停戦協定
サラの悲鳴とともに、ネオデッドの指導者・リンが泡を吹いて卒倒した。
デッドの分身であるメラーの封印によって、レボスは洗脳の能力を失う。
呪縛から解放され、正気を取り戻した連合軍兵士の抵抗を恐れた同盟軍は、彼らを収容所に入れざるを得なくなり、大幅な戦力が削がれた。
多くの反乱分子を抱え込む同盟軍は戦争の継続が困難となり、やがて、同盟軍側から停戦を求めてきた。
同盟軍はしばらく動こうとはしなかった。大宇宙は一時期の静けさを保ち、束の間の平和が訪れたのである。
「停戦の間に、アームキャリーを補強するわよ。いくらエボリューションで強くなっているとはいえ、ベースは第三世代機。限界があるの」
チームメイトの前でビレイが説明した。
「でも僕、今のアレスが気に入っているんだけど……」
ユウマが案じると、
「心配ないわ。頭脳はそのままだから、強くなるだけよ」
とビレイが補足した。
ビレイはマイクには見向きもせず、無視して話を続ける。険悪な雰囲気が漂っていて、明らかにマイクの失態を引きずっていた。
「さっきから、なんで目を合わそうとしないんだよ。俺もチーム・オメガの一員だろ」
ビレイのあからさまな態度にマイクが不満を言った。
「一員なら、仲間を思う気持ちがある筈よ。ハッキリ言って、あんたは目障りなのよ!」
「目障り? よくそんな酷いことが言えるな。俺だって、命懸けで戦っているんだぞ!」
「命懸けですって? 笑わせないでよ。思い上がりも甚だしいわ!」
「なんで、俺と顔を合わせばガミガミ言うんだよ! 少しは、優しい言葉の一つでも掛けてくれてもいいだろ」
二人の険悪な雰囲気にヒロトやユウマ、ユア達が尻込みする。
「なんで私があんたに優しい言葉を掛けなくちゃならないのよ! こっちのセリフだわ! 自分勝手なことばかり言って…」
「よくしゃべる口だ」
マイクが駆け寄り、ビレイを黙らそうとマイクが強引にキスをして口を塞いだ。
「ん、ぐぐぐ……」
チームメイトが驚きを通り越して固まった。
「何すんのよ! みんなが見ている前で」
怒りが爆発したビレイがマイクを睨み付ける。
「みんなが見ているから良いんだろ。二人が争っていちゃ、まとまらないばかりか、みんなが困惑するばかりだ。俺のことが嫌いなら、嫌いってハッキリ言えよ! ビレイさんが嫌いって言うんなら、俺、ビレイさんとは会わない。二度とこの場所には戻ってこないから……」
半ばヤケクソ、どうにでもなれとばかりにマイクが強い口調でビレイに言った。
――マズイ! これ以上言ったら大変なことに、本当にマイクさんがいなくなってしまう。このままではマイクが離れると思ったヒロトが、二人の間に入ろうとした。
「嫌いって、嫌いだなんて一言も言ってないじゃない! 私の気持ちも知らないで……。ふぅーっ」
深呼吸して落ち着いたビレイが続けた。
「ご免なさい、私が悪かったわ。だから、二度と会わないなんて言わないで、お願いだから……。そうよね、私達が争っていちゃ駄目よね。マイクは紛れもなくエース級パイロット。ううん、連合軍にはなくてはならない存在。何より、私達チーム・オメガの一員だもの。だから、全員で行動を共にしなければ力が発揮出来ないのよね。マイクのカオスを含め、全てのアームキャリーを最新鋭機に改造し、ハデス級に対抗する。停戦が成ったとはいえ、同盟軍は協定を破り攻めて来るのは明らか。それまでの間、十分に英気を養うように。アームキャリーとは違い、生身の人間には休みが必要だからね。話は以上、解散します」
説明を終えたビレイがマイクを見詰め、そして言った。
「地球人って、大胆なのね」
キスされた唇を押さえたビレイが少し微笑み、頬を赤らませながら部屋を出て行った。
「フーッ、思いっ切り引っ叩かれると思ったけど、助かったぁ~。何より、ビレイさんに面と向かって嫌いだと言われたら、二度と会えなくなるとこだった。首の皮一枚繋がって、ホッとしたよ」
マイクが安堵の溜息を付いた。
「本気で言っているのか? ビレイさんのあの仕草を見て気付かないのかよ」
呆れた口調でヒロトが言うと、
「そうよ、ビレイさんて恋愛経験が無いのか、好きだってことがバレバレじゃない」
ユアが言い、
「そうだよ」
ユウマもつられて言った。
「お、珍しい。ユウマ、マイクさんに言ってやれ」
