プロポーズ
しばらくして、ケンジ宛ての手紙が届いた。
それは悠真の死を知らせるものだった。
手紙には、母親の感謝の言葉が添えられていた。
『北山様が、悠真にどんな魔法を掛けて下さったのか、「北山のお兄ちゃんに会わせてくれてありがとう。僕、初めて生きたいと思ったんだ」と悠真が言ってくれました。北山様は悠真に、生きる勇気と喜びを与えて下さいました。本当に、本当にありがとうございました』
生きていくことに意欲の無かった息子が、初めて生きたいと願い、何かしらの希望を持って生きようと努力したことが母親は嬉しかった。
だが、悠真の言葉は、悲しみに打ちひしがれるケンジを、更に深い谷へと追い遣った。
「……生きるって約束したんじゃなかったのか。なんで死んだんだ、なんで勝手に死んだんだよ……もっと、もっと生きたかったんだろ。それなのに、それなのに俺は何も出来なかった……一人の命も救えないなんて、何がヒーローだよ!」
悠真を救えなかった、無力な自分を責めた。
心が折れそうな時、いつもそばにサヤカがいて励ましてくれた。だが今はいない。愛するアカリもそばにいなかった。孤独なケンジは、愛弟子・悠真の死を忘れるように仕事に打ち込む。
帰宅が深夜に及び、疲労がピークに達していた。
数日後、アカリが帰って来た。ケンジの心に暗い影を落としていることを知らずに……。
予約されたホテルに入ると、そこから見える夜景は綺麗で、否応なくムードが高まった。
いつもマネージャーの向井に気を遣っていたから、二人切りになるのは初めて。当然、落ち着かない様子の二人、自然とソワソワする。
無言のままベッドに腰を掛けたケンジとアカリ。
お互いの顔をまともに見れず、うつむいたまま。
……なんだよ、この緊張感は。サヤカが『決めちゃいなよ』ってけしかけるから意識して……でも、一夜を共にするんだからアカリも覚悟の上だよな。こんな時、なんて言えばいいのか俺にはサッパリ。ああ、こんなことなら、恥を忍んで、経験者のサヤカにアドバイス的なことを聞いときゃよかったな。
男の自分がリードしないといけないのに、と気持ちだけが空回りするケンジ。
緊張に包まれ静まり返った部屋には、お互いの心臓の音が聞こえてくるようで、沈黙の時間が流れた。
間が持たなくなり、気まずくなったアカリが、
「先に、シャワー浴びるわね」
そう言いながら慌てて立ち上がると、
「お、おう」
ケンジが情けない返事で答える。
アカリが部屋を出て行くと、重苦しい緊張から解き放たれたケンジが大の字になってベッドに倒れた。
高級なベッドは深く沈み込み、体を包み込む。今までの疲れが和らげられ癒される。
余りの気持ち良さに、気持良いなぁ、なんて寝心地の良いベッドなんだ。ケンジの意識が遠のいた。
シャワーを浴びたアカリがバスローブを着て、緊張の面持ちでケンジの所へ。
「お待たせ、ケンジぃ」
いよいよケンジと結ばれるのである。アカリの胸は高鳴った。
だが次の瞬間――。
「え~~」
と力が抜けた声を発しながらその場に座り込んだ。
ベッドの寝心地の良さに、ケンジはうかつにもそのまま眠っていた。暴睡状態だった。
ケンジの失態に呆れるアカリ。だが、無邪気なケンジの寝顔を見ていると怒る気にはなれず、そっと寝かしてあげたくなった。
寝入ったケンジに布団を掛け、優しく頭を撫でながら、
「いつまで待たせるの、私のヒーローさん」
アカリがささやき、二人切りになれた幸せが逃げないよう、ケンジの寝顔をいつまでも見ていた。
翌朝ケンジが目覚めると、アカリが布団に入らず、ベッドにもたれ掛かり寄り添うようにして眠っていた。
「あ、しまった!」
ケンジの声でアカリが目を覚ます。
「おはよう、ケンジ。『クシュン』ご免、風邪引いちゃったみたい」
「……ご免な、アカリ、せっかくサヤカが気を遣ってくれたのに……。俺、いつも肝心な時にミスするんだよな、仕事でもプライベートでも。ほんと、情けなくて自分が嫌になるよ。ヒーローともてはやされ自信を持っていたんだけど、本当は何も出来ない人間だってことが嫌というほど分かった。現実は厳しいんだって身に染みたんだ。君がどんどん有名になっていくに連れ、俺……美人でしかも頭が良くて、そんな高嶺の花のアカリが俺には釣り合わないんじゃないかっていつも不安だった。だから、会うのが怖くなって……ずっと悩んでいたんだ……」
大粒の涙が頬を伝った。
初めて見るケンジの涙にアカリが動揺する。
