ファンレター
ラブホテルで、サヤカとリックが愛を育んでいた。
キスで気絶したサヤカが、いつしかリックと大人の関係に。
「ねえ、もう一回、しょう」
リックの愛を確かめたくて、サヤカが甘える。
「おいおい、まだ慣れてないんだし、無理して言わなくてもいいよ」
リックが気遣って言うが、
「でもぉ、いつ会えるか分かんないし……いつかエルナト星に帰っちゃうんじゃないかと、いつも不安だったんだよ……」
サヤカが寂しそうに言ってうつむいた。
「冗談はよく言うけど、今まで俺が嘘を付いたことがあるかい?」
そうリックが言って、うつむいて落ち込むサヤカの両肩を支え、瞳を見詰めた。
「ううん、無い……」
「だったら、少しは俺を信じて欲しいなぁ。絶対に離れない、サヤカを悲しませたりしないから。そもそも、ケンジ君を怒らせたくはないからな。なんせ彼は、宇宙最強だから」
「へぇ~、あのケンジがね」
「でも、うまくいってるんだろか? 二人そろって鈍いからな」
リックが案じて言うと、
「ほんと、そっちの方が問題よね」
サヤカも心配した。
愛を深めいく二人に対して、取り残された感があるケンジとアカリ……。
一方、日本から遠く離れたフランス・パリでリハーサルを行っているアカリが、休憩の合間を縫ってケンジに電話を掛けた。
「休みが取れたから日本に帰れるの。早くみんなに会いたいなぁ~」
アカリが海外で活躍しているというのに俺は……どんどん引き離されて行く。
本当は会いたくない。アカリに会うのが怖い、こんなだらしない俺の姿を見られたくない――。
「分かった、サヤカに連絡しておくよ。実は、あの…」
とケンジが言い掛けたが、
「あっ、ご免、稽古が始まったみたい。また後で掛け直すね。じゃ」
電話が切れた。
リックとサヤカが心配していた通り、二人の関係は遠いものだった。
大学構内の駐車場にリックを待つサヤカがいた。
サヤカの隣には、仲良し女子グループ七人がいて、サヤカ自慢の彼氏の姿を一目見たくて一緒に待っていた。
約束の時間をとうに過ぎた頃、前方からみすぼらしい車がゆっくりと近付いて来た。
「あれじゃない、あのオンボロ車、いつも自慢しているパイロットさんじゃないの? サヤカにお似合いの彼氏じゃない」
サヤカを見下すようにミユキが言った。
お嬢様育ちで才色兼備のミユキだが、グループの中で一番性格が悪く、成績で唯一負けているサヤカにライバル意識を燃やしていた。
白馬の王子様の登場を期待していたサヤカだったが、ボロ車での登場で友達の失笑を買った。
「悪ぃサヤカ、遅くなって。廃車寸前の公用車だからナビが無くて、道に迷ったんだ」
さっそうと降り立ったリック。
銀髪で背が高く、イケメンの彼に誰もが釘付けになる。
「誰? 超イケメンじゃない! きっと芸能人だわ」「この中に彼女さんがいるのよ、お忍びで会いに来たんじゃない!」
リックの周りに人だかり、キャンパス内が騒がしくる。
あちゃ~、これだから、彼に迎えに来てもらいたくなかったのよね……。サヤカが頭を抱えてうずくまった。
サヤカの不安はそれだけではない。
「君達、サヤカの友達? みんな可愛いね。今度、一緒に飲みに行こうよ」
リックが友達に声を掛けた。
「うん、うん、行きます。是非、連れて行って下さ~い!」
リックの魅力に心奪われる彼女達。
女好きのリックには常に不安が付きまとう。
「もういいから、早く行こうよ。ケンジが待っているんだから。それじゃ、お先に失礼するわね」
リックの背中を押しながら人垣を分け入って行く。
突然、振り返ったリックがサヤカを抱き上げた。
「ちょ、ちょっと、何するのよ? みんなが見てるいでしょう、恥ずかしいじゃない」
お姫様抱っこされ困惑するサヤカ。
「見ているから良いのさ。白馬の王子様を期待していたんだろう」
「ぎくっ、さては、心の中をのぞいたなぁ。アカリさんは、とっくにその能力は無くなったって言っていたのに、いつまであるのよ。不気味でかなわないわ」
「俺だって無いさ。ただ、サヤカの考えていることは単純だから、分かるのさ」
「むっ、恥かしいから下ろして! 早く下ろしてよぉー」
そう言って子供のように、サヤカは足をバタバタさせた。
「あの美人の子が羨ましがってるぞ。仲の良い友達なんだろう」
サヤカがハッとした。
ミユキの視線を感じ、あえて仲睦まじい姿を見せ付けた。
