誕生
アメリカに帰ったマイクのもとに、同僚であるジョンが会いに来た。
「俺、ニューヨークに行くことになったんだ。親父が体壊してさ、俺に跡を継がしたいから戻って来いだとよ。勘当しといて、よく言えるよな」
「良かったじゃないか、勘当が解けて。確か、親父さんは、不動産王だったよな。次期社長だろ、羨ましいよ」
「俺が社長だなんて、似合うもんか。話がそれたが、俺が話したかったのは、付き合っている彼女のことなんだ」
「ジョンさん、女優の卵と付き合っていたんだよな。確か、レナって名前だったな」
「そう、レナに、プロポーズしようと思ってな」
「とうとう、決心したんだな。で、いつプロポーズするんだい?」
「今週の週末。あいつ、俺がニューヨークに戻ると言い出した途端、態度が急変してさぁ、いつも怒ってばかりいるんだよ。そこでだ、テミスを貸して欲しい。彼女に、ニューヨークの夜景を見せたいんだ、ムードが盛り上がるだろ」
「摩天楼の夜景を独り占め、か、いいアイデアだ。彼女、一発で堕ちるんじゃないか」
「そうだろ、でも、その先が問題なんだよな。なかなか気の強い女で、俺のことどう思っているんだか……」
見た目からプレイボーイで、押しの強いタイプの人間だと思っていたマイクにとって、ジョンの弱気な言葉に面食らう。
「テミスを貸すのはいいんだが……。ジョンさんはエース級パイロット、操縦出来るだろうけど、テミスは根に持つタイプだからな、あっちで俺達にした仕打ちを覚えているだろうから、きっと、拒まれるんじゃないか……」
マイクにそう言われ、「そ、そうだよな」と落ち込むジョンだった。
ひと気の無いフリーウェイのパーキングエリアに、彼女を乗せたジョンの車が約束の時間通りに遣って来た。
テミスを連れて来たマイクは、休憩場の物陰からこっそり二人の様子を覗き見する。
ジョンが宣言通りに、レナに指輪を渡してプロポーズするも、雲行きが怪しい。
「ま、まあ、返事はいつでもいいから。実は、見せたいもんがあるんだ。サプライズ、サプライズだよ」
彼女にテミスを見せるが、微動だにしない。
「おい! なんで動かないんだよ、これから盛り上がるって時に」
動揺したジョンが大声でテミスに言った。
――やっぱり根に持っていたんだ、あいつ。
肝心なところでヘソを曲げるテミス。マイクも動揺する。
「こんな巨大なハリボテなんか用意して、何がしたいのかハッキリ言ってよ! こんな回りくどいことして」
急にモメ出し、険悪な雰囲気になる。
ハリボテ? 初めて言われた言葉だ。結構、気の強い子だな、ビレイとどっこいどっこいだ。それにしても、彼女、テミスのこと知らないのか? 国内じゃ有名なのに、よっぽど世間知らずの、箱入り娘なんだな。
「金、金って、なんでもお金で解決しょうとするんだから。この指輪だって、どうせ、お父さんに買ってもらったんでしょ」
「いや、これは自分の金で買ったんだよ」
――ジョンさん、金で解決しょうとしていたのか、一番嫌がる行為だよな。それに引き換え、金で動かされない彼女は立派だな。とマイクは感心。
彼女の振り払った手が、ジョンの持つ指輪に当たり、地面に落ちた。
安い給料でやり繰りして買ったのに、とその指輪を取ろうとするジョンの怒りが込み上げてくる。
「……もういい、分かったよ、お前の気持ちが」
「ちょ、ちょっと、私はただ」
「俺のことが嫌いなんだろ! これっ切りにするよ。もうお前とは会わない!」
マズイな――。いたたまれずマイクが出て行こうとするが、そのマイクの足が止まった。
あの時と似ている、とマイクは思った。もうビレイとは会わない、とヤケになって言ったあの時と。
「ご免、私、そんなんじゃ……あなたにもっと強引に引っ張って欲しかったの。出会ったころは、グイグイと私を引っ張ってくれてたでしょう。そんなあなたが私は好きだったの。今では、いつも私の顔色ばかり気にしていて、それが嫌だったの。だからいつも辛くあたっていて……本当に、ご免なさい」
「じゃあ……」
「私は貧しくたって全然、平気だから。あなたの愛情があれば。私はね、あなたがニューヨークに帰るのが不安だったの。向こうに行けば、誘惑の多い街だから、ジョンが変わってしまうんじゃないかと思っていたから。だから、キツく当たって……」
