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カオティック・ダイアリー  作者: 相良徹生
第六章 男たちは駆けずりまわる

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ロッソご自慢の高級車

十一月 二十二日


 ロッソご自慢の高級車で荒野を限界まで飛ばしても、浄水場にたどり着いたのは午後三時を回っていた。

 浄水場には今にも朽ち果てそうな巨大な煙突が三本立っていて、建物の東棟がひどく崩れている。

 もう何年も放置されてらしく、ひび割れたコンクリートの壁には蔦が這い回り周りは背の高い雑草が生い茂っていた。

「君は車で待っていた方がいいですよ」

 私は目の前の雑草を必死で払いながらに後に向って言った。

「冗談でしょう? こんな廃墟にあなたを独りで送り出しただなんて知られたら、保護者義務違反で逮捕されちゃう」

「ここは放射能汚染で立ち入り禁止区域ですよ」

 マシロが無作法に鼻を鳴らす。

 私は聞こえないふりをした。いや、ここは注意するべきなのか?

「いまさら遅いのよ。足を踏み入れただけで被爆する万魔殿じゃないのよ。水源が汚染されているだけって書いてあったじゃない」

 私はこの場所までたどり着くまでに無視し続けた何十個もの警告の看板を思い出した。確かに。私はしぶしぶ目の前の道を切り開くことに集中した。

 私達は『危険立ち入り禁止』と書かれた巨大な看板を無視して、入り口ドアの割れた窓からもぐりこんだ。

 天井が一部崩れ落ち、太陽光が漏れている。私はぞっとしてぽっかりと空いた天井を見上げた。

「すごいわねえ」

 後から付いてくるマシロが口笛を吹きながら言った。

 私達はボロボロに擦り切れた浄水場の設計図を引っ張り出した。

 これも私の地下室で見つけたものだ。目の前の廃墟と設計図に書かれた建物が同じものだとは思えないが役には立つだろう。

「ここは正面玄関。東の方に行ってみましょう。ひどく崩れていました」

 私達は足元を確かめながらゆっくりと進んだ。

「昔話をしてよ」

 マシロが唐突に言った。

「記憶を取り戻したって言ったでしょ」

 マシロはなにか期待するように、私をじっと見つめている。

「うっすらと思い浮かべられるのは子供時代のことばかりで、それも実はあまりよく覚えてないんです。私を育ててくれた人たちの事とシェルターで生活しているときのことが少しだけ」

「それだけなの?」

 マシロが不満そうに呟いた。

「それも朧気です。どうも、私は真面目な子供時代をすごしていなかったようですね」

 正直言って、とてもじゃないが少女に話せない内容のものばかりだ。

「君の秘密を教えてくれたら、思い出せるかもしれない」

 マシロが鼻を鳴らした。

「嫌な男になったわね」

 私はニヤリとした。

「君も十分嫌な女の要素を満たしていると思いますよ」

 マシロは長い間黙っていたが、ふと息をついて言った。

「そうね。とっておきを教えてあげる。今まで黙っていたけど、マシロってわたしの本名じゃないの」

「なんだって?」

 私は唖然として彼女見つめた。マシロは悪びれもせず肩をすくめた。

「マシロって偽名なの」

「またしても君の悪癖ってやつですか? いったいいくつ嘘を付けば気が済むのです?」

「見ず知らずの男性に本名を名乗るほど育ちが悪くないわ。貞淑はわたしのミドルネームよ」

 今度は私が鼻を鳴らす番だった。

「私はいつになったら君の本名を知る栄誉を得られるのですか?」

「昔話をしてくれたら教えてあげる」

 私は歩きながら、必死で記憶を漁った。

 児童擁護センターの話は健全だが面白くはなかった。センターを脱走した後の話は不健全だしラストが面白くない。

 研究所の暮らし――少なくとも健全で思春期向きのやつなら……。

「そうですね……子供の頃、母に連れられてパーティーに行ったことがあります」

 マシロが口笛を吹いた。

「そこで同年代の女の子に出会いました。名前は……なんだったかな。レモネードを私に渡してくれて、少し話しました」

 そう、パーティーはたしかに行った。

 ゾッとするほど華やかなパーティーだった。

 私はゆっくりと少女の顔を思い出そうとしたが、やたらとすべすべした肌とリボンの飾りしか思い出せなかった。そもそも、彼女はなんで私にレモネードをくれたんだっけ? まぁいい。

「彼女は私より一つ年上だったのですが、当時の私はそれがたまらなく嫌で、自分の歳を二歳サバを読みました」

「冗談でしょう?」

 マシロがクスクスと笑った。

「本当です。彼女は私を年上だと思ったはずです。顔は良く覚えてないけど、君よりちょっと背が高くて綺麗なワンピースを着たお人形みたいでした。君みたいに可愛かったな」

 マシロの笑みが消えた。

「顔も覚えていない女の子と比べてくれてありがとう」

 しまった。

「今日の君のワンピースすごく似合っているってもう言ったっけ?」

 マシロが不服そうな顔で鼻を鳴らした。

「すごく似合ってるよ。エレガントでスマート」

 マシロが口を開く前に低い声が響いた。

「ロッソ」

 ギョッとして振り向くと。シュゼが立っていた。

「シュゼ……」

 シュゼは険しい顔で向ってくる

 。周りをすばやく窺がいながら彼は小声で呟いた。

「自分がなにをしているのか分かっているのか?」

「十分に」

 私は静かに答えた。

「記憶が戻りました。彼女はここにいます」

 シュゼは眉をしかめ、頷いた。

「誰?」

 私の後ろに回りこみ、こっそりとシュゼを見つめていたマシロが呟いた。

「彼がシュゼです」

 シュゼは私に向って首を軽くかしげた。

「マシロをこんなところに連れてきたのか?」

「言うことを聞かなくて」

 私が肩をすくめて言うと、シュゼは考えて込んでから頷いた。

「君を誘拐した男がここに向っているとは考えなかったのか?」

「まさか」

 次の瞬間、遠くから羽音が聞こえた。

 私たちはぎくりとしてあたりを見渡した。

 沈黙。

 私はシュゼを窺がった。険しい顔をして、じっと出口の壁を見つめている。

「ここはまずい。移動しよう」

「東棟の屋根が酷く崩れています。まずそこに見なければ」

 シュゼは素直に頷いて歩を早めた。

「あなたはなぜ、ここに来たのですか?」

 シュゼの後を追いながら私は言った。

「君がこんなところに一人でいるからだ。前科に保護者義務違反が付いちまう」

 後ろから咳払いをするマシロを見て私はニヤリと笑った。

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