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カオティック・ダイアリー  作者: 相良徹生
第五章 私は知っている

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足音と共に武装した軍人がなだれ込んできた

十二月四日



 足音と共に武装した軍人がなだれ込んできた。

 騒然とするなか一人の軍人がゆっくりと部屋の中央に近づく。

 グリンだ。

 今日は黒い装備を着込んで自動操銃をぶら下げていた。

 引き締まった口元に、暗い光を湛えた緑色の瞳が爛々と輝いている。

「なんの用だ、サイラス」

 クロタエが軽い口調で声を上げた。

「今日はお前の相手じゃない」

 グリンは引きつった笑みを浮かべて言った。グリンの声はかすれて裏返っている。

 誰もが黙り込んだ。

「ナギ・ブラウン。お前に逮捕状が出ている」

 なんだって? 

 全員の視線がナギに向かった。

 ナギは部屋の奥に平然と立っていた。いつものように全てを知っているぞとでもいうように顎を上げ、青い瞳からは感情のかけらも読み取れない。

「ふむ、逮捕前にあの条例を読んでもらわないと」

 ナギは穏やかな声で答えながらゆっくりと俺の後ろに回りこみ、思いがけない力で俺を引き寄せた。

「グリン。なにかの間違えだろ?」

 シュゼが言った。

「四時間前に連合航空管理システムに異常が生じた。一年前にプログラムが書き換えられた。お前がやったことはわかっている」

 グリンが言い放った。

 まるで、人生最良の日と最悪の日が同時に訪れたように体中をひくひくと揺らしている。

 後ろ彼の指示を待っている軍人たちはぎょっとしてグリンを見つめていた。

「人工衛星の制御が一部不能になったんだ。しかし、それだけではなかった。現在確認されているだけでも四十七基の制御不能に陥っている」

 ナギが肩を竦めた。

「グリン、ナギは関係ない」

 シュゼがグリンに近寄りながら言った。

「あるぜ……あるんだよっ! くそったれ! シュゼ博士! 頼むからその口を閉じてくれ。一分前にアンテナ郡に気象衛星が墜落したし。人工衛星一基が第二国際宇宙ステーションに向かっているし、八カ国分の核弾頭入り大陸間弾道ミサイルが我々の頭上を掠めようとしているんだぞ!」 

 グリンがナギを指差し叫んだ。

「この女だ! この女のせいでなっ!」

「まさか」

 俺はかすれた声で呟いた。

 グリンは俺を見て鼻を鳴らした。

「それで俺の出番って訳だ」

 ぞっとして後ずさると、ナギの体にぶつかった。

 肩に乗っている彼女の手の重みが、なにも理解できない恐怖をやわらげている気がする。

「首脳部と軍部はおおわらわだ……我々に残された時間は……」

 グリンの声は震えている。

 ナギは平然と白衣のポケットに手を突っ込んで、まるで明日の天気は大雪だと言われたように首を曲げた。

「……なにがどうなってんだ?」

 俺の呟きに答えように肩に置かれたナギの手が強張った。

「軍事衛星が落ちまくるのよ」

 ナギがなにも問題はないかのように言い放った。

「おい……ナギ」

 かすれた声で呟くとナギは俺を見下ろして、いつもの笑みを浮かべた。

「大丈夫よ。種が絶滅するには結構な数が死ぬ必要がある。簡単にはいかないわ……」

「だといいがな。くそったれ」

 グリンが吐き捨てるように言った。

「そこら中で迎撃用大陸間弾道ミサイルの準備は始まっている四十七基の軍事衛星が墜落するまであと……」

「あと二時間よ」

 ナギのはっきりした言葉が部屋に響いた。

 静まり返り、全ての人間が信じられないものを見るようにふたたびナギに注目した。

 驚くことにまだナギは笑っていた。

 口を端をゆがめ、目を細め、全身から幸福をにじませて、幸せで仕方がないように。

「――――ナギ?」

 次の瞬間ナギの笑い声がはじけた。

 誰もがあっけにとられなにも言えずに突っ立っていた。

 まさか……まさか。核弾頭入りの大陸間弾道ミサイルだって? おいおい、戦時中だぜ? そんなものを使ったら……。

 俺はいやな予感を振り払った。

 そんな前時代な事は起こらない。

 俺たちは原人じゃない。そうだろう? 

「なぁ……ナギ。冗談だろ?」

 俺の声はひび割れていた。唇が引きつり思うように唇が動かない。

 ぴたりと笑い声が途切れ、ナギと俺の目があった。もう笑っていない。

 青さを感じるほどの真っ白の肌に、真っ青な虹彩だけは燃えるように輝いている。

 彼女はまるで実験結果を読み上げるような、なんの感情もこもっていない声に唐突に宣言した。

「本当よ。アイ。二時間後には全世界の二十パーセントの核ミサイルが発射されるでしょうね。グリン法学博士閣下。さあ、条約を読む前に聞きなさいな」

 嘘だ……遠くでシュゼの声が聞こえた。

 全ての音が遠くなり、ゆがむ。

 ふらついたのをナギの手に支えられた。

「さっさとこれからの予定を喋ってしまいましょうか。真っ先に被害を受けるのは、このルイシャム研究所よ。二時間には軍事衛星が墜落するように設定してある。核ミサイルが搭載しているという噂のやつだ。そして政府のデータベース、図書館、美術館……」

 ナギは手元の時計にちらりと目を向けた。

「十七時には気象衛星が第二国際宇宙ステーションに追突する。私の計算では、マニュアルどおりに回避しても制御不能に陥って地上に降ってくるでしょうね。三十パーセントが地上に到達する予定だ。六十パーセントは海に。四十パーセントは地上に。約七百トンのデブリが生まれる予定よ。ついでに今後百年間はあの空域は全て封じさせてもらう。しばらく宇宙開発は延期してもらわないと」

 ナギの唇がまたゆがみ、グリンでさえ凍りついたようにナギを凝視している。

「悪い奴は最後まで笑っているって相場が決まっているでしょう。悪い女なら尚更ね」

 ナギの朗々とした声が部屋いっぱいに響きわたった。まるで愉快でたまらないかのように彼女は笑顔だった。

「まったくおかしな話ね。ここにいる全員が後数十分の命だというのに、私の演説を黙って聞いているだけなんて。まぁいい。ここは私の話も聞いてもらいましょう。落ち着きなさい、グリン小佐殿。悪い奴は長々と喋るもんなのよ。今頃世界中の国がミサイルの標準をあわせているのだから、我が国が少々動いたからってどうにもならないわ。そして、一番役に立たない人間がここにはせ参じたってわけね。つまり今からあなた方は私を脅したり宥めたり鉛玉をブチ込んだりして、なんとかプログラムの止め方を聞き出そうって算段だと思うけど、そんな事は無駄なの。結論は止める術はない。私が逆立ちしたって無理よ。そんな事をする前に急いでここから離れた方が生き延びる可能性は上がるし、いまさら政府に間抜けな報告をするより有意義じゃない? そうそう理由……いや動機ってやつね。あなた方の目的が実行不可だとわかった今、次は私の小話でもを聞いてもらいましょう。それにこれにはちょっとした興味はあるでしょう? ここにいる何人が生き残るかは知らないけど、自分がシぬ理由もシらずにシぬなんてシんでもシに切れないってのが人間でしょう?」

 ナギは息も継がすに一気に喋った。

 そしてまたクスクス笑った。

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