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カオティック・ダイアリー  作者: 相良徹生
第六章 男たちは駆けずりまわる

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真っ黒な廊下は果てしなく続いている

十一月二十二日


 真っ黒な廊下は果てしなく続いているようだった。

 一歩進むごとに体が重くなっているのを感じる。

 しこたまぶつけた頬がぴりぴりと痛んだ

 。くそっ、マシロは腕を撃たれて必死で息をしているというのに……私は少々転がっただけで、息も絶え絶えになっている。

 足がもつれ、正しい道に向かっているのかもさえ分からなかった。

 後ろを振り返っても、もはやどの方向から来たのかもわからなくない。

 どのくらい進んだのだろうか。

 開いた場所に出た。

 屋根が抜け、太陽光がこうこうと注がれている。光があふれ、視界が真っ白になった。

 血まみれの自分がひどく場違いに思える。

 足がもつれ、私は思わずその場に崩れ落ちた。

 ……太陽光は苦手だ。私は目を閉じてゆっくりと数を数えた。目を開けると、視界はマシになっていた。

 私の足に絡まっていたのは巨大な布の塊だった。

 くすんだ緑色で所々破れ、穴が開き、長い間風雨に晒されていたのがわかる。

 なんだ? これは……強張った手で布を持ち上げるとボロボロと土が落ち、巨大な半円状の布が現れた。布の端からのびるロープは灰色の物体に繋がっている。

 それは金属の巨大なカプセルがだった。

 カプセルが真っ二つに割れ、ロープはカプセルの片方に繋がっている。

 そして、その中央に流線型のそれがあった。

 これは――朦朧とした意識でなんとか考える。

 いや、それより私にはやることがあるはずだ。

 車に戻って、ルアンとかなんとかを呼んで――いや、待て、これは――私はカプセルを見上げた。

 どこかで見たことがある……。

 流線型のそれは高さ三メートルあり、カプセルの中央に中からあふれ出した泥状のものに埋もれている。

 処々に傷跡があり、右はじは酷くこげていた。

 風雨に晒され、泥にまみれ、傷だらけの物体からかすかに、かすかに淡い光が漏れていることに気づいた。

 これは――これは、カプセル。人工冬眠用カプセルだ。

 ――クロタエ? 

