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カオティック・ダイアリー  作者: 相良徹生
第六章 男たちは駆けずりまわる

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シュゼの怒声

十二月四日


 シュゼの怒声で俺は意識を取り戻した。

 俺は床に押し倒され、頭を物凄い力で頭を押さえ込まれている。

「……なんだ?」

「アイ! 動くな」

 俺は手を振り払い。

 シュゼの悪態を無視して起き上がった。

 途端に強烈な目眩を感じたが、なんとか踏ん張る。

 口の中は鉄の味がし、額から流れるぬるりとした液体が頬を伝うのを感じた。

「俺は撃たれたのか?」

「かすっただけだ」

 シュゼの手にあるぐっしょりと血に染まった布を見て、強烈な寒気がこみ上げてくる。

 かすっただけ? 馬鹿言うな。

 俺はシュゼが差し出した真新しいガーゼを素直に額に押しあてた。

 不思議と痛みは感じないが、どう見てもこの出血量はかすっただけとは思えない。

 ぼんやりと倒れたナギに目をやると血に染まった白衣が掛けられている。

 湧き上がる感情に流されまいと、俺は必死で別のことに意識を向けた。

「グリンは?」

「拘束された。頼むから馬鹿な真似はやめてくれ。目の前で死なれちゃ最悪だ」

 俺はなにも言えずに目を伏せた。床にはいくつかの凹みがあった。

 銃痕だ。ちくしょう。

「アイ」

 クロタエの穏やかな声で俺は我に返った。

 クロタエは座り込み、ビニールパックから取り出した布にゼリー状のものを塗りたくっている。

「ヨルコに感謝しろよ。お前が撃たれた時に足を蹴り上げて転ばせたんだ」

 そのとき初めてシュゼのこわばった青い顔に気付いた。

 左目の下にざっくりとした切り傷があり、血がまだ生々しくこびり付いている。

「シュゼ、あんたは大丈夫か?」

「腕に穴が開いた」

 シュゼは何気ないように真っ赤に染まった右腕を顎でしゃくった。

 右肩がえぐれ、腕が力なく垂れ下がっている。俺は急に気分が悪くなった。体中から血がぬけていくような気がする。

「座るんだ」

 シュゼの低い声に俺は大人しく従った。

「大丈夫なのか?」

 俺はもう一度繰り返した。

「入れてあった止血用ナノマシンのおかげで出血は少なくなっている。除去していなくて良かったな。頭は派手に出血するんだ」

「俺の事じゃなくて、あんただよ」

「貧血で死にそうだ。顔の傷は酷いと思うか?」俺の舌打ちがシュゼの軽い答えをさえぎった。

「すぐ治るさ」

 シュゼは平静を装っているが、どう見てもすぐ治る傷には見えなかった。

 歯がかちかちとなっている。

 俺は無意識に震えていたのだ。

「俺を庇ったのか?」

「子供を守るのは大人の社会的貢献ってやつだよ。おしゃべりは止めて良いか? 寝ていたい」

 言い終わらないうちにシュゼはぐったりと床に寝転んだ。

 クロタエがシュゼの右腕にガーゼをあてた。白っぽい泡が覆っている。

「麻酔入りの発泡止血剤だ」

 クロタエが呟きながら、ゼリーの塗られたガーゼを俺の額にも押し当てた。

 ひんやりした感触と共に、はじけるような音がして泡が左耳の下まで垂れる。

 クロタエが軍人に呼ばれて部屋の隅に行くと、俺は布の上からゆっくりと傷をなぞった。

 左の眉の上あたりから耳の上辺りまでごっそりとえぐられている。

 急にひきつけるような痛みを感じて、俺はうめき声を押し殺した。

 その声にシュゼの体が引きつると、ゆっくり起き上がった。

「おい、寝てろよ」

 シュゼは俺の声を無視してナギの遺体にゆっくりと近づいた。

 投げ出された腕を胸の上で組ませ、最後に引きずるようにして脱いだ自分の白衣をナギにかけた。

 まだ生々しい血のシミがある白衣に、ナギの血がゆっくりと染みわたる。

 シュゼはじっとナギを見つめた後、俺の横に座り込んだ。

「アイ、カードは持っているな?」

 シュゼが低い声で言った。

「あるけど?」

 俺はポケットからクレジットカードを出してひらひらと振って見せた。

「銃はどこだ」

「なんだって?」

 思わずシュゼを見返すと、いつもより黒い瞳がにぶく輝いていた。

「銃だ。君が持っていたぼろいやつ。クロタエが持っているはずだ」

「クロタエの部屋の本棚下の金庫の中。暗証番号は0204」

