが呟く。
そんなエマにマイクが語り掛けた。
「エマ、今まで黙っていたんだが、その子を譲ってくれないだろうか、とウィリスさんに言われたことがあってな。ウィリスさんは冗談だよ、と笑ってはいたものの、本心では、お前を欲していたに違いない。不安定な銀河連合を統率する、自身の後継者を欲していたんだろう。しかし、エマ、お前の幸せを第一に考え、諦めざるを得なかったんだ」
「ウィリスのお爺さん……。私の出来る限りの力で、お爺さんに恩返しがしたい。お爺ちゃん、私を思ってくれるのは嬉しい。でも、私は行くわ。みんなの笑顔を守るために」
「エマ……ワシの可愛い孫娘、エマ、必ず、生きて帰って来るんじゃぞ」
「うん!」
エマは決意し、危険な状態に直面している大宇宙・オム二バースへと向かった。




