祝福
太陽が沈み掛けた。
それを見計らったように、
「そろそろ良い頃合いだな。さあ、行こうか」
そう言ってマイクが立ち上がった。
「まだいいじゃない。時間はまだあるんだし、ずっとこうしていたいよぉー」
立ち上がったマイクの手を引っ張りビレイが甘える。
「ビレイさんに見せたいものがあるんだ。残り半分の夢をね」
浜辺に戻った二人は、服に着替えて崖を登った。
頂上の開けた所まで来ると、辺りが夕焼けで真っ赤に染まっていた。
「まあ、綺麗。こんな夕日、見たことないわ」
「ここで彼女に、これを渡すのが夢だったんだ」
マイクが光り輝く物をビレイに手渡した。
「安物だけど、ビレイさんに貰って欲しいんだぁ。俺達、付き合ってまだ数日。こういうのは早過ぎるのは分かっているし、なんの活躍もしてない俺だから……駄目かな……」
それは指輪だった。
男にとって一世一代の勝負の瞬間。ビレイに断られるんじゃないかとマイクの心臓が張り裂けそうなくらいドキドキした。
「まさか、これって、プロポーズじゃない! じゃ、さっき、指輪を買いに行っていたんだ。こんな素敵な場所でサプライズな演出、もちろんOKよ! その言葉を待っていたんだから」
嬉しさのあまり、勢い良くマイクに抱き付いたビレイ。
だがそこは断崖絶壁、二人は海に向かって真っさかさまに落ちて行く。が、
すんでの所でテミスが二人を優しく受け止めた。
「危ないなぁー! 死ぬところだったんだぞぉ」
顔面蒼白になりながらマイク言うと、
「だって、こんな嬉しいことは生まれて初めてなんだもん」
思いっ切りビレイがマイクを抱き締める。
『バシャーン』
大ハシャギするビレイの頭を冷やそうと、テミスが海水に漬けた。
「もう、何すんのよ! せっかく良いところだったのにぃ、テミスの馬鹿!」
「ハッハッ、テミスが頭冷やせって言ってんだよ。やっぱりこいつ、ヤキモチ焼いてんだぜ」
プロポーズは大成功。
地球に帰って来て良かったと、心の底からマイクは思った。
大宇宙に戻ったマイク達。新しい司令官の赴任と共に、マイクとビレイの親密な関係が要塞内に知れ渡った。
真っ先に通信士の女性職員がビレイのもとに駆け付け、
「ビレイさん私、なんて言っていいか。マイク、いえ、マイクさんと付き合っているっているなんて知らなかったものですから……あんなこと言ってしまって……」
「いいのよ、言っていたことは合っているんだし、ちゃんと言っていなかった私が悪いんだもの。気にしなくていいよ」
「あんなこと? まさか彼女、俺の噂を、俺に気があるんじゃ。よく見ると美人だよな」
そうマイクがビレイの耳元で囁いた。
ニヤけたマイクの足を、ビレイが思いっ切り踏み付ける。
「痛ってぇー」
「ミンチにされても、構わないんだったよね」
今度はビレイがマイクの耳元で囁く。
顔は笑っているのに内心ではかなり怒っている。怯えたマイクが通信士の視界から隠れる消えるように、慌ててビレイの後ろに隠れた。
「ほらね、彼、あなたの言った通りの人でしょう」
そう言ってビレイが笑うと、お似合いの二人、優しそうな彼に慕われ幸せが伝わってくるようで、安心した通信士もつられて笑った。
立場を越えて結ばれた二人に誰もが喜び、暗く沈んでいた要塞内に明るさをもたらした。
ヒロトが、照れるマイクを説得し結婚式を勧めた。
停戦中とはいえ、交戦状態には変わらない。兵士達に申し訳ないという配慮から,チームだけの結婚式を挙げる。
寝静まった要塞内の、娯楽のために設けられた多目的ホールを借りて密かに結婚式が行われた。
地球式の結婚。ヒロトが進行役を務め、見守る者はたった四人だけの寂しい式だった。
新婦の入場。ユアとサラがデザインした、手作りのウェディングドレスをまとったビレイが現れると、マイクがその美しさに見とれ釘付けになる。その時、
「押すなよ、押すなってば……」
多目的ホール後方のドアーの向こうから声が聞こえたかと思うと、堰を切ったように多くの隊員が雪崩れ込んで来て、ホールはあっという間に満席になった。
