英雄機・アレス
反撃のチャンスをうかがっていたアリオト軍に、一つの情報がもたらされた。
メシエ銀河中心部にあるオトラルという空洞の星が、デッド・メシエ方面軍の前線基地だと言う。
基地司令部で作戦会議が開かれ、部隊長リックに伴われたケンジが中央司令室に足を踏み入れた。
居並ぶ幹部達。彼らの中心には威厳のある青年がいた。
「あちらにいるのが、我らのリーダー、ウィリスさんだ」
鉄のオキテの頂点に立つ総司令官だが、指導者としてはまだ若かった。
幹部達を前に、作戦参謀が説明した。
「偵察部隊の情報では、空洞星を浮きドッグにして、全ての艦艇を隠してあるとのこと。そこを奇襲によって叩けば、メシエ方面軍を壊滅出来ます」
と参謀は意気込んだ。
――もしや、これは罠では……この住人達は、そんなことも分からないのか? と思って、
「これは罠です」
リックに口止めされているにもかかわらずケンジが言った。
皆の視線が一斉にケンジに向けられる。
リーダー・ウィリスが見知らぬケンジに近付き、
「始めて見る顔だな、君は誰だね?」
とウィリスが言って力強い視線をケンジに送った。
「……」
リーダーのカリスマ性に圧倒されて何も言えないケンジ。
「彼は、自分が小宇宙から連れて来た救世主です」
リックが代わりに言った。
「馬鹿な、こんな少年が救世主だと言うのか」「お前は人を見る目が無いんだな」
リックの言葉に、居並ぶ幹部が口々に不満を言い、そして、馬鹿にしたように笑った。
こんな少年にそんな力があるのかと、誰もが疑いの目で見ていたが、
「みんな、遥々と小宇宙から遣って来た客人に失礼だぞ!」
とウィリスが一喝した。
鉄のオキテで結束している頂点の存在の言葉に、誰もが静まり返った。
ウィリスが珍しそうにケンジの顔をのぞき込むと、
「リック、あれを使ったのか? 異空間装置をメガネに置き換えるとは、全くお前らしい洒落た発想だ。救世主君、名は、名はなんと言うんだい」
そうケンジに聞いてきた。
「ケンジ、北山ケンジと言います」
かすれる声で言った。
「ケンジ、君か。よく来てくれた、感謝するよ。歴戦のリックが見抜いた救世主が罠と言ったんだ、ここは君を信じて…」
「罠だと! 君に何が分かるんだ。 せっかくの好機、みすみす逃せと言うのか。そもそも、部外者は口を挟まないでくれ。総司令、彼の言うことを信じてはなりません。そんなよそ物の言うことより、長年仕えた我等を信じて下さい」
青白い顔をした参謀が、不快そうな表情をケンジに向けて反論した。
会議室が重苦しく静まり返った。頭の切れる人物のようだが、実戦の経験は無い。だが、ウィリスは組織の結束が乱れるのを恐れ、参謀の案を受け入れた。
トップに立つ男の判断である。ケンジに反論の余地は無く、唇を噛んで押し黙るしかなかった。
無言のまま一礼して、ケンジは静かに着席した。
奇襲作戦は決定され、会議は終了した。
戦争の経験が一度も無い銀河連合には、戦術・戦略の知識が乏しく、それ故、デッド軍に対抗出来る力を持ちながら、一方的にやられっぱなしだった。
遥々異世界に来たにもかかわらず、なんの力にもなれず意気消沈するケンジ。
「君は、何故そう思ったんだ。何か根拠でもあるのかい?」
思い悩むケンジにリックが尋ねた。
「そんな、根拠なんて……でも、こういうことはゲームの世界ではよくあるんです。相手の気持ちになって考えると、おのずと答えが見えてくる。戦いにおいて、相手の弱いところを衝くのは常套手段。このまま罠にはまってしまえば、必ず全滅します」
「……そもそも、我々は戦いの素人……そうか、分かった。君を信じよう。君を信じるということは、君をスカウトしたアカリを信じるということだからな。俺達の部隊だけで行動を起こそう、処分は覚悟の上だ」
「処分って! まさか、死を覚悟⁉」
思わずケンジが声を上げる。
「ハッハー、それはない。そもそも、皆を締め付ける厳しい決まりは、皆を生かすためのもの、決して死を賜ることはないんだよ」
ホッとしたケンジ。全面的に信頼され、リックの期待に応えようと気合が入った。
アリオト軍の主力機がアトリオ星に向けて出撃した。だが、出撃命令を拒んだリック隊だけが残った。
そんな中、アリオト軍の秘密兵器をケンジに見せるため、アカリが格納庫へと彼を案内した。
アカリに案内された格納庫には、青色に塗装されたアームキャリーが大事に保管されていた。
