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カオティック・ダイアリー  作者: 相良徹生
第四章 怒れる女たち

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午後三時は一番気持ちのいい時間帯だ

 午後三時は一番気持ちのいい時間帯だ。

 つまり、中庭にはちょうどよく風が吹き、クロタエが目の前にいない。

 俺は数学に興味があるふりをして机に向かっていた。目の前にナギがいるからだ。

 最近ではナギまでも俺の中庭でお茶を飲むようになった。俺は数式を眺めるのに飽きて口を開いた。

「なぁ、シュゼと付き合ってどのくらい?」

 ナギが顔を上げて、俺を見つめた。そのまま、真っ白のノートと教科書を往復する。

「数学は嫌いなのね」

「答えろよ、ナギ・ブラウン博士」

「私も子供の頃嫌いだったわ」

 ナギがつまらなそうにつぶやいて、手元の雑誌に視線を戻した。

「答えになっていないよ」

「学校の勉強は退屈よね」

「おいおい、俺が詮索屋みたいじゃないか」

「小学生の時、すべてのテストで満点を取ったの。そうしたら、校長にエイリアンを見るような目で見られたわ」

「ブラウン博士。君には失望したよ」

「銃のありかを知りたい? あなたが持ってた古い銃。あれだけは処分できなかったのよね」

 俺はハッとしてナギを見返した。

 彼女は雑誌に目を落としたままにんまりと笑った。

「彼女の部屋の本棚の雑誌の奥よ。金庫の中にある。暗証番号は0204」 

 俺は中庭に面したクロタエの部屋を眺めた。窓からぎっしりとつまった本棚が見える。

「そろそろ俺がクロタエをぶち殺そうと思っていないと、あんたが判断したからかな?」

 ナギは下を向いたままくすくすと笑った。

「で、俺の質問に答えていないけど」

 反応なし。

 作戦変更。

「あんた子供の頃なにになりたかった?」

「宇宙飛行士」

 ナギがはっきりと答えた。

「学生時代は月面の発電所計画に参加したかったんだけど、戦争が始まって中止になったの。だから大学で新型コンピューターの研究に転向したって訳」

「数学を教えてくれる?」

「いいわよ。なんでも聞いて」

「シュゼと結婚するの?」

 ナギが軽く眉を上げる。

 俺は彼女の反応が引き出せた事ににんまりとした。

 ナギが口を開き――続きは頭上の爆音にかき消された。モーターの音が鳴り響き、爆風で窓ガラスががたがたと揺れている。

 俺は思わず立ち上がり、四角く切り取られた空を見上げた。灰色のヘリコプターが三機飛び交っている。ずいぶん低空だ。

「おい、ナギ。なんだあれ」

 ナギは答えずに青い瞳でじっと空を見上げていた。

 玄関ホールからガラスが揺れる音が聞こえる。玄関前の広場に着陸したのだろうか。

「アイ、ついてきて」

「どこに行くんだよ?」

「地下の研究所よ」

 返事も待たずに歩き始めたナギを俺は慌てて追いかけた。

 それは玄関ホールの左、俺とクロタエが住んでいる棟の反対にあった。

 古びた建物に似つかわしくない真新しい扉が輝いている。

 ナギが壁にある液晶パネルにカードをかざし虹彩認証をすると電子音と共にドアが開いた。小さな部屋ほどの大きさのエレベーターだった。ナギが指紋と暗証番号認証をすませると、電子音がなりエレベーターが動き始めた。

 エレベーターは軽い振動と共に止まり、広々としたホールに出た。整頓された廊下を抜け、正面の部屋に入ると数人の白衣を着た人間が談笑していた。

 クロタエとシュゼもいる。

 俺に気付いたシュゼとクロタエが息を飲んだ。顔も知らない科学者達も戸惑った様子で俺を見ていた。

 全員がナギを、いや俺をぽかんと見つめていた。

「なにかあったのか?」

 シュゼが駆け寄りながら眉をひそめて言った。

「ここはなにをしているところか知ってる?」

 ナギはシュゼに答えもせずにぽつりと言うと部屋の中央に向かった。俺はどうしていいのかわからずに彼女の後を追った。

「なにをしているか知っている?」

 ナギがじっと俺を見つめ繰り返した。

 俺に向かっての質問だと気付いてが、なにも浮かんでこない。

 俺は素直に首を振った。

「不老処理技術の研究よ。人のホルモンをいじりまくって、加老速度を制御するの」

 その時、地面の底から研究所全体が浮かび上がるような衝撃が走った。

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