「ビレイさんは、みんなの前で謝ったことに照れていたんだよね」
そうユウマが言うと、
「お前も、マイクさんと同じで鈍いなぁ。ユアちゃんも、苦労が耐えないよな」
ヒロトが呆れ、ユアが苦笑いした。
「でも、これでハッキリしたな、マイクさんを好きだってことが。結ばれた糸は外れない、外そうとするほど強く結ばれる。良かったな、そのうちビレイさんの方から言い寄って来るよ」
「ビレイさんの方から……まさかぁ」
マイクには信じられない。信じられる筈がなかった。
だが、ヒロトの予感は的中、その日は意外と早かった。
誰もが眠り静まり返った要塞内。
『コン、コン』
マイクの部屋のドアをノックする音が響いた。
「ビレイだけど、まだ起きているの? 少し、話がしたいんだけれど……いい? ご免ね、入るわよ」
突然のビレイの訪問に、ベッドで寝ていたマイクが驚いて上体を起こした。
「どうしたんだよ、こんな時間に? 俺、何か怒らすこと言ったかな。まさか! あの時のキス。上官にキスなんて大胆なことしたから……セクハラとか言って俺を逮捕しに来たんだろ。ほんと、勘弁してくれよぉ。俺、何も活躍してないんだぞ。お願いだ、なんでもするからさあ、この場だけは見逃してくれよぉ。もう、絶対にあんなことしないって誓うから。だから……」
「違うわよ、そんなんじゃ……」
何か言い難そうで、落ち着かない様子のビレイ。
「違うって? じゃあ、なんだよ。就寝時間はとっくに過ぎているんじゃないのか。この基地で一番偉い司令官が、決まりを守らなくていいのかよ」
「あんなことされて……頭が冴えて眠れないの。責任とってもらわないとね」
「責任って? 俺、そんなに悪いことしたのか……」
マイクが青ざめる。
過去をさかのぼって思い出そうとするが、マイクに思い当たる節が無い。
「アリオト人は一途な人が多いって聞いていたけど、私には分からなかった。でも、やっとその気持ちが分かったの」
「何? 何が言いたいのか、俺にはサッパリ……」
「もう、鈍いんだから……。告白するって、こんなにも勇気がいるものなのね、心臓が破裂しそう。でも逃げない、あなたを失いたくないから。本当は早く言うべきだった……。好きよ、マイク、大好き」
「好き! 俺のことが?」
一瞬、マイクは自分の耳を疑った。が、恥ずかしそうに大きくビレイが頷く。
「大好きって……信じられない。も、もう一回言ってくれよ」
「もう、何度も言わせないでよ、顔から湯気が出るぐらいに恥かしいんだから。ねえ、そっちに、マイクのベッドに入っていい?」
「え! 俺のベッドに? も、もちろん! 良いに決まってんだろ、誰が拒むかよ」
マイクの目の前で、ゆっくりと服を脱ぎ出し、下着姿になったビレイがベッドに入った。彼女の温もりが伝わってくる。
「あの時のキスの続き、私をどうするつもりだったの?」
ビレイが言ってマイクを見詰めた。
「ど、どうするって、それは……」
下心を見透かされ、酷く動揺する。
「構わないわよ、私を好きにしてくれても」
そう言いながら、ビレイが目の前でブラを外し、
「いくら薄暗いからといっても、恥かしいじゃない。あなたも一緒に脱いでよ。服着たままじゃ、先に進めないでしょう」
上目づかいでマイクを見た。
「先に進めないって? じゃ、この場でビレイさんと……でも、いきなり過ぎないか」
「じゃあ、止める? 本当は、今すぐにでもしたいいくせにぃ」
意地悪そうにビレイが言う。
「ビレイさんに触れることすら出来なかったのに……夢じゃないよな?」
「なら、引っ叩いてあげましょうか」
ビレイが言うと、
「いや、いい。ビレイさんは手加減しないから」
即座にマイクが言い返す。
裸になったビレイはこの上なく色っぽくて魅力的、男を虜にするフェロモン? を放っていて、思わずマイクが生唾を飲んだ。
予想外の展開、清楚で知的なビレイが寄り添っている。そして、その彼女が好きにしていいと言ってくれている。夢のようだった。だが、そう長くは続かない。そううまくはいかなかった。
「ちょっと、どこ触ってんのよ!」
声を荒げたビレイが身を起し、マイクを睨み付ける。
「えっ! どこって言われても、先に進めないだろう。好きにしてもいいって言ったんじゃ……」