「俺は変わらない。一生、レナを愛するから」
真っ直ぐな目で彼女を見詰める。
「ほ、ほんと」
うっとりと目を潤ませるレナとジョンが見詰め合う。
その時、ピクリとも動かなかったテミスが動いた。
――こいつ、それを知っていて、わざと無視していたのか。どこまで人間に近いんだ? 人間よりよっぽど人間らしいや。
「わ! ハリボテじゃなかったんだぁー」
テミスがそっと大きな手を差し伸べる。
「当たり前だろ、ハリボテを作る方が、よっぽど大変だよ。今から、俺達が暮らすニューヨークの下見に行こう。こんな安物のダイヤの輝きより、よっぽど綺麗だぞ、摩天楼の夜景は」
二人を乗せたテミスが、ナイトクルージングへと飛び立った。
アメリカ政府の要請で、極秘裏にテミスの、未知なるロボット兵器の性能調査が行われた。
フロリダ州にあるケネディ宇宙センターの、巨大なスペースシャトル組立棟内に入った、アームキャリー・テミス。
棟内には軍需産業の関係者や、NASAの技術者が大勢来ていた。
最初に、耐熱テストを行った。ベールに包まれていた、異世界の驚くべきテクノロジーが明らかになる。
装甲強度試験の開始を予告するサイレンが試験場に鳴り響く。
モニターに映し出されたテミスを技術者たちが注意深く見ている中、担当者による秒読みが始まった。
「三、二,一、燃焼開始!」
轟然たる炎が噴き出された。
テミスの装甲は強力な断熱性を持つ――大気圏に突入する際、その温度は1,600度以上に達するが、耐熱能力が高い合金でも2,000度程度のところまでが限界。だが、テミスの材質は10000度以上に耐えられるうえ、強度、耐放射線性にも優れていた。
次いで、第39発射施設に移動。空軍パイロット同席のもとで、テミスの飛行性能、操縦性・安定性・運動性などの性能実験が行われた。
推進力は貨物船を軽々と持ち上げるほどのパワーを持つ一方で、戦闘機に変形したテミスは機動性に優れているだけでなく、その最大の魅力が光速越えである。そのエネルギー源は、星の重力を重力エネルギーとして吸収するらしい。よって、航続距離は理論上、銀河全域に及ぶとのこと。
地球上での理論や法則を覆す出来事が目の前で起こり、科学者達は頭を抱えることばかり。地球上の兵器では到底、対抗出来ない代物だった。
テミスの装甲は、地球上で最も硬いとされるダイヤモンドよりも硬い。強度に耐熱、耐放射能線性に加え、桁外れの推進力を併せ持つテミスの性能に目を付けた環境保護庁の長官が、その力を利用して、国内各所の原発敷地で一時保管している膨大な量の使用済み核燃料を、太陽の軌道に廃棄する役目をマイクに担わせた。
テミスは太陽の高温に耐えられる耐熱・強度を持っているが、時より大爆発する一万度に近いプロミネンスの炎で、自慢の青色がすすけて真っ黒に。
テミスはすこぶる機嫌が悪い。その度に、ビレイがなだめるのだった。
未知なるロボット兵器の性能調査で分かったことがある。それは、地球上の全ての知識を結集しても、到底転用で出来る物ではないということだった。
軍事兵器に技術を転用出来なければ、意味が無い。
テミスそのものを利用することによって、異星人の優れたテクノロジーを独占しようと企む国防省の関係者がマイクに接近。世界で初めて核兵器を持った時と同様に、圧倒的な軍事力を持つことで世界を意のままに操ろうとマイクに迫った。
「テミスなら、地上のレーダーに察知されず、領空侵犯しても気付かれないだろう。我が物顔で情報収集出来、知りたい情報が労せずに手に入るんだ」
「この地球には、テミスの他にも、三体のロボットがいます」
「なんだと! あんな強力なロボット兵器が、まだ三体もあると……。で、そいつらは、こっち側、アメリカ側なんだろうな! まさか、ロシア側? それとも中国か! 金で買収されているのなら、いくらでも出す、一生不自由しない大金を用意するぞ。もちろん、お前はこっち側の人間だよな。そいつらも、いざとなったらアメリカに味方してくれるんだろうな」
「一応、日本なんだけど。アレスにレイア、マルスがね」
「日本に三機も……。勝てるのか?」
