ルアンは重い足取りで局長室に入り込んだ
十一月二十二日
ルアンは重い足取りで局長室に入り込んだ。
ルカ・アウリーノの鳶色の瞳が冷たい輝きを放っている。ルアンは机の上に置かれた写真をちらりと見た。ロッソとアウリーノがにこやかに笑っていた。大学の卒業式の写真だ。
「地下室があったって?」
アウリーノが挨拶もなく言った。
「はい」
ルアンは精一杯平静を装ったが、声はかすれていた。
「説明してれ、ベイス」
アウリーノの低い声で言い、卓上のパネルを操作した。
「ベイスです。今ロッソの自宅にいます」
卓上のスピーカーからベイスの声が部屋に響いた。
「ジャム庫――地下貯蔵庫の裏に隠し部屋がありました」
フィセはロッソの家の設計図を思い浮かべた。地下貯蔵庫、通称ジャム庫はキッチンの横にある地下室だ。
「しかも、最近使った形跡がある」
アウリーノは眉をしかめ、ルアンは息を飲んだ。
昨日ロッソの自宅に再度調査に入ったばかりだったのだ。
あの時は使用された食器があり、ロッソが一度自宅に帰ってきたことは分かったが、熱探査で家に誰もいないことは確認済みだったのだ。
もしかしてあの時彼は地下にいたとしたら?
「その部屋に移動してくれ」
アウリーノが言った。
「無理です。壁と天井に防電磁パネルが埋め込まれて、地下からの通信ができません。地上からの探査では発見できなかったのもこのせいです。設計図にも乗っていないので、自分で作ったようですね。今写真を送ります」
電子音の後、壁に地下室の動画が投影された。天井は低いが、広々とした部屋にびっしりと、なにかの書類が詰まれている。
「まだ調査中ですが、彼はそこで人間の冬眠技術について調べていたらしいです」
「調査を続けてくれ」
アウリーノの呟く声を遮るように、ルアンの通信端末が鳴り響いた。
ルアンはギョッとして身を強張らせた。
どうかこれ以上、笑えない状況になりませんように。
「取りたまえ」
ルアンが恐る恐る通話ボタンを押した途端に部屋中にシュゼの声が響き渡った。
「おいっ! アウリーノに変われ!」
ルアンは一瞬固まった後、アウリーノに振り返った。彼もルアンと同様固まっていた。
「シュゼか?」
アウリーノが口の動きで伝える。
ルアンが頷くとアウリーノは一瞬ためらった後、卓上の電話を指差した。
ルアンはなにかを言い立てるシュゼを無視して電話を転送した。通話ボタンをアウリーノ押した瞬間、シュゼの罵倒が部屋いっぱいに響いた。
「ちくしょう! ルアン! 切りやがったクソ女!」
「シュゼ、私だ」
アウリーノが言った。
「失礼、ルアン。今の発言は忘れてくれ。君の事は物凄く魅力的だと思っている。魅力的と言えば、土星頭のアウリーノ法学博士閣下殿。久しぶり。出世したようでなにより」
「この回線は盗聴の危険がない。今どこにいる」
アウリーノは視線で、ルアンに近くによるように示した。ルアンは無言で従った。
「国道七号線をアイ・クソッタレ・ロッソを追って爆走している。俺の余罪にスピード違反をつけとけ。ちくしょう。アイはどこに向ってんだ?」
アウリーノは一瞬顔をこわばらせた後、血の気が引いた顔でどっさりと椅子に崩れ落ちた。
「局長?」
「大丈夫だ」
アウリーノは血の気のない顔を軽く振った。
「おいっ! なぜだ? あの馬鹿が立ち入り禁止区域に吸い寄せられる理由を知っているはずだ。知っているはずだぜ、ルカ」
「クロタエだ」
電話の向こうで、シュゼが声を詰まらせたのがわかった。
「クロタエ・スノーマは十三年前の実験に参加して、輸送機で移動中に行方不明になった。おそらく、墜落現場で彼女を探すためだろう」
シュゼは呻いた。
「なんの実験だ」
「――冬眠実験だ」
アウリーノは首を振ってから、吐き出すように言った。
沈黙の後、彼は一瞬で全てを理解したかのようにシュゼが罰当たりな言葉を呟いた。
「事故いつだ?」
「十一年前」
沈黙の後、席を切ったように怒りの声がこだました。
「見失ったぞルカ! あんたはクソッタレだ。なにやってやがるっ!」
「捜索は不可能だった。調査は九年前に捜索は打ち切られた」
シュゼが罵り言葉を呟いて、叩きつけるように通信が切られた。同時に新たに通信が入った。
「ヴィオーラです。薬の入手経路がわかりました。ホープ生化研の研究員ガルデニア・アーバンが二ヶ月前に試薬を持ち出しています。購入した人物はサイラス・グリン。グリンは九年前に不名誉除隊し以後監視しされていますが、現在旧国道七号線を北に移動中」
アウリーノは強張った顔でルアンに向き直り、震える声で一言ずつ吐き出すように言ったる
「ルアン、いますぐに、墜落現場に移動しアルベロ・ロッソを無事保護してほしい。シュゼもだ」
ルアンが部屋を出る時にアウリーノの罵り言葉が微かに聞こえた。