「あ、そうだった。私、人に触れられたことが無かったから、つい反射的に」
「なんだよ、それ……」
ビレイのキツイ言葉に冷水を浴びされた思い。
気持を入れ直してビレイとのスキンシップを図るも、
「失礼ね! ちゃんと体、洗っているわよ。クンクンクンって、あなた、犬な訳、気持ち悪い」
嫌そうにビレイが言って追い打ちを掛ける。
「き、気持ち悪いって言うなよ。ビレイさんが魅力的だから、すっごく興奮して理性が抑えられなかったんだ。でも普通、体臭、いやいや、香りがどんなのか嗅ぐだろう。何より、ビレイさんの全てを知りたいんだ。それほど好きだってことなのに……」
ビレイの機嫌を損なわせないよう、必死で彼女の良いところを挙げ、想いを告げた。
「私が魅力的かぁ、ならいいわ、許す。くすぐったいけど、好きなだけ嗅ぎなさい。でも、臭いって言ったら、しょうちしないわよ」
「そんな露骨に言ったら、なんにも出来ないだろ。こういうのは自然の流れでいかないと……」
何度も流れを止められ、せっかくのムードが台無しになる。
この嫌な雰囲気を変えようとマイクが言った。その言葉が命取りに。
「情が濃い女は、とはよく言ったもんだ。ビレイさんて、意外と毛深いんだな」
『ひゃあ!』
思わず裏声を発したビレイがマイクから離れ、慌てて毛布で体を隠した。
「……私、他の人と比べたことなかったから気付かなかったけど、それって、引くわよね。私って色気が無く、さぞ幻滅したんでしょう。だからなのね、さっきから……」
酷く落ち込むビレイに、呆気にとられたマイクが笑いながら言った。
「冗談だよ、冗談、アメリカンジョーク」
「じょ、冗談……」
怒りでビレイの表情がみるみる変わっていることをマイクは気付かず、
「そんなに恥ずかしがらなくても、自然体でそれなら薄いほう、ほとんど産毛だろ。でもなぁ、俺の国アメリカじゃ、男も不潔だからって処理するんだ。特に、こういう場に挑む女は、身だしなみに気を遣うもんだけどなぁ。ビレイさんて、ほんと、エチケットを知らないんだな。ハッハハハ…」
『バシーーッ!』
容赦の無い強烈なビレイの平手打ち、今までで一番、強烈な一撃だった。
マイクの顔が引きつった。
「こんな大事な時に、ふざけないでよ! 言いたくはなかったけど、さっきから大事なところが大きくなってないじゃない! それって私に魅力ないってことでしよ。何よ! 散々、私のこと好きって言ってその気にさせて、一方で、地球に付き合っている彼女がいるのよね。そうなんでしょ! ハッキリ言いなさいよ、二股掛けようとしていたって。私を騙していたのね、酷いわ、悔しーーい!」
ヒステリックになったビレイが、枕や毛布を投げ付け手が付けられない。
「まっ、待ってくれよ! 落ち着けって、ビレイさん。彼女はいたけど、とっくに分かれたよ。こういう時の男は、良くも悪くも想像力が強くなるんだ。せっかく良い感じに興奮してたのに、ビレイさんがガミガミ言うから、大きくなんないだよぉー。だから、雰囲気を良くしょうと冗談言ったのに。だいたい、ここは戦場じゃないんだぞ、男をビビらせてどうすんだよ」
「男の人って、そういうものなの? ご免、もう怒らないし、一言も喋らないから、続けて」
そうビレイに優しく言われ、やっとじゃじゃ馬を手なずけられたんだとマイクがホッとするも、この状況で続けてって言われてもなぁ、とすっかり冷めてしまった。
「もう! じれったいわね。 夜這いまがいまでしたのに、ちゃんと応えてよ! もういい、私がリードするから、分かった! 分かったなら返事ぐらいしなさい!」
「あ、ハイ! そうします、言う通りにします」
慌てて返事したマイクが正座した。
無敵のヒーローも、ビレイにかかれば子供扱い。彼女に怒られまいと、マイクは顔を引きつらせながら絶対服従の姿勢を示した。
しばらくそのままの格好でビレイの動くのを待っているがなかなか動こうとしない。
「……ん? ……どうしたんだよ? オレ、また何かやらかしたのか?」
「……ご免、私、どうしたらいいのか分からないの。アメリカ人って、こういうの得意だって聞いてたから、グイグイ私を引っ張ってくれると思って……ただ、あなたに身を任せれるだけでいいって……だから、勉強してこなかったの」
「勉強って、そんなもん、自然に備わってるもんだけどな」
