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カオティック・ダイアリー  作者: 相良徹生
第四章 怒れる女たち

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私は重い体を引きずって二階に上った

 私は重い体を引きずって二階に上った。

 二階にはいくつもの部屋があり、三部屋目でやっと主寝室を見つけた。天蓋付きの巨大なベッドはマットレスむき出しで、レモンイエローとペールグリーンのクッションがそこら中に散乱している。

 少なくとも生活感があり、私は幾分ホッとした。

「ベッドサイドのランプが倒されている」

 入り口近くで佇んだままのマシロがぽつりと言った。

「シーツもないですね。警察が回収したとか」

 壁には白チョークの丸があり、そこらじゅうの家具に白っぽい粉が付着している。壁に血のシミを見つけて私は気分が悪くなった。

「あなたはここから誘拐されたのかも」

 ナイトテーブルにはパンフレット、ダイレクトメールがいっぱい詰まっている。これらは回収されていないようだ。

 私は一束引っ張り出して灯りにかざした。

「特別なあなたに最高の医療を」

 マシロがパンフレットを読み上げる。

「すごいわ! 見てよこれ! ホルモン投薬で身長を最大五十センチのばせるって!」

「今の私にそんな事をしたら、家中のドアを全部作り替えなくちゃいけない」

 マシロはニヤリと笑った。

「色々あるわね。髪の色を半永久的に固定したり……」

「私はその治療を受けたのでしょうか。だから、髪の色がこんな薄いのかな? この髪の色は今の流行ですか?」

「さぁ」

 マシロは肩をすくめた。

「指を長くもできる。ピアニストも推薦! だって」

 私は自分の手をまじまじと見つめた。大きくて、嘘くさいほど長い指をしている。

 まさか……いや少し過剰に反応しすぎだ。

 私はぱらぱらとパンフレットをめくっては意味のわかる単語を拾った。

「――――液体セラミックタトゥー、外耳変形、顔面植毛……」

 ある一言が私の注意を引いた。

「――人工外耳」

 マシロがパンフレットを覗き込み、眉をひそめた。

「人工の外耳? 医療用ね。耳がなくなった人が人工の耳をつけるの。戦争すると整形技術が発展するのよね」

 私はシュゼの言葉を思い出した。人工内耳。メンテはしているのか……、これの事か? 

「なるほど……」

 私は右耳を触った。ぼこぼことした傷跡がある。

 私はこの耳を新しくしようとしていたのだろうか。

「そういえば私の左耳は人工内耳ってやつらしいですよ」

 マシロは目を見開いて私を見返した。

「……その、こう言ったことを話題に出すのはマナー違反でしたか?」

「いえ、そうじゃないの。ちょっと驚いただけ。あなた全然そんな風に思えないんだもん。発音もいいし」

「人工内耳ってどういったものですか?」

 マシロは散乱したパンフレットに目を走らせた。

「耳が聞こえない人がつけるもの。頭蓋骨内に埋め込んで聴覚と取り戻すの」

「今は聞こえません」

「え?」

 マシロはギョッとした顔で私を見返した。

「私も一昨日気付いたんです。言われてみれば私の左耳は全く聞こえません」

 私は左耳近くで指を鳴らした。確かになにも聞こえない。

「シュゼに――あの黒髪の男にメンテナンスはしているのか、と聞かれました。このことだったのでしょう」

 二十分後、私達は備付のバスルームの洗面台にビタミン剤と共に突っ込まれていた医療記録見つけ出した。マシロは熱心に読んでいるが、私は言葉の意味がさっぱりわからない。

「君、宇宙語が読めるの?」

 マシロは私の言葉を無視して、しばらく読み進めると息をついた。

「驚いた。あなたインプラントを埋め込んでいたのね」

「インプラント? やれやれ、私にも理解できる言語でお願いします」

「血中にナノマシンを循環させて、怪我をしても血が早く止まったり走って息が切れなかったりできるの。複数のナノマシンを体内に入れている人間は機能制御用に統括制御装置を体内に埋め込むのよ。通称『インプラント』金持ちが入れているやつ」

「つまり、私のような」

「いえ……違うわ、ずいぶん安くなってる……。わたしの時は高額医療の代名詞だったのに」

 マシロはまじまじと記録を覗き込みながら言った。

「あなたが入れているのは医療用ね……回復促進ナノマシン、これは知っている。わたしもこの怪我をした時入れたの。わたしは緊急医療用で七週間しかもたないものだったけど、あなたが入れていたのは半永久的なものね。それと人工内耳の機能調整用……やっぱりあなたの耳は聞こえてなかったらしいわね」

 私は資料を覗き込んで続けた。

「遮光用虹彩人工色素ナノマシン。エッジウェア社、ロマンチック・オールド・スカイ。停止後は百時間以内に尿と共に排出される?」

 なんのことだ? 