そこでアカリが、ケンジをスカウトした理由を告げた。
「あれはT(雷撃機)‐Ⅲ型(第三世代機)のアベンジャーと言って、単なる戦闘機ではなく雷撃機なの。雷撃機は戦闘機のように空中戦を行うのではなく、航空魚雷、つまり、ドリル型魚雷で大型艦を攻撃するための航空機。ドリル型魚雷は、敵艦の分厚い装甲を突き破って機関部までたどり着くと、そこで自爆して走行不能にする兵器なの。破壊力のあるドリル型魚雷は、大きくて危険なものだから、最も安全な腹部格納庫の異次元空間に収納してあるわ。あと、ビームライフルや、ビームサーベルなんかの武器もね」
「なんだか、四次元ポケットのようだな……」
ケンジが呟く。
「その異次元システムを利用したのが、今、北山君が掛けているメガネなのよ。銀河間を横断するワームホールは、異次元メガネの巨大な物を幾つも繋いだもので、地球で言う、リニアモーターのような構造、と言ったら分かってもらえるかな」
「ああ~、なんとなく」
理解出来ないまま、ケンジは相槌を打つ。
「ちなみに、腹部にある操縦席は、異次元空間の上部に乗っかった状態で浮いているから、振り子のように振動や衝撃を吸収してくれるの」
「そうだよな、電信柱の高さから倒れたら、乗っている人は即死しかねない。安全第一に設計されているんだな」
地球から乗って来た偵察機の乗り心地を思い出し、思わず納得のケンジ。
「アベンジャーは母艦を走行不能にするために開発された大型機。あれを乗りこなせるパイロットを探していたの。青色は勇者のしるし。戦場であの色を見ると兵士達は勇気付けられるのよ」
「勇者のしるしって? あれにそんな力があるのかい」
単なるアームキャリー、ケンジが不思議に思うのも無理はない。
「『アレス』という名の英雄機。量産型と違って、アリオト星の誇る技術者達が、デッドを倒すために手塩に掛けて造った、第三世代の傑作機なの。アレスはエボリューション(進化)型。人工知能の割合が量産型より多く、その分、制御が難しく扱い難い。操縦士の技量によって強くもなり弱くもなる、いわば諸刃の剣。エボリューションと言う名の通り、実戦の経験によって有利な形状へと進化するのよ。操縦士と共に生長する。だからアレスが認めたもの者以外は操縦出来ない。それ故、もう動くことはないの。
銀河奪還の激戦でアレスは撃墜され大破してしまった。機体はすぐさま回収され、修理して元に戻ったけれど、偉大な英雄・プレイストは命を落とした。主を失い、アレスは心を閉ざしてしまったのかも知れない……」
「カッコ良い、イカしたマシーンだ」
青く塗装された雷撃機・アレス。機体は、地球の色を想像させるものでケンジは凄く気に入った。
「英雄・プレイストの命を守るため,装甲が厚くなっていてパワーもあるから、操縦が難しいの。でも、アレスは乗る操縦士によって強くなる。北山君が乗れば、数倍強くなるわ」
それは一か八かの賭けだった。窮地に陥ったアリオトの戦況を、アレスが変えてくれると信じていたのである。
そんなアカリ達の思いも知らず、
「そっ、そうかな~」
と照れ笑いのケンジ。
ケンジが興味の眼差しでアレスを見詰めていると、アレスの目が光り、その光がケンジを包み込んだ。
「凄い! ……北山君を英雄・プレイストと見間違えたんじゃ……良きパートナーとして認めたのかも。今、北山君のデーターを吸収しているのよ!」
アレスの放つ光は、ケンジを勇者と認めた証だった。
「俺のデーター?」
「そう、北山君の癖や反射力などのデーターをね。アレスがそれを吸収することによって、一心同体になれるの。だからアレスの操縦士はただ一人、北山君以外、誰にも操縦出来ないのよ」
「俺の、俺だけのもの、か。何かワクワクしてきた。早く乗ってみたい、早くアレスを操縦して、活躍したいな~」
アカリの言葉通り、あれほど動こうとしなかったアレスが動いた。手を差し伸べケンジをコックピット内に招き入れる。
アレスの腹部にあるハッチが開き、ケンジがコックピット内に入ると、戦闘機らしいスポーティな作りになっていて、正面のヘッドアップディスプレイらしきモニターには、偵察機と同じように照準器を始めとして、速度や高度、方位や機体の傾きなどの飛行情報に加え、敵機の情報などの様々な情報が必要に応じて表示される。また、激しい動きに耐えられるように座席が体にフィットして一体感があった。