「なんで地味なサヤカに、あんなイケメンの彼氏がいるのよ! ぐやじい~」
ミユキが地団駄して悔しがった。
勉強しか取り柄のないサヤカへの見る目が変った。
この時ばかりは、自慢出来る彼氏と付き合っていることを誇らしく思うサヤカだった。
久しぶりに、ケンジ・サヤカ・リックの三人がそろった。
晴れて二十歳になり、お酒を飲める立場になった二人だったが、サヤカはお酒が苦手。リックも運転手とあって、申し訳なさそうにケンジだけがビールで乾杯。
「彼の人柄が認められて、部隊のリーダーに選ばれたんだよ。あんたは? ちょっとは出世したの」
さりげなく、サヤカがリックの自慢をする。
「リックさんは元々隊長だったから、人の扱いは慣れているんだ。俺と比べるのが間違っているよ。そもそも物差しが違っているんだから、俺なんかと比べるなよ、余計に落ち込むじゃないか。俺は相変わらず平社員のまま。アドベンチャーゲームのお陰で社内での株は上がったけど、それはサヤカのお陰だからなぁ。ところでリックさん、さっきからあまり食べていなんだけど、具合でも悪いんですか?」
食の進まないリックを気にしてケンジが言うと、
「彼、こっちに来て体重が三キロも太ったから、ダイエットしているのよ」
そうサヤカが説明した。
「地球の料理は美味いから、ついつい……あと、酒も最高なんだが、サヤカが厳しくって」
「ついつい、じゃなぁーい!」
甘えるリックをサヤカが一喝。
「やっぱり、自分の意思でダイエットしているんじゃなく、サヤカにやらされていたのか、気の毒に。見た目は変らないんだし、少しぐらいはいいんじゃ~」
ケンジがかばうが、即座に、
「駄目、駄目! 絶対に駄目だから。いつまでもカッコ良くなくちゃ、あたしは嫌だからね」
サヤカが釘を刺す。
ケンジに似て、リックもサヤカには頭が上がらない様子。
「サヤカ、よく見ると頬がふっくらしてきたんじゃ……」
「あらやだ、あたし、太ったのかな?」
自らの頬に手を当て、太ったことを初めて自覚した。
「お前こそダイエットしないとな」
「あたしはいいの。食べることが唯一の楽しみなんだから、少しぐらい太っても構わないもん」
リックと付き合っていても、わがまま病は健在。
サヤカの前では、撃墜王の異名を持つリックも形無しだった。だが、そのサヤカを大きく包み込む心の広いリック。
落ち着いた雰囲気のサヤカとリックを見て、ケンジが羨ましそうに言った。
「恋人同士というより、何か夫婦って感じだよな」
「むふっ、そうでしょ、あんたもそう思うでしょう」
気を良くしたサヤカが、リックにもたれ掛かる。
「羨ましいなぁ、アカリはどんどん俺から離れて行くし、どうしたらいいものか……」
突然、ケンジが溜息を付いた。
「アカリさん、今が仕事の面白い時期なんじゃないかな」
アカリの気持ちになってサヤカが言うと、
「それはどうかな。兄弟だから分かるんだが、きっとケンジ君の誘いの言葉を待っているんだと思うよ」
兄として、リックが答えた。
そんなリックの勇気付けの言葉は、ケンジには届かなかった。
「実は、ある人から手紙を貰って……会うべきか会わないべきか、迷っているんだよ」
それはケンジ宛ての、唯一のファンレターだった。
手渡された手紙を、サヤカとリックがそれぞれ読んだ。
『初めてお便りします。うちの息子、山内悠真は、末期の癌で余命一カ月と宣告されました。悠真は貴方方の開発したゲームを凄く気に入って、是非、開発者の北山様に会いたいと願っています。仕事にプライベートに忙しいとは存じますが、息子の頼み、是非とも一度会って頂けないでしょうか。残り僅かな人生、生きていて良かったと思えるような素晴らしい一日にしてあげたい。それが母親として、最愛の息子に出来る唯一の愛情なのです』
末期癌の子供がケンジに会いたがっている。その子供は、ケンジの開発したゲームが気に入って、会って話がしたいという内容だった。
「エルナト星に帰れば癌を治す薬ぐらいはあるんだが、帰る手段が無い。そもそも、二度と戻らないと決め、この星に骨を埋める覚悟で来たからな。仮にその子供を助けたとしても、また今度、また今度と繰り返すことになる。病気だが、その子供の寿命というものだろう。それこそ、サヤカが頑張って新薬を開発するしかないな」
「そんな言い方しなくても……」