「俺一人じゃ、勝ち目はないですよ、諦めるんですね」
「諦めるだと! お前はアメリカ国民としての義務を果たせ!」
使者が曖昧な返事をするマイクを恫喝するが、
「俺はアメリカ人だが、地球人でもある。アメリカだとかロシアだとか、そういうコソコソするのはビレイが一番嫌うんだよ。彼女を怒らせると怖いぞ。なんせ、ビレイの親父さんは、あっちの世界では大統領のような存在。その気になれば、地球を塵一つ無く消滅させることが出来るんですからね」
と反対にマイクが脅した。
「わ、分かった! この話は無かったことに。くれぐれも、奥さんには内緒だぞ」
真っ青な顔になりながら、使者はそそくさと帰って行った。
やれやれ、ロシアも中国もそうだったが、この国も一体何を考えてんだか。だから、いつまでたっても一つになれないんだ。情けないよな、全く。弱い地球人が一つにまとまらなくちゃ、大宇宙の仲間入りなんて出来っこないだろう。どうして、国が大きくなると、一番を目指そうとするんだ? 人類はどうして、覇権争いをしたがるんだろう、と、呆れるばかりのマイク。
ふと空を見上げ、大宇宙はうまくやっているんだろうか? 何故か胸騒ぎがしてならない。まあ、ウイリスさんがいるんなら、大丈夫だろう。そうマイクは自分に言い聞かせて、不安を払拭した。
ライアン一家は、念願のニューヨークに引っ越して来た。
ビレイの勤めるCBS系列のテレビ局の用意してくれたマンションで、家族総出で家具の配置をした。
「そう、そう、テーブルはそっちね、テレビは窓際が良いかな」
ビレイがいつにもなく張り切って指示を出す。
時折、ビレイが嬉しそうにお腹をさすっていると、
「便秘じゃないのか? 環境が変わると、なり易いっていうからな」
マイクが声を掛けるが、
「そ、そんなんじゃぁ……」
ビレイがモジモジして何か言いたそうなそぶりをした。
「お前も鈍いな、これから父親になろうというのに」
ケビンに諭され、
「じゃあ、妊娠したのか!」
「……うん」
恥ずかしそうにビレイが頷いた。
妊娠したと聞いた途端、二人の態度が急変した。
「ビレイさん、大事な体なんじゃから、何もしなくてもいい」
「そうだ、そうだ。そこで休んでいろよ」
二人が気遣って言うが、
「生まれるのはまだ先の話で……私もお手伝いさせて下さい」
「無理してはいかん、大事な体なんじゃから。そうだ、会社の休みは取ってあるんじゃろうな」
「そうだ、そうだ。仕事に行っちゃ駄目だからな、ビレイ」
「職場が変わったばかりなので、そう簡単には休めないんです」
「いいや、今が一番大事な時期じゃ、無理してはいかん」
「そうだそうだ、無理しや駄目だぞ」
「そう気を遣ってもらうと、かえって……」
ジッとしている方がストレスが溜まるのに、と喜んでくれている二人には言えない。
「うーん、名前は、エマじゃな。全世界に由来し、全てを抱える優しさや包容力を感じさせる名前じゃろう」
ケビンが女の子だと決め付け、勝手に名前を付ける。
「エマって、女の子の名前だろ。そんなに早く分かるのか?」
「いえ、まだ性別は分からないんですよ、お父さん」
「いいや、きっと女の子だ、女の子に決まっている。亡き母さんと約束したんじゃ。男の子だとマイク、女の子ならエマとな」
「全く、勝手の名前決めやがって……」
不満そうなマイクとは違って、
「エマ、良い名前ですね、ありがとうございます」
嬉しそうにビレイが言った。
『ピンポーン』
ジョンが引越しの手伝いに来てくれた。
「悪ぃな、ジョンさん」
「お前には大きな借りがあるからな、なでも言ってくれよ、俺に出来ることはするからさぁ。言っちゃなんだが、狭いマンションだな。俺に言ってくれれば、もっと立派な物件を用意したのに」
「これで狭い部屋? 十分に広いじゃろ」
ケビンが首を傾げる。
「ああ見えてジョンさんは実業家なんだ。不動産王なんだぞ。住んでいる所も五番街の高級住宅街なんだ」
「やめてくれよ、その言い方、まだ親父の見習いなんだからよ」
「ほう、あんたもまともになったんじゃな。初めて会った時は、裏社会の手下のような悪者に見えとったんじゃが、生まれ変わったんじゃな、実に感心するわい」