操縦方法はシンプルかつ簡単そうだが、操作マニュアルは無い。が、ケンジの頭の中に詳しい情報が瞬時に入ってくる。
初めてロボットの操作レバーを握ったケンジが、その満足感に浸っていると、
「北山君、聞こえる?」
アカリが声を掛けてきた。
「おお、聞こえる。アカリの声がハッキリと聞こえるよ」
「危険だから、Gスーツを着て、一応、戦闘服になっているのよ」
座席に掛けてあった宇宙服のGスーツを着ると、自然と身が引き締まり、パイロットとしての自覚が芽生えてくる。
Gスーツは、地球でいう重装備の宇宙服と違って、レインコートのように薄くて軽い素材で出来ている。にもかかわらず、宇宙空間を遮断する気密服として、酸素の供給はもちろんのこと、体温調整も出来る優れ物で、防護服の役目も担っていた。
「くれぐれも無茶はしないでね、約束よ」
そうアカリが念を押した。
リックの乗る白色の雷撃機『マルス』を先頭に、リック隊八十機が飛び立った。
ケンジも勢い良く宇宙へ。
かろうじて無重力空間に飛び立ったケンジだったが、いきなりの本番、思い通りにアレスは動かない。ただ一人、スピードが出ないから戦闘機に変形出来ず人型状態のまま、上も下も分からずフワフワと回転していた。
「なんて操縦し難いロボットなんだ! まるで暴れ馬じゃないか。チキショー! カッコ悪よぉ~」
どんどん離れて行き、置いてきぼりになる。
とにかくパワーが凄いから扱い難い。英雄の乗り物だと身をもって実感するケンジ。それはすなわち、乗りこなせば強くなるということである。
アカリの乗るアベンジャーは、赤色に塗装されたアームキャリー。その名を『レイア』と呼ぶ。
戦場において赤や青の原色は否応にも目立つ存在。敵の視線を引き付ける囮としての役目を担うため、常に命の危険が付きまとう。それ故、腕の良いパイロットに与えられた名誉の機体だった。
「ご免ね、訓練する時間も無く、いきなり本番になって」
パワーがあり過ぎるから、ちょっとの操作で推進力が増す。微妙な調整が出来ず、宇宙空間でいつまでもアレスが回転している。
「人工知能を搭載しているから、操縦士がいなくてもある程度は自力で戦えるんだけど、操縦する主人に相応しいかどうか、身を任していいかを見極めている。アレスは今、北山君を試しているのよ」
「俺を試している? か、面白い。なら……」
それまで操作レバーを力強く握り締めていたケンジが、その握り締める力を緩めた。アレスの動こうとする方向を悟り、舵をとった。
次第に安定しスピードが増す。
アレスが走りたくてウズウズしている。そんな感触を得た瞬間、ケンジは操作レバーを思いっ切り引いた。
二本の操作レバーが一本の操縦桿に変わると共に、アレスは人型から戦闘機に変形し猛スピードで走り出した。
ケンジは直ぐに操縦に慣れ、手足のようにアレスを操った。短期間で操縦をマスターしたケンジはアレスと一体化した。
目的地のアトリオ星へ向かう。アレスが霧のような白い光に包まれ、その霧が晴れると宇宙が鮮明に映った。
「光の速度を越えたの」
アカリが言った。
その言葉通り、彼方の恒星がゆっくりと近付いている。光の速さの何倍という速度で。
「光速越えか、地球人初だろうな。これなら、銀河間の交易も可能だよ」
「ここから先は通信を傍受されるから、最低限の言葉しか発せられないの。くれぐれも注意してね」
アレスは超光速走行でメシエ方面軍の包囲している後方に躍り出た。
彼の予想していた通りデッド軍の罠、アリオト軍は空洞の星の中に追い詰められ窮地に立たされていた。
ケンジが初めてデッド軍と遭遇する。
「まるで深海魚のような不気味な軍艦だ。シーラカンスを想像するな。太古の兵器だというのも頷ける」
デッド軍の航空母艦は、どれも違った特徴のある形をしていた。
グロテスクなその形状は、戦意喪失を狙って設計されたもので、連合軍兵士は、その姿を見ただけで恐れをなし逃げ出す者もいた。
航空母艦から放たれた戦闘機は、スズメバチに似た攻撃機・ホーネット。セミの形をした雷撃機・シカーダ。無数の昆虫型戦闘機がリック隊に襲い掛かって来た。
ケンジは未知なる敵に立ち向う。
だが、初めての実戦にも関わらず、不思議とケンジには恐怖心は無かった。果たして自分がどれだけ通用するのか? どれだけ活躍出来るのか? 未知の領域にケンジは足を踏み入れたのだった。




