戦線離脱
同盟軍との総力戦、ザ・グレート・ウォーは一年にも及び、膨大な戦死者を出した。
連合軍は次々と要塞を放棄し後退を余儀なくされ、状況は悪化の一途をたどる。
連合領内に侵攻した同盟軍は優位に戦局を進め、重要拠点を攻略しその勢力圏を拡大していった。
戦いは壮絶を極め、狂気が狂気を呼ぶ地獄の戦場。同盟軍は正規の主力軍を温存したまま、元連合軍兵士が常に前線で戦い戦力差は開く一方。その戦闘員の数は、数百億人にものぼり、どうあがいても覆せない、絶望的な状況に追い込まれていた。
ついにエニフ、エルナト盟主星も陥落し、連合軍の敗色は濃厚に。連合軍は事実上解体、残存部隊はバラバラとなり大宇宙に散った……。
同盟軍の容赦ない掃討作戦が繰り広げられていた。
そんな中にあって唯一、連合軍の双璧を成すヒロトとマイクが気を吐いた。その異常な強さから同盟軍に、ホワイトタイガー(白い虎)、ブラックパンサー(黒ヒョウ)の異名を持つほど恐れられた。
チーム・オメガ率いる駐留艦隊は、赤い惑星・マーズの地下に前線基地を構築し、残存部隊の司令部を置く。地表は砂嵐が舞う灼熱地獄、同盟軍を欺くのにうってつけの場所だった。
ユウマとユアの二人は、ユウマ部屋でマイクが地球から持ち込んだゲーム機、OneBoxの対戦ゲームをしていた。
対戦ゲームはトレーニングの一環として、感性を養うためにマイクから強要されている。ユウマは、前線に出られない悔しさから真剣に取り組んでいたものの、ゲームが苦手だった。
一息付いたユウマがユアに話し掛けた。
「僕、マイクさんに言われたんだぁ、『格闘ゲームは心理戦、相手の裏をかく一瞬の騙し合い。強いだけじゃ駄目なんだ。お前は素直過ぎるから、攻撃が単調になってかわされるんだよ。もっとズル賢くならないと』って……僕、どうしたらいいのか分からなくって……」
とユウマが言って大きく溜息を付いた。
「いいじゃない。人はそれぞれ違うんだし、ユウマ君は素直のままで強くなれば良いのよ」
「ありがとう。ユアさんに言ってもらえると、そう思えてくるし、何か自身が出てきたよ
「本当はね、私、ユウマ君に強くなってもらいたくないのよ。だって、最前線に行くことになるんでしょう、ユウマ君のことが心配だから」
一心にユウマの身を案じるユアに、何か言いたげでモジモジしているユウマ。
「何? まだ悩み事があるの? 私に出来ることがあったら遠慮しないで、なんでも言ってよ」
「じゃあ、言うよ。僕達一応、付き合っているんだし、その、キ、キスぐらいならいいかなって。僕、十八になったんだ。だから、その……」
気弱なユウマが、ユアを覗き込むように聞くと、
「じゃ、今まで我慢していたって訳。なんだ、そうなんだ」
ユアがホッと胸を撫で下ろす。
「ご免ね、突然こんなこと言って……怒ってないよね」
「当然でしょう。私達、結婚を前提に付き合っているのよ。それはお互いのご両親の了承済みでしょう。なのに、一応だなんてよそよそしい言い方しないでよね。そう、今まで我慢していたの……ユウマ君も普通の男の子だったのね。てっきり、異性に全く関心が無いのかと思っていたから安心したわ」
「子、って、酷いな。一応、大人だよ。そして、僕も男なんだからユアさんを、その、抱きたいって常に思っているんだ。こんなこと言ったら軽蔑し、嫌われるかも知れないけど……」
「嫌いになる訳ないじゃない。そう、そうなんだ……うふっ、大人になったんだから、これからは我慢しなくていいし、キス以上でも私は構わないわよ」
「キス以上、ってことは、ユアさんもエッチなんだね」
つい、ユウマの口が滑った。
「むっ、その言い方、トゲがあるわよ、ユウマ君」
