背水の陣
長い戦闘で誰もが疲れ切っていた。
特に、出撃回数の多いマイクの疲労はピークに達していた。
息が苦しく手足が重い。思考が鈍って状況判断もままならない。悲鳴を上げる肉体。戦闘のキレが極端に落ち、被弾することが多くなった。
余りに差があり過ぎる。駄目だ、いくら戦っても勝てっこない。――ここまでか……。そうマイクは思ったが、ビレイの前では弱みを見せず必死で隠していた。
ビレイが、マイクの疲れた体をいたわってマッサージした。
「痛い、痛いって、もっと優しくしてくれよ、ビレイ」
「何言ってるのよ、こういうのは痛いのが効いているって証拠なのよ。だいぶ疲れが溜まっているんじゃない、あなたが被弾するなんて今まで無かったことでしょう。だからこうしてマッサージしているんじゃない。ついでに精力増強に効果のあるツボを押したから、どう? 効いてきたんじゃないの。忙しいのは分かるけど、その、つまり、一応、夫婦なんだし、こういう時こそ、スキンシップが大事でしょう。あなた好みに髪を伸ばしたのに、ちっとも褒めてくれないし、そりゃ、色白だけど……こんなこと、女の私から言うのは変だろうけど、愛を確かめたいのよね。以前はマメにしてくれていたのに、最近ちっとも構ってくれないし……それって、夫婦にとって深刻な問題じゃない。ねえ、聞いているの? ねえ、マイクったら……」
マッサージが効いたのか、マイクはスヤスヤと眠っていた。
全軍を指揮するリーダーと言っても、マイクは僅かに二十歳。まだ子供らしさの残るマイクの寝顔を見詰めた。
この世界に来たばかりに、自分を愛したばかりに苦しい思いをしているのだと思うと、胸が張り裂けそうになる。自分の身を犠牲にしてでも、彼の苦しみを少しでも和らげたいとビレイは強く思った。
攻撃を終え、撤収する同盟軍艦隊の後をマイクのカオスが追跡。同盟軍の構築したワームホールに消えて行くのが見えた。
連合軍のステルス機能は、同盟のそれより遥かに優れている。マイクはこの空間を支配するデットに悟られず、気配を殺して艦隊の後に付いて行った。
ワームホールから抜け出たカオスは前線基地の前で身を潜めた。
マイクは息を潜め、しかし、鋭い目で前線基地を見詰めた。
「五ヶ所か……」
全ての格納庫を把握、正確な位置を記憶し攻撃の時期をうかがった。
「よし!」
艦艇の収容完了を見届けたマイクが攻撃を仕掛ける。
奇襲攻撃によって反撃の猶予を与えない。帰投後、直ちに攻撃機を飛び立たせるのは不可能で、同盟軍は反撃出来ず防戦一方となり、不意を衝かれた基地内は大混乱に陥った。
バトルアクションゲームに熟知しているマイクは、知らないうちに強敵を倒す戦術を身に付けていて、この場は彼の独壇場だった。
たった一機の雷撃機・アベンジャーが、今までの鬱憤を晴らすように強敵を掻き回す。
突如、司令部指揮所の前面に躍り出たカオス。そのカオスが手の甲を向け中指を突き立て挑発した。
「ヌヌヌ、馬鹿にしおって! 何をしている、早く攻撃機を出せ!」
提督が怒りをあらわにし、真っ赤な顔で言った。
だが、外宇宙からの中継地、その補給目的として建造された前線基地には、攻撃能力は備えていない。僅かな高射砲のみである。
「格納庫の、全ての扉を狙い撃ちされたために開閉出来ず、攻撃機の出撃が不可能です」
「なにぃー! あの短期間の間に、全ての扉を……」
追い打ちを掛けるように、カオスがビームライフルの銃口を指揮所に向けた。
「ヒィー!」
慌てて提督が地面に伏せ頭を押さえた。
「同盟軍には勇者が一人もいないのか! あんたらに忠告しておく。また攻めて来たら、今度は容赦しない。徹底的に叩くから覚悟しておけ! 俺の名はマイク・ライアン、この名を頭に刻んでおくんだな」
提督の怯える姿をあざ笑うかのようにマイクが言い放つ。
大胆不敵、だが、大言を吐くだけの実力はある。
