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カオティック・ダイアリー  作者: 相良徹生
第五章 私は知っている

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朝は、いや昼だろうか

 朝は、いや昼だろうか。

 少なくとも起きた直後は最悪の気分だった。

 胃がむかむかして上に行く気にはならない。

 私は部屋にあったトイレで顔を洗い、マシロにどう謝罪しようと考えながらボソボソになったスコーンにたっぷりとジャムをつけて食べた。

 専門用語が並ぶリストをすくい上げる。

 メイザー空港の飛行記録だった。なんだこれは。元々作りのまずい頭がさらに働かない。私は呻きながら、こめかみを揉んだ。

「メイザー空港、メイザー……。なにか心当たりは?」

「あるわ」

 ハッとして顔を上げると、呆れた顔で入り口に立っているマシロと目があった。

「あなたって案外わたしの言うことを聞いていないのね」

 マシロは呆れるように言うと雑誌の山に座り込んだ。

 私はなにも言えずにマシロをぼんやりと見つめていた。彼女を前にしたら、あれほど考えた謝罪の言葉をすっかり忘れてしまった。

「君はここを嗅ぎまわるのに反対ですか?」

「わたしに反対されて思い留まるようじゃ止めといた方がいいわね」

 マシロは顔も上げずにつぶやいた。

「礼儀として女の意見を聞いただけですよ」

「ふん、性差別主義の豚はここら出ていっていただきたいわ」

 少女は私の目を見てにっこりと笑った。思わず私の頬もゆるむ。

「君の意見は?」

「やりましょう。あなたが嫌な男にならないならね」

「昨夜は失礼しました」

 マシロは頷いて、謝罪を受け入れた事を示した。

「で、メイザー空港といえば壁に張ってある地図の赤いピン」

「空港……」

 私は地図を見上げ指でピンの根元を撫でた。『メイザー空港』としっかりと書かれている。ピンから真っ直ぐと赤い線が延びてグレアム空港に繋がっていた。

「くそっ」

 マシロが眉をひそめて、私を睨んだ。

 「失礼、いい言葉ではありませんでした。君は真似をしないように」

 私は机の上から、目的の物を引っ張り出した。あんなに混沌とした紙の山にしか思えなかった資料も、今ではどこになにが置かれ、なにが書かれているかはっきりと記憶している。

「ウォリントン研究所へのカプセルの輸送はメイザー空港から貨物機YQ384で空輸されました。到着する空港はグレアム空港です」

 マシロは地図を指で追った。「この赤い線ね」

 メイザー空港の飛行記録から目的の日付を見つけ出すと、それはあっさりと見つかった。

 人工冬眠カプセルがウォリントン研究所に搬入されなかった理由。

 それは凍りつくほどに残酷な文字列として私の脳に刻み付けられるのだろう。

 ――YQ384便墜落。

「YQ384便は……墜落したようです……」

「え?」

 マシロは呆然と地図を見上げた。

 私は年代別にわけられた新聞のスクラップブックを取り出し、七月二四日のページをめくった。当然のようにその記事が挟まれていた。小さな欄に『全自動操縦貨物機YQ384便墜落。システムトラブルか?』とあった。記事を読んでも肝心なことはさっぱりわからなかった。つまり、--上空で、貨物機YQ384が、システムトラブルと思われる原因で墜落したのだ。

「赤い線の上になにか書いてありますか?」

「途中で何箇所かしるしがつけられているわ……バツ印だったり、ピンだったり……」

「墜落地点だ」 

 私は壁に投げつけたかのようにぐしゃぐしゃになった事故調査委員会の調査報告を見つけ出し貪るように読んだ。

 地図につけられた印は飛行機の墜落した場所で、報告書にあるぼやけた写真と同じものが壁の地図には貼り付けられていた。

 汚染地域に墜落した機体は広範囲にわたって散乱しており、当時迫っていた大型の台風と放射能汚染のため、調査は難航。これで終わり?

 人間が――眠った人間が積まれていたにも関わらず? 

 冷たい塊が胸の奥から湧き上がり、体がぶるりと震えた。

 途端に壁が迫ってくる感覚がして、震えが止まらなくなる。

 私は吐き気をこらえ地図と向き合った。今では印の一つ一つにゾッとする意味を感じる。

 ここにあるのだ。

 人が眠っていたカプセルが。

 冷たい怒りが燃え上がるのを感じる。

 ロッソも同じように感じたのだろうか。

 やり場のない怒りを――この暗い隠し部屋で一人資料に囲まれながら……。

 私は早くなった呼吸をゆっくりとなだめた。

 子供の前で取り乱したくはない。

「あなたはこの飛行機の残骸を探していたのね」

 マシロが悲しげにつぶやきながら、私の腰に手を回してもたれかかった。子供らしい熱い体温と重みが体を伝わり震えが少しずつ収まっていく。

「ええ」

 私はなんとか答えマシロの肩に手を置いた。

 私は……もう十一年も前に墜落した飛行機の記録を探っていた。

 その中あった冬眠保存された女性を探すために。

 壁の地図に一段と小さな印が目に付いた。色あせていないインクで星印がつけてある。

 ここだけはいまだメモの類も写真も貼っていなかった。

 高原の真っ只中にある旧浄水場だ。

「マシロ」

「なに?」

「ありがとう」

 マシロは照れくさそうに顔を伏せた。

「私が誘拐された原因がわかりました。その意味は? 金? だとしたら、金目のものはすべて奪われていたでしょう。その割には家は荒らされた形跡がありません。私への個人的な恨み? だとしたら、寝ているところに何発かぶち込めば、すむ話です」