「ご免なさい。私、ケンジの気持ちを知らなくて、自分勝手なことばかり。ケンジを苦しめていたなんて、本当にご免なさい。私の方こそ、勝手に地球に押し掛けて来て、サヤカさんとの仲に分け入って……迷惑だったんじゃないかって、ずっと気に掛けていた。胸が締め付けられる思いだったんだから……」
「……好きだ、大好きなんだ。だから、もう離れたくない。アカリと一緒にいたいんだ……。結婚しよう。こんな俺だから、君を幸せに出来ないかも知れない……駄目かな?」
愛弟子・悠真の死の悲しみから、アカリと離れたくない思いが強くなり、結婚という、人生にとって最も重い言葉が自分の意思に反してスーッとケンジの口から自然に出た。
思いもしなかったケンジからのプロポーズに、一瞬アカリが驚いたが、ケンジの気持ちに応えようとアカリが言った。
「うんん、その言葉を聞きたかった。ずうっとその言葉が聞きたかったの。私も一緒にいたい、ケンジと一緒にいたかったんだから……。こちらこそ、不束者ですが、宜しくお願いします」
スレ違うケンジとアカリの気持ちが一つになった。それは死んだ悠真が二人を引き寄せたように……。
この日は二人にとって忘れられない一日となった。
アカリはモデルの仕事を辞め、ケンジのいる大阪に戻ると約束し、再びパリへと帰って行った。
ケンジ、サヤカ、リックの、三人そろっての飲み会で、何か吹っ切れたケンジ。
その表情はしがらみが取れ晴々としていた。
「世界に挑戦していたのに、何かもったいない気がするわね」
サヤカが、夢を諦めたアカリを気の毒に思い溜息を付いた。
「なぁに、アカリにとって、ケンジ君と一緒にいることが一番なのさ」
リックが言うと、
「リックさんだって、大臣のポストをけって地球に来たんだぞ」
ケンジが改めて言う。
「二人そろって、変わり者の兄妹ね」
サヤカが呆れながら言った。
「俺達アリオト人は、戦いが長かったせいか、愛に飢えているんだよなぁ」
重い言葉で、ケンジとサヤカが大きく頷く。
「でも、よくプロポーズしたわね」
「何か、勢いで言ってしまって……」
「あんたに先を越された気がするんだけどぉ」
とサヤカが言って、今度はこっちの番とばかりにリックの方を見た。
「結婚はある意味、冒険。先が見えないからなぁ」
サヤカの視線を無視するようにリックが茶化す。
つれない返事にサヤカが再び溜息を付いた。
「結婚と言っても、まだ先の話だよ、ほんと。今更ながら気が重いなぁ~」
「なんでも一人でやろうとするから気が重くなるのよ。しっかり者のアカリさんに頼ればいいじゃない。これからは一人じゃなく、二人一緒なんだから。それが、結婚するということじゃないかしら」
「二人一緒かぁ、たまには良いこと言うな、サヤカ」
「『たまに』が余計だけど……まあ、これからも一人で悩んでないで、なんでも言ってよね。いつでも相談に乗るから」
「そうか、二人で乗り越えれば良いんだよな……。そう思うと、無性に会いたくなってきた。早く会いたいな、アカリに。でも、アカリの前で俺、思いっ切り泣いちゃってさぁ、ずうっと頭が上がらないよ」
「色々と苦労してきたんだから、幸せになってよね。実はさぁ……」
サヤカがケンジのそばに寄って耳打ちした。
リックが聞き耳を立てるが聞こえない。
「ああ見えて彼、甘えん坊さんなの。お酒飲むとよく泣くから、頭をナデナデしてあげるのよ」
「頭を、ナデナデ……信じられないな、あのリックさんが泣き上戸だなんて。そういや以前、アカリが寂しがり屋だって言っていたよな」
ケンジとサヤカの視線がリックに向けられる。
「おいおい、二人して俺の悪口かい?」
「そんな、悪口だなんて。自信、男としての自信が付きました」
「それなら良いんだが。たった一度切りの人生、大いに悩まなきゃ損だろう」
「さすがはリックさん、言うことが大胆だ。そうだよな、悩めるうちが人生なんだ、悩みがあるから人間なんだよな」
「もう一つ付け加えておくと、人生は、ケンジ君の得意なゲームと思えばいい。ゲームは乗り越える壁があるからこそ面白いんじゃないのかい、そうだろう」
「人生はゲームか……そう考えると、素晴らしい未来が待っているように思えてくる。そうだ、ワクワクする楽しい人生が待っているんだ」
そう言ってケンジは、持っていた玩具の宝石をかざし、透かして見た。
それは悠真の忘れ形見。この宝石に死んだ悠真の魂が宿っている、そんな気がしてならない。悠真が死んでいるとは思えず守られているんだと思えてならなかった。
のぞき見た宝石には、素晴らしい未来が見えていた。
地球では未完成なケンジだが、アカリを始め、サヤカやリック、そして悠真が心の支えとなってくれる。
彼らに支えられ、ケンジは歩んで行く。




