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カオティック・ダイアリー  作者: 相良徹生
第五章 私は知っている

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女性

「女性」

 私はつかえながらも、なんとか続きの文章を追った。

「十三年前の三月十五日、バーフォード研究所で保存処置、識別番号『ZRAC‐46』、実験期間五十年。保管場所は同研究所」

 その後は空欄だった。

「回復時期と場所の項目が空ですね」

「……と、言うことはこの女性は……未だに眠っている、と。バーなんとか研究所で?」

「そんなはずはありません。このリストは現在計画が終了した計画について記されているリストであって、計画中の人間はリスト化されていないはずです。大体、十三年前に五十年間の冬眠実験が行われていたとしたら、彼女が目覚めるのは今から三十七年後のはずです」

 二人は同時に顔を見合わせた。

「私がなにやら調査していたのは、この実験が関係していることかもしれない」

「この調子でいけば、今世紀中にすべての謎が解けるかもね」マシロがため息をついて言った。

「続けます。少しは取っ掛かりが掴めました」


 それから十時間、私は延々と資料を掘り起こしばらばらだった資料が一つに繋がっていくのを感じていた。

 この部屋にあふれた資料を読めば読むほど確信が強まっている。確かに私はこの女性の実験に関わる資料を集めていた。

 彼女の処置が行われたバーフォード研究所の長年の実験記録。彼女の処置を担当したチームの名簿。

 そして彼らの履歴。彼女へ処置をした研究者の実験ノート。彼女が入った人工冬眠カプセル――それは耐久年度百年の冬眠装置で、一度作動させると二十年間の独立稼動が可能だ――の設計書。被験者は長年そのカプセルに入って気温二十度度の中眠るのだ。

 それを作った技術者の論文。カプセルの設計図と仕様書と、それにまつわるなにもかも。

 私はどんな情熱を持って、この謎に対処したのだろうか。

 そして……こんなにも、合法、非合法の文書をどうやってかき集めたのだろう。

 私は痛むこめかみを揉みながら、バーフォード研究所の実験記録をあわただしく捲った。

 専門用語と複雑な造語が目をかすめ、意味がわからないのがひどくもどかしい。

 視界の隅で、そんな私をひどく心配そうに見つめる少女がいた。

 彼女に今日はもう遅いから眠るように言わないと。いや、彼女は自分の意思で私に付き合っているんだ。いつでも私から離れて眠ればいいのだ。

 私は思考を冬眠カプセルに移した。どのバーフォード研究所の記録を見ても十一年前以降のカプセルの保存記録はなかった。

 それどころかバーフォード研究所では十年前に計画を断念し、すべての冬眠実験体は蘇生させられるかほかの研究所にわたっている。

 保管カプセルの記録を見つけ、彼女の識別番号を目で追う。

 『識別番号〈ZRAC‐46〉十一年前の、七月二三日ウォリントン研究所へ輸送』これだ。

 メイザー空港からの空輸だった。なるほど、空港の飛行記録か。また一つ繋がった。

 私はウォリントン研究所の当時の記録を引っ張り出した。

 それはすぐに見つかった。

 まるで私を導くかのように、付箋が貼られ赤いペンでチェックが入っていたのだ。

 私はロッソがしたように、資料に指を這わせしっかりと読み込んだ。十一年前の七月二四日。

 この日は例の女性が眠るカプセルが搬入される日だった。

 ――そして、私は何年も前にロッソがしたようにその後の文書を読み凍りついた。

「搬入記録なし」

「え……なに?」

 マシロが眠たげに私の方を向いた。

「十一年前の七月二四日に、人工冬眠カプセルがウォリントン研究所に搬入されるはずでした。あのリストの女性のものです。でも当日のウォリントン研究所の記録では搬入の記録が一切残っていません」

 私はもどかしげに次のページを捲ったが、それはどこにも見つからなかった。

「ほかの日に輸送されたんじゃない?」

「そんなはずはありません」

「じゃ、元の研究所にまだあるとか」

「違います、十年前にバーフォード研究所では冬眠技術の実験は凍結されて、その年に研究チームが解散しています」

「ふむ、じゃそのカプセルはどこに行ったってのよ」

 めまぐるしく考えが浮かんでは消える。こんなにも混乱したのは、目を覚ました時以来だ。

 私は痛む目をしばたたかせながら、必死で資料を捲った。最初はあやふやで輪郭すらも見えなかった微かな疑問が、いまでははっきりと理解できる。

 十五年前にバーフォード研究所で冬眠処置された女性のカプセルの行方はどこにも記載されておらず、実験期間が終わってもいないはずなのに終了リストに載っている。

 私は見たことも、記憶にもない女性の人工冬眠カプセルの行方を私は何年もかけて追っていた?

 唯一の確信は、私は私の意志を継ぎこの女性を見つけるべきだということだ。

 しかし、なぜ……?

 私はこの実験に関わった人間の一人だった?

 いや、その仮説は馬鹿らしい。十五年前の私はまだ学生で、文学史だかを専攻して科学のかの字も縁がなかったはずだ。

 ではこの女性との関係は……混乱の中、目の奥が鼓動と共に痛み、息苦しくなる。

 ちくしょう、落ち着け、動揺するのは後にとっておけ!

 今はそんな事を――目の前が暗転し、次の瞬間私は部屋に一客しかない椅子に座り込んでいた。

「くそっ」

 まただ、また意識が飛んだ!

 こんな時に、ちくしょう。

「アル……大丈夫?」

 マシロが心配そうに私の瞳を覗き込んだ。

 彼女は盛大に散らかった机の上をどうにか片付け、山盛りのスコーンとマグを二つ置くスペースをなんとか作り上げていた。

「どうしたの? 震えてるわよ」

「いえ……」

 私はどうにか息を吐き出した。

 礼らしきものをつぶやいて、持ってきてくれた紅茶を飲み干す。

「気を失っていました」

「え?」

「その……気がつくと、覚えのない場所に座り込んでいて……何分か意識がなかったように……」

 私は頭をかきむしった。

「その間の記憶がすっかり抜け落ちているんです。ちくしょう……」

 マシロはフィセがしたように私の手に小さな手を重ねた。そしてじっと私を見つめながら、ゆっくりと言った。

「心配ないわ」

 その言葉はむなしく私の心に響いた。

「君は他人事だからそう言える」

 自分でも口元が引きつっているのがわかった。

 くそ、今の私の顔といったら、撃ち殺したくなるほど傲慢で皮肉っぽいだろう。

 マシロは手を引くと、強張った表情でつぶやいた。

「そうね。他人事よ」

 彼女は怒りを全身から放ちながら部屋を出ていった。

 私は資料を一山蹴飛ばし、自己嫌悪にまみれて二つ目のマグに口をつけて咳き込んだ。

 煮出したように濃く淹れられたコーヒーだった。

 その晩、私は遅くまで粘り、目がかすれてちかちかした頃に資料の上に倒れこみ、あれこれと考える暇もなく眠りに落ちた。

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