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カオティック・ダイアリー  作者: 相良徹生
第六章 男たちは駆けずりまわる

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私達は急に開けた場所に出た

 私達は急に開けた場所に出た。

 二階の床が崩れ落ち廊下を塞いでいる。地下への階段がぽっかりと口を開けていた。

「ちくしょう」

 シュゼが外見に似合わない罰当たりな言葉を呟く。手には無線機を持っていた。

「公安共通無線が繋がらない。電波妨害しやがった」

「妨害電波って?」

 視界の隅で黒い影がさっと見えた。

「走れっ!」

 シュゼの声が聞こえた直後に衝撃が走った。

 私はもみくちゃにされながら階段を転げ落ち、鋼鉄の壁に激突した。

 それは床だった。同時に爆音が耳元で破裂し耳鳴りが酷くなる。

 私は呻きながら体を起そうとしたが、猛烈な力で頭から押さえつけられぴくりともしない。

 同時に痺れたような感覚に満たされ、急激に体温が失われていくのが分かった。

 チカチカする視界を振り切りなんとか辺りを見渡すと、三秒前まで私が立っていた場所が階段の向こうに見えた。

 私は完全に転げ落ちたようだ。

「……い…………おい!」

 柱の横にシュゼが倒れこんでいる。

「――シュゼ?」

 朦朧とした意識で私はシュゼで駆け寄ろうとしたが、彼の怒鳴り声に凍りついた。

「隔壁をおろせ!」

 慌てて周りを慌てて見渡す。

「非常隔壁のシャッターだ! レバーをまわせっ!」

 私は悲鳴に近い怒鳴り声に操られるようにレバーに駆け寄り、必死でレバーに手をかけた。

 硬く締まるレバーに体重をかけると、ゆっくりと嫌な音を響かせながらシャッターが上から下りてくる。

 足跡が遠くから聞こえてくた。私は体中の悲鳴を無視して必死でレバーをまわした。

 階段の上の逆光の中、男の影が浮かび上がった。

 あいつだ。

 あの男だ。

 今度こそ殺される!

 ホテルの時のように! 

 シャッターが下り切った瞬間轟音が鳴り響き、シャッターがぼこぼこと凹んだ。

 銃跡だ。

「緑色のボタンを押せ!」

 私は緑のボタンを見つけると手が傷つくとも考えずに左手でガラスごとボタンを押した。

 とたんに警告音と共に天井からドロドロとした黄色のゲルが流れ出し、音を立てながらシャッターを覆った。

 警告音が一層甲高く響きわたる。

 腐ったように匂いで胸がつまり、私はゲルに触らないように一歩引いた。

「バイオハザード用隔離壁だ。大気と反応して硬化する」

 シュゼの呟きが微かに聞こえたが、私の意識は壁の奥に向いていた。

 いる、シャッターを奥にあの男が立っている。

 舌打ちをして、踵を返す音が聞き聞えてきそうだ。

 ゲルの流出が止まり、静寂があたりを支配した。

「シュゼ……あの男が、来ます。私を殺しに」

 袖に付いた血に気づきゾッとする。

 そして視界がぐらりと揺れた。あの時と同じだ。シュゼが撃たれて――私は――。

「おいっ! アイ! 止血をしろ!」

 シュゼの叫びに私は我に返った。

 シュゼが血だまりの中に倒れている。

 そしてその横には――初めはそれがなにかわからなかった。

 小さい塊がぼんやりと浮かび上がる。

 ――マシロ。

「マシロ!」

 叫びながら駆け寄るとぐったりと横たわっていた体がぴくりと動いた。

「マシロっ! マシロっ!」

 私は彼女をしっかり抱きしめると出血の元を探った。

 体の奥に冷たいものが湧き上がる。

 まさか、嘘だろ?