リックの冷たい言葉にサヤカがムッとした。
「リックさんの言う通りだよ。長くは生きられない。だとしたら俺、アレスにその子供を乗せてあげようと思うんだけど……どうかな、駄目?」
不安そうにリックを見ると、
「別に、秘密にしなければならない義務なんてないんだし、そんなこと、いちいち俺に許可を求めなくてもいいんだぞ。そもそも、アレスは君のものなんだから」
リックが笑いながら言った。
「そうそう、あんたに渡したい物があるのよ」
ふと、思い出したように言ったサヤカが、ケンジに封筒を渡した。
手渡された封筒の中には、高級ホテルのスィートルームペア宿泊券が入っていた。
「夜景が綺麗なホテルなんだって。お互い、好きだってことが分かっているんだから、遠慮せずにグイグイいけばいいのよ。もうウジウジしないで、あんた、決めちゃいなよ」
大人になったサヤカが、上から目線でケンジをせかした。
末期の癌と聞いていたけれど、子供はいたって元気だった。
薬の副作用で毛髪は全て抜け落ち、それを隠すためのニットの帽子を被っていたが、それ以外は不自由なく生活出来た。
だが彼は孤独だった。入院した頃は友達も見舞いに来てくれていたが、闘病生活が長くなり誰も来なくなった。語り合う友達がいない。寂しい思いから悠真はゲームに熱中した。そんな中でケンジの開発したアドベンチャーゲームに出会ったのだった。
ゲームだけが繋がっている。少し前の自分に似て、初めて会うのに何故かケンジは親近感が湧いた。
「アドベンチャーゲーム、全てクリアしたよ。最後のライガーとの戦いが苦戦したけどね」
「へぇ~、君、ゲームが上手いんだね。あれ、俺でも苦戦したぞ。実は、ここだけの秘密なんだけど、第二弾が出るんだ。こっそり、そのサンプル品を持って来たよ。前回のより難易度が高いから、気長にやらないと続かないかもね」
第二弾は、宇宙の支配者・デッドとの対決。当然、全宇宙が舞台となる。
壮大なスケールの作品に仕上げるとケンジは意気込んだ。
「お兄ちゃん、どう見たってあのロボット、本物じゃないの? 本物だとしたら、一度でいいから乗ってみたいな~」
「そう言うと思って、アレスを連れて来たんだ」
「そ、そう……」
現実には有り得ない話。自分を元気付けようとケンジが嘘を言っているのだと悠真は思った。
「あのう、悠真君を外に連れて行っても構いませんか? ちょっと行きたい所があるんですが」
とケンジが、そばにいる悠真の母親に言った。
外に出たがらない悠真が出たいと言っている。母親は、ケンジの優しそうな人柄に、安心して悠真を預けた。
ケンジに連れて来られた病院裏の広場には何も無かった。
「……やっぱり、あれは本物のロボットじゃなく、CGだったんだ……」
落ち込む悠真をよそに、ケンジが指をパチンと鳴らした。
途端、アレスの巨体が姿を現した。
「本物のロボットだ! 大きい、すっごく大きいなぁー」
悠真が目の前の巨大なアレスを見て驚く。
見上げる少年の顔には、溢れんばかりの笑みが浮かんでいた。
「ロボットじゃなく、正式にはアームキャリーって呼ぶんだけど、もうあっちの世界に行くことは無いからロボットでいいや。でも、これは二人だけの秘密、約束だよ」
「うん、絶対に誰にも言わない。約束するよ」
「良い子だ。俺の一番弟子だな」
コックピットに乗り込んだ悠真は、珍しい器機に見入った。
異文明の高度なテクノロジーの結晶に、悠真の瞳は更に輝いた。
「衝撃吸収システムが働くうえ、コックピット自体が浮かんでいるから、シートベルトは付けなくていいんだよ。窮屈でなく、乗り心地も良いだろう」
「うん、ここからロボットをそうじゅうするんだね。ゲームで見たのと同じだ」
緊張気味の悠真を気遣って、ケンジが流行の音楽を掛けた。
「おどろいた、兵器なのに音楽も聞けるんだね」
「互換性があるから、電波が届けばラジオが聞けるし、テレビだって世界中の映像が見れるんだぞ。どうだ、退屈しないだろう」
「たいくつだなんて、もったいない。今見える現実の世界を、一秒たりとも見のがしたりはしないよ。でもアレスって、なんでもアリなんだね。まるでドライブに出掛けるみたいで、大きなアレスが身近なものに感じられるよ」
悠真の緊張がほぐれ、笑顔が戻った。
「お母さんが心配するといけないから早く帰るけど、ちょっと遠出しょう。君に見せたいものがあるんだ」
