心のオアシス
長時間の圧迫による腕の痺れで目覚めたマイク。
要塞内の人工太陽が灯り、明りが差し込んでいた。
一夜を共にしたことが夢のようで信じられない。だが、隣には裸のビレイが眠っている。マイクは、まだ寝入っている彼女を見詰めた。ずうっと見ていても飽きない可愛らしい寝顔。それまでのしがらみが解けたのか、それが本当の彼女の姿だと思った。
司令官としての責務を果し、さぞ疲れ切っているのだろう。いつまでも寝かしてやりたいと思い、そっと頭を持ち上げ腕を抜き、枕にすり替えた。そして、夢心地のまま静かに部屋を出た。
早起きのヒロトが、部屋の外のベンチで腰を押さえてぐったりしているマイクを見付けた。
「マイクさん、まだ体の具合が悪いのかい?」
心配そうに言いながら、マイクの横に座った。
「体はいたって元気。実は、ビレイさんと一緒にいたんだ」
満面の笑顔でマイクが言うが、
「一緒にいたって?」
言っている意味がヒロトには分からない。
「だから、ビレイさんと一夜を共に過ごしたんだよ」
「ほ、本当か! 近いうちにとは言ったけど、随分早いじゃないか」
ヒロトが自分のことのように喜んだ。
「最初は思いっ切り引っ叩かれてどうなるかと思ったけど、薄暗かったせいで、お互い大胆になれたんだな。てっきり、故郷にカッコ良い男がいて、すでに結婚しているんじゃないかって半ば諦めていたんだ。あんなに大人の魅力を備えているのに、ビレイさんってバージンだったんだぜ。男のことも、なんにも知らなかったんだ。これ、戦利品」
そう言って、ポケットから黒い布のようなものを取り出して、更に続けた。
「まるで夢の中にいるみたいで、その夢が覚めないようにビレイさんの身に付けていたものを思わず持って来たんだ。これ、どっちが前で後ろなんだ? 女の人って、よくこんな小さい物が穿けるよな」
ビレイのショーツを自慢げにヒロトに見せた。
「何勝手に持って来てるんだよ! それじゃ単なる変態だろ。普通、彼女の下着を他人に見せびらかす奴なんているか? どんな神経してるんだよ」
真っ赤な顔になりながらヒロトが言った。
シャイで真面目なヒロトには刺激が強過ぎた。
「心配ない。ビレイさんまだ寝てるから、そっと返しておくよ。でもな、ヒロト、ビレイさんは俺の中では超有名人。モデルでありアスリートでもあり政治家でもある。オマケに売れっ子女優で、その全てを兼ね備えているんだ。地球じゃ、到底相手にしてくれない存在だろ。そんな彼女と一夜を過ごしたんだ。今でも夢の中にいるんじゃないかと錯覚するぐらい信じられないことなんだぞ」
「気持ちは分かるけど、ビレイさんとのことは夢じゃなく現実なんだから、そんなことしなくても、幸せは逃げたりはしないよ。それが証拠に、それって勝負下着じゃないのかい。そんなセクシーな下着、あのビレイさんが常に穿いている筈ないし、マイクさんに見せたくてわざわざ穿いて来たんだと思う。色だってマイクさん好みの黒だしな。ムードを盛り上げようと気を遣ったんだろう、健気だよなぁ。そんなビレイさんに応えてあげたんだから、良かったんだよ。せっかく良い感じになったんだから、頼むから嫌われないでくれよな。困るんだよ、二人が言い争うのを近くで見ているのは。もう、ゴタゴタはご免だからな」
「俺に気を遣っている、か。そうか、そうだよな、夢じゃないんだよな。だからか、ベッドの上ではビレイさん、従順なんだぞ。俺の言いなりって訳さ。でも不思議だ。宇宙人だから、てっきり背中に羽のようなものが生えているんじゃないかと思っていたけど、地球人と変らなかった。一体、どんな進化を遂げてきたんだろうな。進んだ文明といえども、裸になればみんな同じ人間なんだな。ただ、お尻に青いアザがあったな、あれって蒙古班って言うんだろう。本人は知らないだろうけど、ハートの形だった。司令官とのギャップがあって思わず笑っちゃったよ。でも、ビレイさんってお洒落に無頓着だけど、タトゥーみたいでカッコ良かった。生まれながらにお洒落が身に付いているんだな。今度、スマホのカメラでこっそり撮るから、ヒロトとユウマにも見せてやるよ」
「それはいいって、ビレイさんに見付かったら、絶対にヤバイって……」
奔放なお国柄なのか、赤裸々な発言にたまりかねたヒロトが言い、そして、
「同じ人間なんだから、体が同じなのは当り前だろう。でも、あのビレイさんの体を隅々まで見たのか……」
否応にも想像してしまい、また赤くなる。