 彼女の右腕は真っ赤に染まっていた。

 はっきりと脈がわかるようにあふれ出す血で、どこが傷付いているのかすらわからない。

 マシロがなにかをつぶやいた。

「マシロ! マシロ!」

 私はジャケットを脱いで、彼女の腕に巻きつけた。

 途端にジャケットが真っ赤に染まっていく。動揺で震える手に悪態を付き、私は彼女の腕を強く押した。

「ひどい……」

 マシロが呻いた。

「大丈夫ですか……」

 のど元がつかえて言葉が出てこない。

 それにこんな時になんて言っていいのか分からなかった。

「おいっ! 無事か? しっかりと止血しろ!」

 シュゼの声を無視して私はもう一度マシロの腕を強く握り締めた。

「アイっ!」

 シュゼが声を荒げた。

「うるさい! マシロが……私の……」

「マシロが怪我をしたのか?」

 シュゼの声が急に弱くなり、私は彼の方を向いた。

 血まみれの足を支えながら、シュゼが真っ青な顔でこちらを向こうと必死にもがいている。

 私は怒鳴ったことを後悔した。

「マシロが撃たれました。右腕の……ひじの辺りです。血が止まりません――」

 最後は声にならなかった。

「傷口を押さえろ」

 シュゼが呻くように言った。

 私はシュゼと目を合わせた。

 止まらない、血が――私は唇の動きでシュゼに伝えた。シュゼは私の手元を見ると真っ青な顔で頷いた。

「大丈夫だ。すぐに止まる」

 シュゼは身を起し、なんとか上着を脱ぐともたもたと自分の足に巻きつけた。

 彼を助けようと思ったが、マシロから離れなくなかった。

「あなたは、大丈夫ですか?」

「すぐによくなる。止血用ナノマシンを入れている」

 シュゼは吐き出すように言った。

 どう見ても、すぐによくなる人間には見えない。

「マシロはどうだ?」

 生暖かいが血がぐっしょりと滴っているが出血は止まっているようだった。

「続けろ」

 弱々しくため息をついて、彼は言った。私は彼女の腕を思いっきり圧迫した。

「痛い」

 マシロが呻いた。

 まぶたが痙攣してからゆっくりと開き、若草色と黒い瞳が私をつらぬいた。

 まだ生きている。胸に熱い塊があふれた。

「よかった……」

 私はそっと彼女の頬を撫でた。

「よくないわ――全然、ちっとも良くない」

 一息一息、押し出すようにマシロは言った。その声も今では遠くから聞こえてくるような気がする。

「すみません。君を連れてきたばかりに……こんな事になってしまって」

「そうね」

 マシロがぴしゃりと言った。

「あなたは酷い人よ……。わたしをこんな、事に、巻き込んで……。でも、いいの。ここにいるのはわたしだもの。わたしじゃなくってあなただったのに、わたしになったのよ……だから、そうなの」

 呻くように言うと彼女はまた目を閉じた。

「マシロ!」

「どうした?」

「マシロが目を閉じた!」

 シュゼの冷静さにいらつき、声を荒げる。

「そんな目で睨むな。確かめろ。心音はするか?」

 視界がぼやけて、彼女の顔がよく見えない。

 くそっ泣くのは後だ!

 くらくらする意識を振り切り、マシロの首筋に手を当てた。

 手が震え、べたべたする血でよくわからない。

 マシロがぴくりと動き同時にゆっくりと胸が上下している事に気づいた。

「呼吸をしています」

 シュゼはため息をつくと私のそばに寄り添い、あいている手でマシロに巻かれた血まみれのジャケットを握った。

「外に出て、ルアンを呼べ」

「なんですって?」

 真っ黒な瞳が私を見つめていた。

 昔もこんな目で見られたことがある。

 あの時も、彼は私を庇ってくれだのだ。

「お前は外に出てルアンを呼べ。君の行方不明事件を担当している捜査官でここに向っているはずだ」

「マシロが……」

「アイ。マシロの事は俺に任せろ。忘れたか? 俺は医者だ」

「ベーコンしか縫ったことがない」

 私は続けた。シュゼは力なく笑う。

「行け。通路を左に行くと非常階段から中庭に行ける。門を抜けたら俺の車があるから、そこにある無線で助けを呼べ。ルアンだ。頼りになる」

 私はもう一度マシロを見つめた。真っ白な顔をしているが呼吸は規則正しく上下している。

 立ち上がると同時に強烈なめまいがした。

 心臓が耳元でどくどくと音を立てている。

 私はゆっくりと呼吸を整えて視界が戻るのを待った。手はどちらも血まみれでベタベタとし、生乾きの血が輝いている。

 私は必死で吐き気を振り切り、ゆっくりと歩き出した。

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