少しムッとしたユアに、
「ご免、ご免よ、ユアさん、怒らないでよ」
慌ててユウマが謝った。
思わずユアが笑い、つられてユウマも笑う。
久しぶりに二人に笑顔が戻った。
「僕、大学に行きたいんだぁ。色んなことを学んで、立派な人間になりたいんだよ」
「だったら、私も大学に行く。ユウマ君と一緒に行きたいわ」
「えっ、でも……」
「何よ、その間は。私の学力では行けないって思ったでしょう」
「そ、そんなことないよ。僕だって、この戦いでブランクが出来たし、勉強しないと受からないから」
ユアに怒られまいと、すかさずユウマが言い訳をする。
「なら、一緒に勉強すればいいじゃない。ユウマ君が私の家庭教師となって付きっ切りで教えてくれればね。私、頑張るから……。でも、いつになったら終わるの? 私達に未来はあるの? いつ、ユウマ君と楽しい生活が出来るのよ」
ユウマはユアを勇気付けようとしたが、『大丈夫』という言葉が出なかった。
そこまで追い込まれ窮地に立たされていたのだった。
同じ頃、ユアに、サラが病気になったと聞かされたヒロトが彼女の部屋に入った。
そこには下着姿のサラが待っていた。
「どうしたんだよ、そんな格好で。病気なんだろう?」
驚いたようにヒロトが言った。
「き、来てくれたんですね! ヒロトさん。私……」
泣き出したサラが地べたに座り込んだ。
「病気になったって聞いたから、当然だろう。泣くなよ、ユアちゃんに怒られるだろ」
「ヒロトさんに嫌われているじゃないかと、私のこと避けているんじゃないかと思って。せっかくヒロトさんがキスしてくれたのに、私、肝心な時に気絶しちゃって……」
「ああ、あの時はビックリしたよ。でも、そんなことぐらいで嫌いになんかならないよ」
「もう、絶対に気絶なんてしないですら、もう一度チャンスを下さい。キス、いえ、私を抱いて下さい」
嫌われまいとするただならぬ決意、目を閉じて歯を食いしばりながら耐えるサラ。
そんなサラの胸を、ヒロトが「小さい胸」と言ってチョンと突いた。
「きゃ! ご免なさい、胸が小さくて。でも私、まだ成長しているいから、もう少し大きくなります」
「冗談だよ、冗談」
と言ったヒロトがサラを見た。
「ん?」「えっ?」
二人が不思議そうに顔を見詰め合う。
「怒らないのかい? マイクさんが言っていたんだ。こっちの住人は、愛し合っている最中にふざけたことを言うと、かなり怒るって」
「ぷっ、それ、ビレイさんだからじゃないんですか。私、どんなことを言われても怒ったりしませんよ。でも、不思議ですね、マイクさん。あの方、面白い人だけれど、何かもの凄く頼れるっていうか、あっ、ご免なさい。私の中では、やっぱりヒロトさんが一番頼れる人なんですけどね」
と照れながらサラが言った。
思わずヒロトが苦笑い。ヒロトの笑いで緊張が和らぎ、普段通りのサラに戻った。
「そうだよな、マイクさんとは血が繋がってないけど、兄のような存在で頼れる。どんなことがあってもマイクさんを信じ、付いて行こうと思っているんだ。俺、こっちの世界じゃ心眼っていう能力が発揮されけど、見えるんだ、未来の世界が。マイクさんがこの危機的状況から救ってくれる、兄さんが連合軍を勝利に導いてくれるヒーローに」
心眼に未来を見る能力は無いが、心配するサラを安心させたくて嘘を付いた。
「なあサラ、この戦いが終わったら結婚しょう。マイクさんとビレイさんの仲睦ましい姿を見せ付けられるのは、もうウンザリだよな。だから、今度はこっちが見せ付ける番だ」
「け、け、け、結婚!」
思いがけないプロポーズにサラの意識が遠のいた。
ふらついたサラがヒロトにもたれ掛る。ヒロトの鼓動が心地良いリズムを奏でていて、再びサラが気を失った。