アレスが一気に宇宙へ。
「こっちの世界じゃ光の速度は越えられないけど、時間が無いから裏業を使わせてもらうよ」
「うらわざって?」
「スイングバイと言って、星の重力を利用して加速するんだ。でも、アレスは重力で加速するんじゃなく、重力をエネルギーに変えるんだ。十分にエネルギーを吸収すれば、光の速度を越えれるんだよ。それでも、本来のスピードにはほど遠いけどね」
「アレスって、光よりも早いんだ」
「そう、だから、重力源のある銀河系内なら、どこへでも行けるよ。俺、アレスに乗るようになってから宇宙に興味を持ち、自然と詳しくなったんだ」
月を越え、火星を越えた――。
星のエネルギーを吸収して徐々に光の速度を越える。
「光の速さをこえるなんて、本当に夢を見ているみたい……」
悠真が思わず呟く。
「そりゃそうさ、光速越えなんて経験、人類が誕生して以来、初めてのことなんだから」
「もしかして、お兄ちゃん、いや、ししょうは宇宙人なの?」
子供の目から見たケンジは、まるで宇宙人。
驚きの眼差しでケンジを見た。
「まさかぁ、俺は悠真と同じ地球人だよ。仲間が、宇宙人の仲間が素晴らしい世界に引き入れてくれたんだ。今度は俺が悠真を引き入れるからな、覚悟しておけよ」
太陽系最大の惑星・木星に接近。
木星の特徴である縞模様の大赤斑は、地球を飲み込むほどの大きさの渦で、悠真は興味深そうに頭を大きく回して木星の隅々を見渡した。
土星に着くとアレスを止めて人型に変形した。
「ちょっと腕試し。師匠の実力を見せてやるよ」
得意満々にビームライフルを構えると、土星の輪の浮遊物、氷魂に照準を合わせて銃を撃つ。
「右、今度はあっちのあの岩」
目標に定めた浮遊物を、ケンジは確実に仕留めた。
「君も撃ってみる? 簡単だから」
ケンジが悠馬に操縦を勧めるが、
「僕が座ると、前が見えないんじゃ……」
体の小さい悠馬には操縦は無理だと思った。
「アレスはそんな安物じゃないよ。いいから早く」
悠真が操縦席に移ると、
「うわー、さんぱつ屋のいすみたいだね」
子供に合わせて椅子が高くなる。
当然、視界良好。
真剣な眼差しの悠真が射撃に集中した。
「君、凄いよ。これで悠真もヒーローの仲間入りだな」
ゲームをしていたせいもあって、悠真の射撃は正確なものだった。
「本当に僕がそうじゅうしているのかな? 信じられない、夢のようだよ」
「夢なんかじゃない、実際に君が操縦しているんだよ。俺も最初は信じられなかったんだから」
「お兄ちゃん、ありがとう、本当にありがとう」
巨大な土星の重力を吸収して、再びアレスが光の速度を越えた。
更にアレスは進む。
天王星、海王星、冥王星。
そして目的の飛行物体をとらえた――。
悠真を連れて来た目的、それは太陽系を越え孤独に耐えながら飛行するボイジャー一号機の、頑張っている姿を見せること。
その行為は、世界中で唯一、ケンジにしか出来ない大掛かりな応援だった。
時速六万キロで飛行するボイジャーに合わせてアレスが減速、ボイジャーに並んで一緒に飛行する。
アレスから発するサーチライトの光に照らされた飛行物体を見詰めながら、ケンジが悠真に説明した。
「あれはボイジャー一号。一度は聞いたことがあるだろう。数十年間、一人で飛んでいるんだぞ。だから君も頑張らなきゃ」
「うん、僕、がんばるよ。そしたら、またアレスに乗せて欲しいなぁ」
「もちろん、今度は、そうだなぁ、太陽系を飛び出して、生命のいる惑星に行こう。きっと、驚くような珍しい生き物がいるぞ。泊り掛けの旅になるから、体力を付けなきゃならないな。そもそも俺の弟子なんだから、病気なんかに負けるなよ、悠真、約束したからな。この先の人生、楽しいことが沢山待っているんだから」
「うん、約束は必ず守るからね。あのう、お礼がしたいんだけど、これ、もらってくれる? 僕のたから物なんだ」
それはプラッチックの宝石だった。
単なる玩具だが、悠真にとって宝物には違いない。
「ありがとう、大事にするよ」
そう言ってケンジはポケットに入れた。
悠真は宇宙の景色をしっかり目に焼き付け満足そうだった。
アレスの飛行は悠真に希望と生き抜く力を与えた。
きっと元気になる。そしてまた二人で宇宙旅行をする、とケンジは信じて疑わなかった。