そうか……それでさっきからピリピリしていたんだな、ビレイさん。初めて素直になったビレイに応えるべく、勇気を振り絞ってマイクが言った。
「こういうの、慣れてないんだろ。て言うか、初めてなんだろう」
「うん……」
コクリと小さく頷く。
「ビレイさんが、勇気を出して俺の部屋に来てくれ、好きって言ってくれたんだ。俺もその気持ちに応えたい。この場は俺に任せろよ、この時ばかりはヒーローになるからさ。そう焦らずとも時間はあるんだから、ピリピリしないでくれよな。さあ、仕切り直し、まずはキスからだ」
「うん、じゃ任せるわ、私のヒーロー君」
キューンと胸が熱くなった。強がることなく、初めて女として甘えていいんだと思った。
ビレイはマイクに身をゆだねた。何事もなく穏やかに時間が過ぎていく。
「……ビレイさん、何か雰囲気が変わったな。トゲトゲしかったのが丸くなったというか」
「トゲトゲしいって、失礼な言い方するわね。でもそう、変ったのかも知れないなぁ。こういうのって、卑猥で汚らわしいものだと思い込んでいたから、男の人に抱かれるなんて想像もしていなかったんだけど、今ではすんなり受け入れられる。私、やっぱり変ったんだね」
「変わってなんかないさ。それがビレイさんの本当の姿だろう。好きだからこそ抱きたくなる。決して汚らわしいもんじゃない。だからビレイさんも、二人きりの時は感情を抑えることなく、俺を好きなようにしていいんだぞ」
「そうね、これが本当の私かもしれないな、今まで背伸びしてきたから。人付き合いや恋愛は不器用で未熟、虚勢を張っていつも孤独だった。本当は寂しかったの。何か、やっと落ち着けてホッとしわ。全てマイクのお陰、ありがとう」
満足そうにビレイが言う。
「そんな大げさな。俺はただ、好きなことをしてきただけだよ。フーーッ、疲れたぁー」
「クスッ、ほんと、違う意味で疲れたわね。無理させちゃったみたい、体は大丈夫なの? まだ傷が癒えてないんでしょう。そろそろ寝ないと、体に障るわよ」
マイクの体をいたわって言ったのだが、
「そうだな、眠くなってきた。ビレイさん、そろそろ帰らないと」
とビレイを突き放すように言った。
「子供じゃないんだし、私、朝まで帰らないわよ」
「え! ビレイさん、帰らないのかい」
思わず声を上げたマイク。
「僅かな時間だけど、司令官が失踪したんじゃ、警護のシークレットサービスとやらに迷惑が掛るし、何より、こんな所にいたんじゃ緊急事態への対処が出来ない。きっと、お偉いさんの処罰を受けるぞ。俺、近くまで送って行くよ」
「ひどぉ―い、裸で帰れって言うの。まさか、体が目当てで、満足したら用済みな訳。私への愛情なんて少しも無いんでしょ」
と起き上がりながら言ったビレイが口を膨らませた。
ひと波乱起きそうな気配。
マイクも慌てて起き上り、
「誤解だよ、誤解。俺もビレイさんと一緒にいたいんだ」
と言いながら強く抱き締めた。そして言い難そうに、
「ビレイさんがなんでも出過ぎるから、周りの人が出来ないみたいに思うかも知れないけど、キツく叱っているんじゃないかって、孤立しているんじゃないかって、俺、いつも心配していたんだ。ビレイさんには、誰からも好かれる存在でいて欲しい。だから……」
気の強い性格のビレイを案じて言った。
誰からも言われたことの無い言葉を掛けられ、ビレイは嬉しくなった。
「心配してくれているんだ。うん、分かってる。あなたが怒らないでって言うのなら、そうする。決して怒ったりしないから、もう少し一緒にいさせて」
いつになく素直なビレイ、ベッドの上ではまるで別人。マイクと接するうちに、長い間眠っていた女らしさが目覚めたようだ。
火照っていた体が急に冷えてきた。
「じゃ、一緒に寝ようか。枕が一つしかないから、もっとそばにおいでよ、暖かくなるから」
少し汗ばんだビレイの体からほのかな香りがしていた。
自分の腕に頭を預ける無防備な彼女を間近に見て、信頼され愛されているんだとマイクは強く思った。それはビレイも同じ思い。
「この密着感、男の人の腕枕って暖かいわね……じゃ、お休み、マイク……」
マイクの腕枕でくっ付いて寝ていると、彼の鼓動と肌の温もりを感じられる。
例えようの無い幸せに包まれたビレイは気持ち良く眠りに付いたのだった。