 マシロがパンフレットを漁り、目的の物を引っ張り出すと口笛を吹いた。

「肌の色や瞳の色の変更だってさ。ロマンチックなんとかってヤツは色名ね」

 マシロの言葉とともに血が一気に引いていく。

 私はその瞬間すべてを悟った。無意識にまぶたを押さえる。

「紫の瞳」

「アル?」

 マシロが心配そうに私を見つめた。

 フィセの言葉がこだまする。『あなたは青い瞳をしていたはずよ……』一階にあった写真の私はどうだったか、青じゃなかったか?

 部屋の光量が増した気がする。

 私は眩しくなって思わず目を細めた。

 無意識に涙があふれてくる。

 私がロマンチックだなんてものを入れた理由が今ではわかった。

「君と会った時、私の瞳は確かに青でした。……嘘くさいほど鮮やかな空色の目だと思ったのを覚えています。人工色素だかなんだかの色ですよ」

「でも今は紫よ」

「いつの間にか、その……ナノマシンの効果が切れたんです」

 マシロは腕を組んだ。

「ナノマシンってインプラントに制御されているんだから、インプラントが停止しない限り止らないはずよ。医療用って不便があったから入れていた訳でしょう? 少なくとも、突然止まったら意味がないじゃない」

 私には心当たりがあった。

 マシロと出会った次の日の朝……真っ黒な尿が出た時には私のインプラントは停止していた。『停止後は百時間以内に尿と共に排出』だ。

 耳は? 耳はいつから聞こえなくなったっけ?

 全く自覚がなかった。

 マシロの声はいつでも聞こえていたような気がする。フィセと出会った時はどうだったっけ。シュゼと会った時は確実に聞こえなかった。ということは最近か?

 だが、急に聞こえなくなったという実感は全くなかった。

 無視していた?

 自分の考えにぞっとする。

 そうだ、聞こえなかったのなら説明がつく。私は左耳が聞こえないものだなんて知らなかったから、マシロが左から話しかけた言葉はすべて無視していた。

「あぁ」

 私はそっとつぶやいて医療記録を見つめた。

 私は数々のプラントを維持するためにせっせと定期検診を受けていた。突然止まる訳ないじゃないか。

 医療器具であるインプラントが突然機能停止する時になにがあった? マシロと出会って次の日の『百時間』前だ。はっきりしているのは、私は同時に記憶をなくしたってことだけだ。

 インプラントが偶然停止して偶然記憶もなくした?

 まさか。馬鹿言え。

 私はゆっくりと息をはき出した。少し気分が悪くなった。

「私のインプラントの停止は意図的なものでしょう。それに記憶喪失もそうかもしれません」

 マシロが不安そうに私を眺めた。

「私は寝ている時に襲われてホテルまで連れられたようですが、この大きな体をどうやって移動させるか」

 私は乱れたベッドを一瞥した。

「まず体の自由を奪うはずです。でも私には回復促進用のナノマシンってやつが入っていた。だからまずインプラントを停止しました」

「部屋に来た男があなたを誘拐したと思う?」

 マシロがぽつりと言った。

「ええ、私があのホテルにいると知っている人間は、君と私をあのホテルに連れてきた人間とフィセだけです。殺すつもりなら誘拐した時にやっているはずだから、私はホテルでなんらかの処置がされたはずです。記憶を失くすほどのなにかです。ひどく殴られたか、インプラント停止剤の副作用か……ともかく私は死にかけた。いえ、彼は私を殺したつもりだったのでしょう。だが、私は生き残った。だから今度はちゃんと殺そうとしてホテルに戻ってきた」

 マシロが私の頭をゆっくりと撫でた。

 私はあふれた涙も拭わずにマシロの手の感触を楽しんでいた。

 やれやれ、なにが小児性愛者じゃないだ。

 これではマシロの父親に殺されても文句は言えない。

 私はマシロに撫でられながら、そんな事を考えていた。

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