その中の一人、新司令官がビレイに歩み寄って声を掛けた。
「我々も一緒に祝いたいのですが、宜しいですかな?」
会場内だけではなく、外にも、基地内の全ての隊員や職員が集まっていた。
どこから漏れ出たのか、結婚のことが知れ渡っていて、マイクとビレイが顔を見合わせ、「はい」とビレイが恥ずかしそうに答えた。
みんなが喜んでくれている。二人に断る理由は無かった。
「ウィリス閣下も、是非とも見たいというので、生放送させてもらいますよ」
と司令官が笑いながら言って、手に持っているカメラらしきものをビレイに見せた。
多目的ホールからの放送は、エルナト星だけではなく銀河連合の全ての星に放送されると聞き、マイクが青ざめる。
「おいおい、聞いてないぞ」
と進行役のヒロトに小声で言うが、
「これだけ集まったんじゃ、さすがに断れないよな。主役なんだから、ビレイさんのためにも男らしく覚悟を決めろよ」
「まさか、お前が知らせたのか?」
「集まってくれた多くの隊員は、ビレイさん目当てで来たんだろうけど、この場でマイクさんの顔を覚えてもらえれば良いんだよ。英雄になる一番の近道は、人気者になることだからな」
落ち込むマイクの肩をヒロトがポンポンと叩いた。
形式だけの結婚式だとマイクは思っていたのに、大掛かりなものになり急に緊張してきた。
追い打ちを掛けるように、ゲストの視線が一斉に新郎のマイクに向けられる。
だが、不安そうなマイクをよそに、容赦なく式は進行する。
「マイクさん、あなたはビレイさんを妻とし、健やかなる時も病める時も貧しき時も、死が二人を分かつまで愛し合うと誓いますか?」
「もちろん、はい! 誓います」
と緊張のあまり、うわずった声でマイクが言った。
「ビレイさん、あなたはマイクさんを夫とし、健やかなる時も病める時も貧しき時も、死が二人を分かつまで愛し合うと誓いますか?」
「はい、誓います」
とビレイも答える。
お互いに迷いは無い。とことん愛し合うと誓い合った。
「では、ベールを上げて誓いのキスを」
とヒロトが言うと、二人は一瞬驚いたが、見詰め合いゆっくりと口付けをした。
会場内は感動的なムードに包まれ、割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こる。
最前列で見守るユアとサラは、心から二人の結婚を祝福し、この光景を目に焼き付けていた。
結婚によって、より一層強い絆で結ばれたマイクとビレイ。
「ねえ、この戦いが終わったら地球で暮らすんでしょう。私、憧れていたのよ、地球での生活を」
「地球で暮らすのか? でもなぁー」
そう言いながらマイクが頭を掻いた。
「もしかして、お金の心配をしているのね。私も働くから、そんなこと心配しなくていいわよ」
そうだよな、優秀なビレイさんなら、きっと大企業にヘッドハンティングされ……あれ、どんどん俺から離れていくな……。
「やっぱり、こっちで暮らさないか。地球だと俺、冴えない人間で終わりそうだから」
「何言ってるのよ、お父さんを一人に出来ないでしょう。それに、子供を連れて行くって約束したんだし、二人の愛の結晶、あなたには頑張ってもらわないとね」
マイクとケビンとの三人暮らし、どんな生活が待っているのかとビレイは思いを巡らす。
「……親父なら、一人でもやっていけるだろ……」
急にマイクの気が滅入った。
「運命って不思議なものね。もし、あなたと出会えていなかったら、私、ずっと独身だったかも知れないわね」
ビレイがしみじみ思う。
「運命? そんなもんじゃないだろ。こうして地球人と異星人が会うこと自体、凄いことなのに、結婚して結ばれたんだぞ。これを運命という一言で済ませたんじゃ、理解出来ない。これは物語、生まれる前から決まっていたんだ。そう思うと、この全ての世界は、俺達のために創られたんじゃないかって、ビレイさんと俺はその主人公じゃないかって思うんだよな」
「この世界の主人公かぁ、あなたって、まるで作家さんね。考えが壮大で、その発想が凄いわ」