「忌々し奴、マイク・ライアン、か……確か、元同盟軍兵士だと聞いていたが。たった一機でこの有り様。あいつが連合軍にいる限り、牙城は崩れない。戦闘が長引けばワシの立場が危うくなる……。どんな手を使っても我が陣営に引き寄せねば……」
単機での奇襲攻撃は、まるで自分の強さを誰かに見せ付けているようでもあり、異常なまでの戦闘力の高さに、同盟軍はいっそうマイクを恐れた。
休みを取ったマイクが、ビレイをデートに誘った。
「珍しいわね、あなたから誘うなんて」
不思議そうな顔をしながらビレイが言と、
「たまにはデートも良いんじゃないか、気分転換にもなるしな。ヒロトの仇をとろうと派手に叩いたから、しばらくは出て来ないだろう。全く、雑魚ばかりで張り合いがないよ」
笑いながらマイクが言った。
強がり言っているのは分かる。
マイクのただならぬ決意を感じ取ったビレイは、あえて聞こうとはしなかった。彼の口から発する言葉が、破滅にも似た恐ろしいものに思えたからである。
点検修理中のカオスに代わって、ビレイの二人乗りのテミスで出掛けた。
デートに誘っておきながら、いつの間にか寝ていたマイク。
「ご免、つい眠ってしまって……」
「いいのよ、もう少し寝ていても」
「ここは?」
見渡したマイクの目に映ったものは、美しく綺麗に輝く星々。
それは真っ赤に輝く散光星雲で、ムードを盛り上げようとビレイが選んだ場所だった。
「私のお気に入りの場所なの。あなたがプロポーズしてくれた、あの時の真っ赤な夕日が忘れなくって」
「言葉に出来ないほど綺麗だな~、あれと同じような写真を見たことがある。確か、バラ星雲って言っていたのと同じだ」
「地球が恋しくなったんじゃないの?」
「ビレイといれるなら、どこだっていいよ」
マイクの苦しそうな表情にいたたまれなくなり、思いとは裏腹なことをビレイは言った。
「あなたと普通の生活がしたかったんだけれど、そんなささやかな願いも叶えられそうにない。だからいいの、無理しなくても。地球に帰れば、こんな苦しみや重圧から解放されるのよ……。この戦いは総力戦。いくらあなたが無敵でも、たった一人の力では戦局を覆せない。それは最前線で戦っているあなたが一番良く知っている筈よ。だったら、マイクだけでも小宇宙へ、ヒロト君やユウマ君、ユアちゃんやサラちゃんを連れて帰って欲しいの。あなたは十分にやったわ、誰も恨んだりはしない。マイクを愛しているからこそ生きて欲しいの、生き残って欲しいのよ」
「ビレイが、面と向かって俺のこと嫌いだって言うのなら諦めるけど、どうなんだよ。俺のことが嫌いなのか、帰って欲しいのかよ」
ビレイの目を見詰めながら言った。
「嘘でも、言えない。嫌いだなんて言える訳ないじゃない……。馬鹿ね、生きられるのに、この先、楽しい人生が待っているかも知れないのに……」
ビレイの頑な気持ちがマイクの揺れ動いていた気持ちを確かなものにし、覚悟が出来た。だがそれは、辛い選択でもあった。
「前に言っただろ、好きな女のためなら命懸けだって。命を懸けるに値する女に出会えたんだ。なあビレイ、俺達、夫婦だろう。死ぬ時は一緒だよ。敵がどれほど強大でも、到底かなわぬ相手でも俺は戦い続ける、最後まであがいて見せるよ」
「そんなこと言われたら,もう、何も言えないじゃないの」
呆れた顔をしながらビレイが言うと、
「ビレイは勘違いしているよ。俺は一度だって辛いと思ったことはない、逃げ出したいと思ったことはないんだ。こんなに人に期待されるのは生まれて初めて。だから、みんなの期待に応えたいんだよ。そもそも俺の活躍の場は、この異世界だけなんだからさ。俺はビレイを守りたいんだ。弟達は足手まといだから、地球に帰れって何度も言ってるんだけど、あいつら言うことを聞かないんだ。でも、あいつらには生きていてもらいたいからな。いざとなったら、力づくでも地球に帰すよ」
そう笑顔でマイクが答えた。