質量共に勝る同盟軍は、連合軍を戦力で圧倒する。が、チーム・オメガを中心とした精鋭部隊を攻めあぐねていた。
同盟軍はヒロトに狙いを定めて刺客を送る。
連合軍に忍び込ませていたスパイのアームキャリーが、ヒロトの背後から襲った。
「後ろ!」
殺気を感じたヒロトが反射的に振り返り、ビームサーベルを持つ腕を斬った。
敵の攻撃を防いだかに見えたが、次の瞬間、アームキャリーが自爆、強烈な閃光がマルスを襲った。
「め、目が見えない!」
中性子線に似た透過光線が、マルスの頑丈な装甲を通る抜け、ヒロトの網膜を焼き尽くして彼の視力を奪った。
マルスの頭脳開放と、心眼の能力をフルに使い応戦するヒロトだったが、両目が見えない状態での戦闘は体力を著しく消耗し、限界に達しようとしていた。
ヒロトにとどめを刺すために送り込まれた、同盟軍のエース級パイロットから成る精鋭部隊を前に、
「これまでか……」
諦め掛けた、まさにその時――。
「あとは俺に任せろ!」
ヒロトの窮地に駆け付けたマイクが同盟軍の精鋭部隊を蹴散らし、ヒロトは命拾いした。
光を失ったヒロトは戦線離脱を余儀なくされた。
緊急手術によってヒロトは失明を免れたものの、回復するには時間が掛るとの診断を受け、基地司令部内は重い空気に包まれていた。
「どこまで卑怯なの!」
怒りを露わに、ビレイが唇を噛み締めながら言った。
「卑怯? 戦争とは弱いところを衝くもんだよ。そもそも、デッドには卑怯という考えは無い。目的のためには手段を選ばず、ただ勝利だけを考えているんだ。脳ミソのバケモノ、人知を超えた存在だからな」
そう言ってマイクがビレイをなだめる。
マイクの右腕であるヒロトが戦線を離脱した。ここまで二人三脚で同盟軍の猛攻を耐えてきたが、その一角が崩れる。いよいよ追い詰められた。
目が見えず不自由な生活を余儀なくされたヒロトを、サラが率先して世話をした。
「マイクさんのお荷物になるなんて、チキショー! 頼むサラ、俺をマルスの所へ連れて行ってくれ。目が見えないだけで体はなんともない、ジッとしていられないんだよ」
「駄目です、いくら心眼の能力があるといっても、あれ、もの凄く疲れるんでしょう。絶対に駄目です!」
ヒロトを危険な目に遭わせまいと強い口調でサラが引き留める。
「あっ、ご免なさい、ついキツく言ってしまって……。でも、どうしても行きたいのなら、私を連れて行って下さい。私、ヒロトさんの目になりますから」
「フーー、分かったよ、サラ。君を危険な目に遭わせたら、また、父さんや母さんに叱られるからな。でもな~、目が見えないから生活に困るよ。特に、サラ、君の顔が見えないのが一番辛いんだ」
「まあ、お上手ですね。心眼とやらで、私が見えないんですか?」
「そんな便利なものじゃないよ。よくあるだろう、ふと、感じたり思ったりする直感力ってやつを。俺の心眼は、その強いバージョンなんだ」
突然サラがヒロトの右手を握り、その手を自らの顔に当てた。
「こうすれば、よく分かるでしょう」
「髪、伸ばしているのか」
僅かな違いにヒロトが気付いた。
「ビレイさんのように綺麗になりたくて。でも、目が見えるまでお預けですね。何か、何か私に出来ることはないですか? 私、なんでもします、ヒロトさんの力になりたいんです」
「そうだな~、シャワーを浴びたい。何日も入ってないから気持ち悪くって」
ヒロトが言うと、
「ひぃ~、し、シャワー! 裸になるんですよね、裸に……」
さっきまでの勢いはどこへ行ったのか、恥ずかしさの余りうつむいた。
「冗談、冗談だよ。これだけはユウマに頼むから」
笑いながらヒロトが言うが、