マイクのちょっとした才能に気付かされる。
「ずっとゲームばっかりしていたから、こういった発想やヒラメキが次々と浮かぶんだよ。でも、この物語には続きがある……クライマックスはこれからなんだよな」
同盟軍の動向が気になる。安心してはいられないと。
「そうね、でも……このまま何も起こらなければ良いのにね」
「いや、絶対に奴らは攻めて来る。胸騒ぎがしてならないんだ。きっと攻めて来る」
マイクの目付きが変わった。
まだ子供っぽさの残るマイクだったが、いつしか凛々しい顔付きに。
「男の人は結婚すると変わるって聞いていたけれど、あなたも男らしくなったじゃない。改めて惚れ直したわ。でも私達、結婚したばかりでしょう。お願い、今は嫌なことは忘れて、楽しみましょう」
夢のような二人だけの世界に浸る。
二人はマイクの部屋で生活を共にし、僅かな時間、充実した新婚生活を送った。
停戦協定を一方的に破って、同盟軍が大規模侵攻を仕掛けた。
電撃作戦が開始され、同盟軍の大艦隊が突如として攻め込んで来た。
同盟軍の強襲を受けて防衛線はもろくも崩れ去り、あっけなく崩壊。
外宇宙と接する長大な防衛線は、薄く浅くしか防衛出来ない。広い戦線に十分な兵力を配置することは、戦力の削がれた連合軍には不可能だった。
同盟軍は手薄な場所を衝いて突破し、決定的な打撃を与えながら連合圏内へと雪崩を打って押し寄せる。連合軍は同盟軍に押され、連合圏内へと戦線の後退を余儀なくされたのだった。
連合軍の生命線だった防衛線を同盟軍が越えたことに衝撃を受けた連合軍総司令部は、軍事境界線での防衛はもはや不可能と考え、連合圏内の防衛に力を注ぐために、防御の砦の意味を失った要塞群の放棄を決定し守備隊に脱出を命じた。
敵の追撃から友軍を逃がすため、出動を要請された最強チーム・オメガ率いる駐留艦隊。
「俺とヒロトが出撃するから、ユウマは撤退する仲間と行動を共にしろ。戦場で、また寝られたら危なっかしいからな」
とマイクが指示した。
「むっ、そんな言い方、酷いじゃないですか。ユウマ君に救われたくせにぃ」
口を尖らせながらユアが不満を口にする。
「ユウマには秘めたる力がある。言わば、オメガの切り札。だから言っているんだ。ユウマを含め、俺達は未熟で未完成。だが、それが完璧になったとしたら? 俺達チーム・オメガに求められているものは、敵を圧倒する力だろう。ユウマには是が非でも生きてもらわないと困るからな」
ハッとしたユアが、
「ご免なさい、マイクさん。私、酷いこと言ってしまって……」
慌ててマイクに謝った。
「私はどうしたらいいの? 私もマイク達の力になりたいの」
不安そうにビレイが聞いた。
「ビレイさんは、みんなをまとめてもらわなきゃならないんだ。みんなを良き方向に導いてやってくれ。ビレイさんが後方でしっかり守っていてくれれば、俺達は心置きなく戦えるんだ」
「ちょっと待ってよ! あなたにもしものことがあったらどうするのよ。私を一人にしないで」
「誰に言ってんだよ。俺達はヒーロー、ヒーローは死なない、そう決まってんだろ。ましてや新妻を悲しませたりしない、約束しただろう」
マイクが自信を持ってビレイに言った。
今度はサラがヒロトに近付き、小さい声で言った。だが、ヒロトには聞き取れない。
「そんなんじゃ、聞こえないだろう」
小柄なサラの背にあわせてヒロトがかがんだ。
サラが勇気を持って、今度は大きな声で、
「死なないでね、ヒロトさん。絶対に生きて帰って来てね」
サラが言うと、
「もちろんだよ、サラを悲しませたりしないから」
力強くヒロトが答えた。
「あとのことは頼んだよ、ビレイさん」
マイクが優しく声を掛けると、
「あ、はい」
ビレイが素直に返事する。
マイクにカリスマ性が宿っていた。誰からも頼られ期待される存在となっていた。
マイクとヒロトが出撃、漆黒の宇宙にカオスとマルスが飛び立った。
長い戦いが始まり、新たな伝説が始まろうとしていた。