すっかり長くなった髪。肩まで伸びた銀色の綺麗な髪をマイクは何度も撫でた。一途に自分のことを想ってくれるビレイがいとおしくなり抱き締める。
「駄目よ、テミスの中じゃない。また、ヤキモチ焼くじゃない」
「構うもんか! 俺は、ビレイが死ぬほど好きなんだよ」
これが今生の別れとばかりに、マイクはビレイを強く抱き締め激しいキスをした。
ヒロトの回復を見届けたマイクが、遥か彼方の同盟領域を目指して、少数精鋭の機動部隊を率いて出撃した。目指すはネオデッドの本拠地、ボーグ環状銀河。
遠征軍は同盟領内への奇襲を試みるが、壊滅的大打撃を受けて撤退を余儀なくされた。
形勢逆転を狙った遠征軍は大敗を喫し、生存兵が続々と帰還した。彼らは口々にリーダー・マイクが寝返ったと言った。
マイクが寝返ったとは、当然ビレイは受け入れない。だが、一向にマイクが返って来ない。
悪い予感は的中した。
『ドゴーーン』
基地内に、轟音と共に地響きが伝わる。
地表のカメラが黒い機影を捉えた。砂嵐の先に見えたものは、消息不明のカオスだった。
『私はレボス、弱き人類を導く使者である。私はお前達に降伏を勧めに来た。同盟は大規模侵攻を発動した。最強の力を手に入れた私に、もはやお前達に万に一つの勝ち目は無い。諦めろ。お前達にとって降伏こそが最善の策なのだ』
「……嘘だろう、マイクさんにデッドが取り憑いただなんて」
真っ青な顔でユウマが言った。
「あれはレボスじゃない! マイク、私のマイクよ!」
ビレイが思わず叫んだ。
レボスに取り憑かれるほどマイクの精神は弱くない。そう信じて疑わないビレイは、ヒロトの制止を振り切って地表へと出た。そして、マイクのカオスと対面した。
「今までどこに行っていたのよ! みんな心配していたんだから」
ビレイの言葉にマイクは答えない。それどころか、猛然と襲い掛かって来た。
カオスがとどめを刺そうとしたが、何故か動きが止まった。マイクは完全に洗脳されている訳ではなかった。
ヒロトが駆け付け、カオスと再び対戦。
――この異常な強さ、やはり、マイクさん……。一度戦ったことのあるヒロトには、目の前のカオスを操縦する人物がマイクだと直ぐに分かった。
ユウマが加勢すると、不利を悟ったカオスは一瞬消え、かなり離れた所に姿を見せた。それは瞬間移動、空間を支配するデッドの成せる業だった。
アームキャリーには無い能力を目の当たりにして、今まで疑心暗鬼だったビレイは確信した。マイクにデッドが取り憑いたのだと。この事実は悲しみに打ちひしがれるビレイを更に追い落としたのだった。
今後の指示を仰ぐために、オメガのメンバーはビレイのいるマイクの部屋に入った。
ヒロトの案じた通りビレイは酷く落ち込んでいる。だが、私情を挟む猶予は無い。
「もう、リーダーのマイクさんはいないんだ。ビレイさん、指示を。俺達は何をすべきか言ってくれよ」
ヒロトが心を鬼にしてビレイに迫も、
「……ヒロト君が指示を出せばいい。私なんかより、ヒロト君が適任、マイクに代わって、あなたが新たなリーダーよ」
と力の無い返事が返ってきた。
このままでは、弱気になったビレイが洗脳される。そう思ったヒロトが大胆な行動を取った。
「マイクさんは俺達を裏切ったんだ。あんな奴のことなんか忘れて、俺に乗り換えろよ。前々からビレイさんのことが好きだったんだ」
そう言って強引にビレイを抱き締めた。
「何するのよ! 気は確かなの? あなたなんかに抱かれたくないわよ。離して、離してよ!」
ヒロトの行為に、後ろで見ていたサラが固まった。
(ご免よ、ビレイさん)
ヒロトがビレイの耳元で囁いた。
(こうするしかなかった。この空間はデッドの支配域、うかつに喋れない。計画がバレると、マイクさんの努力が台無しになる。だからこんな形でしか伝えられないんだ。マイクさんはデッドを倒すために、あえて洗脳されデッド本体を体内に入れ込んだんだ)
(じゃ、マイクは一人で……マイクはどうなるの?)