「だって、好きにしていいって言ってくれたからな。でも、お互い様。ビレイさんも興味深く俺を見ていたし、まあ、ビレイさんは俺のスケベ心と違って、『男の人って構造が違うのね』って言ってたから、知らなことへの探究心、勉強熱心で実に感心するよ」
「どこに感心してるんだよ、全く。短時間で、よく色々なことを考えられるもんだ。二人の思い出になる貴重な時間なのに、自分の満足を満たすだけだなんて。もっとビレイさんのことを思ってやれなかったのかよ。こういうのって最初が肝心なんだろ、嫌がることばかりしていると、もう会ってくれなくなるぞ。何より、他人に知られたくない彼女の秘密を、実況中継しているみたいに事細かく話す奴なんているかい?」
マイクの包み隠さないオープンな会話にヒロトが戸惑いながらも忠告するが、マイクは意に介さない。
「兄弟に隠しごとなんか出来るかよ。なあ、ヒロト、愛し合っている最中に冗談言うと、もの凄く怒られるぞ。この世界じゃあ、愛し合うことは神聖なんだろうな」
「そんなことするのはマイクさんぐらいだろうけど、一応、参考にしておくよ。でもなぁ、マイクさんはいいかも知れないけど、プライドの高いビレイさんだから、他人に知られたくないプライベートなことをベラベラ喋っているのがバレたら、きっと殺されるぞぉ」
『誰が殺すって?』
二人の後ろからビレイが言った。
「エー!」「ヒィー!」
心臓が飛び出しそうなくらいに驚いた二人が同時に情けない悲鳴を上げる。
会話に夢中になっていた二人が、マイクの部屋から出て来たビレイに気付かなかった。
「ふぁ~、気持良い~、幸せな気分ね」
思いっ切り背筋を伸ばしながらビレイが言った。
「すがすがしい朝、こんなに寝たのはいつ以来だろう。やっぱり、睡眠って大事よね、お肌が綺麗になったみたい」
フーー、良かった。どうやら聞かれてなかったみたいだ。でも、お肌? ビレイさんがそんなこと気にしていたっけ。そんなことより、マイクさんの話じゃ、今のビレイさんはノーパン……。座っているヒロトの目線が、丁度、立っているビレイの下半身に合い、真っ赤な顔になったヒロトが慌てて視線を逸らした。
「あ、マイクの部屋で寝てたけど、こんなに、こおーーんなに離れて寝てたから。その、あの、その~……」
言い訳の言葉が浮かばず、酷くビレイが動揺する。
「具合が、マイクさんの具合がまだ悪いんだね」
ヒロトが救いの手を差し延べた。
「具合? そう、そうなのよ。私のせいで大怪我したじゃない、責任感じちゃって。だから、面倒見ようと思って看病していたの。すぐに帰ろうと思ったんだけど、ずっと一緒にいて欲しいってマイクが泣き付くものだから、帰らずにそのまま居座ってしまって……。でも、心配しないで、こういうことはよくあるの、負傷した部下を見舞うのは上司の務めだからね。私、あなた達より年上だから経験豊富、男の扱いには慣れているのよ……。あっ、元気そうに見えるマイクだけど、まだ酷く悪いから付き添いが必要なの」
プライドが邪魔をしてか、それまでけなしていたマイクを好きだとヒロトには言えず、その場しのぎに嘘を並べていくビレイ。そこに、マイクの反論する余地は無く、彼女の嘘に合わせて大きく頷くことしか出来なかった。
「ああ、参っちゃうなぁ~、早く治ってくれないと自分の時間が取れないし、ほんと、困るわね」
嫌そうな言葉とは裏腹に、嬉しそうにビレイは帰って行った。
ヒロトに筒抜けであることも知らずに。
「経験豊富? マイクさんが泣いて帰さない? ビレイさん、素直じゃないなぁ。でも、動揺したビレイさんって可愛いんだな。とっさに『まだ悪い』って言ったから、今晩も来るかも知れないぞ。それにしても、恋をすると一晩でこうも変わるものなのか? まるで別人だった。上官としての威圧感は無く、愛おしく思えてくるよ。あんな美人、地球にだってそういやしない。それを独り占め出来るんだから、マイクさんが実に羨ましいよ」
「おいおい、そんなこと言ったら、それこそサラちゃんに殺されるぞ」
「サラが、まさかぁ」
ヒロトが、それは有り得ないとばかりに言った。
壁を隔てた空間で意思の疎通が図られたのか、『クシュン!』サラがクシャミした。
「どうしたの、風邪引いたんじゃ」
心配したユアが言った。
「風邪じゃないんだけど、以前、お母さん(サヤカ)に聞いた話が気になって。お父さん(リック)モテたから、凄く心配していたって言っていたのを思い出して」