「……私、大丈夫ですから。こんなことで驚いていたら、ヒロトさんのお嫁さんとしてやっていけないですからね。さあ、服脱いで下さい、体洗ってあげますから」
と意外な反応でユアが答えたる。
「おおい、いいって、一人で出来るから。ズボン脱がすなよ、下着が、パンツが見えるだろ」
「今からシャワー浴びるんでしょう、全部、全部脱ぐんです」
「そりゃ、そうだけど……」
「そんなに恥かしがらなくても、私も裸になるんですから一緒じゃないですか」
「一緒って、お前な、俺目が見えないんだぞ、どこ見られているか分からないんだぞ」
「何言っているんですか、私と違ってヒロトさんは完璧だから、見られて困ることなんてないでしょう。ヒロトさんの肉体美は芸術作品と一緒、見なきゃ損です。そもそも私がいないと、な~んにも出来ないんですから、少しは言うことを聞いて下さい」
積極的になったサラに驚かされ、観念したヒロト。
気弱なサラの背中を、憑依しているメラーが後押ししていることを知らない。
浴室前でヒロトが立ち止まる。
「とにかく、落ち着こう、サラ。この先は裸になるんだぞ」
「――ヒロトさんと一緒にシャワー!」
我に返ったサラが驚きの声を上げる。
「女性の方から誘っといて、男としては断れないんだよな」
「えーー! 私の方からヒロトさんを誘ったんですかぁ!」
そう言った途端、サラが黙り込み、一言も喋らなる。
ヒロトにはサラが真っ赤な顔をしてうつむいている姿が想像出来た。
「怒ってないから、何か言えよ。こんな状況でいなくなったら困るだろ。さっきまで大胆なこと言っていたのに、急に人が変わったみたいだぞ。本当にサラなのか?」
「メラーさんが背中を押してくれたから……。好きです。私、ヒロトさんのことが大好きです」
「それじゃ聞こえないよ、もっと大きな声で言ってくれないと」
「好きです! メラーさんの後押しじゃなく、私の、私の本当の気持ち。だい、大好きです」
耳を澄ましてサラの声を聞いていたヒロトが、彼女の声の発する唇を目掛けてキスをし、優しく抱き締めた。
予想外の展開にサラが(ひや~!)と心の中で叫んだ。幸せを噛み締めるサラは気を失うことなく、ヒロトの愛を受け止める。
「また気を失うかと思ったから支えていたけど、その心配はなさそうだな。よく耐えた。俺も好きだよ、サラ。今日は帰らないでくれよ、どこにも行かないでそばにいて欲しいんだ。何もしないからさ、って、目が見えないから何も出来ないだろう。目が見えないから、ずっと不安だったんだ。でも、こうしてサラがそばにいてくれるから心強いよ。ちょっと強引すぎたかな……泣いているのか? サラ」
「いいえ、嬉しいんです。私、こんなにヒロトさんに頼られることなかったから……チーム内で唯一、私だけが何も出来ず戦力になっていなかったから辛かったんです」
「そんなこと気にしていたのか? サラの優しい心がメラーさんを引き寄せ、結果、俺達は救われたんだろう。チーム内の誰にも出来ない、凄いことなんだぞ」
「ヒロトさんて、意地悪ですね。涙で何も見えないじゃないですか……。ヒロトさんが帰れって言っても私、帰りませんよ。ずっとそばにいさせて下さい」
「目の見えない間、ずっとそばにいて、俺の目となって欲しい」
「はい!」
満面の笑みでサラは答えた。
目の見えないヒロトだが、その笑顔は、微かに心眼で見えていた。
「でも……、でも、目が、ヒロトさんの目が見えるようになっても私はそばにいます。ずうーっとそばにいさせて下さい」
ヒロトに必要とされていることがサラは嬉しかった。
その夜、サラは自分の部屋に帰ることはなくヒロトと一夜を共にする。
ひと時の安らぎ。だが、決戦の時は迫っていた。