(マイクさんが悩み考えた抜いたこと、無駄には出来ない。マイクさんは暗闇に一筋の光を見出したんだ。俺はデッド共々、マイクさんを倒す)
そう言うと、ゆっくりビレイから離れた。
愕然とするビレイ。ヒロトの言った『マイクの努力を無駄に出来ない』の言葉で耐えるしかなかった。彼の命懸けの努力を無駄に出来ないのだからと。
「酷いじゃない! ヒロトさん。サラという恋人がいるのに、彼女の目の前で堂々と浮気するなんて、信じられない。見損なったわ」
親友のために、ユアが強い態度でヒロトを責めた。
「いいのよ、ユアちゃん。私なんかより、美人で魅力のあるビレイさんの方が良いに決まっているもの……」
ヒロトは一切言い訳をしなかった。
無理に笑顔を作ったサラが部屋を出て行った。ユアも後を追うように部屋を出た。
「何か理由があるんだろう、僕に言ってくれよ。このままだと、サラちゃんが可哀想だよ」
見兼ねたユウマが言った。
「今は言えない。言えないんだよ……」
唇を噛み締めヒロトは黙ったまま。
「……ヒロちゃん、変わったな」
そう言ってユウマもサラ達を追って部屋を出た。
リーダー・マイクが離れ、チーム・オメガはバラバラになった。それは銀河連邦の敗北を意味する。
ユウマが部屋を出ると、そこにはユアとサラがいた。
「ヒロトさんは嘘を付いている。だって、マイクさんのことを兄のように慕っていて、どんなことがあっても信じるって言っていたもの。でも、目の前でビレイさんと抱き合ったものだから、私、動揺しちゃって。ヒロトさん、私にプロポーズしてくれたのよ。そんなヒロトさんを、私が信じて支えてあげないといけないのに、逃げ出してしまって……」
申し訳なさそうにサラが言う。
じゃ何故? という疑問。三人はピンときた。だが、あえて言わなかった。一番辛いのはヒロトなんだと知り、最強チーム・オメガの絆は一層深まった。
リーダーを任されたヒロトが残存部隊に呼び掛る。
「少ない兵力で大軍に勝つには、一点集中しかない!」
と大宇宙に散り散りになりって抵抗を続けている残存部隊に集結を呼び掛けた。
そんな中、レボスの予告通り、同盟軍の大艦隊が襲って来た。
押し寄せる同盟軍の中には当然マイクがいる。マイクに取り憑いたデッドは、絶大な破壊力となって弱体した連合軍の息の根を止めるべく襲い掛かった。
寝返ったリーダー・マイク、だが迎え撃たなければならない。意を決したヒロトが出撃した。マイクを倒すために。それしか方法が無かったのである。
銀河連合軍の残存部隊は背水の陣で同盟軍を迎え撃つ。
この一戦に負ければ銀河連合は消滅するのである。それは自由を奪われ奴隷とし生きることを意味し、決して負ける訳にはいかない。残存部隊は決死の覚悟で強敵に立ち向かった。
突如、ヒロトの目の前にカオスが現れた。カオスを操縦するマイクは、ヒロトが慕うマイクではない。敵の総帥レボス、血の通わぬ冷徹な存在である。
ヒロトは、頭の中で何度もマイクではないと自分に言い聞かせた。相手は最強戦士マイク、手加減は出来ない。気を許すと命が無い。ヒロトは精神を集中して闘いに挑む。三度対戦、文字通り頂上決戦だった。
激しいバトルが繰り広げられ、超人的な二人の闘いに誰も近付けない。
二機は群れから離れ、なおも闘い続ける。二人は目の前の相手しか見えていなかった。
互角に渡り合っていたヒロトだったが、長時間の戦いで時間切れ。集中力が途切れ心眼の能力使えなくなった。それはヒロトの持つ特性であり弱点でもある。ヒロトの特性を知っているマイクは、ひたすら猛攻を耐え凌ぎ、この時を待っていたのだ。
反撃に出たマイク。力尽きたヒロトに、もはや対抗する手段は無く、銀河連合の命運も尽きようとしていた。
――やはり、マイクさんには勝てないのか……。薄れ行く意識の中で、ヒロトの目に思いもしなかった光景が映った。
突然、カオスが武器を捨て大の字になって停止。そして、操縦士であるマイクが叫んだ。
「い、今だ、ヒロト、カオスの土手っ腹にぶち込め!」
「やっぱり出来ない、俺には出来ないよおーー!」
涙ながらにヒロトが訴える。
「馬鹿野郎! ためらっている暇なんて無い。デッドが俺の体内いる今こそ、千載一遇のチャンスなんだ。今やらなきゃ全員が皆殺しになる。ビレイもユウマも、ユアちゃんもサラちゃんも。俺一人の犠牲で済むなら、喜んで死ねる。お前の手で殺されるなら本望だ。早くしろ、もう、体の……自由が……利かない……」
究極の選択を迫られたヒロトだが、無意識の内に、至近距離から航空魚雷を発射していた。
「マイクさぁーーん!」
ヒロトが叫ぶ。
カオスが木っ端微塵となり花火のように散った。
兄と慕うマイクが、デッド共々消滅したのである。
爆音が虚しく宇宙空間にこだまし、ヒロトの耳の中でいつまでも反響していた。




