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カオティック・ダイアリー  作者: 相良徹生
第四章 怒れる女たち

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シュゼが、ゆっくりと

十二月四日



 シュゼが、ゆっくりと俺の頭を覆っていた分厚い包帯を解いた。

 二週間前にロッドフォードの病院で人工内耳を入れる手術を行ったのだ。

 つまり、俺の必死の抵抗――俺の左耳が聞こえるようになってどうなるって? 世界が平和になって、戦争が終わり、世界中のガキが幸せになるのか? ――もむなしく、クロタエとシュゼはまんまと俺をおびき寄せる事に成功した。

 シュゼは馴れた手つきで包帯をすべて取り外すと、俺の正面に座り込み左耳の近くでリモコンのスイッチを押した。

猛烈な電子音が鳴り響き、俺は思わず身を引いた。

「ンだよ、これは」

 俺は呻きながら、真剣な顔つきのシュゼを一瞥する。

「おめでとう、調製後人工内耳は二十ヘルツから二万ヘルツまで可聴可能だ」

「人が聞こえない音が聞こえるってどんな気分?」

 俺はハッとしてにやにやしているナギを見つめた。声の方向がはっきりと理解できる。妙に新鮮な感覚だった。

「こうもりの気分だよ」

 俺はぼそりとつぶやいた。

「この設定自体はテスト用だから、五時間で停止するんだ。それまで激しい運動はしないこと。大きな音は聞かないこと」

「ふうん」

 俺は自分の左耳を引っ張った。

 外見はいままでとなにも変わりがない。だがあの医者が正しいのであれば頭蓋骨内にれるにしては少々でかくて有機的な形の機械が脳みその横につまっているはずだ。

「メンテナンス用のナノマシンは二年に一度入れ替える必要があるけど、機械自体は定期健診を受ければ半永久的に使えるはずだ。成人しても聴力が落ちることはない」

「よかったわね」

 ナギがにっこりと笑って言った。

 俺は居心地が悪くなってもごもごと返事をした。

 定期メンテナンスだって?

 いったい俺の血液中にはいくつのナノマシンとやらが流れているのだろう。止血用、細胞の活性化、眼球と皮膚の着色。

 そうそうドラッグの分解なんとか。

 これは最近聞かされたのだが、彼らはヤク中のリハビリ用ナノマシンを俺にぶち込んだらしい。血中内に薬物反応があった場合に速やかに分解されるのだ。軍用施設の下水では抜き打ちの薬物検査があるから万が一を考えて。クロタエはそう言ったが、俺は密かに傷ついていた。

 俺が売り物に手を出す間抜けに見えるのか?

 ではなく、自分が薬に手を出すかもしれないと思われていた事実にだ。

「それで、通信教育はいつから受けるんだ?」

 シュゼは包帯を巻きながら、何気ない調子で言った。俺はうめき声を押し殺した。

 クロタエとこの二人は俺が自分達と同じく学問の僕となるのも時間の問題だと思っている。「さぁ」

 俺は他人事のようにつぶやいた。

 実際他人事だったのだ。いまだテストでは合格点の半分を取れただけだ。

「九月ね。それまでにテストの合格点を取らないと」

 俺は鼻で笑った。どう考えても無理な相談だ。

「大丈夫だよ。君は勘がいいし。実際語学なんてすごいもんだ」

 シュゼは励ますように言った。

 地獄への道は善意でできている――俺が口を開く前にナギが続けた。

「ほかの教科もすぐに上がるわよ。テストは基本的なことばかりだから大丈夫。私は十歳の時に義務教育終了試験に合格したんだから」

「あんたらと俺は違う」

 これだけは確信がある。

「違わないわ」

 ナギは軽く俺の肩を叩き出ていった。

 シュゼは俺の悪態も気にせずじっとナギのいた空間を見つめている。

 ははん。なるほど。

「恋は盲目」

 俺が歌うようにつぶやくと、シュゼは俺をじろりと睨んだ。

「嫌なガキだ」

 シュゼは珍しく無作法に鼻を鳴らした。

「付き合ってどのくらい?」

「今日は君に渡す物があってきたんだよ」

 シュゼは俺を無視して鞄を漁り始めた。

「答えろよ先生」

「長いよ」

「二ヶ月?」

 シュゼがぐるりと目を回した。

「それは長いと言わない。君は今までどんな……いや、いい、聞きたくない。君の今までの経験も」

 俺はニヤリと笑った。この男には『今までの経験は』言わない方がいいだろう。神に祈り出すのは目に見えている。

 シュゼが頭を振りながら封筒を差し出した。

「ほら、君に渡すものがある」

 俺は胡散臭そうにそれを見つめた。

 今度はなんだ? ボーイスカウトへの招待状か? 

「いらないのか?」

 俺は無言で受け取り、封筒をびりびりと破いた。

 赤いプラスチックカードが入っていた。金色の飾り文字でシュペールブルグと書かれている。

 シュペールブルグ社のクレジットカードだ。

「クレジットカード」

「うん。君の信託資産の一部だ。残りの書類は貸し金庫に入っている」

 俺はじろじろとカードを見つめた。

 何度か盗んだことがあるので、よくわかる。指紋認証で使われるカードで贈呈用に作られるものだ。

「なんだこれ」

「クロタエが君のために作った遺産だ。彼女は国外の送金を禁止されているから僕が口座を作ってきた」

「なんだって?」

「口座は君が十八歳になれば引き出せるようになる。国外の口座だからそうとうまずい状況にならない限り凍結される心配はないよ。君の右手の中指と人差し指の指紋で登録しておいた」

「俺の指紋?」

「君の指紋だ」

「なんで」

 俺は呆然とカードを見つめた。

 散々見てきたから偽造ではないのは一目でわかる。

 俺のための金?

 冗談だろ?

 俺はぼんやりとシュゼを見つめた。なにを言っていいのかわからない。俺はなんとか最初に思いついた言葉をひねり出した。

「あの女はなんで俺に金をくれるんだ?」

 シュゼはギョッとしてから困ったように眉をしかめた。そして居心地が悪そうにもぞもぞと体を揺らしながら言った。

「それは、その……。君が彼女の子供だからだろ」

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