「それはそうと、ジョンさんのところも生まれるんだよな」
「俺のところ、も? じゃあ、ビレイさんに出来たのか」
「ジョンさんのところは、確か男の子が生まれるんだったな。名前は考えているのかい?」
「ああ、『ノア』にするって、かみさんが決めたんだ。大洪水から家族と動物を救った『ノアの方舟』のノアだ。正しい人間として、人を導き、生命を救う者として育って欲しいと願ってな。デッド側に付いた俺と違った道を歩んで欲しいんだよ。で、お前んとこは?」
「エマ、だってよ」
「じゃあ、女の子が生まれるんだな」
「いや、それが、まだ分からないんだよ。親父が、必ず女の子が生まれるって言い張って」
「そうか、女の子だとしたら、大きくなったら、付き合えば良いのにな」
「まあ、そればっかりは、親が勝手に決められないだろう。恋愛は自由だから」
「ゲーム界のチャンピョンのDNAに、全てにおいて完璧なビレイさんのDNAを受け継ぐ子は、一体、どんな子供が生まれるんだ? きっと、あっちの世界じゃ大統領だろうなぁ」
「ワシの孫娘が、大統領?」
ケビンには、大宇宙でのヒーローの人気の凄さが分からなかった。
ニューヨークでの新たな生活が落ち着いた頃、ビレイが出産を迎えようとしていた。
初めての出産にケビンとマイクはおろおろするばかり。待合室で孫の誕生を今か今かと待ちわびていた。
出産時の陣痛は想像を絶する痛みだと聞かされていたマイクは、ビレイの陣痛に寄り添うために、立ち会いを望んでいた。我が子の誕生の瞬間を、夫婦で共有しようと決めていたのだが、
その時、緊急を要する連絡が入る。『国際宇宙ステーションで火災が発生』と。
「行って、あげて、困っているんでしょう」
陣痛で苦しむビレイが、あえて笑顔を作ってマイクに言った。
「仕方ないな……俺に代わって、ビレイのそばにいてやってくれよ、親父」
「ワシがか!」
ケビンが驚きの声を上げる。
「照れることないだろう、親子なんだから。医師の診断によると、ビレイは狭骨盤なんだって。だから難産になるって言われてるんだよ。かなりの激痛が伴うらしいから、彼女、不安がっているんだ。頼むよ、一緒にいてやってくれよ」
「お願いします、お父さん。私、初めてだから不安で」
二人にそう頼まれ、
「任せておけ、この手でマイクを抱き上げたんだ」
自信を持ってケビンが答えた。
不安に襲われるも、もう直ぐ赤ちゃんに会えると思っただけで、ビレイはワクワクする。
長い間苦しめられていた呪縛から解放される一方で、段階的に痛みが強くなり、波のような激痛が襲ってくる。
ビレイの横にいるケビンがビレイの手を強く握り締め、「もう少しの辛抱じゃ」と声を掛け、彼女を励まし続けた。
程なくして、出産の時を迎える。
助産師さんが「赤ちゃん、生まれまぁす!」と言って取り上げた瞬間、大きな声で泣きわめく赤ちゃんの声が部屋中に響き渡った。
地球人とアリオト人との混血の二世はいずれも銀髪であったが、マイクの血が濃かったのか、彼女は癖のある金髪だった。
「まるで夢のようじゃ、孫を抱けるなんて。ビレイさん、頑張ったな。可愛い女の子じゃよ。我が家の宝物じゃ」
そう言って喜ぶケビンがビレイに赤ん坊を見せた。
「お父さん、マイクに、救助をしているマイクに見せてやって下さい」
「おお、そうじゃった。あいつも今、頑張っとるんじゃからな」
慣れない手つきで、ケビンは携帯で撮った赤ん坊の写真を送信した
――お、来た!
宇宙ステーションでの消火活動を行っていたマイクが携帯の写真を見ながら、
「母子共に元気そうだな……俺の子供か……。赤ちゃんとはよく言ったもんだ、本当に赤いや。どっち似なんだろう。まるで猿のようにシワくちゃな顔をしている。髪の色は金髪だが、女の子なんだから、ビレイに似てくれた方が良いのにな……」
目頭を熱くしながらマイクは写真を見詰めた。
「生まれて来てくれて、ありがとう、エマ」
二世誕生を期待される重圧から解放されたと同時に、嬉しさが込み上げてきた。
ただ泣くことだけしか出来ない、シワくちゃ顔の赤ん坊。自分の存在を知らせるために、一生懸命、全身全霊で泣き叫ぶ。
その赤子には、この先の、波乱に満ちた人生が待っているとは知る由もなかった。