「ようこそ、アイ」

 男の声で私は我に返った。

 声はじんわりと脳に染み込み、私を急速に現実に連れ戻す。

 ぎくしゃくとした動きでなんとか振り向くと、泥だらけの男が立っていた。

 私を誘拐した男、殺そうとした男。

 シュゼを撃ち、マシロを撃ち、そしてナギを――。

「グリン」

 男はニッと笑った。

 記憶にある彼の顔立ちとほとんど変わらない。硬質で、嫌な存在感のある男の姿だった。

「よう、アイ。久しぶりだな。しぶとい野郎だ」

「ずいぶん詩的な表現ですね」

 男が笑うとしっかりと私に向けられている銃口がきらり、と光った。

「そうか?」

 グリンの頬はヒクヒクと震えている。

 まるで私をぶっ殺すのが人生で最高の瞬間のように。

「私を拉致したのは、あなたですね」

 私はゆっくりと言った。

 ここで撃たれるのは懸命ではない。

 グリンの嘲笑がさらに強まった。

 私の人生を全て掌握しているのが楽しくてしようがないようだ。グリンを少しでも優位性に酔わせ、一秒でも私を殺すまでの時間を長引かせないと。

 私は死んでもいい。

 だがその前にマシロをなんとかしてくれ……。彼女だけは……私たちとはなんの関係も無いのだ。

 私はゆっくりと息を吸った。

 口の中がカラカラになっている。

 そして死ぬまでにまだ聞きたい事がある。

「私を殺さなかったのは、なぜですか?」

「それが、死ぬ間際の言葉かね?」

 グリンは薄っすらと嘲笑を浮かべていった。

「死ななかった理由くらい教えてくれてもいいでしょう」

 グリンは鼻を鳴らして、口元をひくひくとさせた。

「お前の好奇心を満足させる意思がおれにあると思っているのなら、お前は愚か者だな」

 確かに。

「私を拉致したときに殺していれば、今こんなところで私に銃を突きつける必要は無かったはずです」

「ふむ」

 グリンは私の全身を愉快そうに眺め、血まみれの右腕にある銃に気付きニヤリと笑った。

 私は必死で体の震えを押し殺した。

「その拳銃はお前の役に立つのかい?」

 ゾッとする笑みを浮かべ、グリンはゆっくりと動いた。

「しぶとさはスノーマ並みだな。あの女の悪い性質だけ受け継いだらしい」

「私を殺さなかったのはなぜですか?」

 私は震える声でもう一度繰り返した。

「お前の取り巻きのメンサ連中が少々お前の体に細工をしたらしいな。ずいぶんなことだ」

「ナノマシンですね?」

 グリンの笑みが強くなり、私は体を強張らせた。

「あなたの薬が効かなかったって訳ですね?」

 グリンがはなただ不本意であったというように鼻を鳴らした。それが答えだった。

 私は右手の銃をチラリと見た。

 手はマシロの血でべったりとぬめっており、痺れがひどい。それにこの銃を撃つのは初めてだった。

 ゴミとまで言われたこの銃で、自分が撃ち殺される前にグリンを撃てるか?

 私はゆっくりつばを飲み込んだ。

 この状況でカウボーイのごとくグリンを撃ち抜くだって?

 不可能に近い。

「あなたの目的は……クロタエですね」

「クロタエ? うーん、嫌な名前だ。十五年前、世界をめちゃくちゃにしたにも関わらず一番にシェルターに逃げ込みやがった女の名だ」

「あれはナギが起こしたことでしょう」

「いいや、違うぜ。アイ・クソッタレ・スノーマ。あの女のせいだ。すべてあの女が悪いのさ。あの女が死なない限りこの世界に平和が戻ることはない」

「彼女は死んだはずです。飛行機事故でカプセルごと……」

「黙れっ!」

 爆音が鳴り響き、私は無意識に頭をかばった。

 音は幾重にも鳴り響き、それが銃声だと気づいたときにはじっとりとしたなにかに私は包まれていた。

「平和が戻ることはない」

 グリンはふらつきながらけらけらと笑った。

 いまいましいことに銃口はしっかりと私に向けられてぶれもしない。

「あの女は死んじゃいないさ、そのカプセルの中でのうのうと寝てやがる」

「まさか……」

「まさかぁ!」

 グリンは私の口調を真似て言った。

「そのまさか、だ。ちくしょう! あの女は生きている。そうだ、あの女は死なない。おれの手で殺すまで絶対にあの女は死なない。お前も同じ考えだろう。だから何年もかけてこの女の行方を追っていたのだ」

「生きている……」

 グリンは喉の奥で不快な笑い声を上げた。

「カプセルに自立機能が付属しているのは知っているな? 空輸の時はチタン球に包まれていることも。個別の安全装置がついていることも。そうだよ、お前の足の下にあるのはパラシュートだ。いまいましい冷凍人間の人権意識のたまものだ。内蔵電源で何十年も機能することを知っているんだろ? だからお前はここに来た。おれもだ」

「あんたはクロタエの亡霊に憑かれているって訳だ」

 グリンが引きつったように震えた。

「おれはクロタエとお前と……ああそうだ、ついでにあの間抜けなシュゼを殺す。ナギの男……恥知らずのクズめ。それとももう死んだかな? あいつを撃つのは二度目だ。はは、ははは」

 そしてマシロを撃ちやがった……。

 怒りが全身に満ち、私は銃を握り締めた。

 銃は血と私の体温で温まり、感じるのはトリガーの硬い感覚だけだ。

「殺してやる」

 グリンは笑みを浮かべ、はん、と呟いた。

「死に掛けの人間になにができる?」

 怒りで一気に体が動いた。

 床を蹴り銃口をグリンに向け引き金を引こうとした。が、腕が上がらない。同時にグリンの目が光り、しっかりと銃口を私に向け引き金を引く様子がスローモーションのように見える。

 轟くように鳴り響く銃声の中、私は崩れた天井と壁の間に滑り込んだ。

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