「ヒロトさんに限って、それは無いんじゃ~。でも、良いわね。ユーマ君、鈍いもんだから、私の方がお膳立てしなくちゃならないから、疲れるのよね」
「もう、駄目なのよ、私。せっかくヒロトさんがキスしてくれたのに、気絶しちゃって。それ以来、ヒロトさん、私を避けているみたいで……完全に私、嫌われているよ」
「キ、キスですって……」
親友に先を越され焦るユア。
「良いな~、ユウマ君たら、手しか握ってくれないんだもん。欲求不満が溜まって、会う度に怒ってばっかり。ああ、いっそ、夜這いなんかしてくれると楽なんだけどなぁ」
「夜這い、って、そんな大胆な言葉、ユアちゃん、よく恥ずかしげもなく言えるわね」
勝手に想像したサラが真っ赤な顔をしながら言うが、
「そんなんだから駄目なのよ。もっと大胆に攻めないと、ヒロトさん逃げて行くわよ」
とサラの背中を押す。
「私はただ、ヒロトさんに幸せになってもらいたいだけ。ヒロトさんを縛りたくはないし、もし、他に好きな人が出来たなら応援するわ」
「それ、本気で言っているの? そうやって諦める訳? もの凄く好きなんでしょう、ヒロトさんのこと」
「好きだよ、もの凄く。だから諦めないといけないんだって自分に言い聞かせているの」
「諦められるの?」
「……諦めたくない、離れたくない、ずうっと一緒にいたいよぉー」
今にも泣きそうな顔で言うサラに、
「全く、呆れるわね。ユウマ君と違って、ヒロトさんはモテるから大変だろうけれど、諦めたら駄目よ。強引にいかなきゃ、離れていくばかりだよ」
親友に恋愛のアドバイスをするユアだった。
夜の静まった要塞内。再び、マイクの部屋のドアをノックする音が響いた。
「えへっ、また来ちゃった。迷惑? じゃないわよね」
ヒロトの言った通り、またビレイが遣って来た。
「迷惑なもんか。ビレイさんに会いたいと思っても、上官の施設はセキュリティが厳しいから、こっちからは行けないんだよ」
不満そうにマイクが言うと、
「まあ、嬉しいこと言ってくれるのね。一人じゃ寂しいから、また、一緒に寝てくれる?」
ビレイが甘えた表情でマイクに頼む。
「も、もちろん、さあ、中に入って」
「そう言うと思って、マイ枕を持って来たの。腕枕だと、手が痺れちゃうんじゃないの」
心憎い気遣いにマイクは嬉しくなった。
ベッドに入った途端、ビレイが激しいキスをして来た。
思わずマイクが大きく目を見開き、積極的になったビレイを見詰める。
「何? 二人きりの時は感情を抑えなくても構わないって、あなたが言ってくれたから……」
マイクの目を見ながら恥ずかしそうにビレイが言う。
「お、おう、言った、言ったよ。だからどんどん来てくれても構わないぜ」
恋愛経験の無いビレイにとって、二人きりの時間は嬉しくてしかたない様子。
枕まで持って来たからこのまま居座るんじゃないかと思い、彼女と一緒にいられるのは嬉しい半面、司令官として立場的にどうなのかな、とビレイの豹変ぶりに戸惑うばかりのマイクだった。
マイクが思い出したように「これ、忘れ物」と言って、勝手に持ち出したショーツを見ると、
「あ、それ、ずっと探していたんだけど見付からなかったのよ。でも何故? ふーん、そうなんだ。マイクって、そういうのが趣味なのね……。ま、まあ、好きなんだから、しょうがないわよね。マイクは悪くない、それが生きがいなんでしょう。私は大丈夫、気にしてないから、ほんと、大丈夫だから……」
引き気味のビレイが自分に言い聞かせるように言うと、
「趣味って、そんなんじゃないよ。夢が覚めないようにだな……言っても分からないか……」
慌ててマイクが言い訳するも、この状況で何を言っても分かってくれないだろう。
ヒロトの案じていた通り変態にしか見えず、ビレイに嫌われると思ったマイクが青ざめる。
「それならそうと、早く言えばいいじゃない。そんな物、いくらでもあげるから。コソコソ黙ってするのは、私の一番嫌いなことだからね。でも驚いたわ。部屋を出たらヒロト君がいるじゃない。彼、私を見るなり真っ赤になるもんだから、てっきり心眼とやらで見られたのかと思ったの。司令官が下着を穿いてなんて破廉恥なことが知れたら、恥ずかしくって二度とヒロト君には会えないわよね」
「ハッハッ、心眼にそんな能力は無い。それは無いと、思います……」
気まずくなったマイクが慌てて話題を変えた。
「それはそうと、ヒロトが言った通りだな、今日も来るって」
「ヒロト君が?」
ビレイが首をかしげる。