 マシロが顔を引きつらせた。

「残るは、私の持っているなんらかの情報が犯人らに必要だったのです。ジャム作りが趣味の翻訳家が持っている最も重要な秘密って? 最新刊の翻訳データ? 秘密のレシピ? まさか! 私はこの女性のカプセルに関するものだとしか思えません。なぜなら、私の秘密はこの部屋にすべて収まっているからです。それは連中にとっても重要なことだったでしょう。私のインプラントを停止させ、殺そうとしてまで手に入れたい情報は、記憶を失うまでの私アルベロ・ロッソが熱心に調べていたものです。とても大切な事だったのでしょう。というより――」

 私はいったん言葉を切り、相応しい言葉を捜した。

「全てだったようですね」

「行きます」

 マシロがまじまじと私を見つめた。

「墜落現場です。私はこの最後の場所に行かなくてはいけません。十分に寒々しくなった好奇心を満足させるため。アルベロ・ロッソの後を継ぐのは私しかいません」

「行ってどうするの?」

 私は一瞬ためらった後にゆっくりと息を吐いた。マシロは私の答えを待たずに口を開いた。

「決まりね」

 マシロは頭を上げてはっきりと言った。

「好奇心が満たされない人生はむなしいわ。たとえ猫殺しの汚名を着せられようが好奇心は満たされるべきよ」



 狭い部屋の中央に私は立っていた。

 電子音が鳴り響き、窓の外はぼんやりと霞んでいる。

 すぐにわかった。

 これは夢だ。

 ずっと鳴り響いている音が電話の着信音だと気づき、私は無意識に目の前にある受話器を取り上げた。

「――はい。ロッソです」

「アル。私だ」

 はっきりとした男の声だった。

 私は受話器を耳に押し当てて息を飲んだ。

 誰だ?

「アル……」

 男がいったん口ごもり、ため息をつく。

 私は自分の記憶をめまぐるしくさらいながら次の言葉を待った。

 男はかすれた声で詰まりながらもゆっくりと続けた。

「……今から、軍人が君のところに行くが、私の口から伝えたほうがいいと思うんだ……実は……クロタエが死んだ」

「――え?」

「本……――は今――ぐ君の家に行って……」

 なんだって?

 クロタエって誰だ?

 急にめまいに襲われる。

 左手に痛みを感じて慌てて手元を見下ろした。

 握り締めていたせいでつめの後がくっきりと手のひらに残っている。

 なんだ? この違和感はなんだ? これは……私は慌てて自分の体をまさぐった。

 子供だ。まだ、少年の体だった。

「なにか困ったことがあったらいつでも言ってくれ……」

 男はまだ電話口で喋っていた。

 ああ、そうか……この現実感は夢ではない。

 本当に体験したことだ。

 つまり私の記憶が……昔こんなことが……――――。

「できる限りのことは――」

 顔が引きつったのがわかった。

 心臓が耳元で爆発したようにとどろき、自分の意識とは無関係に酷く汚い言葉が次から次にあふれ出してくる。

 私は男がなにか言っているのを無視して電話を叩き切りると回線を引きちぎり、部屋の中をうろうろとさまよい続けた。動機が収まらず、焦燥感が募った。

「あー……えーと。わたしだ。元気か」

 遠い場所から女の声が響いてくる。

 いやだ……聞きたくない。

 私は右耳をふさいだ。

「突然だがわたしとはもう会うことは無い。諦めろ」

 それ以上止めてくれ…………。

 酷く懐かしいが、絶対に思い出したくない。

「じゃあな……あぁ、それと」

 ちくしょう、止めろ!

 喉がつまり、目頭が熱くなる。

 私は頭を抱えて座り込んだ。

「お前がパン職人になりたいってのを聞いたとき、本当に嬉しかった。それに面白かった。わたしの子供がパン職人だって? 冗談だろう? だがわたしが生きてきた中で一番嬉しかった。頑張れよ。じゃあな」

 部屋は静まり返った。

「――これだけか……」

 頬に生暖かいものが流れ落ちた。

 そうだ。これだけだ。

 ちくしょう。

 目を閉じてからゆっくりと開くとそこはもう狭い部屋ではなかった。

 巨大な天蓋つきのベッドの上だった。

 私は記憶を取り戻した。

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