 シュゼは軽く頷いて、軍人と話しこんでいるクロタエをちらりと見た。

「彼女はアルク計画適合者だ。まずい事態になったらシェルターに収容される。ルイシャム基地からワッドフォード第二シェルターかリンジー基地に飛ぶはずだ」

「知ってたのか?」

「二親等までなら収容が許可されている。絶対にクロタエと同行しろ。絶対だ」

「あんたも適合者なのか?」

 シュゼは答えなかった。それが答えだった。

「もう止めることできない」

「あんたはどうすんだ?」

「やることがあるんだよ」

 シュゼは吐き出すように言い、体を引きずるようにして出口に向っていく。

 俺は混乱した頭でなんとか言葉をひねり出した。

「おい! 銃でなにするつもりだよ」

 俺はなんとか立ち上がると、血まみれの指をシュゼに突きつけた。

「その傷だって俺を――」

 シュゼが歯を喰いしばって遮った。

「理由は、君が子供だからだよ。じゃあな」

「待てよ!」

 言葉の最後は猛烈な振動にさえぎられた。

 地響きの後、急に照明が切れすぐ黄色い照明が点灯した。

 軍人がクロタエに駆け寄り、早口でささやいている。クロタエは呟き返すと、頷いて俺に向き直った。

「なんだ? 世界の終わりか?」

 俺は寒さで震える顎に力を入れ、何事もない口調を装った。

「そうだ、アンテナに二基目が落ちたらしい。地上に上がるぞ。非常事態宣言が発令された」

「上に上がってどうするんだ? 神に祈るのか?」

「確実なのは、ナギにとってこの施設は破壊したいものリストの上位にあるってことだけだ」

 クロタエは面白くもなさそうに眉を顰め、俺の腕を引っ張り上げた。

 クロタエに支えられるように廊下に出ると、一面うっすらと煙がくすぶっていた。廊下中がきな臭く、非常ベルの音と共に、ザーザーとなにかが流れ落ちる音が響き渡っている。

 角を曲がって音の正体がわかった。

 壁から、白っぽい生クリームのようなものが噴出している。

「消火用の防火液だ」

 クロタエが舌打ちをして俺を引っ張る手に力を込めた。

 廊下は控えめに言っても混乱していた。

 何人もの軍人が走り回り、無線に向かって怒鳴っている。

 俺はエレベーターの横の非常階段を上りきった所でクロタエの腕を振りきった。

「シュゼは?」

 俺は周りの騒音に負けないよう声を張り上げた。

「黙って来い!」

 玄関ホールまで引きづられるようにたどり着くと、研究所入り口の広場にヘリコプターが四機とまっているのが見えた。軍人がヘリコプターに乗るように言っている。

「シュゼを置いていけない」

 俺はホバリング音に負けないよう声を張り上げた。

「シェルターへの避難要請が出ているんだ」

 クロタエが低い声ではっきりと言った。

「シュゼは? あいつはどうなんだ? 避難できるのか?」

「救助されるさ」

 クロタエが顔を珍しく歪ませて言った。

 それが答えだった。

 玄関から出ると、外は地下以上の煙だった。

 遠くで爆音が鳴り響いている。

 なんだ? 空襲でも受けているのか?

 俺は体を強張らせてあたりを見渡した。

「あのシュゼってやつは大馬鹿野郎だ!」

 クロタエは俺の顔を見ると、眉を顰め引きずるように俺を抱えて引っ張り風上に抜けた。

「知ってるさ。どうする。戻るか? わたしと一緒に行くか?」

 頬に生ぬるい感覚が走る。

「ちくしょう、ちくしょうちくしょう…………」

 喉がつまり、最後は言葉にならなかった。

「……あんたに着いて行け言われたんだ」

 クロタエは遠くを見つめたまま頷いた。

 鼓膜が痺れるほどの振動を感じる。

 クロタエがゆっくりと空を見た。

 数機のヘリコプターがばらばらと轟音を立てながら着陸していたが、いつしか周りの怒声が全く耳に入らなくなっていた。

 俺たち二人は騒動のただ中でぽっかりと口を開け空を眺めていた。

 まだ明るい空に、幾つもの流星が輝きながら空を横切っている。

 ……その一つ一つが流星なんて物ではなく、衛星とミサイルだということを誰もが知っていた。

 そして、そのいくつかが致命的な一撃を与えるべく落下するようにプログラムされた核弾頭だと知っていた。

 ふいに視界がぼやけ、俺は涙を流しながら、気を失った。

 最後の記憶はキラキラと輝きながら、地上に落ちる衛星たちだった。

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