「バレバレだよ、ビレイさん。俺達が付き合っているの」
「じゃ、二人して騙したのね、酷いじゃない。なんであの時に言わなかったのよ」
「あの場面で言えるかよ、ビレイさんが必死になって隠そうとしていたのに」
「ヒロトの奴、今度会ったらただじゃおかないから」
口を尖らせながら不満そうにビレイが言った。
「あいつなりに気を遣ったんだよ。別に隠すことないんじゃ……そもそも、上官が部下と付き合っちゃならないなんて決まりはないんだし……俺がだらしないから、俺とはつり合わないから……付き合っているのがバレると、恥ずかしいんだろう。そうなんだよな」
そう自覚したマイクががっくりと肩を落とした。
慌ててビレイが謝り、マイクを励ます。
「そんなことない、絶対にないから。ご免なさい、あなたを傷付けてしまって。そうよね、こうして夜な夜な会っているんだし、いつかはバレるもんね。でも二人、凄く仲が良いのね」
「俺、一人っ子だから兄弟が羨ましくて。だから、固い絆で守ってやりたいと思うんだ。あいつ、男の俺から見ても完璧なのに、思いやりがあって憎めない奴。それとユウマ、あいつは素直で心が透き通っていて、すっごく良い奴なんだぁ」
「ふぅーん、ヤキモチ焼くぐらいに仲が良いのね。その気持ち分かるわ、自慢の兄弟だものね。私も一人っ子だから、羨ましいなぁ」
「何言ってんだよ。ユアちゃんやサラちゃんも、すでに姉妹だろう。六人が強い絆で結ばれれば、チーム・オメガは強くなる。そうだろう、司令官殿」
「その言い方はやめてよ。恋に上下の関係は無い筈よ、そうでしょう」
二人がベッドに入って横になると、静かに天井を見詰めた。
「こうしていると、いがみ合っていたことがまるで何年も前のように思えるわ。私、ずっとマイクのことを想っていた。怖いくらいに好きになっていくの……」
ビレイがしみじみと言った。
「俺も、ビレイさんのことを想っていたんだ。早く会いたい、また抱き締めたいって」
「まあ、嬉しい……でも一方で、こんな大事な時期に、愛し合っていいのかなぁって思うの」
「こういう時だからこそ、愛し合うのって大事だろう。人が愛し合えなくなったら、デットとかいう奴と同じじゃないか。愛することは極めて人間的な感情、こうして愛し合っているのをデッドはジッと見ているんだろう、のぞき見している変態野郎だからな。だから人間の方が優れてるってことをデッドに見せ付けるんだ。愛して愛して、見せ付けるんだよ。俺にとってビレイさんは心のオアシスなんだ」
「うまいこと言うわね、心のオアシスだなんて」
「まあ、誰かの受け売りだけどな。こうしてビレイさんと会うだけで力が湧いてくるんだ」
「本当にそう、力が湧いてくるわ。愛することって、傷付いた心の隙間を幸せな気持ちで満たしてくれる素晴らしいもの。寂しい時に甘えたり、辛い時に支えてもらったり……私、いつも一人で悩んでいた。こうして悩みを打ち明けられるって良いものね。それを教えてくれてくれたのは、あなたよ……。実は、マイクにお願いがあるの」
不意にビレイが改まった表情になった。
「えっ、今日もか、でも腰が……」
腰を押さえさえながらマイクが苦笑い。
「もう、そんなんじゃないわよ。毎日なんて期待してないし、それに、アオムシ君も休ませてあげないとね」
「アオムシ? そりゃないよ、ビレイさん、アオムシだなんて。そんなちっちゃいのと比べられたら、男としての自信を無くすよ。でも、そんなこと言うビレイさんって、どんどんキャラ変っていくな~」
「何がおかしいのよ? 私、変なこと言ったかなぁ」
「言った、言ったよ、ビレイさん」
そう言ってマイクが笑った。
目の前には愛する人が喜んでいる。幸せな時間だった。
好きだということを全面に押し出すビレイ、彼女にはもうマイクしか見えていなかった。そして、ある決意でマイクに頼んだ。
「父に、私のお父さんに会って欲しいの、お願い」
「……それは出来ないよ、今の俺じゃ……。君のお父さんって、とっても偉い人なんだろう。俺なんかが気安く会える人じゃない。もっともっと活躍して、立派な人間になるまで待ってくれよ」
「私の父はそんな人じゃないわ。何より、お父さんが会いたいって言っているのよ。ヒロト君やユウマ君にとっても第二の故郷なんだから、一緒に連れて行ったあげなさいよ」
「でもなぁ……」
ビレイの強い押しにマイクは逆らえない。
嫌々のマイクを無理やり引っ張り、オメガのメンバーと一緒にエルナト星に行くことになった。




